Magic stone 6話

嘲るような表情でエルヴィナが見下ろしている。
「だ、誰が、お前なんかに…」
「ふふっ、まだそんな強がりが言えるんですね。そうこなくっちゃ」
嬉しそうに言い、エルヴィナがしゃがみ込む。
首輪につながったリードを手に取り、強く引っ張るエルヴィナ。
「任務に励んでいらっしゃると思っていたら、ソフィーにこんなものつけられて、よろこんでたなんて。憧れていたのに…マゾ犬マーティナの盛った体と脳に、誰がご主人様なのか、刻み込んであげる。覚悟してね、マーティナ様?」
耳元で囁くエルヴィナ。
この声は…
エルヴィナの能力を思い出す。
チャームの魔術。
声や視覚、匂いなどを使って、相手を一時的に魅了する魔術。
事前に対策していれば、なんということもない魔術。
しかし、今は…
「ほら、抵抗しなくていいの?こんな魔術、普段のマーティナ様なら、わけもなく撥ね返せるしょう?」
「くっ…」
脳が、甘く痺れていく。
抵抗しようとするが、エルヴィナの魔力がリードを伝って服従の首輪へと注がれる。
反抗する意志が、削られていく。
微かな匂い。
イランイランの香り…
感じた時にはもう遅かった。
体の奥が熱い。
エルヴィナを見上げる。
スタイルのいい、長身なエルヴィナ。
スカートの裾からのぞく、白い太もも。
サラサラとしたロングヘアーに、切れ長の目。
それらの一つひとつが、私の心を惹きつけていく。
チャームの効果と分かっていても、胸の高鳴りを抑えられない。
「ほら、もっと必死に抵抗しなさい?それとも、本当に私に飼われたいの?自分では一生外すことのできない貞操帯を付けられて、『外してください、オナニーさせてください』って、惨めに懇願しながら生きていきたいの?」
「や、やだ、そんなの…」
「ほら、腰が動いてるよ?いやらしく、クネクネ、クネクネ動いて…触って欲しいの?部下である私にお願いしてみる?『お願いします、エルヴィナ様、なんでもしますから、貞操帯を外してください』って」
「や、やだ、やだよぉ…」
「それじゃ、一生そうしてなさい。誰彼かまわず、見境なく腰を振っておねだりして、嗤われながら恥を晒して生きなさい、マーティナ」
「あっ、そんな、そんなの…」
エルヴィナの言葉が突き刺さる。
エルヴィナのチャームによるものか。
私のマゾとしての資質によるものか。
目の前にいる、私の部下であるエルヴィナ。
そのエルヴィナに、屈服したいと考えている。
あの、涼しげで切れ長な目で、蔑まれたい。
スラっとしたあの脚で、頭を踏んでほしい。
美しいこの部下に、私の全てを捧げて服従したい。
マゾ犬として、バカにされたり、からかわれたりしながら、飼われたい。
「ほら、どんどんマゾの顔になってる。マーティナ様、本当のこと言いなさい。私に飼われたいんでしょう?」
「わ、私は…」
エルヴィナの目。
もうダメだ。
エルヴィナにバカにされ、嗤われながら絶頂を迎えることしか考えられない。
でも、そんなことをしたら、もう一生エルヴィナに逆らえなくなってしまう…
「ほら、正直に言いなさい。正直に言ったら、あなたのしてほしいこと、してあげる。さっきから何度も私の脚を見てるの、分かってるのよ?この脚でどうされたいのか、言えるでしょう?」
「エ、エルヴィナ…」
エルヴィナの脚から、目が離せない。
「エルヴィナ様、でしょう?」
「エルヴィナ、さま…」
「ほら、この脚でどうされたいの?ねえ、言ってごらん?」
エルヴィナが、スカートの裾をつまみ、少しだけ上にずらす。
白い、絹のような太ももに目が奪われる。
「ほら、この脚で、どこを踏まれたいのかな、マゾ犬ちゃん?」
「あ、あぁ…」
口の中が乾く。
「あ、頭を…」
それだけ言うのがやっとだった。
「あはは!頭を踏まれたいの?魔術の知識が詰まった貴重な頭を、この脚でグリグリされたいのね?」
