ポニーガールとご主人様 第四章(4)デジタルタトゥー

イスに座る、ふたりのご主人様。
その横で、正座をしながらスマホをこちらに向ける、三井。
3人の好奇の視線が突き刺さる。

あの屈辱際まりないダンス。
知性のカケラもない、ただただブザマで、自身を貶めるだけの行為。

「ほら1号、恥ずかしがってないで、さっさと始めな?」
藤崎。

負けたわけじゃないのに、なんで私が、こんな…

自分に向けられたスマホ。
撮られている。
撮られてしまう。

三井。
口もとに笑みを浮かべていた。
挑発するような目。

クソッ!
クソッ!
クソッ!

怒りがこみ上がってくる。
そんな私の様子すら、コイツは楽しんでいるらしかった。

「今日は藤崎センパイにもたくさんイジメてもらったんだからさぁ、楽しんでもらえるよう、真剣にやるよーに。中途半端にやって、私に恥をかかすなよ?」

ご主人様にそこまで言われたら、もう腹をくくるしかなかった。

両腕を、左右に伸ばす。
そして、右腕を上に、左腕を下に、それぞれ90度に肘を曲げる。

「掛け声はこっちでするから、アンタはそれに合わせて体を動かしな?いいね?」
うなずく。

「藤崎先輩と三井センパイ。いいですか?」
新田がふたりに軽くレクチャーする。

「おっけー!分かった」
ニヤニヤしながら頷く、藤崎と三井。

こいつらの掛け声で、体を動かさないといけないなんて…

嗜虐的な藤崎の目つき。
反抗心が、削がれていく。
体が火照る。

「それじゃ、いきますよ?せーの」
新田の合図で、3人が声をそろえて…

「いっちにっ、さんしっ」

声に合わせて、私は体を左右に揺らす。
上半身はそのまま。
腕の角度は変えず、指も揃えてピンと伸ばしたまま。
ガニ股で、左右にステップを踏む。

「にいにっ、さんしっ」

言いながら、呆気にとられるふたり。
彼女たちが想像していた以上に、マヌケな姿を私は晒している、ということか。

「さんにっ、さんしっ」

ふたりの表情が、次第に変わっていく。
「いやぁ、見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ」
ニヤケながら、両腕で自分の体を抱くような仕草をする藤崎。

「女として、人として終わってるね。いくらマスクをしてるからって、よくそんな情けない姿を晒せるね」

悔しさと情けなさ、なにより強烈な羞恥心が、体を突き刺していく。
三井。
バカにする、というより、完全に憐れむような笑みを浮かべていた。
完全に、下に見られていた。

クソッ!
クソッ!

顔が熱い。

「ほら、恥ずかしがるな!目ぇ逸らさないで、カメラを見ろ、1号!」
新田に叱咤される。

「ろくにっ、さんしっ」

掛け声は続く。
もはや、数字を認識するだけの思考力は残っていない。
ただ、自身の尊厳を貶めるだけの行為。
それを続けることに、集中する。

頭に浮かぶ、心の声。
嬌声か、あるいは悲鳴か。
聞こえないフリをする。

顔だけでなく、全身が熱い。

嘲りの混じったカウントは続く。
掛け声に合わせて踊る、滑稽な女。
しかも掛け声の主は、藤崎であり、三井なのだ。

考えないようにする。
蔑んだ目で、私を眺める女たち。
藤崎ではない。
三井ではない。
思い込もうとする。

だって、そうではないか。
こんな品性のカケラもない姿、あのふたりに見られるだなんて…
ましてや、録画されているだなんて…

「じゅうにっ、さんしっ」

ようやく、カウントは終わった。
地獄のような時間だった。

「ちょっと、何してんの。まだ終わりなんて言ってないんだけど?」
新田。

「ほら、ポーズ崩すな。ガニ股ポーズのまま、じっとしてな」
藤崎も続く。

「いやぁ、それにしても、ヒドかったねぇ。あー、あっつ」
手で顔を仰ぐ仕草をする藤崎。
「ふふ、でしょ?コイツが自分で考えて、私の前でやったんですよ。そうだよね、1号?」
頷くしかなかった。

「それでね、実は別のパターンもあるんですよ」
イヤな予感がした。

「別のパターン?」
「ええ。見たいですか?」
「うん、見てみたい!」
「分かりました。1号、ネームホルダーを首から外しな」

やはり、あれをさせるつもりか。

「自分が何をすべきか、賢いオマエなら、もちろん分かってるよね?」

顔写真も氏名も学年も。
個人を特定されないようマスキングした学生証。
それでも、私の身分証だった。
ネームホルダーを右手で持ち、顔の近くに寄せる。
この後の流れを予測できたのか、ああ、なるほど、とつぶやく藤崎。

「1号。声出ししなくていい分、一生懸命やれよー?期待外れだったら、そのマスキングテープ剥がして、やり直させっかんな?」
ただの脅しとも、本気とも受け取れる。
いや、今のご主人様なら、本当にやりかねない。
そんな気がする。

