ポニーガールとご主人様 第四章(12)後輩たちに値踏みされる馬。早いのはどっちだ?

※2025/03/05 文言を一部修正しました。


「うわぁ、ホントだったんだぁ…」
浜本が、身を乗り出しながらつぶやく。
驚きの中に、チラチラと好寄心が顔をのぞかせていた。

そして、鳥越。
マジマジと私たちを見おろす浜本とは対照的に、どこか引き気味の様子。
戸惑ったような表情で、眉根を寄せている。

「まあ、驚くよね。念のため言っておくと、この子たちは、自ら望んでこうしてるんだよ。私たちがムリヤリそうさせてる訳じゃなくて、ね。信じられないかもしれないけど」
「うーん…」

新田の言葉にも、どこか反応の悪い鳥越。
彼女の真面目な性格を考えれば、無理もない。

「無理強いはしないよ。でも、できれば観ていって欲しいな。そうすれば、きっと風香ちゃんにも分かってもらえると思うから」
「まあ、新田がそう言うなら…」
それでも、まだどこか納得しきれていない様子だった。

「ねえ、この人たちって、私たちの知ってる人?」
浜本。
「ごめん。この子たちが誰なのかは言えない。でも、玲奈たちに迷惑が掛かることはないから。それは約束するよ」
「うん。別に新田を疑ってるわけじゃないの。それに、畑川先輩もいるし。ただ、誰なんだろう、って」
「まあ、気になるよね」

ふふっ、と笑ってお茶を濁す新田。
浜本も、それ以上深く聞いてこようとしなかった。

新田が、レースの主旨をふたりに説明する。
新田の言葉に、浜本の表情がコロコロと変わる。

「すごーい…こんなこと、現実にあるんだぁ…」
火照った顔を冷ますように、手であおぐ浜本。

「それで、私たちは何をすればいいの?そのレースっていうのを観ていけばいいのかな?」
「うん。そこに観客席用のイスを用意したから、そこに座って観ててね」
「そっか、分かった!風香も、観ていくでしょ?」

「うん。正直、あんまり気乗りはしないけど、せっかく来たんだし。新田も、ああ言ってるから…」
「そっか…あ、じゃあさ、どうせなら、どっちが勝つか賭けない?」
「賭け?」
「だって、レースやるんだよ?観てるだけでも面白そうだけど、賭けたほうがもっと楽しくない?」
「アンタねぇ…」
鳥越が呆れる。

「それにさ、別にお金を賭けるとかじゃないし。健全だよ、健全」
それのどこが健全なの、という顔をする鳥越。

「それなら、こういうのはどう?」
新田が提案する。
「もし勝った方を当てられたら、ポニーに乗せてあげる」
「えっ、いいの?」
浜本の目が輝く。

「でもさぁ、どっちが勝つかなんて、パッと見じゃ分からないよね。勘で当てるのもいいけど…解説とかがあると嬉しいな」
「解説?」
「そう。この子たちの特徴とか、戦績とか」
浜本が、こちらを見ながら言う。

「戦績かぁ…実はさ、この子たちのうち、片方は今日が初めてなんだよね」
「え?初めてって、出走するのが?」
「そう」
「えー。じゃあ、そっちに賭けたら不利じゃん!どっち?ヒントちょうだい、ヒント!」
「アンタ、どんだけ当てたいのよ…」
「だって、ポニー乗りたいじゃん」

「ヒントか…あ、そうだ。実際に、畑川センパイが乗ってるところ、見てみる?」
「どういうこと?」
「ポニーたちが歩く様子を見れば、どっちが勝ちそうか、予想しやすいんじゃない?」
「あー、なるほど。パドックね。と言っても、放牧場のパドックじゃなくて…」
「分かってるよ。競馬のパドックでしょ?」
鳥越が答える。
「そうそう」
「じゃあ、早速やりますか。まずは…こっちの子かな」
新田が私を見ながら言う。

「畑川センパイ。お願いしますね」
「うん、分かった」
藤崎の手綱を、畑川から受け取る新田。

畑川に手綱を引かれながら、私はスタート地点へと向かう。
黒いビニールテープの前で立ち止まる。
畑川が私に跨った。
「おお!」
浜本が声を上げた。

観客席は、コースから4mほど離れた場所にある。
位置的には、コースの4分の3を過ぎたあたりに近い。

そこから少し離れて。
スタート地点から、やはり4メートルほど離れた場所に、新田の座る椅子が置かれていた。

観客たちの視線を感じながら。
ゆっくりと、私は進み始める。

不思議な感覚だった。
勝負でもなく、調教でもない。
ただ、後輩たちに見られている。

馬として畑川を乗せて歩く、私の姿を。
そして、観察されている。
値踏みされている。
馬として、優秀なのか。
もう一頭の馬よりも速いのか。
彼女たちにとって、私は失輩でも、敬うべき相手でもなかった。
それどころか、ヒトですらないのだ。
娯楽、賭けの対象。
レース場の馬。

