私は動揺していた。
束の間の出来事だったので一瞬夢でも見ているのかと思ったが、それは確かに現実らしかった。
その日の練習も終わり、私はいつものように友達と下校する途中だった。
校門の辺りまで来た時、消してきたはずの音楽室の電気が点いていたのである。
消灯・戸締りは、部長である私の責任である。
確かに消してきたのに、そうは思っても、電気が点いている以上は消しに戻らねばならない。
顧問の内藤先生は優しいので、消灯を忘れたとしても私を厳しく叱る事はないだろう。
ただ、そのことで内藤先生に迷惑が掛かるのは忍びなかった。
すぐ戻ると友達に告げ、急いで音楽室に向かった。
この学校は県内でも評判が高い。
私が今率いている吹奏楽部も歴史が古く、名門校として代々その名を馳せていた。
その為練習時間は長く、どうしても帰宅時間が遅くなってしまう。
すっかり人気の無くなった廊下を通り、音楽室の前まで来た。
私はドアに手を伸ばした時、中から聞こえてくる声に気付いた。
二人ほど居るのだろうか。
そのうちの一人は声からして内藤先生らしい。
そしてもう一人、こちらの声も聞き覚えがあった。
西田茜。
吹奏楽部の一年だ。
清楚で可愛らしく、とても整った顔立ちをしている。
彼女の見せる笑顔は、女の私でもはっとさせられる時がある。
こんな時間に二人で何をしているのだろう。
茜が内藤先生に練習を見てもらっているのかもしれないと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
この時間になると、近隣の住民に迷惑を掛けぬよう、楽器の演奏が禁じられている。
室内からも楽器の音は聞こえてこない。
用があるなら練習中に言えばそれで済む。
それでもこんな時間になって、しかもわざわざ一度鍵をかけた部屋を開けて。
それほどまでに大事な、もしくは聞かれては困る話なのだろうか。
そう考えると、ドアを開けるのを躊躇ってしまう。
ただ、先生がいるならわざわざ自分がここへ来る必要はなかった。
用が済んだら、先生が自分で消灯・戸締りをするだろう。
そう思い直し、中の様子を気にしつつも帰ろうとした時だった。
中から悲鳴が聞こえた。
驚いて立ちすくんでいると、何かを叩く渇いた音と、もう一度悲鳴が聞こえた。
私の知る限り、内藤先生は生徒に手を上げる教師ではない。
しかし、中からは確かに悲鳴が聞こえた。
それからも叩く音と、それに続いて悲鳴が何度も聞こえてきた。
留めに入ろうと思ったが、身体が動かない。
震える手をドアにかけたまま、中の様子を聞いていた。
しばらくして、ある事に気付いた。
悲鳴を上げているのは茜ではなく内藤先生の方らしいのだ。
という事は…
想像した瞬間、身体に電流が走るのを感じた。
思わずドアに耳を着ける。先程までよりはっきりと中の様子が聞こえてくる。
「このメス豚!もっと速く歩きなさいよ!」
耳を疑った。
しかし罵るような言葉は終わらない。
「返事は?」
「はっ、はい!」
「ほんとに先生は変態ですね」
「あ、ありがとうございますぅ」
「キャハハッ!ありがとうございます、だって。お尻叩かれて罵られて、そんなに嬉しいんですかぁ、先生?」
「はいっ、私は教え子にお尻を叩かれて罵られて喜んでしまう変態教師ですっ!」
こんなことがあるのだろうか。
教師が教え子を、というのならまだ理解できない事もない。
しかし、あろうことか生徒が教師を…
だが、このドアの向こうからは確かに茜と内藤先生のそういったやり取りが聞こえてくる。
その時になって初めて、私は自分の身体が熱く火照っている事に気付いた。
鼓動が信じられないくらい速くなっている。
うまく呼吸できない。
「あらあら、こんなことされて喜んでるだなんて。先生ってば、本当にマゾなんですね」
「はいっ!わたくし内藤美登里は、自分の妹よりも年下の西田茜様に跨られ乗り回されて感じてしまう、どうしようもないマゾ女ですっ!」
マゾ。
肉体的、精神的苦痛を受ける事で性的な興奮を覚える人。
そういう人々がいることを、知識としては知っていた。
確かに内藤先生は優しい。
しかしそれは気が小さいということではない。
包み込んでくるような、そんな優しさだ。
生徒の間違った鼓動に対してはきちんと叱る事のできる良い意味で大人な女性。
そんな彼女に、私は憧れすら抱いていた。
それなのに…
マゾという言葉が聞こえてくる度、強い嫌悪感を覚える。
同時に、身体の奥からこみ上げてくる熱い衝動も自覚した。
急に、中を覗きたいという強い衝動に駆られた。
二人に気付かれたらどうしようとも思ったが、好奇心と激しい興奮を抑える事はできなかった。
ドアノブをゆっくりひねる。
それから、そっと扉を開ける。
どうにか中の様子が見れるほどの隙間を作ることが出来た。