「は、はい…踏んでください、エルヴィナ、様…」
「いいわ、踏んであげる」
いじわるそうに笑うエルヴィナの顔は、ゾッとするほど美しかった。
「ほら、踏まれたいんでしょう?だったら、さっさとその頭を下げなさい」
「わ、わかりました」
慌てて、エルヴィナにひれ伏すように頭を下げる。
「どう、自分の部下に跪く気分は?悔しい?情けない?恥ずかしい?」
少しの間を置いて、頭に重みが加わる。
「ほら、あなたのお望みどおり、踏んであげるのよ、感謝しなさい?」
「あ、ありがとうございます…」
「二度と私に頭が上がらないよう、徹底的に踏みしめてあげる。これからは私があなたのご主人様なの。わかったわね?」
返事をしようとした時だった。
「はい、終了!」
アリエッタの声。
「時間切れよ、エルヴィナ」
「ちぇっ、あと少しだったのに…」
「じゃあ、次はシンディアちゃんね」
「分かりました」
シンディアが目の前に立つ。
エルヴィナとは対照的な、ショートカットで小柄なシンディア。
ただ、その身体は鍛え上げられ、引き締まっていた。
「マーティナ様には失望しました」
シンディアの冷たい声。
「魔術の才能があって、聡明で、凛々しくて、美しくて…マーティナ様は私の憧れの存在でした。部下としてお仕えできるのが、夢のようで…それなのに」
「うっ…」
「それなのに、なんですかこのザマは。ソフィーのような小娘にいいようにされて。あんなにあった魔力だって、今じゃもう他の人と変わらないくらいしかないし。認識操作だけでなく、他の高位魔術だって、ソフィーに取られるのも時間の問題でしょう。マーティナ様とて、習得するのにどれほど努力されたか、お忘れになったわけではないでしょう?」
「それは…」
「それに、このような、犬のような格好をされて…」
そう言って、首輪に手を触れるシンディア。
「私の知っているマーティナ様は、もう存在しません。いるのは、快楽に負けて自らの才能も努力もプライドも捨ててしまった、哀れで滑稽な女」
シンディアがギロリと睨んだ。
「恥を知りなさい、恥を」
「ご、ごめんなさい…」
反射的に謝ってしまう。
「もう、あなたは私の上官ではありません。仮にこの任務を終えられて長官となられたとしても、もはや能力的にも、あなたではその職務を全うするのは難しいでしょう」
「そ、そんな…」
「今のあなたはもう、稀代の魔術師と言われていた頃のあなたではありません。せいぜい、他の者よりも少し秀でている程度」
「うそ、うそよ…」
「でも、安心しなさい。新人の教育係でもある私が、あなたのことを鍛え直してあげる。かつて私を指導してくださったように、私があなたを指導してあげる」
「い、いや…」
「教官に口ごたえするな、マーティナ!返事は!?」
「も、申し訳ありません!」
反射的に返事をしてしまう。
かつて、教官として新人の訓練にあたっていた頃の記憶が蘇る。
新人だったシンディア。
新人は、教官から散々扱き上げられ、上下関係を叩き込まれる。
優秀な者が多い新人の中で、特に目立たない存在だったシンディア。
しかし、本人の努力もあり、次第に頭角を表していったのだ。
徹底的な扱きによって恨まれるかもしれないと思いつつ、その成長が楽しみでもあった。
私の部下として配属され、今では新人を教育する立場にまでなったシンディア。
そのシンディアに、今度は私が扱かれるのだ。
「お前のような才能のない奴は、努力して、少しでも資質を磨くしかない。分かったな!」
「わ、分かりました!」
シンディアの気迫に飲まれる。
「分かったなら、いつもの挨拶から始めろ!」
「も、申し訳ありません!」
軍隊のような…
上下関係をはっきりとさせるための挨拶。
そして、教官と新人とで、魔力の強さで勝負する。
そこで新人は、お互いの実力差を嫌というほど思い知らされるのだ。
