カメラ!カメラ!カメラ! 2話

それからも瀬里奈との交流は続いた。
瀬里奈は、カメラの話ができる相手が見つかったのがよほど嬉しかったらしい。
私も、瀬里奈と話をするのは楽しかった。
このところ続いていた退屈な日々の中で、瀬里奈の存在が一種の救いにもなっていた。
一人っ子だったので、瀬里奈のような妹の存在に憧れていた、というのもある。
瀬里奈は、大学での出来事や、撮った写真の事などを話してくれた。
きっかけはカメラだったが、それを機に、様々な話をするようにもなった。
私も、瀬里奈の話を聞いているうちに、なんとなくまたカメラを触りたくなってきた。
その事を告げると、瀬里奈はとても嬉しそうな顔をした。
「その時は、是非一緒に撮影しましょう」とのことだった。
9月の下旬、アパートの通路で瀬里奈と出会った。
その隣には、背が高く、整った顔立ちの男性が立ってる。
「あら、瀬里奈ちゃんのお友達?」
「はい、サークルの先輩で…」
「浅野樹里といいます」
にこやかに、頭を下げる樹里。
樹里…
男性にしては、やや高い声。
瀬里奈の大学は確か女子大だったはず。
とすると、樹里も女性か。
髪型もショートカットだったので、一見すると男性かと思ってしまったが、確かに、よく見ると女性らしい雰囲気があった。
彼氏かな、と思ったが、言わなくてよかった…
「こちら、隣の部屋の飯田さんです。私が引っ越してきた時からお世話になっている方で…」
「はじめまして、飯田葉月です。瀬里奈さんと同じサークルってことは、浅野さんもカメラが好きなの?私も、瀬里奈ちゃんに今度カメラを教えてもらうことになっていて…」
一瞬、樹里の目がほんの僅かに見開いたように見えた。
「今日は樹里さんに、カメラを教えていただけることになって。機材とか、これまで撮りためた写真データとか、見てもらおうと思ってるんです」
「そう、よかったわね、瀬里奈ちゃん」
「瀬里奈はもともとカメラの腕も知識もあるので、どちらかというと、逆に私が教わりに来た感じなんですけどね」
苦笑しながら言う樹里。
別れを告げ、二人は瀬里奈の部屋へと入っていく。
家事がひと段落し、居間でお茶を飲んでいる時だった。
何か物音が聞こえた。
気のせいかと思ったが、その後も継続して聞こえてくる。
テレビの電源を落とし、耳をすませる。
ベランダの方。
立ち上がり、ベランダに近づく。
少しだけ開けた窓から、音が入ってきているらしかった。
隣の部屋。
瀬里奈のものらしき声と、樹里という女性の声。
よく聞き取れないが、どこか切羽詰まった印象を受けた。
言い争っているようにも聞こえる。
喧嘩だろうか。
仲が良さそうに見えたが…
止めた方がいいだろうか。
いや、部外者が口を挟むことではないか。
それに、盗み聞きしていたと思われるかも…
樹里という女性の顔が思い浮かぶ。
背も高く、顔立ちも整っている。
話した感じでは、物腰も柔らかそうで、悪い印象はなかった。
彼女のような女性なら、女子大でもモテるだろうなぁ、というのが正直な感想だった。
それに瀬里奈も、あまり言い争うような印象はない。
二人の声は、徐々に大きくなっていく。
流石に止めに入った方がいいかと思いはじめた時だった。
樹里の声。
何か、違和感を覚えた。
怒っているようにも聞こえたが、別の感情も混じっているような。
泣いている、いや、何かを懇願している?
