部室内のディクテイター 前編

「よろしくお願いします!」
新入部員たちの声が、テニスコートに響く。
上級生を前に、彼女たちは緊張した面持ちで直立している。
最上級生の中から一人、新入部員の前に出る。
場の空気が、張り詰める。
「私が部長の古賀美沙だ。君たちのような優秀な選手が来てくれて嬉しく思う」
堂々とした、威厳のある声。
「君たちも知ってのとおり、我が部は県内でも有数の強豪校として知られている。そのため、先生方や父兄、OGの皆さんからも非常に期待されている。君たちは数ヶ月前までは各校のトップにいたのだろう。実力もある。しかし、ここではそんなものは一切関係ない。自分が何をすべきか常に考え、行動し、悔いのない三年間を過ごしてもらいたい。以上」
一年生の緊張や不安が痛いほど分かる。
私も一年前は彼女たちの立場だったのだ。
副部長の指示で、一年生が一人ずつ自己紹介を始める。
顔の知っている子が何人かいて、時々私の方を見る。
安心させてやりたいが、今の私にはできなかった。
最後の一人。
上村藍花と名乗った彼女は、他の子に比べてやや小柄だが、物怖じしなさそうな顔つきをしていた。
全員の自己紹介が終わり、部活の1日の流れについての説明に移る。
ここからは、私たち二年生の役目だ。
昨日までは自分たちが下っぱだったのだ。
少し偉そうな態度を取っている同級生がなんだかおかしかった。
ただ、そうはいっても結局は実力の世界だ。
上手ければ、レギュラーの座は一年でも奪い取ることができるのだ。
上手ければ、の話だが。
翌日から、一年生へのしごきが始まった。
我が部の伝統となっており、この一ヶ月を耐えられず、やめてしまう子は多い。
私も、何度やめようと思ったか。
でも、同級生や、出身校が同じ先輩の励ましのおかげでなんとか耐え抜くことができたのだ。
一週間が経った頃、一年生がひとり来なくなった。
他の子に比べても、ついていくのが大変そうだったのだ。
可哀想だが、しかたない。
二週間が経った頃だった。
古賀部長の怒声が響いた。
一瞬にして静まりかえるテニスコート。
いったい何があったのだろう。
おそるおそる、声の方を見る。
部長と、一年生。
初日、一番最後に自己紹介をした子だ。
確か、上村といったか。
自分に厳しく、他人にも厳しい古賀部長。
しかし、あそこまで怒ったところをみたことがない。
一年生はおろか、同級生や上級生もびっくりしていた。
かわいそうなのは怒られている一年生だ。
いったい何をしたのかは知らないが、萎縮し、今にも泣きそうな顔をしている。
もしかしたら、明日から来なくなってしまうかもしれない。
私が彼女の立場だったら、来れるかどうか自信がない。
しかし、彼女は翌日も来た。
よほど神経が太いのかと揶揄する人もいたが、私を含め、何人かの部員は彼女を見直した。
精神的な打たれ強さは、ある意味では必要な資質のひとつでもあるのだ。
部活も終わり、帰路につく。
途中まで来て、ある事に気づいた。
ラケットを、コートに置いてきてしまったのだ。
大切な道具を…
情けなさと同時に浮かんだのは、古賀部長の顔だった。
あの一年生を怒っていた時の部長を思い出す。
道具の扱いについては特に厳しい部長。
もしこの事が部長に知れたら、今度は私があの一年生と同じ立場になるかもしれないのだ。
慌てて、来た道を引き返す。
日も落ち、すっかり暗くなったグラウンド。
照明の灯りを頼りに走る。
はたして、私のラケットはあった。
ホッと胸をなでおろす。
帰ろうとした時、ある事に気づいた。
部室から、わずかに明かりが漏れている。
消し忘れたのだろうか。
それとも誰かが残っている?
気になって、部室に近づく。
部室内に、人の気配を感じる。
やはり、だれかが残っていたのだ。
古賀部長の声。
誰かと話しているようだ。
他の三年生と、今後の打ち合わせをしているのだろうか。
さて、帰ろうか。
再び帰ろうとしたが、中にいるもう一人の声が聞こえた。
なぜ、彼女が部長と?
奇妙な取り合わせだった。
中で、部長と例の一年生が話している。
あの一件を思い出し、緊張が走る。
再び、部長が上村を責めているのだろうか。
しかし、部室からは緊迫した様子は伝わってこない。
どんなことを話しているのだろうか。
好奇心に勝てず、ドアに耳を寄せる。
「藍花、もういいでしょ…」
「だーめ。まだそのままでいてね」
「こんなところ、誰かに見られたら…」
何か、様子が変だ。
「美沙さん、しばらく会わないうちに、ずいぶん偉くなったんですね。昔はあんなに従順だったのに…」
「それは…昔の話でしょう?」
「ふふ、どうかな?本当は、今も私に可愛がってもらいたくて、しかたないんでしょ?」
「そんなこと…」
「じゃあ、なんで私の命令に素直に従っているんです?」
「べ、べつに…」
「三年生が正座してて、後輩がイスに座ってるなんて、部活中じゃ考えられないでしょ。他の人が見たらビックリしちゃいますよ」
何を言っているのだ。
古賀部長が、正座?
「でも、美沙さん、少し嫌がるそぶりをしただけで、素直に私の命令に従いましたよね。むしろ嬉しそうに見えたけど、違います?」
「そ、そんなわけないでしょ!違う、藍花が私のこと脅すから、しかたなく…」
「嘘をつくとき、口元をさわる癖、直ってなかったんですね」
「えっ…」
「嘘なんてつかなくてもいいんですよ?昔みたいに、いっぱい可愛がってあげる。美沙さんも、そうされたいんでしょ?」
