Magic stone 3話

洞窟を抜け、出張所へと戻る。
巨大魔石の前で、いったい何があったのか。
思い出そうとするが、ぼんやりとしたイメージしか出てこない。
ソフィーにも聞いたが、やはり覚えていないようだった。
解析用の魔石や金属片を並べ終え、帰ろうとしたところまでは覚えている。
その後、光に包まれて…
気付いたら、二人とも気を失っていたのだ。
過去の事故。
油断はしていなかったはずだ。
しかし…
もしかしたら、今頃どうなっていたか分からないのだ。
背筋が寒くなる。
次の調査までに、少しでも思い出さなければ…
それと、気を失う前と後とで変わったことがある。
ソフィー。
目の前にいるこの女性を見ていると、どうにも落ち着かないのだ。
気恥ずかしいような、くすぐったいような。
目が合うと、ドキッとしてしまう。
心の底を見透かされたような気がしてくる。
洞窟内で、気を失っているソフィーを見た時から、その落ち着かなさは続いていた。
そして、変化はもう一つ。
映像の魔石で観た光景。
あられもない姿を晒しているハンナと、彼女を責め立てるソフィー。
それが、何度も頭の中で繰り返されるのだ。
プライドの高いハンナ。
その彼女が、普段は決して見せたことのないような表情で、己の部下に媚びる。
そんなハンナを情け容赦なく責めるソフィー。
映像が頭に浮かぶたび、それを意識の外へと締め出す。
しかし、気づくと、ハンナに自分を重ねてしまっているのだ。
部下に命令され、服を脱いでいく。
手で隠すことも許されず、裸体を年下の同性に晒す。
犬のように這いつくばり、卑屈な目で、ご主人様であるソフィーを見上げる。
イジワルそうな笑みを浮かべて、私を見下ろすソフィー。
ソフィーにお尻を向けて、叩いて欲しいと懇願する。
しかし、ソフィーは何もしてくれない。
ソフィーの歓心を得るために、お尻を上下左右に揺する。
叩いてくださいと、何度もお願いする。
下腹部が切ない。
ようやく、ソフィーがうなずく。
ただし、条件付きで。
今後、吸収の魔石を秘所に入れながら生活すること。
吸収の魔石に己の魔力を吸わせ、それをソフィーに差し出すこと。
魔石経由で魔力を貢ぐ。
その度に、ソフィーから調教してもらうことができる。
魔術師としての貴重な資源である魔力。
それを、己の部下に貢ぐ。
その見返りとして与えられる、屈辱的な調教。
悔しさと、怒りと、惨めさと、喜びがないまぜになって、一気に押し寄せる。
魔術師としてのプライドと、屈辱的な快楽とがせめぎ合う。
そして、ふと我に帰るのだ。
これでは、まるでマゾヒストではないか。
激しく自己嫌悪する。
しかも、相手はソフィーなのだ。
目の前にいる、己の部下を見る。
真剣な表情で、書類に目を通している。
胸がざわつく。
こちらの視線に気づいたのか、ソフィーが顔を上げる。
目が合いそうになって、慌てて私は書類に視線を落とす。
心臓が高鳴っている。
何をしているのだ、私は。
ソフィーは、そんな私を見て不審に思わなかっただろうか。
変なやつだと思われていないだろうか。
そんなことを考えてしまう。
夜。
自室のベッドに横たわる。
寝なければ、と思う。
疲れているはずなのに、一向に眠気がやってこない。
体が熱い。
奥底にうごめく、熱くドロドロとした情欲。
布団を跳ね除ける。
机の引き出し。
鍵を開け、映像の魔石を取り出す。
脳裏に浮かび上がってくる、鮮明なイメージ。
全裸で跪き、ソフィーに媚びる。
浅ましく尻を振り、ソフィーの関心を引こうとする。
何をしているのだ。
そう思っても、溢れ出んばかりの欲求を抑えることはできなかった。
己の魔力を貢ぎ、その見返りとして調教を受ける。
屈辱的な言葉を浴びせられながら、身を焦がすような悔しさの中、何度もお尻を叩かれる。
『マーティナ様の体に刻み込ませていただきます。魔力を貢ぐたびに、こうしてこうしてお尻が真っ赤になるまで叩いてもらえるということを。いかがですか?マーティナ様の貴重な魔力は、これからも私がきちんと搾り取って差し上げますからね?』
ソフィーの言葉。
