3周目。
再び、ミストレスたちの前で芸を披露する飼い犬たち。
ただ…
正直、もうネタ切れだった。
『おーい、紗枝。そのダンス、ワンパターンじゃない?さすがに飽きてきたんだけど』
かつて、新田に言われた言葉。
改めて思い返す。
先ほどの、彼女の冷めた視線も、きっとそれを意味していた。
頭を振り絞る。
ご主人様たちに背を向け、お尻を突き出した。
ボトムスに手を掛け、お尻を振りながら、ゆっくりとずり下げていく。
露わになった、私のお尻。
両手で、思い切り叩く。
部屋に、乾いた音が響いた。
再び、手を振り下ろす。
お尻が赤く、熱くなっていくのを感じる。
セルフスパンキング。
背後からの反応は、ない。
恐る恐る、振り返る。
3人の、冷めた目つき。
滑っていた。
それも、完膚なきまでに。
慌てて顔を戻す。
3人の表情が、目に焼き付いていた。
こみ上げる羞恥心。
顔が、耳まで熱くなっていくのを感じる。
辱めを受けるのとはまた別の、いたたまれなさだった。
何とも言えない雰囲気が場を支配する中、私はボトムスを履いた。
向き直り、3人に頭を下げる。
「もう終わりなの?」
「今までよかったから期待してたのに、ガッカリ」
鳥越、浜本の無慈悲な感想。
新田が、顎で『代われ』と命令する。
オシオキを確信しながら、私はそそくさと三井と交代した。
ただ、三井も私と状況は同じだったらしい。
3人の前で跪いた彼女。
新田の足を両手で持ち、それを自身の頭へと乗せた。
ジタバタともがく仕草をする、三井。
場の雰囲気は、変わらない。
それどころか一層、冷え切っていくのを感じる。
新田の足をどけて、チラっと反応を窺う三井。
芳しくない状況に、焦りを浮かべ始める。
対象が新田から鳥越へ移っても、状況は変わらなかった。
焦った三井は、リアクションを強めていく。
浜本の足に踏まれる三井。
踏まれた頭を、必死に引き抜こうとするマネ。
お尻を左右に振りながら、切ない鳴き声を上げる。
「んっ…んっ…」
艶っぽい、声。
ほんの一瞬、声に三井が表れた気がした。
ドキッとした。
2人に、気付かれていないか。
他人事ながら、不安になる。
見ている限り、大丈夫そうではあるが…
三井の声は、うめき声へと変わっていく。
そのまま、小刻みに震え始め…
「うっ…」
ビクッ…
ビクッ…
体を震わせた。
頭を踏まれながら、オーガズムを迎えたマネということなのだろう。
鳥越の、呆れとも嘲笑ともとれる、苦笑い。
新田は、口をへの字に曲げていた。
浜本は、無表情で足元の犬を眺めている。
もう、見ていられなかった。
審査員たちにウケていないことを悟った三井は、やはり恥ずかしそうに舞台から退場していく。
トリは、藤崎。
さすがに緊張していた。
先ほどの失態に加え、この冷え切った空気なのだ。
後輩たちからの、期待と退屈の入り混じった視線。
意を決した藤崎が、中腰になる。
両手を胸元で揃え、背を向けた。
そして、お尻を突き出す。
「えー、またぁ?」
浜本の、あからさまにカッガリした声。
他の2人も、同じような表情を浮かべていた。
ふーっ、と、大きく息をついた藤崎。
突き出したお尻を、腰をくねらせるようにして、ゆっくりと動かしていく。
おや?と思った。
彼女が最初にした芸のような、煽情的な要素が感じられなかったのだ。
ただ、滑稽さとも違う何かを感じさせた。
ゆっくりと横に動いたお尻。
その後、左右に斜め下へと動く。
最後に、右上の方で、軽くお尻を突き出す。
チラっと、こちらを振り向く藤崎。
3人が、戸惑っているのが分かった。
藤崎の意図が分かりかねているのだ。
藤崎が、再び前を向く。
先ほどと同じ軌跡を辿って動く、お尻。
横。
斜め下。
そして、右上。
あ!