音を立てないよう気をつけながら、音楽室の中を覗きこんだ。
まず見えたのは、ドア近くに設置されたグランドピアノ。
その奥に二人はいた。
一糸まとわぬ姿で、犬のように這い回る内藤先生。
そのゆるみきった表情からは、普段の凛々しさは微塵も感じられない。
目はあさってのほうを向き、口元は涎でまみれている。
恥らっているようにも見えるが、明らかに悦んだ表情を浮かべていた。
そして、その上には…
跨るようにして、西田茜が乗っていた。
彼女の顔を見た時、言いようの無い高ぶりを覚えた。
そんな自分に戸惑い、恥ずかしく思った。
まだ幼さの残る顔。
私の前で見せる笑顔は、とても無邪気で愛らしかった。
今私が見ている茜も満面の笑みを浮かべている。
それは普段の彼女と変わりないようでいて、全く別人に思えた。
産まれたままの姿で、涎を垂らしながら這い回る教師。
その上に制服を着たまま跨り、罵りながら平手で教師の尻を叩く少女。
「ねえ先生、先生がどんなにはしたない格好してるか、ご自分で解っておいでですか?」
「は、はいっ、私は今、教え子の茜様をお乗せしながら、スッポンポンで床を犬のような格好でハイハイしてますっ」
「ねえ先生、こんな惨めで情けない姿を誰かに見られたらどうしましょうねぇ?」
「いやっ、言わないで…」
「言わないで下さいでしょ、先生?」
「言わないで下さい、茜様」
「そうですか?でもその割には随分と嬉しそうですよ。ほら、ここもこんなになってる」
「あぅっ、や、やめて、そんなところ…」
「止めて下さい、でしょ。何度言ったら分かるんです?」
「や、やめてくださ、あぅっ!」
「うふふ。可愛いですよ、先生」
そう言って茜は、内藤先生の茂みから手を離した。
内藤先生の愛液にまみれた手を眺める茜。
そして、ゆっくりとドアの方へ視線を移してくる。
茜と目が合った。
妖しく微笑むと、その手についた愛液を私に見せ付けるように舐めとる。
そんな茜の表情を、私は熱に浮かされたように見入った。
茜は満足したような顔で内藤先生から降りた。
「先生、私そろそろお暇しますね」
「そ、そんな…」
「不満なんですか?それなら明日以降から先生の相手はいたしませんよ?」
「も、申し訳ありません!茜様の貴重なお時間を私ごときに使って下さいまして、本当に有難うございました」
深々と土下座する先生。
「そうねえ、でもこれからはもう少し間隔が開くかもしれません。先生も大分いい子になってくださったし、それに…」
茜は私の方を見た。
その瞬間、私は我に返り、慌てて逃げ出した。
校門には、既に友人の姿は無かった。
携帯には友人からの履歴が残っていたが、メールで謝っておいた。
家に帰ってきても、動機は治まらなかった。
テレビを見て紛らわそうとしたが、音楽室での光景が脳裏に焼きついて離れない。
母に怪しまれたが、適当に誤魔化した。
お風呂に入ろう、そう思った。
脱衣所の鏡を見る。
紅潮した私の顔が映っていた。
お風呂を済ませ、自室の机に向かう。
勉強をしなければと思うのだが、少しもはかどらない。
二人の、特に茜の顔を思い出す度に身体が熱く反応する。
そんな自分に嫌悪感と、どうにかなってしまったのではないかという恐怖。
その二つの感情に押しつぶされそうになる。
私は、自分をどうにか保っていた。
もし、私が内藤先生の立場だったら…
思わず想像してしまう。
本来、こちらが指導される側にある後輩。
そんな子から辱めを受ける。
しかもその子は、あの西田茜なのだ。
以前、彼女から尊敬していると言われたことがあった。
私の通う学校では秋に学校説明会が行われている。
進学校として有名な為、毎年多くの受験生が訪れる。
その受験生を演奏で迎えるのが、吹奏楽部代々の慣わしとなっていた。
中には憧れと感動のあまり泣き出す子もいるくらいだ。
前年、私はこの演奏でソロパートを任された。
当時受験生だった茜は、その姿に憧れ『絶対合格して、私もここの吹奏楽部に入るんだ』と心に誓ったらしい。
その事を本人から聞かされた時、悪い気はしなかった。
確かに茜は私を慕っているらしかった。
演奏のことで厳しく指導しても、決して反発することはなかった。
上達するのも早く、褒めてあげると少しはにかんで、でも嬉しそうで…
最近では、そんな茜が自分の妹のように思えてきたのだ、
その茜に…
あの時茜はドアの向こうにいる人影に気付いているらしかった。
目も会ったし、何よりあの思わせぶりな仕草、物言い。
ドアの隙間は小さかった。
向こうは、覗き見していたのが私だとは分からなかっただろう。
それでも、もし私だと気付かれていたら…
期待と不安の入り混じった感情に襲われる。
履き替えたばかりのショーツは、既にびっしょりだった。
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