レースから1週間。
私はまた、新田の住むアパートへと来ていた。
「こんにちは。どうぞ、お入りください」
意味深な笑みを浮かべた新田が出迎える。
部屋へ入る。
見覚えのある、木製の丸テーブルと、手前に座布団。
あいかわらず、落ち着いた印象のインテリア。
それでも、私の気持ちは落ち着かなかった。
「どうぞ、座ってください」
「は、はい…」
思わず、そう返事をしてしまう。
部屋の奥には、ノートパソコンの置かれた机。
椅子に腰かける新田。
私は、座布団の上に正座した。
「足、崩していいですよ、センパイ」
笑みを浮かべる後輩と。
「あ、う、うん、ありがとう…」
対して、余裕のない先輩。
「さっそくで悪いんですけど」
「う、うん…」
私は、バッグから、それを取り出し…
両手でそれを献上する。
口もとで、ニヤッと笑う新田。
私から受け取ったSDカードを、パソコンに差し込む。
しばらくして…
画面に映ったのは、先日のレースの様子だった。
当時は気付かなかったが、最初から最後まで撮られていたのだ。
新たな観客である、浜本と鳥越。
そのふたりの前へと連れてこられた、2頭のポニー。
対照的な、観客の反応。
1年生たちの前で、不安そうなポニーたち。
いつ、正体がバレてしまうとも知れない状況。
普段は彼女たちの前で先輩としてふるまっているのに。
今からポニーとしてレースを競う様を、じっくりと見られるのだ。
映像を観ながら浜本や鳥越、ポニーの様子を実況する新田。
分かっている。
なにより、私が編集した映像なのだ。
「そういえば、何て言われたんですか、あの時?」
いたずらっぽく笑う新田。
レース後、鳥越を乗せてコースを周っている時のことだ。
「そっ、それは…」
思い出す。
あの、全身の血が凍りつくような瞬間。
首元の髪を触られる、くすぐったさの後。
『見つけちゃった』
そう、耳元で囁かれたのだ。
それが鳥越らしからぬ、ゾッとするような、無邪気で冷酷な声。
足がすくみ、動けなくなってしまった。
畑川にリードを引っ張られるが、それでも体は動かない。
そして…
パァン!
痛みより何より。
頭を殴られたようなショック。
混乱した頭に、更に鳥越からの追い打ち。
「ここにホクロがある人、私、知ってるんだよねぇ」
あの日、鳥越に言われたことを、新田の前でつぶやく。
膝が震える、あの感覚。
地面がなくなってしまったかのような、頼りなさ。
鮮やかに、蘇ってくる。
「えぇー、そうなのぉ!?あーあ。バレちゃったんだぁ」
ワザとらしく煽ってくる、新田。
「ま、まだ!まだバレたって決まったわけじゃないから!」
慌てて、叫ぶ。
自分に言い聞かせるかのように。
「ええ~!ホントですかぁ?」
いぶかしむ新田。
と。
何か思いついたのか、不敵な笑みを浮かべた。
「だったらぁ。アレ、やりましょうよ」
「あ、あれ?」
「サークル棟でのお散歩ですよ。罰ゲームでやる予定だった」
犬の格好をして、新田にリードを引かれながら夜のサークル棟を散歩する、というやつだ。
「で、でも、それは、さすがに…」
「え?イヤなんですか?じゃあ、いいか。無理強いしたら可哀想だし。それじゃあ、他のポニーたちと遊ぼっかな。藤崎センパイは、もう構ってあげない」
「ま、待って!やる!やるから!」
つい、そう言ってしまった。
新田が、口元で笑う。
「よかった。でも、私とセンパイのふたりきりっていうのも、ちょっと寂しいと思いません?だから、もうひとり呼ぼうと思ってるんです」
「だっ、誰…?」
嫌な予感がした。
「風香ちゃんです」
「とっ、鳥越は、ダメだって!」
「なんでですか?バレてないんでしょう?だったら、いいじゃないですか」
「そっ、それは…で、でも、バレちゃうかもしれないし。それに、恥ずかしい…」
「アハハ!今更そんなこと言うんです?恥ずかしいって…それじゃあ、尚更、やらないとですね」
「なっ、なんで、そうなるの!」
「だって…恥ずかしいの、好きでしょ、センパイ?」
後輩の、上から目線での決めつけ。
下腹部がキュンと反応する。
反論しない私を見て、新田の口角が上がる。
「藤崎センパイは、ポニーとしてヒトを乗せるだけじゃなくて、ワンちゃんになってお散歩もできる子なんだって、風香ちゃんに知ってもらいましょうね?あっ、風香ちゃんはセンパイの正体、まだ知らないんでしたね。ごめんなさーい」
わざとらしい新田。
マゾのスイッチが入ってしまった私に、新田を叱る気概はなかった。
そうでなくても、彼女に意見できるような立場ではないのだ。
「さてと、そろそろ始めましょうか、センパイ」
新田。
イスをずらし、私に向き直る。
「立って」
「は、はいっ…!」
切り換わる。
先輩と後輩から。
支配者と後者。
飼い主と、そのペットに。
「脱ぎな」
冷酷な表情。
短く、私に命じる。
「かっ…かしこまりました…」
着ていたものを、一枚ずつ剥ぎ取っていく。
ご主人様の見ている前で、本当の姿へと近づいていく。
下着姿になる。
ご主人様に見てもらいたくて、この日のために可愛いデザインのものを探してきたのだ。
期待と不安が入り混じる。
新田の、おや、という表情。
ふぅん、という笑みを浮かべながら、小さく頷く。
