藤崎がスマホを向ける。
それに対して、三井がお尻をつき出した。
新田は、藤崎の隣で笑っている。
私は、三井と向き合うような位置で、正座をしていた。
右手に持ったスマホを三井に向けて。
藤崎はお尻を、私は表情を撮影するのだ。
「私、三井章乃は、1号との勝負に負けてしまい、こうして、お尻の穴を…スマホで、撮られています…」
かつて、三井が屈辱に塗れながら唱えたセリフ。
その再現が、目の前で行われている。
あの日。
怒りに震えながら、何度も、何度も敗北宣言をさせられた三井。
悔しさを堪えながら言葉を絞り出し、しかし何度もリテイクされ。
新田にオモチャのように扱われ、地団太を踏み、泣きながら許しを乞う。
あの出来事は、確実に彼女の中の何かを歪めてしまった。
「章乃ちゃんは、どうしてお股に『お毛々』がないのかな?」
新田がイジワルそうに尋ねる。
「あー、ホントだ!ツルツルだね。どうしたの、章乃ちゃん?」
まるで小さな子に話すような口調で、藤崎が続く。
「そっ、それはぁ…」
「お子ちゃまだからでしょ?章乃ちゃんはお子ちゃまだから、まだ生えてこないんだよね?」
「えー、そうなの?体はこんなにおっきいのに?」
「体はおっきくても、中身はお子ちゃまなの。そうだよね、章乃ちゃん?」
「え、と、その…」
「だって、大人だったらこんな恥ずかしいカッコしないよ?スマホで撮ってる人の前で、お尻を丸出しにして。そんなの、いい歳した女性のすることじゃないもの」
「確かにね」
「ほら、章乃ちゃん、謝りな?お子ちゃまのクセにオトナのフリしてごめんなさい、って」
「お…お子ちゃまのクセに、オトナのフリして…ご、ごめんなさい…」
切ない吐息。
トロンとした目。
ピンク色に染まった肌。
「まったく、普段はあんなにエラそうなのにね。ほら、章乃ちゃんを慕ってる後輩たちにも謝りなさい?」
「ほら、目の前にスマホがあるでしょ?あれを見ながら言うの。一人ひとり、感情を込めて謝るのよ?」
「ちゃんとできなかったら、何度もやり直させるから」
三井が、私のスマホへと視線を向ける。
一人ひとり、後輩の名を口にする三井。
羞恥心か、罪悪感か、屈辱的な興奮か。
声が震えている。
「ごっ、ごめんなさい…みんなのこと、騙して…わた、私は、本当は、お子ちゃま、なの…お子ちゃま、なんです…許して、ください…」
三井に向けられた、後輩たちの視線。
憧れに満ちたそれを思い浮かべながら。
彼女たちの想いを、自身の尊厳を踏みにじる。
荒い呼吸。
してはいけないこと。
だからこそ、昂ってしまう。
「お子ちゃまなら、そんな大人びた言い方しないの。もっと赤ちゃんみたいに喋りなよ」
「ごめんなちゃい、あきの、赤ちゃんなんでちゅ、ばぶばぶー。ほら、言ってみな」
調子に乗ってはやし立てる後輩たち。
躊躇いつつも、言われた通り従う三井。
次第に、目が妖しい光を帯び始める。
「あきのちゃんは、赤ちゃんだから、難しいことは分かんないよねぇ?」
「そっ、そうでちゅ、あきのは赤ちゃんだから、むずかしいこと、わかりまちぇん」
「あきのちゃんは、今年でなんさいになったのかな?」
「あきのわぁ、21さいになりまちたぁ」
爆笑するふたり。
卑屈な笑みを浮かべて媚びる三井。
理性は完全には失われてはおらず、それが痛々しかった。
「ことしで21さいになった、あきのちゃん?もう一回、みんなに謝ろっか」
幼児になりきった三井が、再び後輩たちに謝罪する。
爆笑する新田、藤崎。
お尻を突き出したまま、ぎこちない笑みを浮かべる三井。
「あきのちゃんのこと、てっきり大人のお姉さんだと思ってたからさぁ。今までセンパイとして扱ってごめんねぇ」
「そうだ!お詫びに今度プレゼントしてあげる。ガラガラとぉ、おしゃぶりとぉ、よだれかけとぉ…」
反論もせず、地団太も踏まず。
目に涙を浮かべながら、じっと耐える三井。
「今度は、それと一緒に撮ってあげるね。嬉しいでしょ?」
「う、うれちぃでちゅ」
爆笑。
「次のレースで負けたらさぁ、さっき謝ってたみんなに、見てもらおっか」
「えっ…」
「21歳児になったあきのちゃんの本当の姿、後輩のみんなにお披露目するの」
「そっ、それは…」
急に狼狽えだす三井。
「なぁに?イヤなの?」
「そ、そういうわけじゃ…で、でも、その…」
「口ごたえするんだ?」
「っていうか、ホントは反省してないんでしょ。口先だけで謝ってたんだ?」
「ち、ちがいますっ!ほ、ホントに、反省してますっ!」
「なーんだ、がっかり」
「悪い子にはオシオキが必要かな。次回のレースなんて悠長なこと言ってないで、今からビデオ通話でホントに見てもらおっか」
「や、やだやだ!ごめんなさい!それだけは、許してください!」
「最初は誰にしよっか。恵那ちゃんがいい?それとも一華ちゃん?一年生でもいいよ?浜本?あ、鳥越にしよっか」
「ごめんなさい!謝るから!やめて!」
藤崎が、スマホを操作するフリをする。
「えーと、まずは恵那ちゃんにしよっか。今日はバイトじゃなかったはずだし、出てくれるかな」
「え、ホントに?嘘でしょ?嘘だよね?」
不安、いや、恐怖か。
表情が凍り付く。
