Brave New World 三日目

今日茜に会っても毅然とした態度でいよう。
そうすればまたいつもの関係に戻ることができる。
気懸かりなのは、茜がどう出てくるかだ。
もしあの時録音でもされていたら…
それをネタに脅してくる茜を想像して、頭を振った。
茜はそんな事をする子じゃない。
こんな事を考えるなんて、私はどうかしている。
「柏木先輩!」
あの声だ。
振り向くと茜が居た。
その隣にもう一人女の子が居る。
まさか今茜と出くわすなんて。
家を遅く出たのがかえって裏目に出てしまった。
狼狽しかけた自分を制し、二人に挨拶を返す。
茜の隣に居る子も吹奏楽部の一年で、二人一緒に居る所をよく見かける。
たしか、松山といったか。
「昨日はありがとうございました」
茜は私の目を見ながら言った。
「い、いや」
冷や汗が噴き出す。
昨夜の事を言っているのは明らかだった。
一体どういうつもりなんだろう。
松山が不思議そうな顔をしている。
「昨日ね、柏木先輩に色々教えて頂いたの」
意味深な言葉だった。
「えー、いいなぁ。もしよかったら今度は私もお願いできますか?」
松山が期待を含んだ目で見つめてくる。
「あ、ええと…」
一瞬どう答えたものか悩み、茜の方へ視線を移す。
笑顔、というより私の狼狽ぶりを楽しんでいるようだ。
「そ、そうね。機会があればいずれ…」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
心から嬉しそうな表情だった。
うまくはぐらかそうと思ったのだが、これでよかったのだろうか。
気付くと玄関前まで来ていた。
「それじゃ二人とも、また後で」
そう言って、逃げるように教室へ向かった。
授業中、私はこの後の部活について考え続けていた。
今日もまた何かしらの事を茜はしてくるだろう。
今度はきっぱりと言ってやらねばならない。
そうしないと本当に取り返しの付かない事態になる。
茜が何を考えているのかは分からないが、
これ以上振り回される訳にはいかない。
放課後、いつものように音楽室へ向かう。
ただ今日は昨日より堂々と力強く歩く。
音楽室にはまだ数名の部員しかいなかった。
茜の姿は無い。
準備室へ楽器を取りに行き、音出しをする。
楽曲の練習を始めようとした頃、松山と一緒に茜が入ってきた。
おそらく今日も、昨日のように教えてもらう風を装って近寄ってくるのだろう。
覚悟はできている。
あれから一時間が経とうとしているのに、茜はやってこない。
それどころか、こちらを見ようともしない。
肩透かしを食らった気分だった。
もうじき全体の合同練習が始まる。
それまでに来るかと思ったが、結局そのまま合同練習が始まってしまった。
練習が終わり、各自が楽器の手入れ・片付けを始める。
茜は、他の一年部員達と楽しそうに話している。
意図的に焦らされているのだろうか。
楽器を片付け終わった部員がちらほらと帰り始めた。
茜も既に帰り支度をしている。
このまま帰してしまっていいのだろうか。
私は突然、強い焦燥感に襲われた。
このまま茜を帰してしまっては明日もまた同じ苦しみを味わうことになる。
この件に関しては今日中に片付けておきたかった。
茜がグループから離れたのを見計らって声を掛けた。
「西田さん、この後少し時間あるかしら?」
茜は一瞬考える素振りを見せてから答えた。
「ええ、構いませんよ」
ニッコリと微笑む。
その奥にある感情は読み取れなかった。
あの後、茜は10分程音楽室で待っていて欲しいと私に告げた。
既に15分が経過している。
昨日と同じシチュエーションだった。
カーテンも閉めていない。
電気を消した音楽室の中でじっと茜を待った。
ゆっくりと夜がやってくる。
20分が過ぎた。
しかし、茜が来ないとは思わなかった。
言葉ではうまく表現できないが、茜はまだ学校に居るという確信めいたものがあった。
今日こうして茜を待つことが、前から決められていたような気さえする。
茜がそう仕向けているのかは分からない。
ついさっきまで焦っていたのがまるで嘘のように落ち着いている。
冷静に考える時間が与えられたからだろうか。
それとも…
窓の外に目をやる。
今日も星がよく見える。
この梅雨の時期、二日連続で星が見えるのは珍しい事なのだろうか。