生まれ持った才能も、これまでの血の滲むような努力も、全て奪われてしまう。
泣きたくなるほど、胸が締め付けられる。
それだけは、避けなければならない。
しかし…
妄想の中のソフィーが投げつけてくる言葉が、私の被虐心を掻き立てる。
ソフィーにお尻を叩かれるたび、彼女に屈服し、服従してしまいたくなる。
私の魔力をたっぷりと吸収した魔石。
それを、ソフィーに捧げる。
そうすることで、ソフィーから、いや、ご主人様からご褒美がもらえる。
魔力だけでなく、これまで習得してきた魔術の数々も、ソフィーに奪われてしまうのではないか。
搾り取られ、初歩的な魔術も使えなくなってしまった自分を想像する。
一方、私から魔力も魔術も奪い取ったソフィーは、私が手にするはずだった地位や名声を、さも当たり前の顔をして手にしていく。
ゾクゾクする。
何故?
思うが、意思とは裏腹に、体が、本能が、そうなることを望んでいる。
こんなこと、考えてはいけない。
早く寝なければ。
何度もそう思い、しかし、映像の魔石から手を離すことはできなかった。
翌日。
寝不足のまま、執務室へと向かう。
巨大魔石の洞窟に置いてきた魔石と金属片の回収について、ソフィーと打ち合わせる。
手順は、およそ前回の通り。
ただ、どうしても考えなければならないことが、1つ。
例の、光だ。
あの光を浴びた後、我々は気を失ってしまったのだ。
幸い、命に別状はなかったが…
次もまた無事であるとは限らないのだ。
しかし、このまま魔石と金属片を置きっぱなしにすることはできない。
巨大魔石の魔力を浴び続けた素材が、変質してしまう恐れがあるのだ。
そうなると、また最初からやり直さねばならない。
入念な準備を行う。
手順と、持っていく物品の再確認。
前回と同じ道をたどる。
山奥の、結界石のところまで来た。
ダミーの結界石を使い、張られた結界を一時的に無効化する。
洞窟が、ポッカリと口を開けている。
私たちは顔を見合わせ、頷き合ってから、その中へと入っていく。
再び巨大魔石のある空間へと進み、目的物を回収する。
ソフィーが魔石や金属片を回収している間、私は巨大魔石から目を離さなかった。
もし、再び光を放ち始めるようであれば、強力な結界を瞬時に張るつもりだった。
それでも、あの光を防ぎ切れるかどうか、自信はなかったが…
しかし、巨大魔石は、ただ淡い光を放ち続けるだけだった。
洞窟を出て、再び結界を張り直した後、私たちは大きく息をついた。
あとは、これらを持ち帰って、解析する作業が残っている。
当分は、ここに来なくてすむのだ。
持ち帰った魔石と金属片を、それぞれ厳重に保管する。
午後から、これらの本格的な解析に入る。
素材の種類が多い上に、解析が終わるまでに数日はかかる。
素材に残留している魔力量が、時間の経過とともにどう変化していくのか。
また、巨大魔石の魔力に晒されたことで、素材の質がどう変化しているのか。
細かいチェック項目を、日数をかけて丁寧に確認し、記録しなければならない。
ソフィーが、食材や日用品の買い出しに出る。
私も手伝おうとしたが、他にも寄るところがあるとのことで、断られてしまった。
解析を始めるまでは、特にやらなければならないことはない。
せっかくなので、ソフィーが戻ってくるまでの間、少し仮眠をとる事にする。
自室に戻ろうとして、あることに気づく。
テーブルの上にある、大きなバッグ。
あの中には、魔石が入っていたはず。
ここに来た初日、ソフィーが魔石の説明をしてくれた。
その時、あのバッグから魔石を取り出していたのだ。
無意識に、テーブルの方へと歩き始めていた。
バッグを開く。
種類によって、細かく区分けされている。
白い、半透明な魔石。
いくつかあるうちの一つを取り出す。
心臓の音。
寒いわけでもないのに、手が震えている。
昨夜、遅くまで私を苛んでいた、ある感情がよみがえってくる。
この魔石の中に、もしかしたら…
いや、さすがにそれはない。
そんなものが入ったバッグを、こうして無防備に置いておくはずがない。
しかし…
頭がぼんやりしてくる。
ソフィーは、まだしばらくは戻ってこないはず。
勝手に中を見るのか?
