ポニーガールとご主人様 第三章(9)藤崎 舞

性欲は、昔から人一倍あったと思う。

小学生のころ、周囲で一輪車に乗るのが流行った。
私も、私の友だちも。
なぜかは分からない。
ただ、休み時間や放課後になると、こぞって一輪車で遊んでいた。

乗りながら、その場で留まったり、クルクルと円を描いたり。
時には、競争したり、ワザを教え合ったり。
男子もいたが、ほとんどは女子だった。

誰にも言わなかったが。
あれが、私の性の目覚めだった。

全体重が、股間へと掛かる。
漕ぐたびに、擦れ、圧迫され…
何なのかは分からない。
でも、憑かれたように、あの『感覚』を求めた。

家に帰ってからも、あの感覚が忘れられず。
親の目を盗んでは、布団を股にはさみ、強く圧迫しながら押し付ける。
その時は、それがオナニーというものだとは知らなかった。
ただ、背徳感と罪悪感を押し殺しながら。
布団に股間を押し当てながら、何度も何度も擦り合わせていた。

中学生になった。
部活の先輩や同級生たちから入ってくる知識。
聞いたこともないような言葉。

親が買い物や地域の集まりで出かけた後。
居間にあるパソコンの電源をつける。
椅子に座り、学校で聞いた言葉を思い出しながら。
二本の人差し指で、キーボードをつつく。
震える手で、次の文字を探す。
ようやく入力が終わり、エンターを押す。
中学生の自分には刺激が強すぎる世界が、そこにはあった。

呼吸も忘れそうなほど、食い入るように画面を見る。
と。
立ち上がり、椅子を半回転させる。
用意しておいたバスタオルを座面に敷く。
ジャージのズボンを、下着ごと脱ぎ捨てる。
下半身だけ裸になった私は、そのまま椅子に跨った。

背もたれを抱くような姿勢のまま、マウスを操作する。
その頃には、手を使う方法も知っていたが、やり方は変えていなかった。
圧迫するように、股間を座面に押し付ける。
モニターを睨みつけながら、腰を揺する。

ずっとこうしていたい…
でも、早くしないと、お母さんが帰ってきちゃう…

画面には、私と同じくらいの年の女の子の、私が体験したことのないようなエッチなできごとが書かれていた。
本当だろうか。
私と同じ年代の子なのに、もうこんな体験をしているなんて…
貪るように、読み進める。

一方で、耳は研ぎ澄ましていた。
玄関の音。
気配がしたら、すぐにパソコンの電源を切れるように。
こんな姿を見られたら。
一生の終わりだった。

ある日。
なんか、変なニオイしない?
帰宅した母の言葉に、心臓が凍り付く。

結局、気付かれなかったのか。
あるいは、気付かないフリをしてくれたのか。
指摘されることはなかった。
その日以来、私は窓を開け、換気扇を回すことを覚えた。

高校生になり、ついに手に入れた念願のスマホ。
これで、親の目を気にすることなく、ネットができる。
ブックマークに増えていく、サイトの数々。

部活で、顧問の先生や先輩たちから散々しごかれて。
クタクタになって帰ってきた自分への、ご褒美。
動画サイト。
並んだサムネイルの一つを、タップする。

映っているのは、キレイな女性。
撮っているのは彼氏だろうか。
男の姿は見えず、声だけが聞こえる。

男の指示に従いながら、女性が服を脱いでいく。
ついに、一糸まとわぬ姿になった女性。
恥ずかしそうに手で胸と股間を隠している。
しかし、手をどけるよう命令された彼女は、顔を赤らめながら、言うことに従う。

そのふたりの動画は、他にもいくつかあった。
見ていくうちに、私はある違和感を覚えた。
ふたりの関係性。
恋人同士だと思っていたが、違う。
セフレ、というやつだろうか。
分からない。

どこかの村だろうか。
ひとけのない場所に、彼女は立っていた。
いつものように、裸になるよう命令される。
だが、彼女は渋っていた。
それもそのはず。
ひとけがないとはいえ、屋外なのだ。

もし、だれかに見られたら…
女性が渋るのも、無理はなかった。
優しく、なだめるように諭す男。
観念したのか、1枚ずつ、服を脱いでいく女性。

全裸に靴だけ、という姿になった女性。
さすがに恥ずかしいのか、やはり両手で体の前を隠す。
そんな女性に、そのまま歩くよう指示する男。
首を横に振る女性に、なおも男が指示する。
周囲を何度も伺いながら、ゆっくりと歩き始める女性。

と。
物音が聞こえた。
自転車。
とっさに背を向ける女性。
自転車が、遠くへ去っていく。
不安そうに画面を見る女性。

『あーあ、裸、見られちゃったね』
男が、嘘をつく。

男の声に、女性が首を横に振る。
『ホントだって。オマエのこと、ビックリしながら見てたよ』
羞恥心を煽るような男の言葉が、次々に女性に投げかけられる。
何度も、何度も首を横に振る女性。
次第に、その様子が変わっていく。