いずれにせよ、星を自発的に見ようとするのは久しぶりな気がする。
そういえば昨日、茜は私と一緒に星空を眺めてみたかったと言っていた。
自分を挑発する為の言動だと思っていたが、本当の所はどうなんだろう。
いや、そんな事今はどうでもいい。
とにかく、茜に言うべきことをきちっと言わなければならない。
25分経とうかという時、ドアの開く音が聞こえた。
「すみません、探し物に時間かかっちゃって」
申し訳なさそうに茜が入ってきた。
「探し物?」
「あー、いいんです。気にしないで下さい」
20分以上待たせておいて、気にしないでというのも変な話だと思った。
「それよりどうしたんですか?先輩の方から誘ってくださるなんて。驚いたけど、ちょっと嬉しいかも」
演技なのか、それとも天然なのか。
本当に喜んでいるようにも見える。
「昨夜の事なんだけど…」
「昨日の事といいますと?」
「昨日、部活の後であなたが私にした事よ」
「ああ、アレですか。私の見込んだ通り、やっぱり先輩にはマゾヒストの素質があったようですね。昨日は大分ご満足いただけたみたいで」
「ち、違う!私はマゾじゃない!」
「そんなことおっしゃっても説得力ありませんよ。昨日ご自分が何をなさったかお忘れですか?」
敢えて思い出さないようにしていた記憶が蘇りそうになる。
「昨日、先輩は私に向かって…」
「わ、分かった、分かったからもういい!」
これ以上その話をされるのは耐えられなかった。
「茜に言わなければならない事があるの」
言う事は既に決めてある。
ただ、どう切り出すべきか。
茜は私をじっと見つめてくる。
おそらく茜も何を言われるかは分かっているのだろう。
「何であんな事をしてしまったのか、自分でも判らないのだけど…」
茜は何も言わない。
「多分どうかしてたんだと思う。一昨日、内藤先生のあんな姿を見てしまって、気が動転しちゃって」
暫し沈黙が流れた。
茜は考え込むように口に手を当てている。
その表情は少し怒っているようにも見える。
先を続けてもよいのだろうか。
「だから、その…」
「分かってますよ」
「え?」昨日の事は誰にも言いません。」
「え、あ、ありがとう」
「二人だけの秘密です。それに、私は先輩を悲しませる様なことしたくないですし」
「あ、あの、録音とかは…」
「怒りますよ?」
どうやら嘘を言っている訳でもないらしい。
とりあえず一安心といったところか。
「じゃあ、お互い昨日の事はなかった事に…」
「ねえ、先輩?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、茜が顔を寄せてくる。
「昨日は気持ちよかったでしょ?」
「なっ!」
「先輩ったらとっても可愛い声でおねだりするんですもん。私も少し感じちゃった」
「な、何?いきなり」
「私、先輩がマゾの素質あるんじゃないかってずっと思ってたんですよ?」
「べ、別に私は…」
「嘘ついても分かってるんですよ?後輩にあんな事されて、普通だったら耐えられませんよ。それなのに先輩、怒るどころかあんなに濡らしちゃって」
いや、実際の所私は怒りを感じていた。
しかし、怒りを意識すると同時に痺れるような陶酔感が存在する事にも気付いていた。
嫌悪すればするほど、その甘い蜜は私の心に染み込んでいった。
そのまま堕ちる所まで堕ちてしまいたい衝動にかられる。
「先輩、本当はまた私にいじめてもらいたかったんじゃないですか?」
「そんな事、あるわけ…」
ないと断言できるだろうか。
私の身体は既に熱を帯び始めている。
身体が何を求めているのか、私は知っている。
だがそれを認めてしまうわけにはいかない。
「私は決して…」
「分かりますよ先輩、怖いんですよね。現実を受け入れてしまったら、自分が自分でなくなるような気がして」
耳元で茜が囁く。
「でも私、絶対に先輩を悲しませるような事はしませんから。先輩が喜んでくれるように私頑張りますから」
茜の言葉が染み込んでくる。
侵食と言うよりは、むしろ温かく満たしてくれる感覚だった。
それは、私が抱えていた恐怖を優しく溶かしていく。
もしかすると、溶けているのは恐怖ではなく自制心だったかもしれない。
しかし今の私にはそんなことがどうでもよく感じられた。