仁王立ちするシンディアに対し、私は敬礼する。
「研究開発部所属のマーティナ、階級は大佐です。よろしくお願いいたします」
大佐?お前のような雑魚が大佐なわけないだろう。教官に対して嘘をつくな、新人」
「う、嘘ではありません。私は…」
「時々、お前のような世間知らずがいる。多少腕に自信があるのだろうが、違いを分らせてやる。来い、新人。その貧弱な魔力で私を倒してみろ」
く、くそっ。
私はありったけの魔力を込めて、右手に炎をイメージする。
生じたのは、かつてのような燃え盛る炎ではなく、せいぜい人の頭ほどの大きさの火球。
どれだけ魔力を絞り出しても、それ以上火球は大きくならない。
シンディアに向けて火球を投げつける。
「これがお前の全力か?」
片手で弾かれる。
かつて、30年に一度の人物と言われた、この私の魔力が…
「やはり口だけの女だったか」
「ち、違う、私は…」
「この程度の魔力のやつが、よくも大佐を名乗れた者だ。教官に対して嘘をつくとどうなるか、分らせてやる」
シンディアが、手のひらをこちらに向ける。
力を込めるシンディア。
衝撃で、私は吹き飛ばされた。
何も、何も見えなかった…
ショックで呆然とする私に、シンディアの声がかぶさってくる。
「魔力の使い方とはこうするのだ、新人。これからたっぷりと、その体に覚え込ませてやる」
かつて、敵なしと言われた私の魔術。
それが、こんなにもたやすく破られるなんて…
しかも、相手は私の部下で、私の教え子でもあるのだ。
初めて知る、負けの屈辱。
悔しい、はずなのに…
格下であるはずのシンディアに、全く歯が立たないことに、何故かゾクゾクッとした興奮を覚える。
何故…
「大佐を名乗る、口先だけの女よ。これが魔術だ、分かったか」
シンディアの魔術。
体に電撃が走る。
圧倒的な力の差に、抵抗する気も起きない。
電撃が止む。
「おい、新人」
見上げる。
見下ろしてくるシンディアに、思わず恐怖を感じてしまう。
「さっきの言葉を取り消せ。お前は大佐ではなく、他の新人と変わらない、ただの一般職員だ」
「ち、違う、私は…」
「まだ認めないのか。ちゃんと自分の力量を見極めろ。それができたら、私がお前を鍛え直してやる。そうすれば、いつかは私の部下にしてやれるかもしれんぞ」
シンディアの部下?
この私が?
「それとも、負け犬のままでいるか?今のお前には、それもお似合いだがな」
く、くそ…
私がシンディアの部下、だと?
はらわたが煮えくりかえるような屈辱。
しかし…
私はシンディアの前で正座をする。
そして、三つ指をつき、額を床につけた。
かつての部下に、屈服する。
魔術師としての実力も、プライドも…
「わ、私は、ただの一般職員です。自分の力量もわきまえず、シンディア様にたてつく、世間知らずな女です。大佐を名乗る、嘘つきです。申し訳ございませんでした」
ゾクゾクする。
「どうか、この世間知らずな私を指導してください、シンディア様」
「ふん。まあ、いいだろう。しかしお前、まさかとは思うが、私に負けて興奮しているのではないよな?」
「そ、そんなことは…」
「だったらなぜ、腰を動かす?おい、顔を上げろ、新人」
「は、はい…」
「だらしなく、緩み切った顔をして。物欲しそうな顔をしておきながら、よくそんなことが言えるな。おいマゾ女、私に嘘をつくとどうなるか、まだ分かっていないようだな」
「も、申し訳ございません!わ、私は、シンディア様に実力差を思い知らされて、こ、興奮しているマゾ女です!シンディア様に屈服し、服従したいと思ってしまう、ヘンタイです!」
「やはりな。しかし、ここまで情けない奴だったとはな。もういい、興味が失せた。私の敬愛するマーティナ様はもういない。指導はしてやるが、お前のような腑抜けの飼い主になるつもりはない。せいぜい、他の者に媚を売って、飼ってもらうんだな」
「はい、そこまで」