馬の恰好をして、ヒトを乗せて競い合う存在。
それも、自ら望んでそうしていると思われている。
彼女たちにとっては理解しがたいことだろう。
今、どんな目をしながら私を見ているのだろう。
脳裏にうかぶ、浜本と鳥越の表情。
ヒトでありながら、馬として這いまわる女。

言葉で言わずとも、察しているだろう。
私の性癖。

ゾクゾクした。
そして、この後のレース。

敗者は、彼女たちのどちらかを乗せなければならない。
ポニーとして。
1時間前までは、こんなことになるとは思ってもいなかった。

昨日までは、数いる後輩の中のふたりに過ぎなかった。
3年生と、1年生。
2学年差は大きかった。

そもそも、私と接する時はどこか緊張しているようにも思える。
そんなふたりの前で、こんな姿で…
ふいに、湧き起こった感情。
悔しさ、ではない。
羞恥心。

ふたりに知られてはいけない。
己の正体。
考えてみるまでもなく、あたり前のこと。

観客席。
近づいてくる。
ただ、じっと顔を伏せながら。
手を、足を動かす。
肌に刺さる無遠慮な視線。

バレてはいけない。
それだけを考えながら。
彼女たちから、ゆっくり遠ざかっていく。

椅子に腰かけた新田。
その横に控える、四つ足の家畜。

床に貼った、黒いビニールテープ。
通り過ぎてから、新田のいる方へと進路を変える。
「はーい、お疲れ様」
新田が、出迎える。

「じゃあ、交代ね。次はキミ、行っておいで」
藤崎に告げる、新田。
浜本と鳥越に正体を気づかせないため、なのだろうが…
合同調教の時とくらべると、新田の藤崎に対する扱いがまるで違っていた。
先輩としてではなく、あくまで馬の一頭として、藤崎は扱われている。

「ほら、シャンとしなよ。馬の躾が甘いと、飼い主である私が笑われちゃうんだからさ。ご主人様に恥をかかせないでよね」
藤崎に投げかける。
叱る口調ではなく、彼女の羞恥心を煽っているのだろう。
それが効果的だったのは、藤崎の反応を見ていて分かった。
悔しそうに、恥ずかしそうに新田を見つめ、すぐに俯くポニー。

それぞれの手綱を交換する、新田と畑川。

藤崎が、畑川に手綱を引かれながら、這っていく。
それを、新田の傍で私は見送った。
スタート地点まで進んだふたり。

畑川が藤崎に跨る。

前回レースの時は、まさかこんな時が来るとは思ってもいなかった。
どちらかといえば、逆のパターンなら、じゅうぶんあり得たのだ。
サディストだった藤崎と、マゾヒストな畑川。
あの日、藤崎が勝利していたら…

遅かれ早かれ、畑川は性癖を見抜かれていただろう。
そして、こんなことは起こりえなかった。
しかし、そうはならなかった。

1年生たちに見られながら、同期である畑川を乗せて這い進む馬。
それが、今の彼女の現実だった。

藤崎。
腕が震えているようにも見える。

床を見つめたまま、じっと動かない。
どうしたのだろう、と思った瞬間。

ピシャッ!

畑川が手を振り上げ、勢いよく藤崎のお尻を叩いた。

ビクッと震えた藤崎は、俯いたまま肩を震わせ、慌てて前へと進み始める。
1年生たちが息を飲むのが分かった。

畑川の口元。
微かに笑みを浮かべていた。
まるで、湧き上がる興奮を抑えきれないとでもいうような…

サディスト気取りだった同期が、今や馬として這う無様な姿に、何かが目覚めたのか。

別に、叩いてはいけない、という決まりはない。
それに、ここには新たな観客たちもいる。
彼女たちからすれば、これが普段の私たちの関係なのだと思っただろう。

藤崎も、抗議することはできない。
ただ…
この一件によって、彼女たちの間で序列ができあがった。

『今のお前は、同期の藤崎ではなく、私の馬なのだ』と。
『私に逆らえば、さっきのようにお尻を叩かれるのだ』と。
言葉ではなく、行動で示した。
私たちの見ている前で、藤崎に宣告した。

