lunatic 2話

私は、そっと都の部屋を後にした。
あの部屋に入っていくことは、どうしてもできなかった。
あの中に入っていけば、自分の性癖を二人に知られてしまうのではないか。
そんなはずはないのに、そう思ってしまう。
それでも、入って行くべきではなかったのか。
頭の中がぐちゃぐちゃで、冷静な判断ができない。
自宅に帰るまでの間、都の部屋の中での出来事が何度も脳裏に浮かんだ。
得意げな岩村と、どこか恥ずかしそうに岩村に奉仕する都。
金曜日の晩、飲み会の後から、二人きりでいたのだろう。
お酒に酔った都は、岩村を私と勘違いし、甘えた態度をとった。
そこに、岩村にうまく付け込まれた。
飲み会前からの、岩村の作戦だったのかはわからない。
そして、都からの電話。
あれは、もしかしたら都ではなく、岩村の仕業だったのではないか。
私に、都と岩村の睦みごとを聞かせるために。
そんな気がしてくる。
自宅に着く。
服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
汗と一緒に、色々なものを洗い流してしまいたかった。
目を閉じると、また部屋での光景がよみがえってくる。
一糸まとわぬ姿の二人が、激しくお互いを求めあっている。
愛しそうにキスをする二人。
ベッドの下で正座し、岩村に奉仕する都。
それを、得意げな顔で見下ろす岩村。
体が熱くなっていく。
その岩村が、こちらを見た。
ドアの隙間から覗き込んでいる私は、岩村と目が合う。
岩村の、嘲るような顔。
『高瀬先輩は、そこでそうやってオナニーでもしていてくださいね』
妄想の中の岩村が、私に囁く。
私はシャワーを止めた。
やめなきゃ…
これ以上は、だめ…
『どうしてそのまま帰ってしまったんですか?今ならまだ間に合ったかもしれないのに…』
火照った体が、私を急かす。
早く、刺激を…
『あなたがそうしている間にも、あなたの都さんは私と気持ちいいことをしてるんですよ?』
手を、股間に伸ばす。
違うのよ、これは…
冷静になるために、仕方なくすることなの…
『都さんの中にあるあなたとの思い出、私が上書きしてあげますね』
やめて、そんなのヤダ…
私は夢中で手を動かす。
『自分の恋人が奪われそうだというのに、あなたは何をしているんですか?悔しくないんですか?恥ずかしくないんですか?』
やめてよ、そんなこと言わないで…
『でも、もう手遅れですよ。都さんはもう、あなたのもとには帰ってきません。私が、都さんの新しい恋人です』
やだよぉ…
『あなたはそうやって、都さんのことを想いながらオナニーするしかないの。もう恋人ではないあなたは、都さんとセックスはおろか、触れることもできない。私が許可しないかぎり、ね』
都に奉仕させる岩村。
都を失う恐怖が、更に強くなっていく。
『でも、あなたがお願いするなら、見せてあげてもいいですよ。私と都さんのセックス。私たちのセックスをそばで見ながら、しっかりと目に焼き付けてくださいね。私たちのセックスが終わったら、あなたにオナニーさせてあげる。二人であなたのこと嗤いながら見ててあげる。私たちに罵られながらするオナニー、きっと気持ちいいですよ。病みつきになっちゃうかも。よかったですね、寝取られマゾの高瀬センパイ?』
頭の中が真っ白になる。
バスタブにもたれかかったまま、私は何度も体を震わせた。
浴室から出た私は、ベッドの上でグッタリとしていた。
色々なことがありすぎた。
もう何も考えたくない。
眠気はない。
むしろ、頭は冴えてしまっている。
ただ、何をする気も起きない。
天井を見上げ、ぼーっとする。
ウトウトし始めた時、スマホが鳴った。
しばらく待ったが、着信音はやみそうにない。
ノソノソと、ベッドから起き出し、スマホを手に取る。
「もしもし」
「あっ…ごめんね、都です。もしかして、寝てた?」
都…
「いや…ウトウトしてた」
「あー、ごめんね」
「ううん。どうしたの?」
都の部屋での光景。
