久しぶりの調教の日。
4回目のレースから一週間後。
新田と私は、ホテルの一室で、とある人物を待っていた。
乗馬服の新田。
私は、レースの時と同様、全頭マスクと馬のコスプレ姿。
待ち始めて10分ほどした頃、ドアがノックされた。
「お待たせー」
入ってきたのは、藤崎と、その後ろに三井。
「準備にちょっと時間かかっちゃってさ。ごめんね」
「いえいえ。じゃあふたりとも、着替えのほうを…」
「ん、わかった。ほら、アッキー、行こ」
4回目のレース後、最初の調教となる今回。
新田と私、藤崎と三井による合同調教をしようという話になった。
新田と藤崎のどちらが言い出したのかは分からない。
ただ、ふたりとも、乗り気だった。
大人数用の、広めの部屋。
その片隅で、藤崎と三井が着替え始める。
ベッドに腰かけた新田と、その足元で正座をしながら待つ。
ふたりが着替え終わり。
「お待たせ」
乗馬服を着た藤崎。
一方、三井は私と同じ姿。
乗馬服姿の後輩ふたりと、全頭マスクをつけた馬の先輩ふたり。
支配する側と、される側。
私たちのユニフォームでもあり、両者を分ける明確な印でもあった。
「うーん…」
私たちを見比べながら、藤崎がつぶやく。
「これじゃ、お馬さんたちの見分けがつけにくいなぁ」
確かに、背格好も似ていて、顔も髪も全頭マスクで覆われているのだ。
「だったら、ネームタグ、付けさせましょうよ」
「ネームタグ?」
「学生証です」
「あぁ、なるほど」
イジワルな笑みを浮かべる、後輩ふたり。
「ほら、聞いてたでしょ?さっさと付けな、学生証」
新田に命令され、慌てて自分のバッグへと駆け寄る、三井と私。
互いに声を掛けることも、顔を見ることもなく。
家畜として、自身に与えられたタグを用意する。
ベッドの上で、支配者として振舞う女の子たち。
私の学生証には、彼女たちよりも上級生であることを示す、学籍番号が書かれている。
でも…
今、そんなことは何の意味も持たなかった。
ただの数字とアルファベットの羅列であり、家畜としての私に与えられた個体番号に過ぎないのだ。
学生証を、ネームホルダーに入れる。
ホルダーには予めマスキングテープが貼ってあり、私の顔写真、名前、学籍番号が隠れるようになっている。
これだって、本当は意味のないことだった。
正体を隠すべき相手には、既に私の正体を気付かれているのだから。
家畜としての『タグ』を首輪から下げた女ふたり。
ベッドに腰かけたご主人様たちの前で、並んで直立する。
蔑むような笑み。
無遠慮な視線。
ヒトとしての、先輩としての尊厳が、踏みつけられるような感覚。
調教。
すぐには始まらない。
いや、とっくに始まっていた。
ネームタグを付けさせられ。
もう一方の家畜とともに、並んで立たされる。
そして、自身の立場が、彼女たちよりも下であることを自覚させられる。
湧き上がる感情。
ちろちろと燃える火のように、被虐心を刺激する。
どれくらい、そうしていたのか。
既に時間の感覚が曖昧になっている。
気付いた時には、藤崎の足もとで、三井が四つんばいになっていた。
三井の背に、当然のような顔で藤崎が腰掛ける。
「それじゃ、さっそく始めましょうか」
三井をイス代わりにしながら、開始を告げる。
その右手にはスマホ。
新田が私を調教する様子を録画しているのだ。
ベッドに腰かけた新田。
その手には、乗馬鞭が握られていた。
嗜虐的な笑み。
言葉はない。
目と目で、交わす。
『これで、叩いて欲しいんでしょう?でも、まだダメだからね』
は、はい…
『ほら、いつもの挨拶、始めな』
わ、分かりました…
私は手を頭の後ろに回した。
そして、ゆっくりと腰を落とす。
中腰のまま、媚びるような視線で新田を、ご主人様を見つめる。
そのまま、ご主人様の言葉を、待つ。
「始めな、1号」
私を支配してくださる女の子。
彼女に楽しんでもらえるよう、心を込めて体を動かす。
指先を太ももに這わせる。
少しずつ、上の方へ移動させていき…
