ポニーガールとご主人様 最終章(1)乗馬服と首輪

レースから1週間。
私はまた、新田の住むアパートへと来ていた。
「こんにちは。どうぞ、お入りください」
意味深な笑みを浮かべた新田が出迎える。

部屋へ入る。

見覚えのある、木製の丸テーブルと、手前に座布団。
あいかわらず、落ち着いた印象のインテリア。
それでも、私の気持ちは落ち着かなかった。

「どうぞ、座ってください」
「は、はい…」
思わず、そう返事をしてしまう。

部屋の奥には、ノートパソコンの置かれた机。
椅子に腰かける新田。

私は、座布団の上に正座した。
「足、崩していいですよ、センパイ」
笑みを浮かべる後輩と。
「あ、う、うん、ありがとう…」
対して、余裕のない先輩。

「さっそくで悪いんですけど」
「う、うん…」
私は、バッグから、それを取り出し…
両手でそれを献上する。

口もとで、ニヤッと笑う新田。
私から受け取ったSDカードを、パソコンに差し込む。
しばらくして…
画面に映ったのは、先日のレースの様子だった。
当時は気付かなかったが、最初から最後まで撮られていたのだ。

新たな観客である、浜本と鳥越。
そのふたりの前へと連れてこられた、2頭のポニー。
対照的な、観客の反応。
1年生たちの前で、不安そうなポニーたち。
いつ、正体がバレてしまうとも知れない状況。

普段は彼女たちの前で先輩としてふるまっているのに。
今からポニーとしてレースを競う様を、じっくりと見られるのだ。
映像を観ながら浜本や鳥越、ポニーの様子を実況する新田。
分かっている。
なにより、私が編集した映像なのだ。

「そういえば、何て言われたんですか、あの時?」
いたずらっぽく笑う新田。

レース後、鳥越を乗せてコースを周っている時のことだ。

「そっ、それは…」
思い出す。
あの、全身の血が凍りつくような瞬間。

首元の髪を触られる、くすぐったさの後。
『見つけちゃった』
そう、耳元で囁かれたのだ。

それが鳥越らしからぬ、ゾッとするような、無邪気で冷酷な声。
足がすくみ、動けなくなってしまった。
畑川にリードを引っ張られるが、それでも体は動かない。

そして…

パァン!

痛みより何より。
頭を殴られたようなショック。
混乱した頭に、更に鳥越からの追い打ち。

「ここにホクロがある人、私、知ってるんだよねぇ」

あの日、鳥越に言われたことを、新田の前でつぶやく。

膝が震える、あの感覚。
地面がなくなってしまったかのような、頼りなさ。
鮮やかに、蘇ってくる。

「えぇー、そうなのぉ!?あーあ。バレちゃったんだぁ」
ワザとらしく煽ってくる、新田。
「ま、まだ!まだバレたって決まったわけじゃないから!」
慌てて、叫ぶ。
自分に言い聞かせるかのように。
「ええ~!ホントですかぁ?」
いぶかしむ新田。
と。
何か思いついたのか、不敵な笑みを浮かべた。

「だったらぁ。アレ、やりましょうよ」
「あ、あれ?」
「サークル棟でのお散歩ですよ。罰ゲームでやる予定だった」

犬の格好をして、新田にリードを引かれながら夜のサークル棟を散歩する、というやつだ。

「で、でも、それは、さすがに…」

「え?イヤなんですか?じゃあ、いいか。無理強いしたら可哀想だし。それじゃあ、他のポニーたちと遊ぼっかな。藤崎センパイは、もう構ってあげない」
「ま、待って!やる!やるから!」
つい、そう言ってしまった。
新田が、口元で笑う。

「よかった。でも、私とセンパイのふたりきりっていうのも、ちょっと寂しいと思いません?だから、もうひとり呼ぼうと思ってるんです」
「だっ、誰…?」
嫌な予感がした。

「風香ちゃんです」
「とっ、鳥越は、ダメだって!」
「なんでですか?バレてないんでしょう?だったら、いいじゃないですか」

「そっ、それは…で、でも、バレちゃうかもしれないし。それに、恥ずかしい…」
「アハハ!今更そんなこと言うんです?恥ずかしいって…それじゃあ、尚更、やらないとですね」
‎「なっ、なんで、そうなるの!」
「だって…恥ずかしいの、好きでしょ、センパイ?」

後輩の、上から目線での決めつけ。
下腹部がキュンと反応する。
反論しない私を見て、新田の口角が上がる。

「藤崎センパイは、ポニーとしてヒトを乗せるだけじゃなくて、ワンちゃんになってお散歩もできる子なんだって、風香ちゃんに知ってもらいましょうね?あっ、風香ちゃんはセンパイの正体、まだ知らないんでしたね。ごめんなさーい」
わざとらしい新田。
マゾのスイッチが入ってしまった私に、新田を叱る気概はなかった。
そうでなくても、彼女に意見できるような立場ではないのだ。