「わ、私は、部長として…」
「今は、部活中じゃないでしょ?私と美沙さんの二人きり。今は部長じゃなくて、美沙さんはただの一人の女の子なの。だから、自分に素直になっていいんですよ?」
「わ、私は…」
「ね、素直になって?昔みたいに、いっぱい気持ちいいことしてあげますよ?」
「う…うん…」
古賀部長、何を言っているの?
それに上村、あなたは一体…
「ふふ、やっぱり。じゃあ、お願い、言えますか?昔さんざん言ってたもの、セリフは覚えてますよね」
「う、うん。でも…」
「でも?」
「は、恥ずかしい…」
「大丈夫。ここには私と美沙さんの二人しかいないの」
「う、うん…藍花ちゃん、藍花様…美沙のこと、いっぱい可愛がってください」
古賀部長の言葉とはとても思えない。
それに、聞いたことのない、どこか媚びたような声。
しかし、確かに古賀部長の声だった。
ゴンッ。
しまった!
手に持っていたラケットがドアにぶつかってしまった。
「誰だ!」
古賀部長の声。
に、逃げなきゃ…
隠れようとするが、足がすくんでしまって動けない。
ドアが開く。
「お前は…」
古賀部長と目が合う。
部長の目力に、思わず目をそらしてしまう。
「誰?」
上村の声。
「二年の長沢だ。おい長沢、いつからそこにいた」
「あ、あの…すみません!忘れ物を取りに戻って、それで…」
「いつからそこにいたと聞いている」
「ごめんなさい!盗み聞きするつもりはなかったんです」
「人の話を聞け」
「古賀部長、長沢先輩にも中に入ってもらいましょうよ」
「し、しかし…」
「古賀部長」
上村の声色が変わる。
低く、それでいて有無を言わせないなにかがあった。
「あ、ああ。長沢、入れ」
「は、はい…」
おそるおそる、部室に入る。
部室の奥に、一人の少女がいる。
上村は、イスに座ったまま言った。
「長沢先輩、こんばんは」
「え、ええ、こんばんは」
「長沢、我々の会話をいつから聞いていた?」
「すみません…あの、古賀部長が正座をやめたいとおっしゃっているあたりから、です」
「そうか…」
怒っているというより、少し焦っているように見える。
普段はあまり見せない表情だった。
対して、一年の上村は落ち着いている。
「長沢先輩は、古賀部長と私の昔話も聞いていたんですね?」
「え、ええ」
「じゃあ、古賀先輩が本当はどんな人なのかも、知ってしまったんですね?」
「ど、どんな人、って?」
「聞いてたんですよね?さっきの古賀部長のお願い。美沙のこと、いっぱい可愛がってくださいって」
「お、おい、藍花」
部長が慌てているが、藍花は意に介さない。
「聞こえていた、けど。でも、古賀部長があんなこと…」
「でも、本当なんです。ね、部長?」
「おい、藍花、いいかげんに…」
「部長、長沢先輩に教えてあげてください。部長が昔、私にどんなことをされていたのか。普段は偉そうにしている部長が、本当はどんなことを考えているのか」
「藍花、私は…」
「美沙、私のいうことが聞けないの?」
低い、ドスの効いた声。
部長が息を飲むのがわかった。
「わ、わかった、言うよ…長沢、誰にも言うなよ」
「は、はい…」
「私と藍花…上村は、出身校が同じでな。そこでも、我々は、テニス部の先輩と後輩だった」
「ゆっくりと語る部長。
「そこで私は、その、上村に、ええと…」
言いよどむ部長。
そのままちらりと藍花を見て、藍花ににらまえる。
「私はそこの、上村に、ち、調教、されていたんだ」
「調教…」
「部長、調教だけじゃよくわからないでしょ。もっと具体的に説明してあげてください」
「あ、ああ…部活が終わった後、身体をマッサージしたり、足を、口でキレイにしたり…」
足を、口でキレイに?
「私の足を、部長がていねいに舐めるの。足の指を一本一本、美味しそうに、ね」
恥ずかしそうに顔を赤らめる部長。
「あとは、上村の、大事なところを、口で…」
「イスに座っている私の前で、部長が全裸で正座するんです。それで、藍花様の大事なところを清めさせてくださいって、頭を下げてお願いするんです。ね、部長?」
「あ、ああ…」
信じられない。
「信じられないって思ってますね?でも、本当なんです」
上村の目。
普段の彼女と見た目は同じだが、どこか別人のようにも思えてくる。
「部長、服を脱いでください」
「え、ここで、脱ぐの?」
「はい、脱いでください」
「で、でも、長沢もいるし…」
「美沙、脱ぎなさい」
あの声。
「わ、わかった」
古賀部長はうつむきながら、ジャージを脱ぎ始めた。

コメント

  1. みどり より:

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    今回は第三者の視点なんですね。部長の口調もmになった時のギャップが良かったです。後編楽しみにしてます!

  2. slowdy より:

    SECRET: 0
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    コメント、ありがとうございます!
    はい、今回は第三者視点で書いてみました。
    今までとは少しだけ違った雰囲気が出せるかな、と思い…
    ここから、二人の関係に長沢がどう関係していくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。