『なに、どうしたの?』
答えようとした女性。
しかし口がうまく回らないのか、何を言っているのか聞き取れない。

『アハハ!何言ってるか、分かんないってば』
嘲笑するような言葉。

私は、その映像に飲み込まれていく。
まるで、その場にいるかのように。
感情移入する。
女性を弄ぶ男に、か。
あるいは、羞恥心で顔を真っ赤にしながら身体を震わせる女性に、か。

ヒートアップしていく、男の言葉。
女性の体が、熱を帯びていくのが分かった。
そして…

ビクッ…
ビクッ…

体を、痙攣させた。

『おいおい、もしかしてイッちゃったの?』

『言葉だけで?ウソでしょ?』

女性。
右手を口に当てながら。
左手を、突き出す。
まるで、男の言葉を遮ろうとするかのように。

いっこうにやまない、言葉攻め。
むしろ、更に激しくなっていくそれに、女性の体が再び反応する。

体を痙攣させる女性を見つめながら、私も体を震わせる。

動画はそこで終わっていた。

少しずつ、冷静さが戻ってくる。
同時に、強烈な嫌悪感に襲われた。

女性に対して、ぞんざいな扱いをする男に。
男に言われるがままで、逆らおうともしなかった情けない女性に。
何より、こんな動画を観ている自分に。

すぐに、スマホのブックマークを削除した。
こんなの、見ちゃダメなやつだ。
湧き上がる後悔。
サイトに表示された、年齢制限の注意喚起。
あれを無視したから、こんな、屈辱的な動画を観てしまった。

その後、何度もあの映像が頭をよぎったが、その度に振り払ってきた。

二年生になって、しばらくした頃だろうか。
どうしても我慢ができなくなった私は、あのサイト名を検索した。
しかし、サイト名が違ったのか、あるいはすでに削除されてしまったのか。
ついに、そのサイトも、映像も、見つけることができなかった。

女子高ということもあり、男性と接する機会がほとんどなかったためか。
あるいは、父親との関係がそれほど良くなかったこともあるせいか。
下地はあったのかもしれない。
あの映像を観た時から、男性に対して嫌悪感というか、苦手意識を持つようになっていった。

大学へ進学する。
独り暮らし。
これからは、誰の目も気にすることなく、好きな時に好きなことをできる。

女子大だったため、周囲にいるのは女性ばかりだった。
相変わらず男っ気はなかったが、どうでもよかった。

周囲には、彼氏を欲しがっている子も多かった。
バイト先で。
合コンで。
マッチングアプリで。
口を開けば、男、男。
何がいいのか、分からない。
最初は、煩わしさを堪えて話に付き合っていたが、徐々にフェードアウトした。
私が男嫌いだと気づいたのかは分からない。
合コンに誘われることもなくなった。

そんな時。
サークル紹介で見かけた、先輩。
最初は、カッコいいなと思った。
馬術部。
経験はなかったが、かといって他にやりたいことがあるわけでもない。
バスケも、高校で辞めると決めていた。
チラシ。
体験入部の文字。
ま、行くだけ行ってみるか。

指導担当に付いたのは、あの先輩だった。
颯爽として、自分にも他人にも厳しい、女性。
でも、ふとした時に見せる優しさに、笑顔に、いつしか引き込まれていた。

夜。
新歓コンパ。
慣れない、飲み会の雰囲気。
場違いなところへ、紛れ込んでしまった。
早く帰りたい…
笑顔を貼り付けたまま、それだけを考えていた。

飲み会が終わり、帰ろうとした時だった。
「あ、藤崎さん、だよね。来てくれたんだ」
例の先輩。
お酒のせいか、顔が少し赤い。
「飲みの場では全然話せなかったけど、また練習来てね。楽しいよ、乗馬」
その言葉で、入部を決意した。

彼女の周囲には、私と同じように先輩に憧れる部員がいつも数人いた。
憧れなのか、恋心なのか。
分からない。
でも、それでよかった。
この人のそばにいられるなら。
たとえ、彼女にとって数いる後輩の一人にすぎないのだとしても。

入部して数か月が経った。
夜。
自室で、妄想に耽る。
うつ伏せになり、クッションを股にはさみながら。
三井先輩の顔、声、匂い。
思い出しながら、腰を動かす。
たとえ、かなわない恋だとしても。
この瞬間だけは、私を、私だけを見てくれる。
私だけに囁き、私だけに微笑み、私の頭だけを撫でてくれる。
ドロドロとした感情。