私は頭からそれを振り払い、つとめて冷静に、尋ねた。
「さっき、澪からの着信に気づいて…出られなくてごめん!」
「あー、いや、いいよ。飲みすぎたの?」
「そ、そうそう!いやぁ、お酒弱いって言ってるのに、飲ませてくるんだもん。嫌になっちゃうよ」
都の笑い声。
どこかぎこちなく、白々しさを感じた。
「というか、私から電話掛けてたみたいだね。酔ってしまって、澪の声が聴きたくなっちゃったのかな、なんて…いやあ、お酒って怖いね」
都の声が、どこか遠く感じる。
声の大きさではなく、心の距離のようなもの。
今まで感じたことのないものだった。
「ねえ、都」
「ん?なに?」
「明日、会えない?」
「え、明日?」
「うん。ほら、昨日も会えなかったしさ。会って話がしたいな、って」
「ご、ごめん。明日は予定が入っちゃって…」
「そ、そうなんだ…」
「必ず埋め合わせするから…ゴメン!」
「いや、いいよ。気にしないで」
その後も、他愛ない会話をした。
ただ、何を話したかは覚えていない。
月曜日。
重い体を引きずり、会社へと向かう。
結局、昨日は一日中ボンヤリと過ごした。
テレビを観ても、本を読んでも、頭に入ってこない。
かといって、何もしないでいると、色々と考えてしまう。
いつもは辛いはずの月曜日の出勤も、今日に限っては救いなのかもしれない。
仕事中は、余計なことを考えなくて済むのだ。
いつも通りの日常。
昼食。
都を誘ったが、今週は忙しいらしく、断られてしまった。
避けられているような気もしたが、確かにこの時期は都の部署は忙しいのだ。
苦笑しつつ、別の部署の友人と食事をする。
いつでも一緒というわけにもいかない。
何事も、タイミングの合う時もあれば、合わない時もあるのだ。
昼食から戻ってきた時だった。
友人と別れ、自分の部署へ戻る途中。
廊下に、岩村がいた。
頭に血がのぼり、体に力が入る。
落ち着け、落ち着くのよ、澪。
自分に言い聞かせる。
すれ違う。
岩村が、会釈してくる。
私も、軽く会釈する。
岩村の表情。
いつもは対抗心をむき出しにしてくるのだが、今日の岩村は笑みを浮かべている。
どこか余裕すら感じさせるそれは、私の体をさらに熱くさせた。
この女のせいで、私は、都は…
しかし、私は何も言わず、岩村も何も言わない。
すれ違い、しばらく経ってからも、心臓の鼓動はなかなか静かにならなかった。
そのまま、都とすれ違いの日が続いた。
仕事中は、まだよかった。
問題は業務終了後だ。
どうしても二人のことを考えてしまう。
考えないようにすればするほど、強くイメージしてしまう。
そして、その度に繰り返す妄想。
目の前でセックスする、都と岩村。
私は、そんな二人のそばで、独り慰めている。
すぐそばに都がいるのに、触れたくても触れられない。
岩村。
私の最愛の人を奪い取ろうとしている女。
妄想の中での私は、この女の許可がなければ、都に触れられないのだ。
だというのに、私は岩村に怒るどころか、機嫌を損ねないよう顔色をうかがっている。
この女の機嫌を損ねれば、都に触れることはおろか、こうしてオナニーすらさせてもらえなくなってしまうのだ。
いわば、岩村のお情けで、こうして二人のセックスを見てオナニーをさせていただけているのだ。
『高瀬先輩、感謝してくださいね。本当なら、こんなことさせてあげないんですよ?』
私は、憎くてたまらないはずの女に感謝の言葉を述べた。
確かに、この女の言う通りなのだ。
こうしてオナニーさせていただけるのは、岩村の許可があってのことなのだ。
私は、何度もお礼を述べる。
そして…
体を突っ伏し、痙攣する。
屈辱にまみれた快感に震えている間、私はこの女の笑い声を背中越しに聞いていた。
後に残るのは、いつも自己嫌悪だった。
こんなこと、してはいけないと毎回思う。
もうこれきりにしなければ、と思う。
しかし、帰宅後、考えてしまう。
体が火照って、どうしようもなくなる。
今、都はどうしているだろうか。