これは、もしかして…
ピンときた。
そして、やられた!と思った。
ジッと見ていた後輩たち。
ハッとした浜本が、声をあげた。
「あ、分かった!犬!」
新田と鳥越が、浜本を振り返る。
「犬?犬って、何が?」
「全然、犬の動きに見えないけど…」
「そうじゃなくて!尻文字!」
藤崎が、嬉しそうに小さく頷いた。
そして、三度、お尻を動かす。
お尻の辿る線を見て、他の2人も歓声を上げる。
「あぁ、そういうことか」
「アハハ!確かに、『犬』だねぇ!」
そんな2人の反応に、なぜか得意げな浜本。
「すごいじゃん、4号!もっとやってよ」
鳥越のリクエストに、頷く藤崎。
今度は、さっきよりも複雑な動きだった。
「えー?こんな文字、ある?」
いぶかしむ浜本。
しかし、他の2人より先に当てようと夢中になっていた。
「いや、急に難しくなったな」
「分かんない!ヒントちょうだい!」
藤崎が振り返り、Vサインをした。
「え?どういう意味?」
「あぁ、もしかして、2文字ってこと?」
頷く。
しかし…
「いや、それでも分かんないって」
「もっとヒント、ちょうだい!」
すっかりのめり込んでいる審査員たち。
藤崎が、一瞬ためらったあと…
自分を指差した。
「え?4号?」
続けて、私と三井も指を差していく。
「1号と3号も?」
頷き、前を向く藤崎。
腰をくねらせながら、尻で文字を描く4号。
ついに、その時がやってきた。
「分かった!」
大きな声を上げる新田。
その場にいる全員が振り向いた。
「マゾ」
正解!と言わんばかりに、頷きながら新田を指差す藤崎。
「あぁ~、私が当てようと思ったのに」
「言われてみると、確かにそうかも」
残念がる、浜本と鳥越。
しかし、その声はどこか満足げでもあった。
「『マゾ』な『犬』かぁ」
「まさにキミたちのことだね」
鳥越と浜本が、ニヤけながら蔑みの言葉を投げかけてくる。
「4号、なかなかよかったよ。最後に汚名を返上できてよかったねぇ」
新田から賜った、お褒めの言葉。
嬉しさか、悔しさか、羞恥心か。
土下座をした藤崎の腕が、小刻みに震えていた。
三度目のジャッジをするまでもなく、結果は明らかだった。
「1号、3号、分かってるよね」
新田。
「今回のオシオキは二人かぁ。どんな内容にするの?」
「もう、考えてあるんだよね」
浜本の問いに、そう答えた新田。
「前々から思ってたんだよ。二人とも、もっと仲良くしたらいいのにって」
「え、どういうこと?」
「お互い、対抗心がすごいの。どうせマゾなら、マゾ同士仲良くすればいいのにさ」
「言われてみれば、靴下を取ってこさせるゲームも、今回の芸も、お互いのこと意識しまくってたね」
「そう。でね、思ったの。それだけ相手の存在が大きいってことなんじゃないかって」
「うん」
「きっかけがあれば、お互いのこと、もっと好きになれるんじゃない?ね、どう思う、二人とも?」
新田が、私たちを見比べる。
彼女が、何を考えているのか。
何を、私たちにさせようとしているのか。
分からないが、きっと碌でもないことなのだろう。
「二人で、ディープキスしな」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
ディープキス?
しかも、三井と?
頭が真っ白になる。
三井の方を見る。
三井も私を振り向く。
目が合った。
恋愛経験のなかった私は、キスなどしたことがなかった。
ファーストキス。
いつ、誰とするのだろうと考えたことはあったが…
それがまさか、こんな形で。
しかも、相手はあの三井?
「中途半端に距離があるからいけないの。言葉じゃなくて、お互いの体温を…粘膜を通して触れ合えば、お互いのこと、もっと深く分かるでしょ?似た者同士の二人なら、特にね」
一見もっともらしいことを言いながら、実際は私たちを辱めることしか考えていない。
それは、この場にいる全員が分かっていることだろう。
三井に恋愛経験があるのかは分からない。
ただ、浮いた話は聞いたことがなかった。
取り巻きの二人。
浜本は一見遊んでいそうだが…
鳥越と一緒に、顔を赤らめながら目を輝かせている姿を見ると、もしかすると意外と奥手なのかもしれない。
「せっかくだし…畑川先輩も、傍に来て見ましょうよ」
「え、う、うん…」
畑川。
明らかに動揺していた。
「どうせ二人とも、そっちの方は奥手なんでしょ?私がレクチャーしてあげるから。まずはお互い、ハグするところから始めなさい」
三井と向き合う。
顔には戸惑いが浮かんでいた。
私も、おそらく同じ顔をしているのだろう。
でも、これはオシオキなのだ。
そして、ご主人様からの命令。
水着姿の二人。
肌と肌が触れ合う。
三井の体温が、温もりが伝わってくる。
三井の匂い。
吐息が、耳をくすぐる。
「お互いの体温を感じながら、ムードを高めていくの。ほら1号、3号の頭を優しく撫でて、緊張をほぐしてあげなさい」
抱き合ったまま、三井の後頭部に手のひらを当てる。
全頭マスクごしに、三井の頭を優しく撫でる。
三井が、ふぅっと息をついた。
嫌悪感か、あるいは別の感情か。
「そしたら、お互い見つめ合うの。こら、睨みあうな。微笑みながら、安心できる存在だって、伝えるの。そうそう」
至近距離で、三井と見つめ合う。