腰。
脇腹。
胸。
首。
今度は、指を下へ移動させていく。
指の動きに合わせて新田の視線が動く。
今度は、腰をゆっくりと左右に揺らしながら。
ご主人様を楽しませるために始めた、煽情的なダンス。
私は、この少女に楽しんでもらうために、自身の体を使う。
どうすれば、喜んでもらえるか。
それだけを考えながら。
私の胸元で揺れる、家畜としてのネームタグ。
これが、今の私の全てを表していた。
高校時代、厳しい先輩たちのしごきに堪えてきたとしても。
部長として、部員たちを率いてきたとしても。
猛勉強し、難関大と呼ばれる大学へ進学できたとしても。
私には、この個体識別番号以上の意味を持てない。
大学で過ごす、普段の私。
それは、仮の姿でしかない。
今後、どんなに経験を積み、どんなに知識を吸収し、どんな立場へなったとしても。
それは、変わらない。
ベッドに腰かけた少女。
彼女の寵愛を受けるために媚びへつらう、一頭の家畜に過ぎないのだ。
尻に生えた、馬の尻尾。
腰の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れる。
太もも。
ウエスト。
胸。
自身のそれを、少しでも魅力的に見てもらえるように振舞う。
焦らす。
服を脱ぐ、ということはできない。
それでも、方法はあった。
お尻。
新田は、このお尻が好きらしい。
他の女の子に比べて大きい、このお尻が、私はあまり好きではなかった。
でも…
『紗枝ちゃんのお尻、白くておっきくて、やわらかいお尻。いつ見てもキレイで、エッチでうらやましいな。ずっとこうして見てたいくらい』
いつだったか。
この子に、新田に言われた言葉。
その言葉が、私のコンプレックスを和らげてくれた。
腰の動き。
徐々に、大きくしていく。
新田の意識が、そちらへ向いたのが分かった。
嬉しさを押し隠しながら、私は身体の向きを半回転させる。
お尻を新田に向ける。
そして…
すぐに、元の向きに戻る。
新田の視線。
期待。
見たがっている。
私の、お尻を。
今度は、逆向きに身体を半回転させる。
お尻。
新田に向けたまま、左右に揺らす。
後ろを振り返りながら、新田の顔を見つめる。
その目を、私のお尻にくぎ付けにすることだけに、神経を集中する。
そして…
また、身体を元の向きへと戻す。
女の私が、女としての体を使って、同性である女の子を楽しませている。
新田の目。
見られている。
体が熱くなる。
粘性のある、ドロドロの液体。
コールタールのようなそれは、下腹部からとめどなく湧き、全身へと巡っていく。
見られたい…
でも、もっと焦らしたい…
被虐と嗜虐の入り混じった感情。
新田の視線が動いた。
目が合う。
射抜かれた、と思った。
自分より優れた、より強い個体。
年下で、身体も小さいはずの女の子。
目だけで、組み伏せられてしまった。
心が、体が、屈服してしまった。
もう、どうにかなってしまいそうだった。
見てください…
心の中で、つぶやく。
身体を半回転させ、元の向きに戻り、逆側から再び半回転させる。
左右へ揺れながら、ゆっくりと回転し、背中側を向けていく。
そのまま、身体の向きは戻さなかった。
新田に向けて、お尻を突き出す。
左右に揺らす。
見てください…
見て…
太ももの裏側。
ハムストリングに、指先を這わす。
下から上に。
上から下に。
焦らすように、這わす。
そして…
下半身を覆う、布切れ。
両手の親指を、ひっかける。
少しずつ。
少しずつ。
ずり下げていく。
貴女の好きな、白くておっきくて、やわらかいお尻ですよ。
いっぱい見て、いっぱいエッチな気持ちになってくださいね。
心を込めながら。
尻たぶを、さらけ出す。
どうぞ、ご賞味ください…
ゆっくりと。
円を描くように、左右へと揺らす。
差し出す。
ご主人様に、食べてもらうために。
もちろん、言葉通りの意味ではない。
白いお尻を、その手に持った鞭で、真っ赤に腫れあがるまで。