もしかして、岩村と一緒にいるのではないか。
あの日、都の部屋で見た光景と同じことが…
いや、あの時以上に過激なことを、岩村にされているのではないか。
一度考え出すと、もう止めることはできなかった。
再び高まっていく情欲に、私は泣きそうになった。
金曜日の夜。
寝るにはまだ早い時間だが、もう寝てしまうことにした。
不安を抱えたまま無為に過ごしていても、ろくなことを考えない。
まして、夜は特にその傾向が強くなる。
スマホが鳴った。
反射的に手を伸ばす。
ディスプレイには、都の名前。
胸が高鳴った。
「もしもし、都?」
「こんばんは、高瀬先輩」
都の声ではなかった。
代わりに、私の最も聴きたくない声。
「夜分に申し訳ありません。岩村です」
全然申し訳なく思っていなさそうな声。
「なんで岩村が、都のスマホから掛けてくるのよ」
「ふふ…実は今、小関先輩の部屋に来ていまして」
心臓が掴まれたような感覚。
「そ、それで…何の用?」
「高瀬先輩に、ここまで来ていただきたくて」
「なんで、私が」
「高瀬先輩にお見せしたいことがありまして。きっと後悔はさせません。いや、むしろ来ないと後悔しちゃうかも」
思わせぶりな言い方。
「あなた、何を言って…」
「小関先輩の部屋の場所、高瀬先輩はご存知ですよね。それではお待ちしています」
それだけ言って、通話は切れてしまった。
失礼なやつ…
そう思ったが、行くしかない。
嫌な予感は、膨らむばかりだった。
都の部屋。
電気がついている。
チャイムを鳴らす。
数秒の間があってから、鍵の開く音。
ドアが開く。
岩村が立っていた。
その姿を見て、血の気が引く。
身につけているのは、ブラウス一枚。
それ以外、何も身につけていなかった。
それが、何を意味しているのか。
「夜分、お呼び立てしてしまって…それに、こんな格好ですみません。どうぞ、中へ」
岩村が部屋の中へ入っていく。
深呼吸をしてから、岩村の後に続く。
部屋に入ると、ベッドの上に、岩村と都がいた。
余裕げな表情を浮かべる岩村。
対して、都は驚いた顔をしている。
都は、私が来ることを知らなかったのか?
岩村は、馴れ馴れしく都の肩を抱いている。
「岩村、都から離れなさい」
「澪…」
うろたえた様子の都。
「嫌です」
きっぱりと、岩村は言い切った。
「あ、あなたねぇ…」
どこか余裕すら感じる岩村に、焦りを覚える。
「急に呼び出して、何かと思えば…どうせ知ってるんでしょ、私と都が付き合っていること」
「知ってますよ」
「だったら…」
「でも、私も都のことが好きなんです」
「都を呼び捨てにするな」
都が取られてしまう不安と、岩村の余裕のある態度が、私をイライラさせる。
「都、ほら、こっちに来な」
「え、でも…」
私と岩村の顔を交互に見る都。
「ふふっ」
岩村が笑う。
「な、何がおかしい?」
「いや…愛し合っているなら、都もすぐに高瀬先輩のところへ行くはずですよね。でも、そうしないのはなんでだろうと思って」
「岩村…」
岩村を睨みつける。
しかし、岩村の言うことはもっともなのだ。
「都、どうしたの?こっちに来てよ…」
「ごめん、澪…」
申し訳なさそうに謝る都。
「あっははは!振られちゃいましたね、先輩」
「な、なんで…都、ウソでしょ?」
気まずそうに視線を逸らす都。
その横で、おかしそうに笑う岩村。
「ほら、なんでって言ってるよ?教えてあげなよ、都」
私の大切な人に、馴れ馴れしく話しかける後輩。
「え、でも…」
チラッとこちらを見てから、媚びたような目で岩村を見る。
「ふふ。都の代わりに、私が教えてあげます」
蔑むような目をしながら、岩村が言った。
「都、もう高瀬先輩じゃ、満足できないんですって」
「ま、満足って、何よ」
「今週、私が都にたっぷりと教えてあげたんです。本当に気持ちいいっていうのが、どういうことなのか。都が本当に求めているのは、どんなことなのか」
「な、なによ、それ…」
今週…
週末だけでなく、平日も二人で会っていたのか?