大げさかもしれないが、私には、そう感じられたのだ。

畑川を乗せて進む藤崎。

騎手として振舞っていた時のような威厳はなく。
合同調教の時のようなナマイキさもなく。
主である畑川に従順な、憐れな馬。

実際、彼女もマゾヒストなのだ。

先日も、こうして畑川を乗せて。
鞭で叩かれ、新田から強い言葉で詰られ。
何度も達していたのだ。
こうしてまた、馬となり、畑川を乗せて這い進んでいる。
彼女の頭の中には、あの日の出来事が鮮やかによみがえっているのかもしれない。
いや、そうに違いなかった。

実際、藤崎の体は赤みがかっており、息も荒そうだった。
こんな藤崎の姿は、1年生の目にどう映っているのだろう。
観客席を見る。

浜本。
手で口もとを覆いながら、しかし身を乗り出していた。
照れを隠すように『うわぁ』『ホントにぃ?』などと呟き、しかし好奇心を隠しきれていない。

一方、鳥越。
じっと、コースを回るふたりを見つめていた。
真剣な表情。
その奥に、信じられない、という戸惑いも見え隠れしていた。
浜本に比べ、どこかこのレースに否定的な反応だった彼女。
その考えは、今も変わりないのだろうか。

コース中盤まで進んだ藤崎。
変化が表れ始めた。
チラチラとこちらを見てくるのだ。
いや、正確には私や新田ではなく。
1年生たちの方。
彼女たちの存在が、やはり気になるのだろうか。

ただ、藤崎のそんな態度が、彼女の心境をまる見えにしていた。
そしてそれは、1年生たちにも伝わっているはず。
「アハハ!こっち見てる!カワイー!」
浜本がはしゃぐ。
一方、鳥越。
目を細めながら、ポニーを見つめている。

藤崎が近づいてくる。
息遣い。
彼女の感情が伝わってくるようだった。

残り、4分の3。
4m先には、1年生ふたり。
藤崎の視線。
その先には1年生。
浜本が馬に手を振る。
馬が慌てて目を伏せる。
そんな様子が可笑しいのか、楽しそうに笑う浜本。

目を細めながらコースを眺めていた鳥越。
フッ、と口元に笑みを浮かべた。

おや、と思った。

藤崎が、彼女たちの前を通り過ぎていく。
彼女たちの先輩である、藤崎舞ではなく。
ただの、一頭の馬として。

「さっきの子とくらべると、オドオドしてて、頼りない感じがするよね。それに、なんか遅そうだし」
浜本がつぶやく。
「こっちが新人の子かなぁ」
そんな浜本に、鳥越はそれには答えず。
相変わらず、口元に笑みを浮かべたまま、藤崎を見つめている。

パドックのあと。
私と藤崎は、再び1年生たちの前で並ばされた。

「どっちにしよっかなぁ」
浜本が私と藤崎を見比べる。
後輩に、馬として値ぶみされている。

部員同士の仲がいいとはいっても、上下関係には厳しいのだ。

後輩が先輩に対してそんな態度をとることなど、普段なら決して許されないことだった。
しかし、彼女たちは知らない。
目の前にいる馬が、自分たちの先輩たちであることを。

いつもなら、むしろこちらの顔色をうかがっているようなふたり。

今は、そんな彼女たちのほうが、私よりはるかに格上の存在なのだ。
そのミジメさが、私の被虐心をチリチリと刺激する。

完全にスイッチが入っていた。
下腹部が、疼く。
切ないような、もどかしいような。
感情を持て余す。

1年生たちに見えないよう、太ももを擦り合わせる。

中途半端な刺激。
こんなんじゃ、足りない…
かえって熱が籠っていく。

ドロドロに煮えたぎった、満たされない劣情を押し隠したまま。
牝馬として、後輩たちの、いや、ご主人様たちの前で待つ。

持て余したエネルギーは、やがて形を変えて別の対象へ。
藤崎への対抗心。
絶対に、負けない。

「ねえ、お願いがあるんだけど」
新田に話しかける浜本。
「畑川先輩が乗っているのを見てて、思ったんだけど…私も、乗ってみたいな」
「…えっ?」
「だからさ、もし、どっちが勝つか当てられたら、私も、乗ってみていい?」
「どうしよっかなぁ」
「お願い!」

「うーん…じゃあさ、どっちが勝つか当てられたら、乗せてあげてもいいよ」
「ホント!?」
浜本が喜色を浮かべる。

私の隣で、同じように待機している藤崎。
狼狽えていた。
新田に、目で必死に何かを訴える。
それに気付いた新田。
『ごめんね』
上目遣いで、申し訳なさそうな表情。

それが、人懐っこい、愛嬌たっぷりの仕草で…
当事者でなければ、見惚れてしまったかもしれない。
でも藤崎にとっては、カンタンに済ませられる話ではなかった。
しかし…
藤崎の必死の主張も空しく、話が進んでしまう。