そして、コトを終えた後に必ず訪れる、自己嫌悪。
大切なものを、自分の手で汚してしまった。
後悔。
そんな夜を、もう何度繰り返しただろう。

そんなある日。
お気に入りの動画サイト。
最近は、もっぱら女性同士のそういった映像を探すのが日課になっていた。
そんな時に見つけた映像。

目を疑った。
憧れの先輩がいる、と思ったのだ。
でも、違う。
髪の長さも、声も、体格も違う。
別人だと分かっても、目が離せなかった。

楽しそうにはしゃぐ、ふたりの女性。
露天風呂に入ったり、料理を食べたり。
友だち同士なのか、とても仲がよさそうだった。

と。
映像が切り替わる。
布団の上で、先輩に似た女性が膝立ちになっていた。
黒い目隠しをしながら、下着姿で。
画面外から、もうひとりの女性の声。
現れる。
手には、黒い棒を持っていた。
先端がハート型になった、鞭。

さっきまでの仲の良い雰囲気とは、打って変わり。
跪く女性と、そんな彼女を見下ろす、女。

女が、鞭の先端で、女性の太ももを軽く叩く。
鞭が、女性の体を撫でる。
お尻から、腰、背中、首、頭。
再び、鞭が下へ下がっていく。

女が何かを囁いた。
女性が、恥ずかしそうに返事をする。
再び、女が何かを囁いた。
頷く。

女が、女性の髪を掴んだ。
俯きがちだった女性の顔が、正面を向く。
ささやく。
身もだえする。
ささやく。
女が、髪を離した。

女性が、自分の下着に手をかける。
ブラ。
小ぶりで形のいい胸が、露わになる。
続いて、ショーツ。
黒い茂みが、映った。

女がささやく。
女性が、小さな声で答える。
女が、声を荒げる。
謝る女性。
そして、再びカメラの方を向きながら、喋り始める。

自身の性癖。
自分と、この女との関係。
普段、自分がどんなことを妄想しながらオナニーしているか。
これまで、この女の前でどんな情けない姿を晒したのか。
そして明日、この女とともに、どんなことをするのか。

露出。
ひとけのない場所で下着姿になり、散歩をすること。
『下着、着られると思ってんの?』
女。
『裸よ。すっぽんぽんのまま歩くの』
女に言い直される。
明日、全裸で散歩をすること。
犬のように、首輪を付けて。
リードを、この女に引かれながら。

『ちゃんと、撮ってあげるからね。■■ちゃん、嬉しいでしょ?』
名前のところだけ、無音になっていた。
『う、嬉しい、です…』

そこで、その映像は途切れていた。

この女性が、あの先輩ではないことは明らかだった。
でも…
どうしようもないほどの感情。
もうひとりの女に対する嫉妬か。
熱い、ドロドロとしたものが、とめどなく湧き出てくる。

許せない…
許せない…
そう思いながら、次の映像を探す。

あった。

サムネイル。

女性の顔。
首輪。
そこから伸びたリード。
女が握っていた。

その時の感情は、言葉では言い表せない。
この女に対する、憎悪と感謝。
羨望と嫌悪。
私の先輩に、なんてことを…
許せない…

そう思いながら、震える指でタップする。
広告。
もどかしい。
スキップする。

再び、仲の良い友達同士に戻っていたふたり。
でも、それは仮初の関係であることを、私は知っている。
朝食。
朝風呂。
着替えをして、チェックアウトする。
女の運転で、車は人里を離れていく。
そして…

まるで、人ではなく、ペットであるかのように女性を扱う女。
女性は言い返さない。
ただ、恥ずかしいのか、悔しいのか、身もだえするのみ。

車を降りるふたり。
『脱ぎな』
『はい…』

着ていたコートを脱ぐ。
下には何も着ていなかった。
靴と。
首元にある、黒い何か。

女が、手を伸ばす。
首元にあるそれに、何かを括りつける。
『ほら、行くよ』
『は、はい…』
友だち同士ではない。
ペットと、その飼い主。

周囲をうかがいながら歩く女性。
そして、片手でリードを、片手でスマホを持つ女。
女性をからかいながら、女がリードを引く。

『ここでオナニーしてみな』
『えっ…』
『できないの?』
『だ、だって、でも…』
『いいじゃん、ここには私たちしかいないんだしさ。ほら』
『そ、そんなこと、言ったって…』
言いつつも、女性が昂っているのが手に取るように伝わってくる。

『いつもそんなこと言うけどさ、最後にはあんなにノリノリでするじゃん』
『で、でも、もし誰か…』
『見てないって。それに、分かってるんだからね』
女の、ゾッとするような声。

