Brave New World 四日目 1/3

やっと金曜日が来たという気がする。
思えば三日前から茜に振り回されっぱなしだった。
二人の痴態を見た時、あまりのことになかなか事実を受け入れられなかった。
教師と教え子の非現実な光景。
やがてそれは私をゆっくりと、しかし確実に取り込んでいった。
どうにかして逃れようとしたが、結局茜の魅力には抗えなかった。
ただ今になって思うのは、自分でもそうなる事を望んでいたのではないかという事だ。
茜のサディスティックな表情を初めて見た時、怖くて全身が震えた。
愛くるしく自分に従順な後輩にそのような一面があった事に恐怖を感じたからだ、とその時は思っていたのだ。
見てはいけないものを見てしまったという罪悪感もあった。
しかしそれらは本当は大したことではない。
あの時、私は確かに辱めを受けている内藤先生に自分を投影していた。
もしあそこにいるのが先生ではなく自分だったなら。
そう想像して言いようのないおののきを感じた。
そして気付いてしまったのだ。
自分がマゾヒストであることに。
茜に見下され、蔑まれたいという心の声に。
それは、決して受け入れてはならない思い。
自分の理性はそれと必死に闘っていた。
そして、負けた。
いつもより早く学校に着いた。
下駄箱に靴を入れようとした時、中に手紙が入っていることに気付いた。
淡いブルーの封筒に、丸文字で「愛しの友子様へ」と書かれている。
周囲に人が居ないことを確認しつつ、中の手紙を取り出す。
内容は簡潔で、「昼休みに屋上で待ってます」とだけ書かれていた。
昼休みまでの時間が長く感じられたが、昨日までのそれとは別の、むしろ逆の心持ちだと言ってよかった。
自分が間違った方向に進んでいるという自覚はあったが、期待感を打ち消そうとは思わなかった。
4限終了後、冷静さを装いつつも胸を高鳴らせながら屋上まで来た。
数分後、茜はやってきた。
「お待たせしてしまってすみません」
「気にしなくていいのよ。それより、用件というのは…」
「はい、これなんですけど」
茜の持っている手提げ袋に視線を移す。
まさかとは思っていたが、本当にこんな所で始めようというのだろうか。
「先輩、お昼ご飯は持ってきてますか?」
「は?」
質問の意図が読めず、聞き返してしまった。
「ですから、お弁当とか持ってきてますか?それとも学食で食べる予定でしたか?」
「あ、え…と」
教室には家から持ってきた弁当が置いてある。
「お弁当だけど、それがどうかしたの?」
「あ、そうですか、そうですよね…」
訳が分からない。
「それじゃ、失礼します。わざわざすみませんでした」
「ち、ちょっと、何か用があるんじゃなかったの?」
「あー、いえ、もういいんです。先輩の顔が見たかっただけなので」
少し涙声だった。
本当に訳のわからない子だと思った。
無邪気でもあり、小悪魔的でもあり、それでいてこんな風に子供っぽい所もある。
変な子だというのが、ここ数日でできた印象だった。
ただ、そんな子に魅かれ始めている自分も同じく変な子なのかもしれない。
ドアを開けて帰ろうとしている茜に向かって叫んだ。
「今日、お弁当持ってくるの忘れちゃったんだけど」
目を擦りつつ、照れたように戻ってくる茜の笑顔が愛しく思えた。
「先輩、あーん」
「い、いや、自分で食べられるから」
「照れなくてもいいんですよ。はい、あーん」
「あ、あーん」
「どう?おいしい?」
「お、おいしい…」
もし他に誰かがいたら、こんな事恥ずかしくてできなかっただろう。
「よかったあ。早起きして頑張った甲斐がありました」
茜の嬉しそうな顔を見るとこっとまで幸せな気分になる。
茜は手作りのお弁当を私に食べてもらいたかったらしい。
曰く、「先輩のために愛情を込めて作ってきました」だそうだ。
教室に残してきた弁当が気になったが、放課後に食べれば問題ないだろう。
「これは、よく出来たわね」
タコさんウインナーをつまむ。
「あ、それですか。作ってみると意外と簡単なんですよ。ウインナーに切り込みを入れて油で炒めるだけでいいんです」
「へえ。あ、これもおいしい」
いい具合に塩味が効いている。
「えへへへ」
こうして見る笑顔からは、夜の顔とはまた違った魅力を感じる。
夜の顔は心を揺さぶる身を任せたくなるような気にさせるが、今の顔はどこか儚げで守ってあげたいという気にさせられる。
「先輩」
「ん、何?」
「明日の事なんですが…部活の後、何か予定ありますか?」
「予定?どうして?」
「もし迷惑でなかったら、一度家にお越しいただけませんか?その、色々とお話とかしたいなって…」
毎週土曜日は、部活帰りに仲の良い部員達と遊びに行っている。
特に決まりという訳でもないが、私が一年の時からの習慣のようなものだった。
明日もそうする予定だったが、どうしよう。
茜が不安そうな顔をしている。
「そうね、お邪魔しようかしら」
「はいっ!」
お弁当を食べ終わりしばし談笑した後、茜が立ち上がった。
「先輩、こっちへ」
茜に手招きされ、言われるままについて行く。
