翌週の火曜日。
部活後、はやる気持ちを抑えつつ、篠田の家へと向かう。
『あの時からずっと、赤ちゃんになった先輩のお世話をしてあげたいなって思ってたんです』
篠田はそう言っていた。
これまでの、ペットとご主人様としての関係とは少し違う、期待と緊張とが入り混じった感情。
篠田の家に着く。
深呼吸してから、私はチャイムを鳴らした。
「ほら、麻衣ちゃん、こっちにおいで」
両腕を広げて、私を迎え入れるようなポーズを取る篠田。
私は吸い寄せられるように、篠田に近づいていく。
篠田の体。
温もり、匂い。
篠田が、優しく抱きしめてくれる。
「麻衣ちゃん、今日は私が麻衣ちゃんのお母さんよ。いっぱい、私に甘えていいんだからね」
優しい、やわらかな声。
「うん、わかった…」
「いい子ね。よしよし」
頭を優しく撫でられる。
自分でも気づいていなかった心の空洞が、何か温かいもので満たされていく。
「お母さん、麻衣ちゃんにお洋服を用意したのよ。こっちで、着替えましょうね」
手を引かれながら、ベッド脇に移動する。
テーブルの上には、ロンパース、哺乳瓶、オムツなどが並べられている。
ロンパースは私が着られるくらいのサイズだ。
これを着るのか…
「恥ずかしがらなくていいのよ。麻衣ちゃんは赤ちゃんなんだから、ちっとも恥ずかしくないの」
「う、うん…」
「じゃあ、まずは今来ているお洋服を脱いじゃいましょうね。上手にぬぎぬぎ、できるかな?」
「で、できる、よ」
制服を脱いでいく。
下着も全て脱ぎ、篠田に向き合う。
「麻衣ちゃん、一人で脱げたね。えらいよ。いい子、いい子」
いつも当たり前のようにしていることで褒められるのは不思議な気分だったが、嫌なものではなかった。
恥ずかしいような、くすぐったいような…
「じゃあ、まずはオムツを履きましょうね。ここで、ゴロンって、してね」
ベッドの上に誘導される。
言われるまま、仰向けで横になる。
篠田がテーブルからオムツを取り出す。
ああ、ついに…
さすがに、恥ずかしい。
恥ずかしいが、このまま身を委ねてしまいたい感情もある。
二つの感情がせめぎ合う中、篠田が着々と準備を進める。
「はい、麻衣ちゃん。お母さんがオムツを履かせてあげますからね」
優しいお母さんの声に、私は何も言えなくなる。
篠田には何度も裸を見られているが、それとは全く異なる恥ずかしさがある。
言われるまま、両足を上げ、腰を浮かせ…
「はい、履けまちたよ。きつくないでちゅか?」
「だ、だいじょうぶでちゅ…」
つられて、そんなことを口走ってしまう。
顔が熱くなる。
何をしているのだろう、私は。
「はい、それじゃ今度は、お洋服を着まちょうね」
テーブルにあったロンパースを手に取る篠田。
「麻衣ちゃん、ちょっと、おっき、しようね」
上体を抱きかかえられる。
上体を起こした私に、篠田がロンパースを着せてくる。
「よちよち、いい子、いい子」
ぎゅっと抱きしめられ、頭を撫でられる。
客観的に見たら、とても滑稽な二人だろう。
でも、私はとても満たされていた。
大好きな篠田に包まれながら、ゆっくりとした時間が流れていく。
篠田の声。
篠田の体温。
篠田の匂い。
全てが心地よく、安心して身を委ねられる。
「頑張り屋さんな麻衣ちゃんのこと、お母さんはちゃんと見てますからね。いつも頑張ってる分、いっぱい甘えていいんですからね」
精一杯、母親として振る舞う篠田。
その優しさが、なによりも嬉しかった。
「ママ…」
恥ずかしくて、かすれたような声になってしまう。
それでも、篠田はちゃんと聞き取ってくれる。
「ん?どうしたの?麻衣ちゃん」
からかったりせず、真剣に向き合ってくれる。
「ママ…」
さっきよりもはっきりと、声に出すことができた。
「なぁに、麻衣ちゃん?」
優しい、どこまでも優しい声。
「おっぱい…」
「えっ」
「おっぱい、飲みたい」
「ふふ、ミルクが飲みたくなったの?」
「ママのおっぱいが、飲みたい…」
「えっ…ママのおっぱいが飲みたいのね?」
「うん…」
「いいよ。ちょっと待ってね」
上着を脱ぎ、ブラジャーを取る篠田。
胸が露わになる。
しかし、いやらしさはなく、どこか神聖さを感じる。
「はい、おっぱいだよ、まいちゃん。いっぱい飲んでね」
目の前に差し出された、篠田の乳首。
私はそれを口に含んだ。
当たり前だが、いくら吸っても母乳は出てこない。
それでも、私は篠田の乳首を吸った。