何故かは分からないが、聞いていて変な気分になるというか…
パシッという、乾いた音。
直後、樹里の呻き。
どこか艶を帯びた声は、私をドキドキさせる。
窓をゆっくりと開け、ベランダに出る。
引き寄せられるように、しゃがみながら隣室へ近づく。
私は何をしているんだろう…
瀬里奈の声。
普段の瀬里奈からは聞いたことのないような、強い口調。
あの優しそうな瀬里奈が、こんな声を出すのだろうか。
そう思ったが、声は確かに瀬里奈のものだった。
瀬里奈の、責めるような声。
樹里の、泣きそうな声。
パシッという音と同時に、樹里が切なそうな呻きを上げる。
あまりのことに、私は何が起きているのか、しばらく理解できなかった。
ただ、必死に耳を傾けていた。
怖くて動けないのではない。
瀬里奈の声を聞くたび、頭が痺れたようになっていく。
パシッという音を聞くたび、身体の奥が熱くなる。
思考や感情ではなく、本能が、もっと声を、音を、聞きたがっている。
かつて、私に刻まれた痕。
だいぶ昔の記憶が、呼び覚まされようとしている。
瀬里奈。
今、瀬里奈はどんな表情をしているだろう。
樹里に、どんな言葉を投げかけているのだろう。
樹里は、どんな顔をしながら、その言葉を受け止めているのだろう。
見たい、聞きたいという感情が、私の中で暴れている。
樹里の声が徐々に高くなり、感覚も短くなっていく。
瀬里奈の声。
小さいが、はっきりと聞き取れた。
樹里の、悲鳴ともつかない声。
長く伸びたそれは、徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
ベランダから室内に戻った後も、先ほどの事が頭から離れない。
瀬里奈の責めるような声。
樹里の悩ましい呻き。
パシッという、乾いたような音。
二人が部屋で何をしていたか、何となく想像はつく。
頭では分かっていても、気持ちが追いついてこない。
ただ、気づくと、頭の中で反芻してしまっている。
そして、その度に身体の奥が熱くなる。
「明日から、どんな顔して会えばいいんだろう」
呟いてみる。
瀬里奈達は、私がベランダで聞いていたことは知らないはずだ。
だったら、これまで通り振る舞えばいい。
再び、夢を見た。
千秋。
私を見下ろしている。
「葉月さん、こんなことされて、感じてるの?」
「べ、別に、そんなこと…」
「あれ、まだそんなこと言うんだ」
手をタオルで縛られ、お尻を突き出したような格好の私。
黒い、エナメルの服を着せられている。
服といっても、ほとんど肌が露出している。
裸の撮影は一回限りという約束だったが、結局、あの後もなし崩し的に続いた。
千秋の要求は少しずつエスカレートしていった。
私は様々な衣装を着せられたり、ポーズをとらされた。
『カメラの練習』『コミュニケーションの一環』『恋人の可愛い姿を残しておきたい』等々。
千秋は様々な理由を並べ、私を説得した。
私も、断りはするものの、最後には折れて、千秋の要求を受け入れてしまうのだ。
あの日から、何かが変わった。
徐々に、千秋の発言権が強くなっていった。
対して、私はあまり千秋に偉そうな態度を取れなくなった。
サークルの仲間達と一緒にいる時は、それほどでもない。
二人きりの時は、もう立場が逆転しつつあった。
「ほら、見て、葉月さん。自分がどんな格好しているのか」
部屋に置かれた全身鏡。
勝ち誇ったような千秋の横で、情けなく、四つん這いになっている私。
服を着ている千秋と、ほとんど裸同然な、エッチな服を着せられている私。
鏡の中の千秋と目が合う。
背筋がゾクゾクっとする。
駄目、この目を見ると、逆らえない…
「本当に嫌なら、こんなことしないでしょ。だって、嫌なら断れるんだし。でも、葉月さん、こういう恥ずかしい事させられるの、本当は好きなんでしょ?」
「そんな、違うよ…」
見抜かれていた。
あの日芽生えた感情は、私の中で日に日に大きくなっていった。
一度だけなら、そう思ったのが間違いだった。
今更気づいても、もう遅かった。
千秋に服従したい。
恥ずかしい思いをさせられたい。
そして…
「葉月さんの写真、撮ってあげるね」
「う…」
「葉月さんの可愛い姿、カメラで保存してあげるね。恥ずかしそうにしてる顔も、おっぱいも、お尻も、大事な所も、ちゃんと残してあげるからね」
恥ずかしい。
撮られたくない。
生意気だぞ、千秋。
私の方が、年上なんだから…
シャッターを切る音。
駄目だ。
この音が、私の反抗心を組み伏せる。
服従する喜びを、強制的に思い出させてくる。
「ほら、やっぱり。葉月さん、嬉しそうな顔してる…」

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