「それじゃ、今度はおふたりで掛け声をお願いしますね」
「ん、おっけー!」
「1号!何があっても、気ぃ抜くなよ!それじゃ、スタート!」

「いちにっ、さんしっ」

ふたりの声に合わせて、左右にステップする。
さっきよりも大きめに、体を動かす。
「体が強張ってるって。もっと楽しそうに踊りな!」

無理やり、笑顔を浮かべる。
しなやかに、ステップを踏む。

「そうそう!いいねぇ」

なけなしのプライドが、削ぎ落されていく。
踏みつけられていく。

「前にも言ったけどさ、デジタルタトゥーってやつ、甘く見ないほうがいいよ?こんなのが出回っちゃったら、どうすんのさ?」

こんな情けない姿が、全世界に出回る。

ヤダヤダ!
そんなの、ゼッタイ、ヤダ!
否定しながら、想像し、体がゾクゾクする。

「お望み通り、グループチャットで晒してやろっか、オマエの姿」

望んでない!
そんなの!

私のダンスを見て、腹を抱えて笑う後輩たち。
私への態度が一変し、向けられるのは敬意ではなく、嘲笑と侮蔑。

「やっ、やばやばやばっ…やばいってぇ!けっ、けしてぇ!けしてくださいっ、おね、おねがいしますぅ~」
揶揄うような口調で、新田が言う。
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに思い当たった。

私のマネをしているのだ。

ブザマな姿と個人情報を自ら晒しておきながら、映像の削除を懇願する女。

「おっ、おっ、おっ、おね、おねがい、しますぅ、晒さないでっ、くださ~いっ、何でも、しますからぁ~ん」

誇張した言い方…

「オマエのマネだよ?どう、似てるっしょ?」

不思議そうに新田を見ていたふたりだったが、その言葉で理解したようだった。
へぇ、という顔で私を見てくる。

ち、違う…
違わないけど、でも、そんな情けない言い方、してない…

目の前で踊る女が、かつてご主人様の前で放った言葉。
聞かれてしまう。
知られてしまう。
自分の、恥部。
裸を見られるより恥ずかしい、己の過去。
実際よりも、もっと憐れで、滑稽で、情けないものにデコレートされた状態で、晒されていく。

「消してもらえると思った?消すわけないよねぇ。こんな面白いもの、消すわけないじゃん」
ああぁぁぁ…

溶けていく。
焼けていく。
ねじ曲がっていく。

私の全てを透かし、弄ぶ女の子。
その手のひらの上で、ジタバタともがくことしかできない自分。
笑われながら、揶揄われながら。

「逃げられると思うなよぉ?いつか絶対、グループラインで晒してやっからなぁ?」

熱せられて真っ赤になった焼きゴテ。
それを手に持った新田が、無遠慮に、私の脳に押し当てる。
子宮が、ギュっと締め付けられる。

烙印。
マゾヒストであること。
新田の所有物であること。

デジタルタトゥー。
誰にも見られてはいけない、消えない痕。
それを、自らご主人様に捧げ…
結果、それを後輩たちのグループラインで晒されることになってしまった。
いつか訪れる事実として、焼きゴテで刻まれてしまった。

「みんなの目の前で、晒してやろっか?それとも、自分で晒す?見てくださいって、挨拶してさ。不思議そうにしてるみんなの前で、送信ボタン、自分で押すの」
既に決まったこととして、話が進んでいく。

「ほら、集まってくれたみんなが、アンタのこと見てるよ?送信ボタン、押しな?ポチッ。よしよし、ちゃんと押せたねぇ。ピロンッ!ピロンッ!あ、みんなのスマホに映像が届いたみたいだよ?ほらほら、みんな画面を見てる」

新田の実況。
無防備になった脳に、心に、映像が流れ込んでくる。

「あーあ、恥ずかしい姿、見られちゃったねぇ。ほら、スマホの映像と、目の前にいるアンタを見比べてる子がいるよ?もしかして、気付いちゃったのかな?」

「『あれ、この人って、もしかして…でも、まさか…』ほらほら、恥ずかしいからって、顔を隠さないの。ちゃんとみんなに見せてあげな?」

「顔、真っ赤になってるけど、いいの?バレちゃうよ?この下品で知性のカケラもないダンスを踊っているのは私ですって、告白しているようなもんだよ?」

「あ、ほら、見て?あの子は気付いたみたいだよ。スマホに映る、なっさけない女と、目の前にいる人が、同一人物だってこと」

「目を見開いて、口を手で押さえて。ウソでしょ!?って顔してる。それもそうか。普段のアンタからは想像もできないものね」

「あ、他の子も、気付き始めたみたい。みんなの表情が、変わっていくねぇ。あーあ、知られちゃったねぇ」

「ほら、どんな目で見てる、アンタのこと?ほら、目ぇ逸らすな。ちゃんと見て、自覚しろ?オマエの立場が、地に落ちていくところを。どうしようもないヘンタイだって、知られたところを」