こうしていると、本当に篠田の赤ちゃんになったような気がしてくる。
「どう?ママのおっぱい、おいちい?」
「おいちい…」
「ふふ、よかった」
ママの顔。
優しい、愛情に満ちた表情。
今、この世界にはママと私の二人だけしかいない。
どれくらい、そうしていただろうか。
「はい、おっぱいは、おしまい」
口から、ママのおっぱいが離れていく。
「ポンポンがいっぱいになったら、おねんね、ちまちょうね」
ゆっくりと、体を横にする。
ママが、ベッドに乗ってきた。
そのまま、私のすぐ側で横になる。
すぐ側に、ママがいる。
横を見る。
ママと目が合う。
慈愛に満ちた、優しい表情。
なぜか、無性に嬉しくて、笑みがこぼれる。
つられたのか、ママも笑顔になる。
「なぁに?どうしたの、まいちゃん?」
問いかけに応じず、私は目を閉じた。
独りではないということが、こんなに心強いものだと知らなかった。
これまでの私は、自分を押し殺し、周囲の期待に応えることだけを考えていた。
良い成績を維持しなければならない。
部活で、結果を出さなければならない。
実際、成績は悪くなかったし、部活でも結果を出してきた。
しかし、脆かった。
今にも崩れそうな状態で、それを知られないようにしながら、必死にもがいていた。
その結果、自分の心を守るために、歪んだ性癖としてあのように表れてきたのかもしれない。
あのまま、篠田に知られることもなくいたら、どうなっていただろうか。
分からない。
それに今のこの関係も、世間からみたら歪で、受け入れられることはないだろう。
親や教師、同級生、先輩や後輩。
もし知られてしまったら…
怒られたり、嗤われたり、軽蔑されるかもしれない。
でも、私はこの子に救われたのだ。
普段は先輩と後輩として。
時には恋人として。
そして、時にはペットとご主人様として。
どの篠田も私は好きだったし、篠田も私を大切に思ってくれている。
誰がなんと言おうと関係ない。
私は篠田に救われた。
そして、今も。
だから、篠田に身に危険が迫るようなことがあれば、私は全身全霊で彼女を守る。
そう、心に決めていた。
耳元で、何かが聞こえた。
子守唄。
どこまでも心地よい。
眠くなってきたが、寝てしまうのはもったいないような気がして、眠気に必死に抗う。
この子のためなら、どんなことでも頑張れそうな気がする。
篠田の温もりに包まれながら、そんなことを考えていた。
コメント
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とても良かったです。
前にも感想で書きましたが、ずっと悩んでいた人が受け入れてくれる人と出会って心を開いていく姿はとても尊い。
そういった小説は他でも読めますが、心理描写はここが一番だと思います。
もっとこの2人の話が読みたい!
右側のメニューにおいて、救いの女神 最終話 1/2 2/2がないようですが。
こちらの環境のせいでしたらごめんなさい。
トップページのリンクからは読めます。
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ありがとうございます!
前編は割とスムーズに書けたのですが、後編は思いのほか難産でした。
書きたい内容のイメージはあったのですが、書いてみるとなかなか思うようにいかず…物語の締め方も、結構悩みました。
個人的にはハッピーエンドで終えることができてよかったという思いと、本ブログの趣旨とは少し違うかも?という思いもあり…
『もっとこの2人の話が読みたい!』とのコメントをいただけて、救われた気がします。
救いの女神の後日談はここで一区切りとなりますが、いつかまた二人の(またはこの二人のような)お話を書けたらいいなと思っています。
>右側のメニューにおいて、救いの女神 最終話 1/2 2/2がないようですが。
ほ、ホントだ!間違って消してしまっていたようです。
気づかなかった…
ありがとうございます!
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トップページの更新履歴からあとがきを読もうとクリックするとこちらが表示されるのですが。
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失礼いたしました!
リンクが誤っておりました。
ご指摘ありがとうございます!