しかし、この機会を逃したら…
目を閉じ、手のひらの魔石に集中する。
映像。
脳裏に浮かび上がってくる。
ハンナ。
心臓が大きく鼓動する。
本能が、喜びの声を上げる。
中級士官の制服を着たハンナ。
「約束どおり、魔石を入れて過ごしていただけましたか、ハンナ様?」
ソフィーの声。
「あ、ああ…」
顔を赤らめ、少し恥ずかしそうに答えるハンナ。
「それでは、魔石を出していただけますか?」
少しためらった後、ズボンに手を入れるハンナ。
「んっ…」
顔を少し曇らせ、悩ましい声を上げる。
「ほ、ほら、これだ」
己の魔力を奪い、吸収したであろう魔石。
それを、ソフィーに差し出す。
それを受け取り、透かすようにして眺めるソフィー。
「ふふっ。ありがとうございます、ハンナ様」
妖艶な笑みを浮かべるソフィー。
「それでは、約束どおり、ご褒美を差し上げますね」
「あ、ああ、頼む…」
「それでは、服を脱いで、いつもの格好をなさってくださいな」
「わ、わかった…」
恥ずかしそうに俯いたまま、服を脱ぎ出すハンナ。
私は、映像に見入っていた。
一つ目の映像を見終わり、まだ別の魔石を取り出す。
もう我慢はできなかった。
やはり、次の魔石にもハンナが映っていた。
なんとか上官としての威厳を保とうとしてはいるが、完全に立場は逆転してしまっていた。
先ほどの映像よりも、卑屈な笑みを浮かべるシーンが増えている。
魔石を取り替える。
一糸纏わぬ格好のハンナが、卑屈な表情を浮かべている。
「ハンナ、お座り」
「は、はいっ!」
「ハンナ、お手」
「はいっ!」
まるで犬を扱うかのように、上官に指図するソフィー。
嬉々として、それに従うハンナ。
こんな、こんなのって…
屈辱感が、脳をチリチリと刺激する。
よく見ると、ハンナの首に何かがついてる。
首輪、か?