アリエッタの声。
「やはり、マーティナ様のご主人様になるのは、私のようですね」
楽しさを抑えきれないといった表情で、私を見下ろしている。
「先日は実力が出しきれなくて、あんなことになってしまったけど…今日は逃げ切れると思わないでくださいね?」
アリエッタの手が光を放ち始める。
その手に現れたのは…
「私の能力は、お忘れではないですよね、マーティナ様?」
ビーストテイマー。
猛獣を飼い慣らし使役する者。
ムチを持った調教師が、私のリードを握っている。
「マーティナ様の飼い主は私だということを、本能に刻み込んで差し上げます」
上官として、アリエッタのビーストテイマーとしての能力は知っていた。
荒々しい猛獣も、アリエッタの手にかかれば、可愛らしい愛玩動物となってしまう。
ごマーティナ人様に逆らってはいけない。
そのことを、まず徹底的に叩き込まれるのだ。
アリエッタが、その手に持っているムチを振り上げる。
ビュッ。
振り下ろされたムチが、空を切る。
あれで、叩かれたら…
「ほら、マーティナ様、ご主人様にお尻を向けなさい」
さっきまでとは打って変わり、低い声のアリエッタ。
「は、はい…」
圧倒的な力の差に、逆らうこともできない。
「マーティナ様のきれいなお尻、私が真っ赤にしてあげる」
ムチがお尻に触れる。
「猛獣たちは叩かれるのを嫌がるけど、マーティナ様はどうかしら。私に叩かれるのが好きになっちゃうかもね」
ムチで私のお尻を軽くつつくアリエッタ。
「これから私が素敵な場所に連れて行ってあげる。でも、その前に…」
黒い、袋状の布を取り出すアリエッタ。
それを私の頭にかぶせる。
視界が暗くなるが、すぐに光が戻ってきた。
全頭マスク。
風景が歪む。
部屋だったものが崩れていき、別のものへと再構築されていく。
やがて、風景がはっきりとしたものになる。
「なっ!」
見覚えのある場所。
数週間前まで私がいた、魔術機関の建物内。
ホールへと続く通路。
そこには、見知った顔の数々。
私の同僚、友人、部下。
少し前までは日常だった光景。
違うのは、彼女たちが向けてくる視線。
好奇な視線。
侮蔑的な視線。
嘲笑的な視線。
これまで向けられたことのない視線が突き刺さる。
「アリエッタ主任、こんにちは」
アリエッタの後輩グループが、声をかけてくる。
「あの、そちらの女性は…」
一人が遠慮がちに尋ねる。
「ふふ、知りたい?知りたかったら、ホールに来てね。いいものを見せてあげる」
稀代の魔術師に向けられていた、畏敬の眼差し。
今は、首輪に繋がれたリードを引かれながら四つん這いの姿勢で進む、全裸の変態女に対する軽蔑の視線へと変わった。
アリエッタに被せられたマスクのおかげで私が誰なのかバレていないようだ。
知られてはいけないという、不安や焦り。
それ以上に、自分に向けられた蔑みの視線が、私の被虐心を刺激する。
こんな無様で滑稽な姿を晒すことで、私の体はどうしようもなく昂ってしまう。
およそ二百人が収容できる、魔術協会のホール。
私はその舞台袖にいた。
『今から、あなたはマゾ犬のメルよ。私が呼んだら出てくるの。それまでここで待ってなさい、いいわね』
アリエッタに言われたとおり、四つん這いの姿勢で待つ。
ステージには、マイクを持ったアリエッタ。
ホールに集まった受講生たちに挨拶している。
「ビーストテイマーとしての講義ですが、今日は公開講座という形で行います。普段、私の講義を受けていない人も、これを機にビーストテイマーに興味を持ってもらえたら嬉しいです」
このホールには一体、どれだけの人が集まっているのか。
そして、ここに集まっている人のほぼ全員が、私のことを知っているのだ。
そんな人たちの前で、私は裸体を、いや、それだけではない、マゾとしての本性を晒すのだ。
これから、アリエッタに何をされてしまうのだろう。
