Brave New World 五日目 1/4

目覚めは良かった。
今朝は気分も優れている。
朝食もおいしく感じられた。
学校へ続く通いなれたはずの道も、今日はいつも以上に色付いて見える。
西田茜。
不思議な少女だった。
最初に会った頃は可愛らしい不思議な少女に過ぎなかった。
向こうがこちらに好意を抱いているのは分かっていたし、向こうもそれを隠そうとはしなかった。
自分も入学した当初は先輩の一人に憧れていたこともあった。
今度は自分が後輩に憧れられる存在になったのだ、と思った。
こちらも、茜に対しては好意を持っていた。
しかしそれは、あくまで先輩と後輩という関係の中での事だ。
それがいつしか怒り・恐怖の対象に変わり、今では自分にとってかけがえのない存在になりつつある。
茜の愛情表現は確かに変わっているが、自分への想いは本物だと思える。
自分も、彼女の気持ちに答えたいという想いが芽生えていた。
ただ、深いところまでは分からない。
その気持ちは先輩としての愛の延長線上にあるものなのか、自分の性癖を満たしてくれる相手として必要としているだけなのか。
もし西田茜個人としての彼女を好きになっているのだとしても、それは許される事なのか。
考えるべき事は沢山あったが、今はこの幸せな気持ちに包まれていたかった。
学校についてから、職員室へ鍵を取りに行く。
平日と違い、土曜日は部員が音楽室の鍵を開ける必要がある。
特別な理由がない限り、それは部長が行うというのがしきたりだった。
それは部員に対して権威を示すと共に、部長としての自覚を忘れないようにとの戒めも込められているらしい。
練習の開始時刻は9時。
時計の針は8時を少し回った所を指している。
部員はいつも20分を過ぎた頃から集まり始め、50分になる頃には大体全員が揃う。
音楽室で一人佇む。
部員が集まるにはまだ早い。
練習はおよそ2時間半で、12時前には解散になる。
それまでにはまだ大分時間があった。
なんだかそわそわする。
練習後、茜の部屋に行くことになっている。
足が地に着かない感じがする。
「気を引き締めろ、友子!」
そう言って自分の顔を手でパシパシ叩く。
コンクールの日は少しずつ近づいている。
部長の自分がこんなではいけない…
音楽室のドアが開いた。
「友子さん、おはようございます」
茜だった。
「今日はやけに来るのが早いわね」
「友子さんに会うのが待ちきれなくて」
そう冗談ぽく言う姿も可愛い。
「で、友子さんにお願いがあるんですが」
茜はバッグの中からピンク色の物体を取り出した。
「これ、付けて欲しいんです」
「これは…ローター?」
「飛びっ子っていって、リモコンで遠隔操作できるんです」
部活中にこれを付けていろという事か。
「却下」
茜の気持ちも分からないではなかったが、公私のケジメはつけなければならない。
「そう、ですよね…」
照れたような、申し訳なさそうな顔で俯く茜。
そんな彼女の耳元で囁く。
「部活の後で、たっぷりといじめてね?」
一瞬驚き、その後こぼれる様な笑顔で茜は頷いた。
数分後から他の部員も集まり始めた。
全員がそろったところで、内藤先生が練習内容を告げる。
さすがに三年生の顔は真剣そのものである。
その緊張感が伝わってきたのか、最近は下級生の目つきも変わり始めている。
練習が開始された。
平日はパート別の練習に重きを置いているのに対し、土曜日は全体練習が中心になっている。
音出しの後、軽くパート練習をしてから全体練習に入る。
時々内藤先生から指導が入り、対象の部員は頷きながらメモを取っていく。
全体的に、だいぶまとまってきたと思う。
ただ昨年の今頃と比較すると、納得のいくものではない。
これも部長である私の責任なのだろうか。
自分の置かれている立場と先代の偉大さを改めて思い知らされる。
三度目の通し練習が終わった後、休憩時間に入った。
部活の時間が終わった。
浮き足立つ気持ちを抑えつつ、後片付けを行う。
内藤先生が一日の総括を行い、その後解散となった。
そのまますぐに茜の家へ向かいたかったが、二人で居る所を他の部員に見られるのは何となく躊躇われる。
茜には悪いが、しばらく校内の何処かで時間を潰してように言った。
他の部員が全員帰るまで、私は内藤先生と話をすることにした。
先代の部長達と比較して今の自分に足りないものはどこなのか、どうすれば先代に追いつけるか悩んでいると打ち明けた。
先生は真剣に耳を傾けてくれる。
そして優しく、しかし的確な表現でアドバイスしてくれた。
そんな先生に感謝するとともに、この人にもあんな一面が、と考えてしまう。
普段の先生とあの時の先生は確かに同じ人物であるはずだった。
イメージが重ならないというより、重ねていいのだろうかと思ってしまう。
重ねてしまった時点で、自分の中での内藤先生は大きく変わってしまうに違いなかった。
そして、彼女の持つ性癖は確かに私にもあるのだ。
ただ、それでも今はそれを否定する気にはなれない。
一度認めてしまった感情はあまりにも魅惑的過ぎた。
「友子さん、待ちくたびれましたよぅ」
茜が膨れっ面をしている。
「ごめんごめん。先生との話が長引いちゃって」
とりあえず、他の部員は皆帰ったようだ。
「お腹すいたわね。何か食べて行きましょうか」
「あ、私今日もお弁当作ってきたんです」
土曜日にお弁当というのも変な気がしたが、茜はそうしても一緒に食べたかったらしい。
茜の家へと向かう途中、公園があった。
そこで、子供達のはしゃぐ声を聞きながらのんびりとお弁当を食べた。

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