「よし、じゃあ、散歩に連れて行ってあげるね」
「あ、ありがとうございます、ソフィー様…」
ハンナの首輪に、リードをくくりつけるソフィー。
ソフィーに引かれる形で、四つん這いの姿勢で後に続くハンナ。
ふと、視線を感じた。
反射的に振り向く。
ソフィー。
驚いた顔をしながら、こちらを見ている。
頭から、血の気が引いていくのを感じた。
見られた。
決して見られてはいけないところを、決して見られてはいけない人物に。
「あ、あの…」
遠慮がちなソフィーの声。
「マーティナ様、これは一体」
「ち、違うんだ、ソフィー。これは、その…」
「それは映像の魔石、ですよね。何故それをマーティナ様が?それに、そのお姿は…」
片手に映像の魔石を持ち、もう片方の手で自らの秘所を弄る。
取り繕おうにも、何をしていたのかは明白だった。
驚きと、軽蔑の混じった表情。
「マーティナ様にこのようなことを申し上げるのは大変恐縮ですが、魔石を勝手に使用されては困ります。それに、その、魔石の映像を観て、なさる、など…」
何も言い返せなかった。
「申し訳ありませんが、機関へ報告させていただきます」
「ま、待て、それはダメだ」
「理由をお聞かせいただけますか、マーティナ様?」
何をしていたか、ソフィーは分かっているはずだ。
まして、ソフィーはこの魔石の持ち主なのだ。
しかし、このことを機関に報告されても困る。
ソフィーの、軽蔑を含んだ視線。
体が反応する。
「わ、分かった、言うよ」
ソフィーが、じっと私を見つめる。
「私が初めてここに来た日。魔石の説明をしてくれたな」
「はい」
「あの日の夜、1つの魔石がテーブルの下に落ちていた」
「映像の魔石、ですね」
「ああ。それで、お前に渡そうと思って拾ったのだが、中の映像を観てしまって、な」
気まずくて、ソフィーの目を見れない。
「後で返そうと思っていたのだが、結局返しそびれてしまって…」
「それで、何度もその魔石を『使われた』のですね?」
「あ、ああ…」
恥ずかしさで、顔が熱くなる。
「あの映像、そんなにお気に召されましたか?」
「その…、そう、だな」
「そうでしょうね。その魔石だけでは飽き足らず、それ以外の魔石にも手を出されるくらいですから」
「す、すまん…」
「ねえ、マーティナ様?」
甘い声。
思わず、ソフィーを見る。
「マーティナ様は、あの映像を観て、興奮してしまわれたのですか?」
「あ、いや、その…」
「マーティナ様のご友人であるハンナ様が、あのような酷い扱いを受けて。それなのに、お怒りになるどころか、興奮なさってしまって。それでご自分を慰めていらしたのでしょう?」
「それは、その」
「マーティナ様も、望んでいらっしゃるのではありませんか?ハンナ様と同じように、マーティナ様も調教して差し上げても、良いのですよ?」
ソフィーの、妖艶な表情。
普段は見せない、ソフィーのもう一つの貌。
以前、巨大魔石の光を浴びた後にみた夢。
その夢に出てきたソフィーが、そこにいた。
「恥ずかしがらないでいいのですよ、マーティナ様?」
いつもの、物腰の低い言葉づかい。
しかし、その言葉にはどこか被虐心をくすぐるところがある。
「ほら、どうされたいのか、おっしゃってくださいな」
ソフィーの顔。
私の性癖を知っている。
私がどうされたいのか知っていて、聞いてくるのだ。
「わ、私も、ハンナのように、ペットとして扱われたい」
心臓がバクバクしている。
以前にも、夢の中で似たような光景をみたことがあった。
しかし、これは紛れもなく現実に起きていることなのだ。
「マーティナ様は、部下である私に、ペットとして扱われたいのですね?」
「あ、ああ、そうだ」
「ふふ。あのマーティナ様が…わかりました。お望みどおり、可愛がって差し上げますね」
ソフィーの、妖艶な表情。
ゾクゾクっとする。