様々な妄想が頭の中を駆け巡る。
「お集まりいただいた皆さんのために、今日は実際に魔獣の調教をお見せしたいと思います」
どよめきの声が上がる。
「ご安心ください。魔獣といっても、その牙は抜いてあります。皆さんに危害を加えるようなことは決してありません。メル、入ってきなさい」
呼ばれた。
心臓が跳ね上がる。
このまま、ステージに進むのだ。
頭がボーっとして、何も考えられなくなる。
ステージ上のアリエッタを目指して、四つん這いのまま進む。
舞台袖からステージ上に出てきた私をみて、観客席がざわめいた。
観客席は、ステージを見下ろせるよう、後方へいくにつれて緩やかに高くなっていく。
恐る恐る、観客席を見上げる。
空席はない。
私たちの周囲を、無数の人が囲んでいた。
見知った人々の視線が、私の体に突き刺さる。
およそ二百人の視線が、今私に向けられているのだ。
見られている。
私の裸を、本性を…
マスクをしているから、大丈夫。
私の正体は、分からないはず…
「今、私の隣にいるこの動物、何だかわかりますか?」
アリエッタの声。
ざわめきがやむ。
「これは、マゾ犬と言って、恥ずかしいことをされたり、屈辱的なことをさせられるほど相手に媚びてしまう生き物なんですよ」
受講生たちが再びざわつく。
「で、でも先生、犬ではなくて、その、人間に見えるんですけど…」
ステージ手前の席に座っている女生徒のグループ。
その中の一人が、恐る恐るといった様子で尋ねる。
「そうですね。ナタリーさんのいうとおり、このマゾ犬は人間です。皆さんと同じ、女性です」
更にざわつく女生徒。
「確かに、この子は人間です。でも、人間でありながら、犬として人間に服従したがっている人も世の中にはいるの」
「人なのに、犬として?信じられない…」
「ふふ、信じられない?」
「はい…」
「でも、実際にあなたたちの前には、そんな人がいるのよ?」
「で、でも…」
「じゃあ、実際に見てもらいましょうか。ほら、メル、皆さんに自己紹介しなさい」
アリエッタがマイクを向けてくる。
こ、こんな年下の女の子たちの前で、私は…
アリエッタがしゃがみ込み、そっと耳打ちする。
「ほら、早くしてください。それともそのマスク、取ってしまいますよ?」
アリエッタのささやき。
この子たちは、おそらく私のことを知っているはずだ。
稀代の魔術師、マーティナ。
それが、こんな変態的な格好をしているなんて、知られるわけにはいかない…
「み、皆さん、はじめまして…」
か細い声。
「ア、アリエッタ様に、調教していただいている、マゾ犬の、メルです…」
生徒たちの驚いた顔。
体が熱くなる。
顔から火が出そうだ。
「ほ、本当に?」
「信じられない…」
「今日は皆さんにマゾ犬の生態についてしてもらいます。マゾ犬がどんなことを望んでいて、どんなことをされると喜ぶのか、しっかりと学習してくださいね」
アリエッタに言われるまま、『お手』や『おかわり』、『伏せ』をする。
その度に、観客席から黄色い声が上がる。
「せっかくの機会ですから、見ているだけではもったいないですね。実際にマゾ犬の調教をしてみた子はいませんか?」
女生徒のグループが、恥ずかしげにお互いの顔を見合わせる。
遠慮し合う中、先ほど質問をした生徒が手を挙げた。
「ナタリーさん、こちらに来てください」
ナタリーが、近づいてくる。
「私がさっきやったことを真似してみて?」
「わ、わかりました…」
一回り近くも年下の女子が、私を見下ろしている。
屈辱と羞恥心が、体を熱くさせる。
「ほら、ナタリーさん分かる?これからナタリーさんに調教されるのが楽しみで、期待した目でナタリーさんを見てるでしょ?」
「そ、そうなんですか?」
心配そうに私を見るナタリー。
アリエッタが、私の太ももを小突いた。
「ほ、本当よ、ナタリーさん。私…」
ピシッ。
お尻に痛みが走る。
