救いの女神 4話

翌日も、そのまた次の日も、例の動画を観た。
あの二人が、その後どうなったか。
気になったが、結局あの二人が出ている動画はあれ以外見当たらなかった。
教師と、その教え子。
それが、何故あのような関係になったのか。
撮られていた動画は、あの後他の教え子に観られてしまったのか。
結局、インターネット上に流出してしまったようだけど…
『お化粧』と称し、全身ラクガキされた女性。
そして、一部始終をカメラに収められていた。
自分がマゾであることは、今更否定しようもない。
一度受け入れてしまえば、ただ更なる刺激を求めていく…
日に日に強くなる好奇心を抑えることはできなかった。
スマホを動画モードにする。
机の上に置き、参考書や辞書などで挟み、固定する。
少し離れた場所に立ち、全身が映るようにスマホの向きを調整する。
改めて、少し離れた場所に立つ。
心臓が脈打っているのを感じる。
期待と不安が入り混じったような、胸の高まり。
別に、誰に見せるわけでもない。
終わったら、すぐに消してしまうものだ。
よし…
「皆さんはじめまして。麻衣といいます。この動画を観てくださって、ありがとうございます」
頭がボーッとしてくる。
「今日は、皆さんに本当の私を知って欲しくて、この動画を撮りました。よかったらぜひ、最後まで観てください」
スマホに向かってしゃべる。
誰にも見せないと分かっていても、いざ言葉にするのは勇気が要った。
「私は普段、学校でも家でも優等生として振舞っています。部活でも部長として、厳しく部員たちを指導しています。でも…」
か細い声。
自分の秘めた願望を告白する。
水性マジックを手に取る。
動画で観た『お化粧』を思い出す。
自分で書いてみると、意外と難しい。
『マゾブタ』
歪な文字。
『飼い主ぼしゅう中』
『ヘンタイ部長』
『後はい専用マゾどれい』
思いついた言葉を、自らの身体に書いていく。
鏡に映った自分を見る。
なんとも滑稽な姿だった。
スマホに向き直る。
「ご覧の通り、私はマゾブタとして、ご主人様に飼っていただきたいヘンタイ女です。年下の女の子に屈服し、服従することを想像しながらオナニーする、どうしようもないマゾです。どうか、こんな私を調教してくださるご主人様がいましたら、マゾ奴隷としてお仕えさせてください。恥ずかしい思いをいっぱいさせてください。よろしくお願いします」
スマホに向けて、土下座する。
気持ちの昂りは感じる。
しかし、どこか物足りなさも感じる。
相手がいないから、リアリティがないのだ。
誰か…
一人の女の子の顔が浮かんだ。
篠田亜架里。
部の後輩だ。
礼儀正しく、私をはじめ、上級生の言うことをよく聞く子だ。
実力もあり、同級生からも信頼が高く、次期部長候補の一人だ。
「篠田、様」
何気なく、口をついて出た。
その瞬間、身体が熱くなるのを感じた。
普段、礼儀正しく接してくる篠田。
その篠田が今、私を見下ろしている。
半笑いで、嘲るような目。
「篠田様」
『宮原先輩、どうしたんですか、そんなカッコして』
「あ、あの、篠田様に本当の私を知って欲しくて…」
『ふーん、本当の宮原先輩ねえ…』
ニヤニヤしながら、私を見下ろす篠田。
「あの、私、いつも偉そうにしてるけど、本当は、その…」
『マゾなんでしょ?』
「えっ」
心臓が飛び跳ねた。
『知ってますよ。マゾなんでしょ、宮原先輩。じゃなきゃ、そんなカッコしないですよ。それに、私のこと篠田様なんて呼んじゃって」
「えと、その…」
『ん?違うの?』
「ち、違わないです」
鼻で笑う篠田。
『で?マゾの宮原センパイは私にどうしてほしいの?ん?』
「あ、えと…篠田様に、その…」
口が渇く。
「篠田様に、私の飼い主になってほしくて…」
『飼い主?』
「は、はい。飼い主になって、わ、私を、調教してください」
絞り出すようにして、言う。
『ふぅん、調教ねぇ…』