「ここなら誰にも見つかる心配はありませんね」
何の事か分からなかったが、確かにここは校舎からも校庭からも死角になっている。
「もう一つお願いがあるんですけど」
そう言う茜の表情を見てドキッとした。
さっきまでのか弱い印象とは打って変わり、加虐的なそれになっている。
「下着、脱いで下さい」
「え、ええっ!?」
何を考えているんだろう。放課後の人気がなくなった時ならまだしも、今は昼真っ盛りである。
「大丈夫ですよ、誰も見てませんから」
「そういう問題じゃなくて…」
「私の言う事が聞けないのかしら?」
もはやお願いではなく命令だった。
茜に命令されると、理性とは裏腹に身体が熱く反応してしまう。
「で、でももし誰かに見られたら…」
「心配いらないわ。それに見られたとしてもその方があなたには嬉しいんじゃない?」
「そ、そんな…」
「なんなら、もっと人に見られそうな所へ行ってもいいのよ?」
「い、いえ、分かりました…ここで脱ぎます」
周りを確認してから、スカートの中に手を入れる。
誰も居ない事は分かっているのに、どこかで見られていたら、と考えてしまう。
「手が止まってるわよ」
「は、はい、すみません」
ショーツに手を掛ける。
顔が熱くなってきた。
茜は目をそらさず、じっとこちらを見ている。
上履きを脱ぎ、中が見えないよう気をつけながらショーツを足から引き抜く。
「脱ぎました」
「こっちに渡しなさい」
「え、でも、さすがにそれは…」
「渡しなさい」
笑みを浮かべていたが、有無を言わさない迫力があった。
「ど、どうぞ…」
「いい子ね」
受け取ったのと反対の手で頭を撫でられた。
「これは放課後まで預かっておくわ」
「そんな!?困ります!」
「放課後になったらちゃんと返してあげるから、心配しないの」
まるで子供をあやすような声色だった。
茜はさっそと戻る準備をしている。
「あ、あの…」
「放課後、部活で会いましょう」
そういい残して屋上から去っていった。
廊下で人とすれ違うたびに背徳感で感じてしまう。
まさか目の前を歩いている生徒が下着を着けてないとは誰も思うまい。
スカートを穿いているので傍目には分からないだろう。
しかしスカートが捲れでもしたら、大事な所が露わになってしまうのだ。
下半身がスースーする。
まるで本当に下半身を露出しているような錯覚に陥る。
いまやこの学校における自分の尊厳は頼りない一枚の布に守られているのだ。
「あ、部長!こんにちは」
階段を降りている途中、下から声を掛けられた。
反射的にスカートを押さえてしまう。
不自然な動作に一年部員はキョトンとしている。
「こんにちは」
どうにか、それだけ口にする。
「顔赤いですよ?熱でもあるんですか?」
「なんでもないの。放っておいて」
早くこの場を離れたかったのでついぶっきらぼうに答えてしまう。
怒られたと思ったのか、一年生は恐縮してしまった。
早く教室に戻りたいのだが、歩いた拍子にスカートの中が一年生に見られてしまうのが怖い。
一年生も、さっきからその場を離れようとしない。
「あ、そういえば茜ちゃんが嬉しそうに歩いてたんですけど何かあったんですか?お昼休み、二人で会う約束をしてたって本人から聞きましたけど」
「一緒に食事したのよ」
「ああ、なるほど。それでかあ…」
その時、ちょうど運よく予鈴が鳴った。
「あっいけない。それじゃ部長、失礼します」
そう言って階段を上っていった。
どうにかやり過ごせたようだ。
安堵感と共に、少し残念な気がした。
もしあそこで、自分の性癖を知られたら…
そう想像しかけて、慌てて頭を振った。

コメント

  1. マロ より:

    SECRET: 0
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    お初です。(正確には初じゃないんですが。)
    何度かメルフォにてコメントさせて頂いてたんですが、
    レスし辛そうだったので、
    これからはこの形で感想を書かせて頂きますね。
    Mだと自覚させられて、
    少しずつ調教されていくのがドキドキですね。
    こう、戸惑っている心情がよく解って興奮です。
    これからどうなるんでしょう?
    続き楽しみにしてます。

  2. slowdy より:

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    あ、いつもありがとうございます。
    マロさんのメッセージからかーなり元気いただいてます!
    友子の心理描写はこだわりを持って書いてみました。ただ快楽に身を任せていくだけというのは不自然な気がしたんですよ。やっぱり友子みたいな状況になったら色々悩むよなーとか思ったり…
    でも第一のテーマはエチい内容なので、友子にはエチい目に遭ってもらいます(笑
    メルフォの件ですが、日記とはべつにレス用の記事を新しく作ろうかと考えてます。
    どちらへのコメントでも是非またお待ちしてます!