「高瀬先輩、都が恋人にどんなことを求めているか知ってます?」
「それは…優しくて、頼り甲斐があって…」
「プッ、アハハ!」
「な、何がおかしい!」
「あーあ、これは、振られるわけだ」
「なっ!岩村、私にも我慢の限界ってものが…」
「哀れな先輩に教えてあげます。都はね、身も心も支配されたがってるの。強くて頼り甲斐のある存在にね」
「えっ」
「頼り甲斐のある人を求めているっていうのは、正解。でもそれは、高瀬先輩のような優しい人じゃなくて、私のような、都の身も心も自分のものにしたい人ってわけ」
「そ、そんな…」
都を見る。
申し訳なさそうな目。
「あはは!みじめな表情。どう、大切な存在を寝取られた気持ちは。悔しい?それとも、興奮しちゃう?」
「なっ!」
「私、知ってるんですよ。高瀬先輩、土曜日にここに来てたでしょ」
「えっ…」
「私、気づいてたんです。高瀬先輩がドアの所まで来てたの。ドアの隙間から、部屋の中を覗いて…いつ、部屋に入ってくるんだろうって思ってたのに、なかなか入ってこないんですもん。ドアの外で、ごそごそしてましたよね。あの時、何をしてたんですか?」
都が驚いた顔をしている。
都に知られるわけにはいかない。
「あまりのことに動揺しちゃって、何もできなかったのよ」
「でも、恋人が別の女とセックスしてたんですよ?普通なら止めに入りますよね」
「それは…」
「でも、止めずに、そのまま帰ってしまった」
何も言い返せなかった。
「私、先輩がドアの外で何をしてたのか、知ってますよ」
「えっ」
心臓が鷲掴みされたような衝撃。
まさか、そんな…
「私と都がセックスしているところを見ながら、オナニー、してたでしょ、センパイ?」
「なっ!」
「私、びっくりしましたよ。怒鳴り込んでくるかと思ってたら、なかなか入ってこないし。そうしたら、いきなりオナニー始めちゃうし」
何か言わなければ、と思ったが、言葉が出てこない。
「私と都がセックスしてるところを覗き見しながら、怒るどころか興奮してオナニーしちゃうなんて、とんだ変態ですね」
岩村の言葉が突き刺さる。
都を見る。
驚いた表情。
「私、そう言う人、知ってますよ。でも、女の人では高瀬センパイが初めてかも。女の人でも、いるんですねぇ」
鼓動が早くなる。
岩村に気づかれていたとは。
想定外だった。
でも、都には知られたくなかった。
「ねえ、都。岩村センパイ、私たちがセックスしてるところを覗き見しながら、興奮してたんだよ。驚いた?」
「え、ええ…」
「高瀬センパイみたいな人、時々いるらしいんだ。自分の大切な人が、自分以外の人とエッチなことをしているのを見たり、想像したりしながら興奮しちゃうの。信じられる?」
「い、いえ、信じられない。そんな人が…」
「でも実際いるの。そこの高瀬センパイもその一人なの」
信じられない、といった目で私を見る都。
「そうだね、信じられないのも無理はないよ。でも、高瀬センパイみたいな人たちは、大切な人が奪われることで、とっても興奮して、気持ちよくなっちゃうの」
「そんなことが…ねえ、澪、本当なの?」
「そ、そんなわけないでしょ!そいつの言うことなんてデタラメよ!信じちゃダメ!」
「ウソ。本当はもうオナニーしたくてたまらないんだよ。私たちの仲良しなところを見て、悔しくて、悲しくて、それでいて、とっても嬉しいんだよ。あれから、私と都がセックスしているところを思い出したり、想像したりしながら、何度も独りでしてたんでしょ?」
「違う!」
「今だって、興奮して、下着を濡らしてるのよ」
「違うったら!」
「本当かな?じゃあ、確かめてみようかな?」
都のあごを持ち、口ずけをする岩村。
うっとりとした表情をする都。
「やめて、お願いだから…」
小鳥のように、啄ばむようなキス。
お互い見つめ合い、再び唇を重ねる。
岩村がリードし、都が幸せそうに身を委ねる。
「都、お願い」
岩村の、囁くような声。
「うん…」
都がベッドから降り、岩村の足元へ移動する。
岩村のつま先を、両手で持つ。
そして、愛おしそうに口づけをした。
都、なんてこと…
岩村が、勝ち誇ったような目でこちらを見ている。
体が熱くなる。
岩村のつま先に、何度もキスをする都。
まるで、忠誠を誓っているかのような…
「都、そこはもういい」
「うん…」
「じゃあ、昨日教えてあげたアレ、やって」
「え、でも…」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど…」
私を見る都。
「ああ、高瀬センパイ、ね」
「恥ずかしいよ…」
「たしかに、見られながらだと恥ずかしいかもね。でも、恥ずかしいのは、都は嫌いじゃないでしょ?」
「うん…」
照れたように頷く都。
「それに、高瀬センパイに見せつけてやろうよ。あの人が独りで寂しくオナニーしている間に、私たちがどんなに愛し合っていたのか。それに、さっきも言ったでしょ?その方があなたの元恋人も喜ぶんだよ?」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。実際、こうしていても高瀬センパイはそこでじっとしてるでしょ?嫌なら止めるなり、帰るなりすればいいのに」
「言われてみれば…」
「都と私がエッチなことをするのを見たくてたまらないのよ。目に焼き付けて、あとで独り寂しくオナニーするためにね」
違う、やめてよ…
「澪…そうなんだ」
私を見る都の目の色が、微かに変わったように見えた。
「ほら、早く」
「わかった」
都は、岩村の前で正座をし、そのまま頭を下げた。
「すみれ様…」
耳を疑った。
今、すみれ様と言ったのか?