いたずらっぽく笑いながら、考える仕草をする篠田。
『それって、私の言うことを何でも聞くってことですよね』
「は、はい」
『分かった。じゃあ、今日から宮原センパイの飼い主になってあげる。あ、ペットにセンパイって付けるのもなんか変だし、麻衣って呼ぶね。いいでしょ、麻衣?』
「は、はい、ありがとうございます」
『ありがとうございます篠田様、でしょ?』
「あ、ありがとうございます、篠田様」
『アハハ!本当にマゾなんですね。こんな事言わされて、怒るどころかお礼まで言ってるし。あーあ、あの部長がこんなヘンタイだったなんて。今までこんなヘンタイに頭を下げてたなんてね…』
「ご、ごめんなさい…」
『あ、そうだ、今まで私たちのこと騙してた罰として、明日から部長じゃなくて平部員ね。平部員じゃ対等か。それじゃあ、私たち一年生の見習いってことにしてあげる。みんなビックリするかもしれないけど、麻衣のこんな姿見たら、納得するよね』
そう言ってスマホを手に取る。
『ほら、麻衣は私の何なの?みんなに教えてあげなさい?』
スマホを私に向けながら言い放つ篠田。
「わ、私は…」
後輩たちの顔が浮かぶ。
驚いた顔、軽蔑した顔。
嘲るような目で見てくる子もいる。
「私は、篠田様に調教していただいているマゾ奴隷です」
『マゾ奴隷なら、ちゃんと態度でも示せるよね。はい、服従のポーズ』
「あ…え?」
『服従のポーズと言ったの。グズグズしない!』
「は、はい!」
仰向けになり、腕と足をやや上に曲げる。
この前の動画で見た、裸の女性がとっていたポーズだ。
『あはははは!部員の皆さん、よく見てください!いつも偉そうにしている宮原部長が、こんな情けないカッコしてます本当なら、年下にこんなこと言われたら怒るはずなのに、宮原部長は喜んでます。なんでかなぁ、宮原部長。教えてください』
バカにしたような声色で言う篠田。
「そ、それは…私が篠田様のマゾ奴隷だからです。年下の女の子に屈服して興奮してしまう、ヘンタイマゾ犬だからです」
『そう、麻衣はどうしようもないヘンタイなの。それなのに、今まで偉そうにして…こんなヘンタイのこと尊敬してたのが馬鹿みたい』
「ご、ごめんなさい…」
『まあ、いいけどね。もう麻衣は部長じゃなくなるし、私のペットになったし。あ、そうだ麻衣、ここでオナニーしなさい。スマホで撮ってあげるから』
「え、そ、そんな…」
『あれ、逆らうの?』
「いえ、その…」
『じゃあ、やって。ほら、グズグズしない!』
私は、仰向けのままオナニーを始める。
ニヤニヤしながら見下ろす篠田。
『ほら、目をそらすな!』
恥ずかしさのあまり視線を逸らした私に、篠田が叱責する。
『どう?後輩に屈服した情けない麻衣ちゃん。屈服マゾオナニーは気持ちいいでちゅか?』
「は、はい、気持ちいいです」
『麻衣ちゃんの後輩だった一年生が、麻衣ちゃんの恥ずかしいマゾオナニーを見てるよ?これからは麻衣ちゃんはこの子達にも指導してもらう立場になるんだから、情けない姿をいっぱい見てもらって、気に入ってもらえるように頑張らないとね』
「は、はい…一年生の皆さん、どうか麻衣のマゾオナニーで楽しんでください」
一年生達の声。
楽しそうはやし立てる子。
罵声を浴びせてくる子。
『ほら、皆見て。元部長のヘンタイマゾがもうすぐイッちゃいそうだよ。惨めなカッコで年下の女の子達にバカにされて、情けなくマゾオナニー する麻衣ちゃんの絶頂シーン、しっかりとスマホで撮ってあげる。これで一生私に逆らえなくなっちゃうね。かわいそうな麻衣ちゃん。ほら、マゾ!ヘンタイマゾ女!年下に命令されながらさっさとイけ!』
全身に電撃が走った。
頭の中が真っ白になる。
篠田や一年生達の笑い声が、いつもまでも続いていた。

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