「私、決めた」
しばらく黙ったままだった鳥越。
言葉を発した。

「決めた?決めたって、何を?」
「私も、賭ける」
それを聞いた浜本が、更に嬉しそうな表情をする。

「それじゃあ、風香はどっちにするの?」
「こっち。こっちの子が勝つと思う」
私を見据えながら、言い放つ。
「ええー!私もそっちにしようと思ってたのにぃ」
残念がる浜本。

「でも、同じだとつまんないから、私はこっちの子にするかな」
藤崎を見ながら言う。

「アナタに賭けてあげるんだから、みっともない走りをしたら、承知しないからね」
相手が自身の先輩とは知ってか知らずか。
藤崎に言い放つ浜本。

ちなみに、三井が来れなくなってしまったため中止となった罰ゲーム。
その内容は次のようなものだった。

私が負けた場合。
再び、三井に剃毛されるというものだった。
それだけではない。
レースの観客も、それに立ち会うのだ。

それは、三井も同様だった。
もし負けたら、観客たちの前で私に剃毛される。

藤崎が負けた場合。
犬の格好をして、新田にリードを引かれながら夜のサークル棟を散歩する。
無論、観客つきである。

薄暗い廊下。
四つんばいになりながら、不安げに周囲を窺う藤崎。
その首元には、ユラユラと揺れる、彼女の学生証。
そんな様子を、観客たちに揶揄われながら、這い進むのだ。

仮に三井が来ていたとして、罰ゲームは実行に移していたかどうか。
浜本はともかく、鳥越のあの様子では、難しかったかもしれない。

それに…
もし正体がバレてしまったら、それ以上の屈辱が待っているのだ。

1年生ふたりの会話。
大きな声ではないが、聞き取れてしまう。
「ねえ、あのふたり、私たちの知ってる人かな?」
「さあ、どうだろうね」

「でもさ、畑川先輩もいるってことは…馬術部の人って可能性、高くない?」
「うん…」
はしゃぐ浜本と、どこの上の空の鳥越。
「もしそうだったら、ヤバくない?だってさ、好きで、あんなカッコしてるんでしょ?マジでヘンタイじゃん」

チラっと、私に視線を移す浜本。
口元には笑みを浮かべている。
蔑みとも憐れみとも取れる視線。
プライドがすり潰されていく感覚に、言いようのない苦しみと劣情がこみ上げる。

こんな小娘に、バカにされて…
どうしようもなく、昂ってしまう。
もっと、詰って欲しいと思ってしまう。

私から藤本へと視線を移す浜本。
「しかも、あの子なんて畑川先輩にお尻叩かれてるし」
「確かにね」

「そんな人が、身近にいたなんて…ってかさ、1年生なのかな。宮地はバイトって言ってたし、奈央は地元の友だちと遊ぶって言ってたし。溝口は…ないでしょ、あの子の性格なら。いや、あんな顔して実は、ってことも…」
鳥越にお構いなしで、喋りつづける浜本。

「うーん、分かんないなぁ…もしかして、2年生?だとしたら、先輩じゃん!ヤバッ!私たち、大丈夫かな?後で呼び出されて、シメられるなんてことないよね?さっき、めっちゃナマイキなこと言っちゃった」
急に不安そうな顔をする浜本。
実際、彼女が心配するのも無理はなかった。
シメられる、なんてことはないにしても、先輩後輩間の序列は、キッチリと存在しているのだ。

「大丈夫でしょ。畑川先輩もいるし。それに、もしそんなことがあっても、逆に言い返すよ。そんなこと言うなら、先輩たちの性癖、バラしちゃいますよ?いいんですか、ポニーさんって」
「アハハ!確かにね!」
「それにさ、さっきは聞き流しちゃったけど…」
「なに?」
「あの子、今日が初めてって言ってたでしょ」

「うん」
「ってことはさ、他にもいるってことじゃない?ポニーが」
「えっ…あっ、そうか!ポニーがひとりだけじゃ、レースできないもんね。ということは、もうひとり…」
「ひとりとは、限らないんじゃない?」

コロコロと表情を変える浜本に対し、冷静に状況を分析している鳥越。
どこか、今の状況を楽しみ始めているように見えた。

「えーっ!じゃあ、何人いるの?」
「分かんないけど。でもさ、それより…」

「それより?」
「新田って、何者なんだろう」
「うん…」

明るくて童顔で、同期からも先輩からも可愛がられている女の子。
今、彼女たちは初めて目にしているのだ。
新田の、もう1つの顔。
複数のポニーを従わせる、調教師としての姿。
大人の女性を服従させる、ドミナントとしての姿を。

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