『アンタがコーフンしてるってこと』

女性が、俯く。
『ほら、こっち見なよ■■』
女性が、上目遣いで画面を見る。

『撮ってあげる。全裸のアンタが、外でオナニーしてるところ』

『くぅっ…』
女性が、体を硬直させる。
『ほら、さっさと始めなよ』

本当に、この女は彼女の友人なのか。
彼女が大切なら、こんなことはしない。
いくらひとけがないとはいえ、誰も来ないという保証はどこにもないはず。
怒り。
どす黒い感情。

これはAVなのか。
脚本があって、彼女たちはそれに従っているに過ぎないのか。
しかし、彼女たち以外に人の気配はない。

女が、なおも女性を煽る。

断って!
お願いだから、断ってよ!
女性に向けて、祈る。
こんなヒドイことするやつ、友だちでもなんでもない。
女の手を振り払って、逃げてしまえ。
それで、こんな女と一生縁を切ってしまえ。

でも…

祈りもむなしく。
女性は、手を股間へと伸ばす。

艶めかしい声。
眉根を寄せながら、体をクネらせる。

なんで…

思いつつ、目が離せない。

股間に挟んだクッション。
気付いたら、強く押し付けていた。

なんで…
なんで…

思いながら、私も腰をクネらせる。

女の笑い声。

女性を笑ったのか。
それとも、この私を嗤ったのか。

劣情。

女が、女性を揶揄う。
女性が、身もだえする。
悦んでいた。

敗北感。

この女に、負けた。

狂おしいほどの嫉妬心。
でも、手が届かない。

三井先輩…

愛しい人の名前を呼ぶ。

どれだけ欲しても、手が届かない。
振り向いてもらえない。
数多い取り巻きのひとりにすぎない自分。

でも…
いつか、この女性のように。
三井先輩も、誰かに弄ばれる日が来るのか。

『ううううううううううううぅっ!』

布団に顔を押し付けながら、呻く。

イヤだ!
イヤだ!

凛々しくて、乗馬がうまくて、自他ともに厳しい三井先輩。
そんな先輩が、この女性のように、情けない表情をしながら。
卑屈な笑みを浮かべながら、命令に従う三井先輩。
誰も見たことがないような顔で。
誰も聞いたことがないような声で。
たったひとりの誰かのためだけに見せる、惨めで浅ましい姿。
でも…
その誰かはきっと、私ではない。

『ううううううううううううぅっ!』

強烈な敗北感。

鼻水か、涙か。
布団が、顔が、ぐちゃぐちゃに濡れる。
それでも、腰を動かすのを止めない。

女の笑い声。

コイツ!
コイツが!

思っても、何もできない。
手が出せない。
私の手の届かないところで。
それは、行われているのだ。

女の声。
女性へ投げかけられる言葉の一つひとつが、私の脳を焼いていく。
狂おしいほどの嫉妬が、身を焦がしていく。

高校生の時に観た、あの映像。
あの時に感じた、男への強烈な嫌悪感。
それと、似ている。
似ているようで、全く違った。

相手は同性だった。
女なのに…
いや、女だからこそか。
同じ女なのに。
コイツは、好きに弄んでいるのだ。
この女性を。
私とは違って。

『あれ、もうイッちゃうの?早くなーい?』
『お外でオナニー、気持ちいいねぇ』
『ほら、ガマンガマン。こんな外でイッちゃうなんて、■■ちゃんはそんなヘンタイさんじゃないよねぇ?』
『裸んぼで、ワンちゃんみたいにリードで引かれて。お外でオナニーしてイッちゃうんだ?』
『こんなところ、●●さんや▲▲ちゃんたちが見たら、どう思うだろうね?』
『ゲンメツ、されたくないでしょう?だったら、ガマンしなきゃ』
『あー、ガマンできない?もう、ガマンできないのね?』
『いいよ、イッて。ほら、ヘンタイオナニーでイきな?情けなく■■ちゃんがイくところ、スマホで撮ってあげるね』
『ほら、イけ、イけ、イけ!』

目をギュっと閉じ。
下唇を噛みしめる女性。

ビクンッ…
ビクンッ…

大きく、体を震わせる。

その様子を見つめながら。
ビクンッ…
ビクンッ…
私も、体を震わせる。
目を閉じる。

『あーあ、イっちゃったねぇ』

う、うるさいッ!
目を見開き、睨みつける。

虚勢。
本当は、惨めだった。
敗北感。

女性を、ペットのように扱う女。
屈辱的な言葉で、女性をオーガズムへ導いた女。
そんな女に、私は…
『あーあ、イっちゃったねぇ』
女の声が、脳内でリフレインする。

ち、違う。
お前にイかされたわけじゃない。
必死に、言い訳をする。

立っていられないのか、女性が崩れ落ちそうになる。
それを、受け止める女。

スマホは地面に落ちたのか、空を映し続けていた。

それから。
あの映像を、何度見たか分からない。

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