「さてと、そろそろ始めましょうか、センパイ」
新田。

イスをずらし、私に向き直る。
「立って」
「は、はいっ…!」

切り換わる。
先輩と後輩から。
支配者と後者。
飼い主と、そのペットに。

「脱ぎな」

冷酷な表情。
短く、私に命じる。

「かっ…かしこまりました…」

着ていたものを、一枚ずつ剥ぎ取っていく。
ご主人様の見ている前で、本当の姿へと近づいていく。

下着姿になる。
ご主人様に見てもらいたくて、この日のために可愛いデザインのものを探してきたのだ。
期待と不安が入り混じる。

新田の、おや、という表情。

ふぅん、という笑みを浮かべながら、小さく頷く。

こみ上げる喜びを噛みしめつつ。
ゆっくりと、ブラを、ショーツを、床に落とす。

姿見に映る、己の裸体。
急に羞恥心が顔をもたげてきた。

「ほら、手で隠すな」
「も、申し訳、ありません…」
両手を後ろで組む。

『裸を見られて、コーフンしてるだろ』

前回、新田に言われた言葉。
その時はまさかと思ったが…
こうして、再び彼女の前で裸体を晒していると、あの言葉は間違ってはいなかったのだと、改めて思い知らされた。

新田の視線が私の胸をなぞり、お腹、太ももへと下りていく。

品定めするかのような目に耐えきれず、思わず、視線を逸らしてしまう。
心臓の音。
鎮めようとするが、裸へと注がれる視線を意識するたび、意思に反して自己主張を繰り返す。
「うん、いいねえ。合格」
そんな言い方をされ、悔しさと嬉しさが入り混じる。

「でも…まだ1つ、ワンちゃんになるには足りてないものがあるんだよね?何だか分かる?」
「そ、それは…」
「それは?」

考える。
足りないもの…

新田が、自身の首元を指さす。

あっ…

「く、首輪、です…」

「せいかーい」
そう言って、新田が何かを放り投げた。
足もとに落ちたもの。

心臓が、跳ねた。

「拾いな」

黒い革ひも。

「その首輪は、私からのプレゼント。サークル棟でお散歩する時は、それを嵌めようね」
「あ、あり、ありがと…ございます…」
手に持つと、見た目以上にズッシリとした重みを感じた。

「せっかくだから、私がつけてあげよっか。それとも、自分でつける?」
「つっ…つけて、ほしいです…」
「アハハ!センパイのくせに、いい年して、私につけてもらいたいんだ?」
「はっ、はい…」
「しょうがないなぁ。いいよ、こっちに来な」
「はい、ありがとうございます…」

新田の前で、跪く。
そして…
首輪をさし出す。
片手で掴む、新田。
私は、新田に…ご主人様に、首をさし出す。
忠誠を誓う、愛犬として。
ヒトとしての尊厳を、先輩としてのプライドを、捧げるのだ。

首輪が放つ、鋭く野性的な革の臭い。
ひんやりとした感触。
本当に、犬になってしまった。
そう思った。

「これでようやく、オマエらしくなったね、舞?」
そう言って、私の頭を抱きしめる、ご主人様。
ふわっと、暖かな匂いに包まれる。
言いようのない、安心感。
頼もしさ。

この子に、いや、このお方に、私の全てを委ねたい。
私の全てで包み、守ってあげたい。
湧き上がる幸福感に包まれながら、そんな考えが、私の頭を、心を占めた。

夢のような時間は、しかしすぐに現実へと引き戻される。

「さっきの、サークル棟での散歩の件だけど。話、進めるね」

スマホをとり出す新田。
戸惑う私を尻目に、新田が電話を始めた。

「あ、もしもし?風香ちゃん?うん。今、大丈夫?」

スマホから漏れ聞こえる鳥越の声。
途切れ途切れで、内容が聞き取れない。
中途半端に聞こえてくる声が、却って私の不安を掻き立てていく。

鳥越は、私の正体に気付いていたかもしれない。
いや、でも…
藁にもすがるような思いで、鳥越の声を聞き取ろうとする。
そんな私を、嘲るような笑みで見下ろす新田。

「ポニーちゃんも、楽しみにしてるって言ってるよ。うん、ありがと。じゃあね」
通話を切る新田。

「よかったね、舞。風香ちゃんも乗り気みたいだよ」
「は、い…ありがとう、ございます」
「さてと、私もそろそろ着替えようかな。舞は、そこで正座して待ってなさい」
クローゼットから衣装を取り出す新田。
着ていた服を脱ぐ。
下着姿の新田。

女子大生としては、幼い体つき。
その内側から漏れ出る、ドミナントとしての自信が、彼女に凄みを与えていた。

黒い乗馬ズボンを履く新田。
白いポロシャツと、ネクタイ。
その上から黒のジャケットを羽織り、支配者としてのオーラが立ちのぼる。

真っ白な手袋。
彼女の気品を更に一段上へと押し上げる。

ロングブーツ。
普段、彼女が履いているものとは違う。
新品らしく、汚れはついていない。
このために、わざわざ用意したのか。

漆黒のブーツに足を入れる、新田。
純白の手袋によって、ゆっくりと、ジッパーが上げられていく。
ジジジジ…という音が、私の期待と緊張を、否応にも高めていく。

乗馬服へと着替えた新田。
その衣装は、まるで彼女のために設えられたかのようにカンペキだった。

そして…

新田が取り出したもの。
目が、釘付けになった。

乗馬鞭。

あの固い革で、私はこれまで新田にどれほど屈辱を味わわされたか。
ご主人様。
先ほどの、包み込むような優しさはない。
無慈悲で冷酷な笑みを浮かべた、支配者。

彼女によって私は、これから人間性を叩き落とされ、犬として服従する悦びをイヤというほど思い知らされるのだ。
私とは違う、圧倒するような目力。
耐えられず、目を伏せてしまう。

私の顎に、何かが添えられた。
そして…
グイっと、上向かせられた。

視界に入ったのは、鞭を携えた天使。
いや、悪魔か。

ビュッ!
鞭の、空気を切り裂く音。

あの鞭によって、私はこれからどんな目にあわされるのか。
想像し、私は思わず喉を鳴らすのだった。

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