救いの女神 最終話 1/2

翌日も、身体中ラクガキしてから自分の痴態を動画で撮る。
そして、それを見返しては、独りで慰める日が続いた。
日に日に、自分の中で大きくなる感情がある。
部活中は、努めて冷静に振舞っている。
しかし、篠田と目が合った瞬間、身体が反応してしまうのだ。
恥ずかしいような、いたたまれないような…
私の性癖を篠田が知っているはずはないのだが、見抜かれているのではと思ってしまうのだ。
絶対にバレてはいけない。
しかし、冷静に振る舞おうとすればするほど、篠田のことを意識してしまう。
ある日、部活終了後、副部長に呼び止められた。
「ねえ、篠田のことなんだけど」
心臓が飛び跳ねた。
平静を装い、尋ねる。
「篠田が、どうかしたの?」
「どうかしたっていうかさ、気のせいかもしれないけど。最近アンタ、篠田のこと…」
「うん」
「篠田のこと、避けてない?それに、篠田に対して指導が厳すぎる気もするし」
「そ、そうかな」
「なんとなくね。アンタにしちゃ、珍しいというか。どっちかっていうと、篠田のこと気に入ってるように見えてたから」
「え?」
「いや、変な意味じゃなくてさ。一年の中では実力もあるし、面倒見も良さそうだし。篠田もアンタのこと慕ってるっぽいし…」
「そ、そうかな」
「私にはそう見えるって話。なんでもないならいいけど、ちょっと篠田も気にしてるのかなと思ってさ。それに、一応これでも副部長なんだから、何かあれば抱え込まずに相談してよ。アンタ、時々独りで抱え込んじゃうところあるしさ」
「ん、ありがと」
「部長って立場も大変だと思うし、来年は受験もあるし。いつも頼ってばかりで申し訳ないけど、頼れる時は私らにも頼ってくれい」
そう言って、去っていく。
トイレに寄り、個室から出ようとした時だった。
一つのグループがトイレに入ってきた。
聞き覚えのある声。
部活の一年達だ。
篠田の声。
個室のドアに伸ばした手を、思わず引っ込める。
彼女達は、そのまま鏡面の所に留まった。
週末に遊ぶ約束をしているらしく、行き先について話している。
出ていくタイミングを逃してしまった。
取り留めのない会話が続く。
いい加減、出て行こうかと思った時だった。
「あ、そうだ。ねぇ、知ってる?」
「え、何?」
篠田の声。
「ちょっと、手をグーってしてみて」
「え、こう?」
「そうそう。じゃあ、今度は私が手でグーを作るから、その上に手を乗せてみて」
「はい」
「あ、やっぱり」
「なになに、やっぱりって、何が?」
「この前テレビでやってたんだけど、これでその人がSなのかMなのかが分かるんだって」
「えー、何それ」
笑い声。
「で、私はどっちなの?」
「S」
再び笑い声。
「私、Sじゃないよー」
「なんで亜架里ちゃんがSなの?」
「こちらがグーを出している時、亜架里はグーのまま手を乗せてきたでしょ?そういう人はS」
「えー、じゃあ、Mの人は?」
「グーじゃなくて、パーで乗せてきたらMなんだって」
他愛ない会話。
ただ、私の心拍数は上がっていた。
その後、身近な人の名前を挙げては、Sっぽいだの、Mっぽいだの、好き勝手に判断していく。
「宮原部長は?」
「あの人はSでしょー」
「うん、私もSだと思う」
篠田の声。
しかし…
「えー、でも私は部長、Mだと思うな」
「いやいや、それはないって」
「分かってないなぁ。一見Sっぽいけど、ああいうクールな人ほど、実はMだったりするんだよ」
「ほんとにー?」
「なんか、想像できないけど」
自分の事を話している。
好き勝手いう後輩に、本来なら怒るところだが…
どこか現実味がなく、夢を見ているような感じだ。
「でも、Mだったら面白いけどね」
篠田の声。
胸が締め付けられる。
「亜架里はSだし、ちょうどいいんじゃない?」
「ちょうどいいって、何がちょうどいいのよ」
笑い声。
「でも、こんな話してるところ先輩達に聞かれたら、怒られるよね」
「怒られるだけで済めばいいけどね」
そう言って、トイレから出て行く後輩グループ。
声が聞こえなくなってから、しばらくして私もトイレから出た。
さっきのは何だったんだろう。
取るに足らない雑談。
しかし、私の中のスイッチを入れるには、充分だった。
身体中、火照っているのが分かる。
家まで、もつかな…
着替えるため、一度部室に戻る。
部活が終わってからだいぶ時間も経っているため、誰も残っていなかった。
制服に着替えようと、ロッカーに手を伸ばす。
ふと、視界の隅に、白いものが映った。
一年生のロッカーがある辺り。
ユニフォーム?