「そんな目で見ないでって?何言ってんの。当然でしょ?アンタはそれだけのことをしてるんだよ。そんな目で見られて当然の女なんだから、さっさと受け入れな?」

「ふふっ。悔しいねぇ。恥ずかしいねぇ。情けないねぇ。でも、どうしてこんなに興奮しちゃうんだろうねぇ。不思議だねぇ」

もはや、自分がどこにいて、何をしているのか分からなくなっていた。
ただ、体を動かしながら、新田の言葉を聞き、想像する。
畏れつつ、期待する。
イヤだと思いながら、既に待ち焦がれている自分がいる。
私をそんな目に遭わせようとしているこの女の子に、感謝の気持ちすら抱いている。

「ふふっ。想像した?でも、いつかそれが実現するんだよ?そんなことになったら、どうなっちゃうだろうねぇ。悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、頭がおかしくなっちゃうかもねぇ」

ふたりのカウントの声。
いつの間にか、終わっていた。
それでも、ステップは止めない。
止められない。

「なんでもするって、自分で言っちゃったもんね。有言実行できて、エライぞ?楽しい1日になりそうだね。みんなにいっぱいバカにされて、頭、おかしくなっちゃおうね?」
サディストとしての本性を剥き出しにする新田。

視野が狭まっていく。
もう新田しか、新田の顔しか認識できなかった。

他のふたりがどんな表情をしているか。
視野がぼやけていて分からない。

ただ。
今、この場を支配しているのは新田だということ。
藤崎も三井も、新田に飲まれているということ。
この関係性は一生変わらないのだということ。

新田の目を見つめながら。
頭の片隅で、それだけは感じ取れた。

「はーい、しゅーりょー!」
新田の合図。
ようやく、終わった…
動き続けようとする体を、何とか止める。
息を切らしながら、ガニ股ポーズを維持する。
「藤崎先輩も、三井センパイも、お疲れ様でした。1号も、お疲れ!もう楽にしていいよ」
夢の中にいるような、どこか現実味のない感覚。
心臓の音。
呼吸。
「それじゃ、そろそろ後片付けを始めましょうか」
「そうね。あー面白かった」
さっきまで場を支配していた異様な空気が、霧散していく。
と。
藤崎の視線がこちらに向いた。

「それにしても、あの…が、ねえ。いやぁ、分からないものだわ」
ボソッとつぶやいた。
誰に言うわけでもない、完全な独り言。
それだけに、彼女の心からの言葉なのだろう。
見下されている。
かつては上の存在として認識されていたはずなのに、今ではすっかり下位の存在となってしまった。

それを改めて実感する。

脳で、何かがジワッと分泌された。
負け犬として扱われること。
それを期待している自分。
藤崎に、もっとバカにされたい。
新田にそうであったように、決定的な弱みを藤崎に握られたい。
握られたうえで、揶揄われ、脅され、嘲笑されて。

卑屈な笑みを浮かべながら媚びて懇願する私を、しかし彼女は冷たく突き放すのだ。
そんな欲求に支配されていく。
過剰に分泌された脳内麻薬が、私にそう思わせているのか。
しかし、本心としか思えなかった。
藤崎が、こちらに向かって歩いてくる。
心拍数が急激に上昇する。

私の耳もとに、顔を寄せてくる。
そして…
「今日のアンタ、なっさけなくて、ブザマで、とっても可愛かったよ。新田の許しがあったら、今すぐそのマスクを剥ぎ取って、素顔のアンタをイジメてあげたいくらい。なんてね」
それだけ言い残して去っていく藤崎。

藤崎のクセに…
思いつつ、胸が高鳴っているのを感じた。
私のご主人様は、新田だけ。
アンタなんかに…
自分に言い聞かせる。
あの日、新田に屈し、ブザマに果てた藤崎。
あんなことを言っているが、彼女もマゾヒストなのだ。

「よく、あんなことできるわね」
声。

ハッとして振り向いた先には、三井。
「ヒトとしてのプライドってもんがないの?さすがに、私にはムリだわ。あんな姿を撮られるくらいなら、死んだほうがマシ」
「なっ…」
「あとで、アンタのご主人様にオネダリでもして、見せてもらいな。自分がどれだけ終わってるかが、よぉく分かるから」

「あ、アンタだって…」
アンタだって、あんな情けない姿を晒してたじゃない!
声を荒げようとして、あわててボリュームを抑える。
しかし。
言葉にするより先に、三井も去っていった。

お尻をつき出しながら、ふたりに揶揄われてうろたえていた三井。

自分のことを棚に上げて、なにが終わってる、よ。
そこまで考えて、ふて、ある考えが頭をよぎった。
さっきの藤崎の耳打ち。
あれを見て、もしかしたら私に嫉妬したのかもしれない。
藤崎は、私に何を言ったのだろう。
もしかしたら、藤崎の興味が私へ移るのではないか。

そう思った三井が、私へ嫌味を言いに来たのだとしたら。
そうだとしたら、少しは気も晴れる。
三井に対して、してやった、という気持ち。
それと同時に、三井の藤崎への思いについても、改めて考えさせられるのだった。

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