妹お姉ちゃんの罠(前)

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、どうしてくれるのよこれ!」
「ごめん、弁償するから…」
「非売品なのよ。お金払えば手に入るって物じゃないの!」
「そんな…」
妹の部屋に来ていた私は、ちょっとした不注意でつまずいてしまった。
その拍子に運悪く棚を倒してしまったのだ。
その棚には妹がコレクションしているお皿が飾ってあった。
「まったく、なんてことしてくれたのよ」
割れたお皿を眺める表情が、次第に怒りから深い悲しみの色に変わっていく。
いまにも泣き出しそうな妹にいたたまれない気持ちになる。
「佳美の言うこと、何でも聞くからさ。だから…」
その先は言葉にならなかった。
沈黙が続く。
何か言わなければ、そう思った時佳美が顔を上げた。
目が合う。
ただならぬ気迫に思わずたじろいだ。
「本当に、なんでもするのね?」
「え、えっと…」
勢いで言ってしまったが、今更取り消すことはできない。
「それで、佳美が許してくれるなら」
しばらく考えていたようだが、やがて佳美が口を開いた。
「分かった、許すよ」
ほっと胸を撫で下ろす。
「で、お姉ちゃん、約束の話なんだけど」
「あ、うん。分かってるよ。でもあまり無茶なのは…」
「大丈夫。そんなに難しい事じゃないから」
「そ、そうなの?じゃあ何をすれば…」
「うん。私、一度でいいから姉になってみたかったの。だから今日一日だけ私がお姉ちゃん」
「はぁ」
「だから、お姉ちゃんは私の妹になるのよ。分かった?」
「うん」
なんだ、そんな事か。
妹の可愛らしい申し出を微笑ましく感じた。
「今からお姉ちゃんは私のことお姉ちゃんて呼ぶの。で、私はお姉ちゃんのこと沙佑里って呼ぶ。よろしくね沙佑里」
「よろしく、お姉ちゃん」
こうして私は佳美の妹として一日を過ごすことになった。
佳美に思惑があるとはつゆしらず…
それから私は佳美の妹として振舞った。
佳美も姉としての立場が気に入ったらしく、私にあれこれ命令してくる。
やれやれと思いつつも、大人しく従った。
「ねえ沙佑里、お願いがあるんだけど」
買い物を頼まれたのは、部屋の掃除が一段落した頃だった。
商品リストの書かれたメモとお金を渡される。
「じゃあよろしくね」
「うん、行ってきます」
お金を渡されたのは意外だった。
自腹を切らされても文句は言えないのだ。
「なんだかんだ言っても優しい子なのよね」
お姉ちゃん風を吹かせているつもりなのかもしれないが、それも可愛かった。
「しかし…」
メモを見る。
ジュース・お菓子・鉢巻き・長紐…
ジュースやお菓子は分かるが、鉢巻きと長紐は一体何に使うのだろうか。
鉢巻きの色は何でも良く、紐はできるだけ長いものを、との事だった。
もしかしたら学校の授業で使うのかもしれない。
なんにせよ、言われた通りに買ってくればいいのだ。
「ただいまー」
買い物から戻り、玄関を開けた。
見慣れない靴がある。
佳美の友達が来ているのだろうか。
買い物袋を提げたまま、佳美の部屋をノックする。
「入って」
ドアを開けると、やはり佳美の他にもう一人座っていた。
「どうも、お邪魔してます」
詩織だった。
部活の後輩で、佳美のクラスメートでもある。
「言われた通り、ちゃんと買ってきた?」
「あ、うん。買って来たよ」
袋を佳美に渡す。
中身を確認して、佳美が頷いた。
「うん。ちゃんとあるね。偉いよ沙佑里」
いきなり手を伸ばし、私の頭を撫でてくる。
「ちょっ、佳美何を」
手を払いのける。
「え?え?佳美ちゃん?」
詩織もキョトンとしている。
「あー、さっきね、沙佑里をお遣いにやったの。で、ちゃんと買ってきたからご褒美」
「ご褒美?」
「そう、ご褒美」
「ち、ちょっと佳美…」
「あれ、佳美って言った?」
「あ、いや、あの…」
睨み付けてくる。
「お、お姉ちゃん…」