「マゾ犬のあなたが、なぜ人間のナタリーさんにタメ口なの?ナタリーさん、マゾ犬に丁寧ごは不要よ?」
「わ、わかりました。ねえ、メル、私に調教されたくて期待しているの?」
「は、はい、ナタリー様…」
屈辱で、頭がクラクラする。
「いい歳した大人が、そんな格好して恥ずかしくないの?裸で、首輪まで付けて、こんな年下の女の子たちの前で…」
「は、恥ずかしいです…」
「恥ずかしいの?でも、それが好きなんでしょ?あなたのようなマゾ犬は?そうじゃなきゃ、絶対嫌だもの」
ナタリーが顔を上気させている。
小娘のくせに…
そう思うがナタリーの言葉の一つひとつが、私の体を昂らせていく。
「ほら、私がマゾ犬であるあなたの調教をしてあげる。感謝しなさい?」
こ、この…
思わず、ナタリーを睨み付けてしまう。
「せ、先生、この人、じゃなかった、マゾ犬が睨んできます」
少し怯えた様子のナタリー。
「ふふ、怖がらなくていいのよ、ナタリーさん。まだこの子は自分の立場が分かっていないだけだから、それを分らせてあげればいいの」
「で、でも、そうやって?」
「この子のお尻を思い切り叩いてあげなさい」
「い、いいんですか?」
「いいのよ。叩いてあげて?」
「でも、反抗したり、しないんですか?」
「大丈夫。そんな意気地はこの子にはないから。もし反抗したとしても、力はナタリーさんの方が上だから、安心して?」
「え、そ、そうなんですか?私の方が、上?」
「そうよ。昔は先生なんかじゃとっても敵わないくらい強い人だったんだけどね。でも、自分の魔力も魔術も貢いでしまって、今ではもう学生以下の能力しか残ってないの」
「え、ホントに?そんな人がいるの?」
騒ぎ出す生徒たち。
「ほら、静かにしなさい。とにかく、安心して、ナタリーさん」
「わ、分かりました。ほら、メル、お尻をこちらに向けなさい。その反抗的な目を反省させてあげる」
「くっ…」
遥かに年下の女の子に命令され、体がゾクゾクと反応してしまう。
嫌がっているような風を装いつつ、期待してしまっている自分がいた。
「メル、反省しなさい!」
パシッという、大きな音が響く。
お尻に強い衝撃が走り、じんわりと痛みが広がる。
「くぅっ…」
「メル、反省した?…まだ反省してないようね」
パシッ。
再び、お尻に痛みが走る。
容赦のないナタリー。
「ほら、マゾ犬、反省しなさい!反抗的な目で見て、申し訳ありませんでした、ナタリー様って、言いなさい!ほら、早く!」
ナタリーの手が、続けて私のお尻を叩く。
「ナタリーさん、やめなさい」
「えっ」
アリエッタの、思いがけない制止に、びっくりするナタリー。
「そんなに力任せに叩いてはだめ。調教は、ただ叩けばいいっていうものではないの。愛情を忘れてはだめ」
「は、はい…」
悲しそうな目で私を見るナタリー。
「ごめんね、メル。マゾ犬といっても、あなたにも感情はあるのよね。ごめんなさい…」
ナタリーに抱き抱えられ、頭を撫でられる。
年下の女の子に、まるで赤子のように…
恥ずかしさと同時に、くすぐったいような、満たされるような感覚。
「私が、ちゃんとメルのこと、躾けてあげる。メルが私に服従したくなるような調教ができるよう、頑張るからね」
「は、はい…」
「今から10回叩くから、ちゃんとカウントするのよ、いい?」
「わ、分かりました…」
「ありがとう、メル。じゃあ、いくね」
「お、お願いします」
ナタリーの手のひらがお尻に触れる。
手を振り上げる気配。
そして…
パシッ。
「うっ…」
痛みが広がっていく。
しかし、さっきまでと違い、こちらを労わるような思いを感じる。
「い、いち…」
パシッ。
「に、にぃ…」
パシッ。
「さ、さん…」
部下と、その教え子たちに見守られながら、全裸の女がお尻を叩かれている。
叩いているのは、先ほど会ったばかりの、一回りも年下の女の子。