「ほら、やっぱり期待してたのね」
そう言って、指についた『証拠』を見せてくる。
「そんな、恥ずかしい」
「恥ずかしいです、よ」
「は、恥ずかしいです」
気が付いた時には、もう茜の言いなりになっていた。
止めなければ、という気持ちもなくなったわけではない。
しかし、以前のそれよりははるかに弱くなっている。
今は陶酔感に浸る事のほうが正しいように思われた。
「舐めなさい」
言われた通り、茜の指についた自分の愛液を舐め清める。
「友子、あなたはもう自分がどんな人間なのか分かったでしょう?」
呼び捨てにされたが、それがかえって被虐心を燃え上がらせる。
「返事は?」
「は、はい、茜様」
私は自分の性癖を受け入れた。
この快楽の前では、もはや抗う事は無意味だった。
「ねえ友子、もっと楽しい遊びしてみない?」
「はい、してみたいです」
「じゃあ、服は必要ないから脱ぎなさい」
「は、はい…」
ゆっくりと制服を脱いでいく。
下着に手を掛けた時、さすがに恥ずかしくて俯いてしまう。
「どうしたの?脱がないの?」
「い、いえ、脱ぎます」
ブラジャーを取り、思い切ってショーツをおろす。
恥ずかしさの余り目眩がした。
「いい子ね。それじゃ、そこで四つん這いになって」
床に両手両膝をつける。
その時、背中に大きな負担が掛かった。
馬乗りされたらしい。
「いい?私の言うとおりにするのよ?」
「は、はい!」
「じゃあ、まずは向こうの壁まで進んでもらおうかしら」
言われたとおり、壁に向かって這っていく。
床に押し付けられた膝に、思った以上の痛みが走る。
その時、私のお尻が叩かれた。
ピシャッというこ気味良い音と、じわっと広がる痛みが心を魅了する。
「もたもたしない!」
「す、すみません!」
必死になって前へ進む。
どうにか壁まで辿り着くと、今度は壁伝いに部屋を廻るように命じられた。
「センパイ、いいカッコですね」
膝だけでなく頭の奥も痺れてくる。
「こんな恥ずかしい姿を他の部員に見られたらどうしましょうねえ」
茜の言葉が脳に染み込んでくる。
「こんな情けないセンパイを見たら、きっと皆ゲンメツしちゃうかもしれませんね」
もし本当に誰かに見られていたら…
後輩の子からアプローチされることはよくあった。
ラブレターを渡してくる子もいたし、中には直接告白してくる子もいた。
そんな子達にどう対処したらいいか悩むと同時に、誇らしいような気持ちもなくはなかった。
そんな子達が今の私を見たら…
彼女達の蔑む顔を想像すると、胸が締め付けられるような快感で全身が震えた。
「あ、想像して感じちゃったのね。蜜が溢れてきたわよ」
秘部をなぞられる。
「きゃうっ!」
「ほら、休まない!」
再びお尻を叩かれた。
「でも大丈夫よ、安心しなさい。他の人には知られないようにするから。それとも友子は皆にこの姿を見てもらいたいのかしら?」
「そ、そんなこと…」
「でも、感じちゃったんでしょう?」
「それは…」
「冗談よ。そんな事しないわ。友子は私だけのモノなんだから」
頭を撫でられる。
「分かったわね?」
「はい…」
不思議と満たされた気分で頷いた。
「そうそう、忘れる所だったわ。あそこにある私のバッグの所まで進みなさい」
バッグの近くまで来ると、茜は中から何かを取り出した。
「いい?じっとしてなさい?大丈夫、怖がらなくていいのよ」
突然、視界が塞がれた。
声を出そうとしたが、口に何かを咥えさせられた。
「あなたのために目隠しとギャグボールを用意してきたのよ。あ、でも安心してね、新品だから汚くはないわ」
視界と言葉を封じられる。
そのことが、茜に支配されているという思いを一層強くさせる。
「見回りが来るにはまだ十分に時間があるわ。それまで楽しみましょう?」
返事したつもりだったが、ギャグボールというものを咥えさせられていたためマヌケな声になってしまった。
時計が見れないのでどれだけ時間が残されているのか確かめる事ができない。
もしかしたら誰かに見つかってしまうかもしれない。
そんな不安も興奮を高める要素にしかならなかった。
「さあ、進みなさい」
私は、前よりも大きな胸の高鳴りを感じながら進み始めた。

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