詩織が不思議そうな顔をしている。
「あ、あのね詩織、これには…」
「沙佑里!」
佳美が叫んだ。
「詩織じゃなくて、詩織先輩、でしょ?」
「な、佳美…お姉ちゃん、何を言ってるの?」
「私はあなたの姉で、詩織は私の同級生なのよ?だったら詩織はあなたの何?」
「でも、それとこれとは…」
「お姉ちゃんに逆らうの?」
「あ、ご、ごめんなさい」
反射的に謝ってしまった。
「お姉ちゃんごめんなさい、でしょ?」
「お、お姉ちゃん、ごめんなさい」
「ほら、詩織にも。ね?」
「詩織先輩、ご、ごめんなさい」
「うそ、ホントだったんだぁ」
詩織は口に手を当て、驚いた顔をしている。
口約束とはいえ、二つも下の後輩を先輩と呼ばされることになるとは。
悔しさと恥ずかしさで奥歯を噛み締める。
「ほら詩織、何か沙佑里にしてもらいたいことない?」
「うーん、そうだなあ。あ、喉乾いたから何か飲み物が欲しいかな」
「だって。私も飲みたいからコップ2つ持ってきて」
「は、い…」
そう答えるしかなかった。
「コップ、持ってきました」
「じゃ、注いでちょうだい」
何故か拒否できない自分が情けなかった。
「あ、ありがとうございます沙佑里ちゃん」
さすがにちゃん付けで呼ばれるのは限度を超えていた。
詩織を睨み付けると、少し怯んだ様子をみせた。
「そんなにムキにならなくていいのよ。詩織にはちゃんと事情を伝えてあるから」
佳美が宥めるように言った。
「沙佑里先輩の事はそう呼ぶようにって佳美から言われてるんです。それに私、口は堅いほうだし。だから安心してください」
「安心って…」
「あー、なんか足がムレてきちゃった。ねえ沙佑里、お願い」
そう言って佳美は足を差し出してきた。
「お願いって言われても」
「靴下脱がせてよ。いつもやってるでしょ?」
「い、いつもって、あなたさっきから一体…」
ふと、気になって詩織の様子を伺う。
期待を含んだ笑顔でこちらを見ていた。
「早く脱がせてよ」
「え?あ、うん…」
佳美の靴下に手を掛ける。
「うわぁ」
詩織が声を漏らす。
「はい、じゃあ今度は詩織の靴下ね」
「えっ?私のも?」
「沙佑里、いいわよね?」
「いいけど…」
「じゃあ、早くしてあげて」
「わ、分かったわよ」
「ねえ佳美、ホントにいいの?」
「いいのよ。沙佑里も望んでることなんだから」
好き勝手に言われているが、自分に非がある以上反論できなかった。
「そっか。じゃあ沙佑里センパ、じゃなかった、沙佑里ちゃん、お願いしますね」
「う、うん…」
詩織の足を掴む。
ふくらはぎがスベスベしている。
顔を上げると、詩織と目が合った。
瞬間、心臓が高鳴った。
詩織はコップを持ちながら、笑顔で私を見下ろしている。
あまりにも屈辱的な光景だからだろうか。
鼓動が早くなり、息苦しくなる。
「沙佑里ちゃん、早く」
「あ、はい…」
思考がぼやける中、靴下を脱がせていく。
「あの先輩がねえ…あ、今度はこっちお願いしますね」
反対の足を差し出してきた。
言われるまま、こちらの靴下も脱がせる。
「はい、偉いわね沙佑里。ご褒美に私達の靴下持っていっていいわよ」
「あ、うん」
二人分の靴下を握らされる。
「私達のことは気にしなくていいですから、ごゆっくり」
何の事か分からないが、とりあえず開放してもらえるらしい。
そのまま部屋を出る。
二人の意味深な笑顔が気になったが、纏まらない頭でそれを考えるのは難しかった。
後編へ


ノーマルな女の子が次第にMに目覚めていくお話です。
これまでの小説は元々Mっ気のある女の子が主人公だったので、今回はそこに至るまでの過程を書こうと思っているのですが…
試行錯誤中でして、読みづらい点が多々あるかもしれません。
とにかく、続きは近いうちにUPします。

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