稀代の魔術師、マーティナ。
彼女たちにとって、数週間前なら声を掛けることもできないほどの存在だったはず。
それが、こうしてお尻を突き出し、叩かれているのだ。
「どう、メル、気持ちいい?」
「き、気持ち、いい、です…」
屈辱と、ショックと、お尻の痛みと。
ナタリーの優しい声。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなくなっていく。
パシッ。
「よ、よん…」
パシッ。
「ご…」
お尻を叩かれるたび、思考力が削られていく。
代わりに、体の奥から熱いものが込み上げてくる。
脳が、痺れていく。
パシッ。
「ろ、ろく…」
パシッ。
「な、なな…」
ナタリーが手を止め、頭を撫でてくる。
「あなた、本当はすごい魔術師だったんでしょ?あのアリエッタ先生より強かったなんて…でも、今は力を失ってしまったのね…」
「う、うぅ…」
「でも、安心して。これからは私があなたのこと、可愛がってあげる。マゾ犬として、いっぱい可愛がってあげるから、ね?」
「は、はい…」
視界がにじむ。
「よしよし、いい子いい子。あと三回、頑張って耐えるのよ?」
「はい、ナタリー様…」
パシッ。
「は、はち…」
パシッ。
「き、きゅう…」
そして…
バシッ!
「が、はっ」
これまでで一番強い痛みがお尻に広がる。
目の奥がチカチカする。
「ほら、メル、カウントしなさい」
ナタリーの声。
「じ、じゅう…」
ようやく、口にする。
「よくできました。よく耐えたね、偉かったよ、メル。いい子だね、お前は。よしよし、いい子いい子」
私を抱き寄せ、頭を撫でるナタリー。
「あ、ありがとうございました…」
「ナタリーさん、よく頑張ったわね。初めてとは思えないほどの調教だったわよ」
「そ、そんな…アリエッタ先生のおかげです」
照れたように、ナタリーが言う。
「いい、みんな。ビーストテイマーとして、相手を服従させるのに、力だけではだめ。愛情を忘れないこと。分かった?」
生徒たちが返事をする。
「甘いですよ、アリエッタ先輩」
不意に、ソフィーの声が聞こえた。
途端、再び周囲の景色が揺らいだ。
床が、壁が歪み、流れていく。
再構成されたのは、元いた部屋だった。
エルヴィナと、シンディア。
アリエッタと、教え子である女生徒のグループ。
そして…
「甘いですよ、アリエッタ先輩。マゾ犬には、徹底的に立場の違いを教えてあげないと。二度と反抗する気も起きないくらいに、ね」

コメント

  1. デンジ より:

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    数年前に逆転少女の小説を読んでから、年上の少女が年下の少女に責められる作品にはまりました。
    あれから似たようなジャンルの作品を探しましたが、逆転少女を超える様な作品に出会えなかったので再開していただけたのはとても嬉しいです!
    今回の作品はハードな攻めでとても好みなので続きが非常に気になります!!
    これからも応援しています!

  2. slowdy より:

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    >デンジさん
    応援、ありがとうございます!
    楽しんでいただけて、すごく嬉しいです。
    一時期、書くことができずに悩んでいたこともあったのですが、再開できてからは割とスムーズに書けるようになり、ホッとしています。
    書きたいことがまだまだたくさんあるので、これからもいろんな作品をお届けできたら、と思っています。
    今作も終盤に差し掛かっていますが、マーティナ達が迎える結末をぜひ見届けていただけたら幸いです。
    これからもよろしくお願いします!