誰かが忘れていったのだろう。
長イスの上にユニフォームが無造作に置かれていた。
「まったく、もう…」
後で注意しないと。
持ち主を確認するため、長イスに近づく。
「誰の…」
ユニフォームに書かれた名前。
こんなことがあるのか。
口の中が渇く。
頭がぼうっとする。
無意識のうちに、私は『篠田』と書かれたユニフォームに手を伸ばした。
拾い上げたユニフォーム。
さっきまで、持ち主が着ていたものだ。
濡れていて、ヒンヤリしている。
部活中の激しい運動。
それによって生じた汗を、このユニフォームが吸収しているのだ。
持ち帰って洗濯しようと思っていたのだろう。
それで、バッグにしまい忘れて帰ってしまったのだ。
手に持ったそれを、顔に近づける。
篠田の匂い。
ユニフォームを顔に押し付け、鼻から思い切り息を吸う。
頭の中が、篠田でいっぱいになった。
現実世界の篠田。
妄想の中の篠田。
後輩として、先輩の私を敬う篠田。
主人として、マゾ奴隷の私を屈服させる篠田。
様々な篠田が、頭の中に浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
もう、我慢できない…
部室のドアまで行き、鍵をかける。
きちんと施錠されていることを確認し、長イスの所へ戻る。
ユニフォームを手に取り、再び顔に押し付ける。
もう片方の手を、自らの秘所に伸ばす。
後輩のユニフォームの匂いを嗅ぎながら、オナニーする先輩。
なんとも情けなく、滑稽な姿だ。
でも、誰も見ていない。
それに、もうスイッチは完全にオンになっている。
止めることなどできるはずがなかった。
妄想の中の篠田。
篠田が、蔑むような笑みを浮かべて、私を見ている。
見ないで…
『私のユニフォームで、何をしているんですか?』
「ご、ごめんなさい…」
『部室の中で、後輩の汗が染み込んだユニフォームを持って、何をしてたんですか、宮原先輩』
イジワルっぽい口調。
『私の匂いを嗅いで、発情しちゃったんですね?それで、我慢できなくなっちゃったの?』
「は、はい…」
『宮原先輩は、ご主人様の匂いを嗅いで、エッチな気分になっちゃって、独りで惨めに慰めてたんですね?』
「は、はい、そうです…」
『でも、私はユニフォームを勝手に使っていいなんて許可した覚えはないんですけど』
「ごめんさない…」
『オシオキが必要ですね。ほら、ここで裸になってください』
「こ、ここで、ですか?」
『私の言うことが聞けないんですか?』
鋭い目つきで睨まれる。
「す、すみません、脱ぎます」
上履きと靴下を脱ぐ。
そして、一枚ずつ服を脱いでいく。
一糸まとわぬ姿になる。
部室とはいえ、全裸になるのはさすがに恥ずかしい。
「は、裸になりました…」
『そう。じゃ、スマホ出してください。私が宮原先輩の恥ずかしいところ、撮ってあげます』
スマホを取り出す。
動画撮影モードにして、長イスの上に置く。
全身が写るよう、脱いだ服でスマホを固定し、角度を調整する。
『準備もできたし、オシオキを始めてあげます。スマホに向かって、自己紹介してください。ポーズも忘れないでくださいね』
立った状態で、両手を頭の後ろに持ってくる。
そして、膝を少し曲げた状態になる。
「私、宮原麻衣は、部活の後輩である篠田亜架里様に調教していただいている、ヘンタイマゾ奴隷です。篠田様に屈服し、命令されることで感じてしまう、どうしようもないマゾ女です」
いつも妄想の中で繰り返してきたセリフ。
何も考えなくとも、自然と口をついて出た。
『よくできました。宮原センパイは、おりこうさんですねー』
長イスに腰かける、ユニフォーム姿の篠田。
スマホを手に持ち、嗜虐的な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
『じゃあ、次は服従のポーズね』
「はい…」