不安げに揺れる瞳。
そこに、嫌悪感は見当たらなかった。
拒絶されている訳ではなさそうだ。
ホッとする。
ホッした自分に戸惑いつつ。
三井の心をほぐすよう、優しく見つめる。
三井の目が、次第に潤んでいくのを感じる。
「そしたらぁ。今度は、軽く、唇同士で触れ合ってみよっか。チョンって、くっつけるだけでいいよ」
私を抱きしめる三井の腕に、力が入った。
さすがに、分かる。
三井も初めてなのだ。
大丈夫だよ。
目で、語り掛ける。
不安げな三井の、問いかけるような視線。
言葉は、分からない。
ただ…
大丈夫だよ、と。
頭を優しく、ポンポンと叩く。
三井が、目を閉じた。
強張ってはいるが…私を受け入れようとしてくれているのだ。
全頭マスクの穴から覗く、不安げに震える、三井の唇。
私はそっと、己の唇で触れた。
「あっ…」
微かに聞こえた、三井の声。
おそらく、私にしか聞こえないほどの大きさで。
顔を離す。
唇に残る、ほのかに湿った温もり。
「いいね。そしたら、もっかい、やってみよっか」
新田の指示に従いながら、唇を重ねる。
小鳥がついばむような、軽いキス。
回数を重ねるたびに、三井の心にあった、固い何かが溶けていくのを感じる。
それが、なぜか嬉しくて。
気付くと、新田の指示なしで唇を重ねていた。
熱っぽい、切なげな三井の表情。
三井の吐息に混じる、微かな生っぽさが、鼻腔をくすぐる。
いつもの勝気な彼女からは想像もできないような顔に、子宮の辺りがキュンとなる。
可愛い…
こみ上げる、愛おしさ。
いや、相手はあの三井なのだ。
そう思い直すが、自分を抑えることはできなかった。
鳥越や浜本の、黄色い声。
気にならなかった。
それどころか、見せつけてやりたいような気分だった。
チラっと、視線を移す。
畑川。
余裕ぶっているクセに、目には涙を浮かべていた。
マゾのクセに、ご主人様然として、エラソーな態度を取ったバツよ。
畑川に、流し目を送る。
アンタはそこで、指を咥えて見てなさい。
泣きそうな顔をしながら太ももを擦り合わせるマゾ女に、無言で言葉を投げつける。
視線を、三井へと戻す。
「そしたらぁ…唇をすこぉし開いて…相手の唇を、自分の唇で挟んだりぃ…」
遠くで聞こえる、新田の声。
三井の潤んだ目。
トロンとした表情。
半開きになった唇が、私を誘惑する。
情欲か、独占欲か分からないが、私の中の何かが掻き立てられていく。
「じゃあ次は…1号、3の口に自分の舌を入れな。3号はそれを優しく受け入れるの」
子宮が、再び疼いた。
熱に浮かされたまま、舌を三井の中に差し入れていく。
三井の口内で、柔らかな熱とかすかな酸味が私を迎え入れた。
絡ませるうちに、それはほのかな甘じょっぱい余韻となって広がっていく。
「ん…ふぅっ…んっ…」
三井の唾液が、切ない吐息が、媚薬となって私の脳に染み込んでいく。
「1号、3号の舌、感じて?舌と舌が触れたらぁ、3号の舌を舐めるように、やさしーく、触れ合わせるの」
唇を重ね合わせたまま。
舌を、三井を感じたまま。
鼻息。
三井の荒い息遣いが、顔に当たる。
耳をくすぐる。
「そしたらぁ、舌同士を絡ませてぇ…力は抜いたまま、ね?」
三井が目を閉じる。
唇を震わせながら、私の舌に触れてくる。
三井の腕が一瞬強張り…すぐに緩んだ。
鼻腔に流れ込んでくる、かすかに甘く、生温かな気配。
粘膜同士が擦れ合わさり、唾液が淫靡な音を奏でる。
「ほら、気持ちいいでしょう?気持ちよくて、愛おしくて、相手のことがとっても大事に思えてくるねぇ」
顔を離す。
三井の、寂しげな、切なげな顔。
『もう、止めちゃうの?』
そう、言っているような気がして…
私の理性は壊れてしまった。
再び、唇を重ねる。
貪るように、舌を求める。
『嬉しい…』
三井の舌が、口腔全体が、私を迎え入れる。
震えるような喜びと、興奮をもって。
相手は、あの三井なのだ。
お互い、対抗心を剥き出しにしていた…
馬上でも、マゾヒストとして調教を受けているときも…
私に剃毛されているときの、悔しそうな顔。
私を剃毛しているときの、嬉しそうな顔。
ライバルなのに。
いや、ライバルだからこそ、なのか。
この震えるような、いてもたってもいられなくなるような、昂りは。
それとも…
『きっかけがあれば、お互いのこと、もっと好きになれるんじゃない?』
もともと、相性がよかったのか。
分からない。
どうでもいい。
ただ、三井を、彼女を感じていたい。
独占し、貪り続けたい。
そう、思った。
それなのに…
「はーい、そこまで!」
新田の、無慈悲な宣言。
まだ、離れたくない。
離したくない…
「ほら、いつまで盛ってんの。終わりだってば」
口を離す。
二人の口と口をつなぐ、唾液のブリッジ。
息遣いの荒い、三井。
うっとりとしていた顔に、少しずつ理性が戻っていく。
胸が、少しチクッとした。
「今度ケンカしたら、またキスさせるからね」
鳥越と浜本。
途中から、声が聞こえなかったが…
惚けたような顔で、口を半開きにしていた。
畑川。
下唇を嚙みながら、現実を受け入れないとでも言いたげに、首を小さく振っていた。


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