「恵那ちゃん、出てくれるかなぁ…」
「小嶋先輩、出てください。こんな面白いチャンス、めったにないですよー」
「や、やめてよ!なんでそんなことするの!?謝ってるじゃん!お願い!お願いします!なんでもするから!許してよ!」
お尻を突き出したまま、必死に抗議する三井。
「ホントに、いい加減に…」
「あっ、もしもし、恵那ちゃん?」
三井が、ビクっと体を震わせる。
両手で自分の口をふさぐ。
「急にごめんね?いま、ちょっと時間ある?」
三井が目を見開いたまま、顔を横に振る。
「そうなんだ。ちょっと、恵那ちゃんに見てもらいたいものがあってさぁ」
うそうそ、うそでしょ…
小声でつぶやく三井。
「ほら、この前電話で、友だちのペットを預かってるって話、したじゃん?そうそう、犬。あまりにもカワイイから、恵那ちゃんにも見てもらいたくって」
抗議しようにも、声は出せない。
振り向くこともできない。
「恵那ちゃん、きっとビックリするよ?ちょっと待ってね、今、映すから」
後輩に翻弄される三井。
かつて、新田の前で何度も地団太を踏んだ彼女と、姿が重なった。
「ほら、見える?そう、女の人。ごめん、びっくりしたよね。うん。…え?違う違う!信じられないかもだけど、本人が望んでこうしてるの。ホントだって。でね、実は恵那ちゃんの知ってる人なんだ」
顔を真っ赤にした三井。
その目には、涙が浮かんでいた。
「この子がね、恵那ちゃんにも本当の自分を知ってもらいたいって言うからさ。うん。今、本人に代わるから、そのまま待っててね」
泣きそうな三井が、何度も首を横に振る。
藤崎が立ち上がる。
スマホを、新田に渡し…
三井のほうへ、ゆっくり歩いてくる。
必死に首を振り、抗議する三井。
しかし、聞き入れてもらえない。
理不尽が、ゆっくりと近づいてくる。
地団太。
何度も足を踏み鳴らし、抗議する。
まるで、本当の子どものように。
正面に回った藤崎が、冷たく言い放つ。
「ほら、恵那ちゃんに挨拶してください?」
目をギュっと閉じたまま、三井が声にならない声をあげる。
「ほら、何してるんですか。こっち見てください。ご主人様に恥をかかせる気ですか?」
「違う、違う、違う…」
「違わないでしょう?『恵那にも見て欲しい』って言うから、こうして撮ってあげてるのに。ほら、恵那ちゃんがキョトンとしてますよ?」
「違う、違うって」
囁くような小さな声で、藤崎に抗議する。
否定する。
「グズグズするなって、いつも私たちを叱ってるのはセンパイじゃないですか。ほら、恵那ちゃんが待ってますよ。早く自己紹介してください、三井センパイ」
「い、言うなって!言わないでよ!私の名前!」
悲鳴のような囁き声。
「どうしてです?恥ずかしいんですか、三井センパイ?」
「まっ、また!言わないでって、言ってるのにぃ!」
地団太を踏みながら抗議する、三井。
「言わないんだったら、私が言ってあげましょうか?三井センパイが、どうしてこんなカッコしてるのか。部活中はあんなにエラそうにしてるセンパイが、私のペットとしてどんなことしてるのか」
耳まで真っ赤にしながら、再び声にならない声をあげる。
「ほら。目を開けて、こっちを見てください。じゃないと、恵那ちゃんに全部言っちゃうよ?」
怯えながら。
三井が、ゆっくりと目を開ける。
そして…
「なーんちゃって」
目の前には、三井に向けて両手を広げた藤崎の姿。
「冗談だよ。そんな酷いこと、するわけないじゃん。ごめんね、アッキー。怖かったよね、よしよし…」
赤子のように泣き始める三井。
そんな彼女の頭を抱きしめ、髪を優しく撫でる藤崎。
「はい、じゃあ三井センパイの罰ゲームはここまでね」
新田が告げる。
負けなくて本当によかった…
心の底から、私はそう思った。
壁掛け時計を見上げる新田。
「どうしよっかなぁ。まだ少し時間あるけど、もっかいゲームやります?」
「うーん。それもいいけど、ねえ…」
三井の頭を撫でながら、藤崎が答える。
不安そうに藤崎を見上げる三井。
「じゃあさ、ゲームをする代わりに、1号にも何かさせようよ」
…えっ?
「なぁに?イヤなの?いいじゃん、1号もやりなよ。アッキーはやったんだよ?」
だ、だって、三井は勝負に負けたから…
「あ、それはいいですね」
そ、そんな!
「あ、そうだ!ほら、この前やったやつ。ガニ股で、左右に揺れるダンス踊ってたじゃん。あれ、やりなよ」
以前、ダンスがワンパターン化していると新田に言われたことがあった。
その際、新田の前で踊った、あの滑稽なダンスのことだ。
あれを、藤崎と三井の見ている前で、やれというのか。
「ほら、忘れちゃったの?こうやって、右手と左手を90度に曲げてさ、いっちに、さんしって」
ふたりの見ている前で、ダンスのマネをする新田。
羞恥心がこみ上げてきた。
「え?なにそれ?見たい!」
興味津々の藤崎。
「アッキーも、見たいよね?」
「見たいです」
三井と目が合った。
さっきまでのしおらしさは消え去り、狡猾な笑みを浮かべていた。


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