「まずは、ペットとしてのご自身のお立場を、きちんと認識していただくところから始めましょうか」
期待と不安とで、胸が苦しくなる。
「マーティナ様、着ているものを全て脱いでください」
「わ、分かった」
上級士官服を脱ぎ、テーブルの上に置く。
夢で見たあの光景が、現実世界で再現されていく。
下着姿になる。
ソフィーの視線が突き刺さる。
見られている。
部下、それも年下の同性の前で、裸体を晒そうとしているのだ。
屈辱と羞恥心で、頭がクラクラする。
しかしそれ以上に、裸を見られたいという欲求が湧き上がってくる。
下着に手をかける。
ゆっくりと、脱いでいく。
一糸纏わぬ姿になった私を、満足そうに眺めるソフィー。
この後の展開も、私は知っている。
「それでは、こちらへ来てください、マーティナ様」
言われるまま、ソフィーの側まで歩く。
入れ替わるように、ソフィーがテーブルまで歩く。
私がさっきまで着ていた上級士官服を着ていくソフィー。
それを、私はただ眺めているしかできない。
「どうです、似合ってますか?一度着てみたかったんです、上級士官の服」
「あ、ああ、似合っている」
掠れた声で答える。
「それではマーティナ様、始めましょうか」
ニコニコしながら、ソフィーが言った。
きた。
いよいよだ。
「あ、ああ…」
「まずは、所属とお名前、階級を仰ってください」
「研究開発部、技術調査課長のマーティナだ。階級は、大佐」
こんな姿を上層部に知られたら…
しかし、夢の時とは違い、映像は撮られていない。
そして、私はあることを決めていた。
この後、ソフィーの記憶を消す。
大丈夫、大丈夫だ。
私は安心して、この屈辱に浸ることができる。
何の問題もない。
「マーティナ様といえば、この任務が終われば長官となられるお方。そんな方がなぜ全裸で、部下である私の前に立っているのですか?」
ゾクゾクする。
もっと、ソフィーにバカにされたい。
もっと、屈辱的なことをされたい。
ソフィーの、蔑むような目。
被虐心が刺激される。
「わ、私は…部下であるソフィーに、い、いや、ソフィー様にお願いして、このような格好をさせていただいているのです」
ソフィーの驚いた顔。
「そうですか…しかし、私はあなたの部下なのですよ?その部下に対し、上官のあなたがなぜ?」
「そ、それは…私が、ま、マゾ女、だからです」
私の秘めた性癖。
稀代の魔術師と呼ばれ、将来を嘱望されているマーティナの、誰にも知られてはいけない秘密。
私は、その性癖に目覚めてしまったきっかけや、ソフィーにどんなことをされたいのかを告白した。
面白そうにそれを聞くソフィー。
「まさか、ここまで被虐心のお強い方だとは思いませんでした。これを機関の上層部や、あなたの部下たちが知ったら、どんな顔をするのでしょうね」
「い、言わないで、ください…」
「部下の私に、そのような言葉づかいをなさって…分かりました。私もマーティナ様のお気持ちにお応えしなければなりませんね」
そのまま、私の目の前まで歩いてくる。
息がかかりそうなほどの距離で、見つめ合う。
ソフィーの不敵な目。
全てを見透かされている。
マゾヒストとしての私を、見下して欲しい。
屈辱的な目に、合わせて欲しい。
ソフィーなら、その望みを叶えてくれる。
早く、早く…
「マーティナ様、ここで跪きなさい」
背中に電気が走った。
「膝をついて、額を床につけるの」
唾を飲み込む。
「これは命令よ」
「わ、分かりました…」
ゆっくりと、両膝をつく。
見上げる。
上級士官服を着たソフィーが、私を見下ろしている。
心拍数が上がる。
脳に、何か熱いものがじんわりと広がっていく。
部下に、跪いている。
私の上級士官服を着た部下の足元で、全裸で…
蔑むような、ソフィーの目。
もはや、上官としての威厳は地に落ちた。
そのことが、私をさらに興奮させる。
取り返しのつかないことをしている?
