救いの女神 最終話 2/2

不安そうな、どこか怯えた表情の篠田。
長イスの方を見る。
そこには、私のスマホと、さっき脱いだ服しかない。
「やっぱり、宮原先輩、ですよね」
不安そうではあるものの、先ほどよりもしっかりとした、やや低めの声。
「あの、これは…」
そういえば、スマホが録画中だった。
すぐに起き上がり、長イスに駆け寄る。
私が取るよりも早く、篠田が私のスマホを取り上げた。
「か、返しなさい。返して…」
それだけ言うのがやっとだった。
「嫌です。返しません」
篠田。
不安そうな表情はもうない。
スマホに手を伸ばすが、ただ空を切っただけだった。
「宮原先輩、ここで何してたんですか?」
「な、何って、その…」
パニックで頭が回らない。
「何をしていたのかって、聞いてるんです」
「そ、そんなこと、あなたに…」
「私に言えないようなこと、してたんですか?」
「篠田、いい加減にしないと怒るよ」
「いいんですか、そんなこと言って」
そう言って、私のスマホをチラチラと見せてくる。
「まだロックが掛かってないから、スマホの中身も見れちゃいますよ。それに動画を見れば、先輩が何してたかなんてすぐに分かるし」
「わ、私を脅すの?」
「私のユニフォームですよね、それ」
「あ、これは…」
「途中で忘れてきたことに気付いて、戻ってきたら、ドアが閉まってて…でも、電気は点いてたから、中に誰かいるのかとも思ったけど、呼んでも返事がないし…職員室に行って、鍵を借りてきたんです。そしたら…」
「ご、ごめん…」
「宮原先輩が言いたくないなら、無理に言わなくてもいいです。でも、申し訳ないですけど、私途中から見てました。宮原先輩が言ってたことも、何となく聞き取れたし…」
恥ずかしさが込み上げてくる。
見られていた。
一番知られたくない姿を、一番知られたくない人に、見られてしまった。
「でも私、嬉しかったんです。最近、宮原先輩に避けられてる気がして…嫌われるようなことしちゃったかもしれないって、ずっと思ってて…」
副部長の言葉を思い出した。
「すごくビックリしたけど、でも私、宮原先輩のこと、好きだから、だから…」
そう言って、目を伏せる篠田。
しばしの静寂。
何か言わなければ。
そう思った時、篠田が顔を上げた。
いつもの敬意を含んだ表情ではなく、いたずらっぽい表情で私を見ている。
身体が反応する。
あの目は…
有無を言わせない、強い意志を感じさせる目。
その目で見られると、篠田に逆らえなくなることを私は知っている。
「宮原先輩、私を宮原先輩のご主人様にしてください」
「えっ」
「私、宮原先輩ともっと仲良くなりたいです。だから、私のマゾ奴隷になってください」
『マゾ奴隷』という言葉を聞いた瞬間、再びスイッチが入ったのを感じた。
もう、逆らえない。
「誰にも言いません。私と宮原先輩だけの秘密です。ダメですか?」
「そ、そんなの…」
「宮原先輩の、いや、麻衣さんの喜ぶこと、いっぱいしてあげます。それに私、Sだから、Mの麻衣さんと相性もバッチリだし。ねぇ、ダメ?」
上目遣いで私を見る篠田。
「麻衣、私のペットになりたいんでしょ。どうなの?」
今まで聞いたことのない、篠田の低い声。
「そ、それは…」
「今ここで決めて。いや、決めなさい。私のペットになるか、それとも、ならないか。別にペットにならなくても、他の人に言いふらしたりしないわ。でも、あとでやっぱりペットにしてくださいってお願いされても断るから。どうなの、麻衣?」
「う、あ…」
私が怒らないと確信したのか、次第に言葉遣いも強いものになっていく。
「ほら、ヘンタイマゾの麻衣ちゃん、私に屈服して、情けない声でお願いしたら、ペットにしてあげますよ?それとも、これまでも今までみたいに独りで想像しながら、情けなーく敗北オナニーしてますか?」
悔しい。
怒らなければ。
そう思っても、マゾヒストとしての習性がそれを阻んだ。
「私にこんなこと言われて、もうアソコを濡らしてるんでしょ?ほら、素直になりなさい。篠田様に屈服して、マゾ奴隷になりますって。篠田様のマゾペットとして、服従しますって」
屈辱的な言葉を投げかけられる度、私の理性が削れ落ちていく。
「わ、私は…」
「これからも、自分を偽って、周囲を偽って生きていくの?私なら、麻衣の本当の姿、受け入れてあげられると思う。それとも、私じゃ、ダメ?」
どこか、自信のなさそうな表情。
胸が締め付けられる。
「誰にも言えず、独りで抱え込んでたんでしょう?今まで辛かったね。でももう、大丈夫、私がいるから、ね?」
視界が歪む。
篠田の顔がぼやける。
「麻衣、ごめんね。嫌な言い方してごめんね。でも、私は本当に麻衣のことが好きなの。少しでも麻衣の支えになりたいの。だから…」
篠田の姿が近づいてくる。
体が包まれる。
篠田の匂い。
とても安心する。
頭を撫でられる。
耳元で、篠田の声。
「別に、SとかMとか、そんなのじゃなくて…ごめんなさい、私…」
肩に熱いものを感じた。
それは、そのまま背中に伝っていく。
「今日はもう帰りましょう。外、真っ暗ですよ」
そう言って、私から離れる篠田。
私の服を持ってきてくれる。
「ほら、着られますか?」
そう言って、下着、制服を順番に着せてくれる。
「あーもう、顔がぐしゃぐしゃですよ」
そう言って、ハンカチで涙や鼻水を拭ってくれる。
「お母さん」
「えっ?」
「なんか、篠田、お母さんみたい」
「何言ってるんですか」
そう言って、篠田は赤くなった顔をそむけた。

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