スマホの角度を調整してから、仰向けになる。
背中に、床のヒンヤリとした感触が広がる。
長イスに座った篠田が、私を見下ろしている。
両腕と両足を曲げた状態で上に出す。
卑屈な表情を浮かべ、篠田に媚びる。
長イスの篠田が、楽しそうに笑う。
見下したように笑う篠田を見て、私は胸が締め付けられるような悦びに包まれる。
『宮原センパイ、いや、麻衣。マゾ犬らしい、情けない姿になっちゃったね。どう、嬉しい?』
「はい、嬉しいです」
『じゃあ、お礼を言わないとね』
「はい、篠田様、ありがとうございます」
『でも、これはオシオキなのよ?それなのに、喜んでちゃオシオキにならないじゃない』
「ご、ごめんなさい」
『罰として、オナニーはお預け。私はこのまま帰るから、麻衣も家に帰って、私を思い出しながら情けなく敗北オナニーでもしてなさい』
「そ、そんな…お願いします、篠田様。私の情けない負け犬オナニー、ここでさせてください。篠田様に見ていただきながら、篠田様に屈服しながらオナニーする私の姿、どうかご覧になってください」
『どうしようかな。私、忙しいんですよね。明日の準備もしなくちゃいけないし』
「お願いします、篠田さまぁ…」
『あはは!そんな情けない声出しちゃって。いつもの威厳はどこにいっちゃったの?見る影もないわよ』
「そんな、イジワルしないでぇ…」
『あーあ、幻滅しちゃうなぁ。情けない声で、後輩に必死にオナニーさせてください、オナニー見ててください、なんて。プライドのかけらもないの?』
篠田の言葉が胸に突き刺さる。
胸が締め付けられる度、脳に幸福感が拡がっていく。
「プライドのかけらもない負け犬です。篠田様に屈服して、一生忠誠を誓う、マゾ奴隷です。ですからどうか、お願いします…」
篠田に向けて、一生懸命媚びる。
『分かったわ。麻衣は一生私のマゾ奴隷として生きるのね』
「はい、そうです」
『年下の私に見下され、馬鹿にされながら、生きていくのね。もし私に恋人ができても、結婚したとしても、あなたは一生オナニーしかできないの。それも、私が許可した時だけ。私達がセックスしてる間も、あなたはただ私が許可をした時だけ、お情けで負け犬オナニーをさせてもらえるの。それでもいいの?』
何も考えられない。
ただ、もっと刺激を、興奮を求める。
「はい…」
『そう、それがあなたの答えなのね。分かったわ。見ててあげるから、好きなだけオナニーしなさい』
「あ、ありがとうございます!」
『それと、特別にこれを使わせてあげる』
ユニフォームを脱ぎ、私に投げてよこす。
篠田のニオイが染み込んだユニフォーム。
篠田を見る。
下着姿の篠田が頷く。
篠田にお礼を言い、私はユニフォームに顔を埋めた。
仰向けのまま、篠田のニオイをめいいっぱい吸い込み、自らの秘所を擦り上げる。
脳がスパークしそうだった。
頭がチカチカする。
篠田の声。
こんな快感があったなんて。
喜び、屈辱、怒り、希望、絶望。
様々な感情が入り乱れる。
私は自らの性癖を呪い、そして感謝した。
篠田の声。
頭の中が白くなる。
身体の奥から、大きな波が襲ってくる。
全身に強烈な電流が走る。
身体を仰け反らせ、痙攣しながら、何度も篠田へ感謝の言葉を述べる。
そして、少しずつ非日常から日常へと感覚が戻っていく。
私は…
少しずつ、ハッキリしていく意識。
先ほどまでの自分の姿を、冷静に考えられるようになる。
「宮原先輩」
篠田の声。
まだ、妄想の中にいるのか。
「宮原先輩、ですよね…?」
先ほどと打って変わり、か細い、消え入りそうな声。
私はまどろみの中から一気に現実に引き戻された。
恐る恐る、顔からユニフォームを離す。
篠田。
下着姿ではなく、制服のまま、篠田が立っていた。

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