問題ない。
ソフィーの記憶を消せばいいのだ。
そうすれば、何度でもこの興奮を味わえるのだ。
「これから、マーティナ様は私のペットです。ですから、きちんとご主人様である私の言うことを聞くのですよ。分りましたね、マーティナ?」
呼び捨てにされた。
脳で、何か熱いものがじんわりと広がっていく。
「わ、分かりました、ソフィー、様…」
「よろしい。では、マーティナにはこれから吸収の魔石を大事なところに入れたまま過ごしてもらいます。これが何かは、分かりますね?」
ソフィーが取り出したのは、吸収の魔石。
特別製なのか、他の吸収の魔石より、色が深いように見える。
「わ、分かり、ます」
「話が早くて助かります。それじゃ、今回は特別に、私が入れてあげます。ほら、お尻をこちらに向けなさい、マーティナ」
「は、はい…」
ぞんざいな言葉づかいをされるたび、体が熱くなる。
ソフィーに、己の臀部を晒す。
「もっと。もっとちゃんと、お尻を突き出しなさい」
「ご、ごめんなさい…」
さっきまで、私に仕えていたソフィー。
その部下の前で全裸になり、あろうことかお尻を突き出しているのだ。
あまりにも恥ずかしく、情けない格好。
恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「ふふ。マーティナのお尻、丸見えですよ。部下である私にこんなみっともない格好をさせられて…」
「い、言わないでください…」
「機関の皆さんが今のマーティナの姿を見たら、どんな顔をするでしょうね?」
「や、やだ、そんなこと…」
「ほら、ご主人様である私が、直々に魔石を入れてあげるんですよ?きちんとお願いしないとだめでしょう?」
「は、はい…わ、私の、その…ここに…ソフィー様の魔石を、入れてください…」
「はい、よくできました」
魔石が触れる感触。
「あ、ああっ」
魔石が、私の大事な所へ侵入してくる。
「ご存知のとおり、吸収の魔石はマーティナ様の魔力を吸収するものです。これからはご主人様である私に、マーティナ様の魔力を捧げるのです。分かりましたね?」
「は、はい…」
「ハンナ様にも吸収の魔石を身につけていただいていますが、マーティナ様のものは特別、強力なものとなっています。魔力の吸収も早いのですが、マーティナ様ほどの魔力の使い手なら、問題ありませんよね?」
「そ、それは…」
「口ごたえするのですか?」
「し、失礼しました」
「それでは、改めて誓っていただきましょうか。マーティナ様、これからは吸収の魔石を使って、私に魔力を捧げ続けてもらいます。誓いますね?」
「ち、誓います…」
「よくできました。いい子、いい子」
頭を撫でられる。
頭がボンヤリする。
嬉しいような、恥ずかしいような…
「ご褒美に、マーティナにプレゼントをあげる」
ソフィーが、バッグから何かを取り出す。
「私のペットである証。付けてあげるから、こちらを向いてください?」
ソフィーが手に持っているもの。
首輪。
あれを私に付けるというのか。
それでは、本当に犬や猫のようではないか。
胸が、甘く締め付けられる。
「ほら、おいで?私のマーティナ」
逆らえない。
言われるまま、ソフィーの方へ頭を向ける。
ソフィーが、しゃがみ込んで、私の首元に手を伸ばす。
ひんやりとした感触。
「うん、やっぱり似合ってる」
本当に、首輪をつけられてしまった…
「ほら見て、似合ってるでしょう?」
ソフィーが、鏡を差し出してくる。
全裸の女が、情けない表情をしてこちらを見ている。
四つん這いになり、その首元には、革製の首輪。
「もうすっかり、私のペットになってしまいましたね、マーティナ様?」
「ああ、そんな…」
「でも、こうされたかったんでしょう?」
「そ、それは…」
「これからは、私のペットとして好きなだけ甘えていいのですよ?嬉しいでしょう?」
「は、はい…」
「ほら、ご主人様に忠誠を誓いなさい、マーティナ」
この声を聞くと、もう逆らえない。
いや、逆らいたくない…
私の、ご主人様…
「ソフィー、様…私の、ご主人様…どうかマーティナのご主人様になってください。私をご主人様のペットとして、可愛がってください」
口にした途端、急に体から力が抜けた。
「あははははは!」
ソフィーの高笑い。
嫌な予感がした。
「これで契約は成立です」