こみ上げる喜びを噛みしめつつ。
ゆっくりと、ブラを、ショーツを、床に落とす。
姿見に映る、己の裸体。
急に羞恥心が顔をもたげてきた。
「ほら、手で隠すな」
「も、申し訳、ありません…」
両手を後ろで組む。
『裸を見られて、コーフンしてるだろ』
前回、新田に言われた言葉。
その時はまさかと思ったが…
こうして、再び彼女の前で裸体を晒していると、あの言葉は間違ってはいなかったのだと、改めて思い知らされた。
新田の視線が私の胸をなぞり、お腹、太ももへと下りていく。
品定めするかのような目に耐えきれず、思わず、視線を逸らしてしまう。
心臓の音。
鎮めようとするが、裸へと注がれる視線を意識するたび、意思に反して自己主張を繰り返す。
「うん、いいねえ。合格」
そんな言い方をされ、悔しさと嬉しさが入り混じる。
「でも…まだ1つ、ワンちゃんになるには足りてないものがあるんだよね?何だか分かる?」
「そ、それは…」
「それは?」
考える。
足りないもの…
新田が、自身の首元を指さす。
あっ…
「く、首輪、です…」
「せいかーい」
そう言って、新田が何かを放り投げた。
足もとに落ちたもの。
心臓が、跳ねた。
「拾いな」
黒い革ひも。
「その首輪は、私からのプレゼント。サークル棟でお散歩する時は、それを嵌めようね」
「あ、あり、ありがと…ございます…」
手に持つと、見た目以上にズッシリとした重みを感じた。
「せっかくだから、私がつけてあげよっか。それとも、自分でつける?」
「つっ…つけて、ほしいです…」
「アハハ!センパイのくせに、いい年して、私につけてもらいたいんだ?」
「はっ、はい…」
「しょうがないなぁ。いいよ、こっちに来な」
「はい、ありがとうございます…」
新田の前で、跪く。
そして…
首輪をさし出す。
片手で掴む、新田。
私は、新田に…ご主人様に、首をさし出す。
忠誠を誓う、愛犬として。
ヒトとしての尊厳を、先輩としてのプライドを、捧げるのだ。
首輪が放つ、鋭く野性的な革の臭い。
ひんやりとした感触。
本当に、犬になってしまった。
そう思った。
「これでようやく、オマエらしくなったね、舞?」
そう言って、私の頭を抱きしめる、ご主人様。
ふわっと、暖かな匂いに包まれる。
言いようのない、安心感。
頼もしさ。
この子に、いや、このお方に、私の全てを委ねたい。
私の全てで包み、守ってあげたい。
湧き上がる幸福感に包まれながら、そんな考えが、私の頭を、心を占めた。
夢のような時間は、しかしすぐに現実へと引き戻される。
「さっきの、サークル棟での散歩の件だけど。話、進めるね」
スマホをとり出す新田。
戸惑う私を尻目に、新田が電話を始めた。
「あ、もしもし?風香ちゃん?うん。今、大丈夫?」
スマホから漏れ聞こえる鳥越の声。
途切れ途切れで、内容が聞き取れない。
中途半端に聞こえてくる声が、却って私の不安を掻き立てていく。
鳥越は、私の正体に気付いていたかもしれない。
いや、でも…
藁にもすがるような思いで、鳥越の声を聞き取ろうとする。
そんな私を、嘲るような笑みで見下ろす新田。
「ポニーちゃんも、楽しみにしてるって言ってるよ。うん、ありがと。じゃあね」
通話を切る新田。
「よかったね、舞。風香ちゃんも乗り気みたいだよ」
「は、い…ありがとう、ございます」
「さてと、私もそろそろ着替えようかな。舞は、そこで正座して待ってなさい」
クローゼットから衣装を取り出す新田。
着ていた服を脱ぐ。
下着姿の新田。
女子大生としては、幼い体つき。
その内側から漏れ出る、ドミナントとしての自信が、彼女に凄みを与えていた。
黒い乗馬ズボンを履く新田。
白いポロシャツと、ネクタイ。
その上から黒のジャケットを羽織り、支配者としてのオーラが立ちのぼる。
真っ白な手袋。
彼女の気品を更に一段上へと押し上げる。
ロングブーツ。
普段、彼女が履いているものとは違う。
新品らしく、汚れはついていない。
このために、わざわざ用意したのか。
漆黒のブーツに足を入れる、新田。
純白の手袋によって、ゆっくりと、ジッパーが上げられていく。
ジジジジ…という音が、私の期待と緊張を、否応にも高めていく。
乗馬服へと着替えた新田。
その衣装は、まるで彼女のために設えられたかのようにカンペキだった。
そして…
新田が取り出したもの。
目が、釘付けになった。
乗馬鞭。
あの固い革で、私はこれまで新田にどれほど屈辱を味わわされたか。
ご主人様。
先ほどの、包み込むような優しさはない。
無慈悲で冷酷な笑みを浮かべた、支配者。
彼女によって私は、これから人間性を叩き落とされ、犬として服従する悦びをイヤというほど思い知らされるのだ。
私とは違う、圧倒するような目力。
耐えられず、目を伏せてしまう。
私の顎に、何かが添えられた。
そして…
グイっと、上向かせられた。
視界に入ったのは、鞭を携えた天使。
いや、悪魔か。
ビュッ!
鞭の、空気を切り裂く音。
あの鞭によって、私はこれからどんな目にあわされるのか。
想像し、私は思わず喉を鳴らすのだった。


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