いや、腫れた後も、彼女が満足するまで、叩いていただくのだ。
「よくできました」
ご主人様の声。
褒められた。
悦んでもらえた。
脳が、痺れる。
幸福感が、全身に拡がっていく。
鞭。
お尻に当てられた。
意識が飛びそうになる。
「ねえ、もう濡れてるんだけど?」
はい…
「叩かれることを期待して、興奮してたの?」
はい…
「それとも、私に見られて興奮してたのかな?」
はい…
「あぁ、どっちもか」
言葉に出さずとも、彼女には全てお見通しだった。
「ほら、お前のカワイイ姿、藤崎先輩に撮られてるよ」
藤崎。
ニヤニヤしながら、左手を振っている。
「後で一緒に観ようね。どんな顔しながらお尻を振ってたのか、見てあげる」
顔が熱くなる。
鞭。
尻の肉が叩かれる音。
室内に響く。
脳までじんわりと届く衝撃。
痛み。
待ちわびていた。
途中、藤崎からヤジが入る。
「普段、そうやってイジメてもらってるんだ?」
「あーあ、あんなに腫れちゃって、かわいそー」
「うわぁ、お猿さんみたいなお尻」
支配者側として振舞う藤崎。
でも…
私には分かっていた。
興奮しているということ。
顔を赤らめ、声が少し上ずっていた。
先日、藤崎が新田から受けた罰ゲーム。
鞭で叩かれながら、馬として引き回され…
ついには、言葉だけで達してしまった女。
その時の記憶が、藤崎を昂らせている。
それを、気取られないよう振舞う藤崎。
バレバレだった。
きっと、新田も気付いているだろう。
気付かないフリをしながら、あくまで彼女を支配者側として振舞わせている。
そもそも、なぜ藤崎がそちら側にいるのか。
私や三井と同じ、マゾヒスト。
あの日、あんなにブザマな姿を晒した女が、なぜ偉そうに振舞っているのか。
彼女にとって屈辱的な罰ゲーム。
馬として、コースを1周する。
それが、結局は3周もすることになったのだ。
涙と鼻水を垂れ流しながら、新田のお馬さんとして這いまわった藤崎。
後片付けのあと。
私と畑川、三井は先に帰らせ。
ふたり残って、話し合いが行われたらしい。
その話し合いがどのような内容だったのかは知らない。
でも。
結局、今も藤崎は三井のご主人様であり続けている。
新田のことも呼び捨てだし、私のことは『1号』と呼んでいた。
「はい、いったん、ここまでね」
新田の声。
えっ…
いつもの調教と比べると、もの足りない。
むしろ、これから、というところなのに。
「なぁに?もの足りないの?」
い、いえ、そんなことは…
「あんまりイジメ過ぎちゃうと、この後に差し支えちゃうからね」
こ、この後って…
「痛みが引いたら、お尻、仕舞っていいよ。別に、出したままでもいいけどね」
休憩する新田と藤崎。
ジュースを飲みながら、楽しそうにおしゃべりしている。
そんなふたりが腰かけているのは…
彼女たちの指導担当であり、彼女たちの調教馬でもある3年生。
そして今は、彼女たちからイスとしての役割を与えられていた。
三井だけでなく、今度は私も。
2mほどの間隔をあけて、私は三井とともに四つんばいで横並びになっていた。
ただ、後輩たちの交わす言葉を聞きながら。
ご主人様の体重を感じながら。
じっと、床を見つめる。
すぐ横には、私と同じ状況の三井。
その存在は感じても、見ることはしなかった。
動くことは、ご主人様から禁じられているのだ。
それに…
ライバルのミジメな姿。
あれは、私の姿でもあるのだ。
「この後なんだけどさぁ、私、面白いこと考えてきたんだよね」
「えー、何ですか?」
「くつしたのニオイ、あてっこさせるの」
「このふたりに?」
「そうそう。目隠しさせて、顔に足の裏を押し当てるの。新田と私で順番にね」
「いいですね。やりましょう」
私たちの意思など関係なく、話が進んでいく。
「でも、ちょっと恥ずかしいかも…」
「何が?」
「今日、練習があったでしょう?履き替えてないし、すごく汗をかいたから、ニオイがキツいかも、って」
冗談めかしていう新田に、藤崎が笑い声をあげる。


コメント