「すみれ様、どうかすみれ様の大事な所を、私のお口で清めさせてください」
聞き間違いだと思いたかった。
「ん、いいよ」
「ありがとうございます」
恍惚とした表情を浮かべ、岩村の下腹部に顔を埋める都。
「どう、高瀬センパイ。これが、都の求めていたセックスなの」
「こんなこと…あなたが無理やり言わせて、やらせているんでしょ」
「だって。あんなこと言ってるけど、どうなの、都?」
都が顔を上げる。
「ううん、澪、違うの。私は自分の意思でしているの。これが、私が本当に求めていたもの。それを、すみれ様が気付かせてくださったの」
「ふふ…」
「こうしていると、なんだかとても満たされるの。それに、すみれ様にお仕えしているみたいで…」
「ですって、高瀬センパイ」
「くっ」
「都、気持ちいいよ…」
優しく、都の頭を撫でる岩村。
「ねえ、高瀬センパイ。いつまでそこでそうしてるつもりですか?」
「な、なによ…」
「都は、センパイじゃなくて私を選んだんです。都自身もそう言ってたじゃないですか。なのに、未練がましく私たちを眺めているなんて…そんなに、見ていたいんですか?」
岩村の生意気そうな顔。
挑発だとわかっていても、岩村の態度や言葉は、私の奥底にある何かを刺激する。
「わかってますよ、センパイ。オ・ナ・ニ・イ、したいんでしょ?」
「なっ」
「別に隠さなくてもいいんですよ。もう、私も都も知ってるんですから。高瀬センパイの性癖」
私から都を奪った女。
憎くて、悔しくて、たまらない。
それなのに、なんで私は、こんなにも昂ぶっているのだろう。
この生意気な女の言う通りなのだ。
頭がクラクラして、体が疼いて、どうにかなってしまいそうなのを、理性でかろうじて抑え込んでいるのだ。
「ねえ、オナニー、したいんでしょ?寝取られマゾの、高瀬センパイ?」
「あっ」
その瞬間、視界がぼやけた。
二人が歪んで、滲んで見える。
「か、帰る…」
逃げるようにして、部屋を後にする。
背中から、岩村の笑い声。
どうやって帰ってきたか、覚えていない。
気づいたら、私は自室にいた。
机の引き出しから、アルバムを取り出す。
都と二人きりで旅行に行った時の写真。
幸せそうな笑顔。
都が忘れていった、カーディガンが目に入る。
拾い上げる。
顔を埋めると、都の匂いがした。
岩村と都の姿が、脳裏に浮かぶ。
ドロドロとした感情が押し寄せてくる。
悔しいのに、悲しいのに、どうして…
岩村の勝ち誇ったような表情。
都の、岩村への媚びた表情。
そして、私への蔑んだ目。
どうして…
ズボンを脱ぎ、下着の中に手を入れる。
どうして、こんなに濡れているの…
下着を脱ぎ捨てる。
都のカーディガンに鼻先を押し付けたまま、自らの濡れそぼった秘所を刺激する。
アルバムの中で笑っている都。
岩村の足元で奉仕する都。
岩村に言われた言葉が頭から離れない。
寝取られマゾ。
岩村に言われたとおり、私は二人の睦ごとを見て、想像して、興奮しているのだ。
悔しくて、嫉妬にさいなまれながら、その一方で、オナニーしたくてたまらなくなってしまうのだ。
しかし、そんな無様な姿を都の前で晒すのだけは嫌だった。
まして、憎くてたまらない岩村の前でなど…
しかし、こうして今もまた、二人のことを思いながらオナニーしている。
大切な都を奪った岩村を憎みながら。
憎めば憎むほど、嫉妬の感情は増し、その分劣情も増していく。
岩村の言うように、今の私は寝取られマゾそのものだった。
今も二人は幸せそうにセックスをしているのだろうか。