慌てて、首輪に手を伸ばす。
外せない…
力任せに引っ張っても、息苦しくなるだけだった。
「無駄ですよ。どうあがいても、ご自分の力では取れません」
「な、何をした…」
「先ほど、マーティナ様の中に入れた魔石ですが、あれは吸収の魔石ではありません。あれは、契約の魔石」
血の気が引く。
体の中に入っていた魔石を取り出す。
どうりで、他の吸収の魔石と色が違うはずだ。
特別製などではなく、そもそも別の魔石だったのだ。
「一度契約がなされた以上、そう簡単には解除できませんよ」
「だ、だましたな!」
「マーティナ様のお望みどおり、私のペットになっていただきました。その首輪も、ただの首輪ではありません。服従の首輪です。マーティナ様なら、ご存知でしょう?」
「き、貴様…」
服従の首輪。
ビーストテイマーが猛獣に対して使う、調教用のアイテム。
猛獣の反抗心を削ぎ、意のままに操るために使用されるものだ。
私の部下にもビーストテイマーとしての能力者が居る。
特に扱いの難しい猛獣に対して使用したり、新人の研修時に安全面を考慮して使用しているのを見たことがある。
しかし、人間に使うなどと…
「おっと、睨んでもダメですよ。もう契約は成されたのですから」
うかつだった。
途中まで、洞窟で見た夢と同じだった。
てっきり、そのまま同じ経過を辿るものと思っていた。
それに、この女の本性を甘く見ていた。
とはいえ、今ならまだ間に合う。
今回のように、意に反した契約をさせられてしまった場合、解除することのできる魔術がある。
手に持った契約の魔石に、意識を集中する。
契約の魔石が、淡い光を放つ。
「マーティナ、やめなさい」
「あっ…」
魔石の光が消える。
「く、くそっ」
もう一度、魔石に意識を集中する。
今度こそ。
再び、魔石が光を放ち始めるが…
「マーティナ、ダメでしょ?」
「ああっ…」
魔石の光が消える。
「無駄ですよ?その服従の首輪には、特に強い魔術を施しています。マーティナ様のお友達であるハンナ様からいただいた魔力をたっぷりと使ってね」
「ぐ、おのれ…」
ソフィーを睨みつける。
「さすがマーティナ様ですね。契約の魔石と、特製の服従の首輪を使っても、まだそんなに強い意志を保っていられるなんて。稀代の魔術師の名は伊達ではありませんね」
うなだれる。
「この契約の魔石は、私が大切に保管しておきます。マーティナ様は、契約内容がじっくりと定着し、心と体に刻み込まれていくのを、指をくわえて見てるしかないのですよ」
ソフィーが可笑しそうに笑う。
契約の魔石を私から奪い取り、頑丈そうな金属製の箱にしまうソフィー。
箱に手をかざし、魔術を唱え始める。
いまだ!
私は意識を集中する。
ソフィーの記憶を操作するのは、今しかなかった。
記憶を操作し、あの魔石を回収する。
その後、契約の解除を行う。
目を閉じ、ソフィーの意識を探る。
空間に漂う、ソフィーの魔力。
見つけた。
ゆっくりと、ソフィーの意識に近づいていく。
ソフィーの意識と私の意識を重ね合わせ、少しずつ同調させていく。
心臓の音がうるさい。
集中しろ、集中しろ…
このまま互いの意識を同調させることができれば、あとは偽りの記憶をソフィーに植え付ければいい。
そうすれば…
「無駄ですよ」
「…えっ?」
「私の記憶を操作しようとなさっているのでしょう?」
「あ、え、その…え?」
「私が何の対策もしていないとお思いですか?」
「な、何、だと…」
「まず、この上級士官服。もともと魔術への耐性を高める効果があるのはご存知ですね?」
唇を噛む。
上級士官服を着たのは、それを見越してのことだったのか?
確かに、あの服には魔術への耐性がある。
しかし、私とソフィーの魔力差を考えれば、たやすく打ち破れるはず。
「それと、これです」
腕にはめたアミュレットを、見せつけてくる。
同じく、高い耐魔性を備えたアイテムだ。
「きっと最後は、私の記憶を操作してくるだろうって思ってたんです」
怒りが、不安や焦りに変わっていく。
「でもまさか、こんなにうまくいくなんて…」
嬉しそうに笑うソフィー。
「将来を嘱望された、稀代の魔術師であるマーティナ様。私に魔力を貢ぎすぎて、せっかくのその才能を枯らしてしまわないよう、くれぐれもお気をつけくださいね?」

コメント