岩村は主人のように振る舞い、都に奉仕させているのだろうか。
都は、従者のように岩村に仕えながら、奉仕をしているのだろうか。
そうしながら、この惨めな寝取られマゾのことを嗤っているのだろうか。
そう考えると、また涙が出てきた。
頭の中がグチャグチャで、なにも考えられなくなってくる。
ベッドに腰かけた岩村に、都が寄り添っている。
ベッドの下で、全裸の私が土下座をしている。
二人から、心ない言葉を投げつけられる。
やがて、二人はキスを始める。
幸せそうな、恋人同士のキス。
それを私は、跪きながら眺めることしかできない。
岩村が提案してくる。
『澪、あなた、私と都のセックスを見ながらオナニーをしたいの?いいわ、土下座してお願いするなら、お情けで一度だけさせてあげる』
都が、蔑んだ目でこちらを見る。
でも、それでも…
私は岩村にお礼を言いながら、オナニーを始める。
二人のキスを見ながら。
都の、岩村への奉仕を見ながら。
二人の、愛し合うセックスを見ながら。
『どう、高瀬センパイ。寝取られマゾのセンパイのために、私と都の恋人セックスを見せてあげてるのよ。嬉しいでしょ』
『う、嬉しい、です…』
『あなたから都を奪った私に土下座してまでオナニーしたいなんて…悔しくないの?恥ずかしくないの?』
『悔しいです、恥ずかしいです』
『ふふ、すごい顔してる。ねえ、見て、都。あなたの元恋人、私たちのセックスを見ながら、すごい顔してオナニーしてるのよ』
『もう、あんな人のことなんて知らないです。それより、もっと…』
『ふふ、だって。澪、あなたはそこで、自分で慰めてなさい。でも、私が許可するまで、イッてはダメよ』
やがて、エクスタシーを迎える二人。
荒い息遣い。
『ほんとにオナニーしてる。恥ずかしい女』
かつての恋人からの、蔑みと哀れみを含んだ声。
『ねえ、寝取られマゾオナニー、気持ちいい?』
『気持ちいいです…』
『ねえ、そろそろイたいんじゃないの?』
『はい、イきたいです…』
『ふうん。じゃあ、お願いしなさい』
『お願い…?』
『そう。私から、都を寝取ってくださってありがとうございます。満足させられない私に代わって、都を満足させてくだってありがとうございます、って』
『そ、そんなこと、言えない…』
『あっそ。だったら、いつまでもそうしてなさい』
『ご、ごめんなさい!言います、言いますから!』
二人の蔑んだ目を見ながら、私は言った。
『わ、私から、都を寝取ってくださって、ありがとう、ございます』
悔しさで、目がチカチカする。
『満足させられない私に代わって、都を、満足させてくだって、あ、ありがとうございます…』
『みじめな寝取られマゾの私に、オナニーしながらイく許可を、お与えください。はい、言って』
屈辱で、どうしようもないほど昂ぶってしまう。
『み…みじめな寝取られマゾの私に…オナニーしながらイく許可を、どうか、お与えください、ませ』
『ほら、さっさとイけ、この変態マゾ!』
『あっ、ああああっ!』
岩村の言葉が、私の脳を突き抜ける。
全身に電気が走る。
抑え込んでいた情欲が、マグマのように噴火する。
私は突っ伏しながら、体がガクガク痙攣するのを感じた。
どれくらい、そうしていただろう。
『ほら、イかせてもらったお礼は?』
背中越しに、岩村の声。
『あ、ありがとう、ございますぅ…』
二人の嘲笑。
私は、涙を流しながら、憎くてたまらないはずの相手に、感謝の言葉を伝えた。

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