ポニーガールとご主人様 最終章(3)ゆめのつづき

「よし、じゃあ行こうか」
5分ほど経っただろうか。
私は四つんばいの姿勢へと戻った。

再び、鳥越にリードを引かれながら歩く。
馬術部の部室は、もう数メートル先だった。

「ねえ、もうじき終わっちゃうよ?寂しいね、ワンちゃん。あ、そうだ」
鳥越が、顔を寄せてくる。
「最後に吠えてみてよ。ワンワンって」
小声で、そんな無茶を言ってくる。

声を出すことができない私に、そんなこと…
首を横に振る私に、なおも急かす鳥越。

「いいから、いいから。吠えないと、ここで立ち止まっちゃうよ?」
と言いつつ、実際に歩みを止める鳥越。
「ほら、あのスマホに向かってさ。いい、いくよ?3…2…1…」

「ひ、ヒャン!」

喉から無理やり絞り出した、甲高い鳴き声。
新田の失笑。
私もかつて、三井先輩に対して同じようなことをさせたな。
因果応報か。
顔が熱く火照るのを感じながら、そんなことを考える。

ようやく部室へと戻って来た。
新田がドアを開ける。
鳥越、そして私が中へ入り、最後に新田が入った。

並んでイスに座る、ご主人様たち。
その前で、私は待機のポーズをしていた。
前足を胸の前で揃えながら、2人の顔色をうかがう。
そんな私を、後輩たちが笑いながら眺めている。

「楽しかったね、新田」
「そうだね。バレそうになった時はさすがに焦ったけど」
「アハハ!ホントにね」
談笑するふたり。

「それにしても、よく躾けてあるね、この子」
「でしょ?私の言うことならなんでも聞くように調教したからねぇ」
「調教って、アハハ!なんかエッチなんだけどぉ」
笑いながらも、目は私を射抜いていた。

「だけどさ、最初はすごく反抗的だったんだよ?今はすごく従順になったけど。そうだよね?」
新田の言葉に、こみ上げる羞恥心を堪えつつ、頷いた。

ある日、三井センパイのヒミツを知ってしまった私は…
あこがれていたセンパイを、ペットとして調教した。
それを映像として編集し、新田たちの前で披露したのだ。

その後レースでは、そのセンパイの騎手として参加した。
いずれは新田含め、レースの参加者全てを支配下に置こうとしていた。
そんな大それたことを考えていたのだ。

レースで負けた私は、いかに身の程知らずだったかを思い知らされた。
そして、本当はどんな願望を持っていたかについても…

あのレースで、もし私が勝っていたら。
これまで、数え切れないほど考えたことだ。
そして、考えても意味のないことだった。

いくら考えたところで、結果は変わらない。
ただ、はらわたの煮えくり返りそうな屈辱と、羞恥心に苛まれるだけだった。

あの強力な感情を繰り返し浴びることが、マゾヒストとしての芽を育てることにつながっていたのかもしれない。

「へぇ、そうなんだぁ。今はこんなにいい子なのに、前はナマイキだったんだねぇ」
今の、ペットとして堕ちた私だけでなく。
かつては、サディストを気取っていたころもあったのだと知られてしまう。
それはまた、違った角度から私の自尊心を刺した。

「ナマイキだったころのキミも、見てみたかったなぁ」
その声、表情。
まただ。
形容しがたい感情。

「もしかしたら、今も見れてるのかな?スナオなワンちゃんじゃなくて、ヒトとして過ごしてるキミのナマイキな姿を」
胸が詰まる。

「ねえ風香ちゃん、この子と一緒に面白いゲームしようよ」
「ゲーム?」
「そう。やってみるから、ちょっと見ててね」
そう言って、靴を脱ぐ新田。
そのまま、靴下も脱いでいく。
そんな新田を不思議そうに眺める鳥越。

新田が何をしようとしているのか、私には分かった。
さっきまで新田が履いていた靴下。
親指と人差し指でつまみ、私の顔の前でぶら下げてから…
遠くへ放り投げる新田。
掛け声はない。
代わりに、冷笑を浮かべた新田が、そこにいた。

私は待機のポーズを解き。
前足を、床につけた。
床に落ちた新田の靴下。
這っていく。

背後から鳥越の声が聞こえた気がした。
本当に、鳥越の声だったのか。
体中を流れる血液の音。
頭がぼうっとして、それでいて神経は昂っている。
現実と虚構の境界が、曖昧になっていた。

靴下を咥え、反転する。

椅子に座る、ふたりのご主人様。
どんな表情をしながら、私を見ているのか。
分からない。
顔を、見れないのだ。

心臓の音。
顔を伏せながら、這う。
そして…
持ち主の前で、止まる。
靴下を咥えたまま、待機のポーズ。

「よくできました」

新田の手が、靴下へと伸びる。
視線を上げる。

2人の表情。
強者として、サディストとして。
飼い主として、そこに君臨していた。

再び顔を伏せる。
まともに顔も見れない私は、やはり負け犬なのだ。
改めて思い知る。

後輩に命令され、揶揄われ、蔑まれる。
抗うこともせず、笑いものにされていることに、下腹部がキュンと疼いてしまう。
それが、今の私だった。

「風香ちゃんもやってみなよ」
「ええ、いいのぉ?」
と言いつつ、ノリ気の鳥越。
靴を脱ぎ、靴下を脱いでいく。
そんな彼女から、私は目が離せなかった。

「ちょっと、風香ちゃんのこと見過ぎなんだけどぉ」
新田の言葉に、慌てて視線を逸らす。

何かを見透かされてしまった。
鳥越への感情。

『やっぱりマゾだったんですね、舞センパイ』

妄想の中で、何度も聞いたセリフ。
鳥越に蔑まれながら、屈辱に身を焦がし…
腰を揺らすように、椅子の座面に擦りつける。
こんなことがもし、現実にでもなったら…
私はきっと、生きていけない。

そう思いつつ、夢想せずにはいられなかった。

『この映像を作りながら…したんでしょう?』
私の編集した映像を観ながら新田に言われたこと。
でも。
新田も知らない。
妄想の中で、私が誰を思い浮かべていたのか。
知らないはずだった。
でも、観客として現れた。
そして現に今…

「ほら、ワンちゃん見て?私も靴下脱いだよ?」
新田をマネて、靴下を目の前でゆらす鳥越。

こんなことが、あっていいのか。
ヤバい。
心臓の音。
目の奥がチカチカする。
脳が溶ける。
どこまでが現実で、どこまでが妄想なのか。
境界があいまいになっていく。

「ほら、とってこーい」
放物線を描いてから、床に落ちる。
あれを…
鳥越の、靴下を…
私は…

「何してんの?早く行きなよ」

新田の声。
慌てて、床を這う。
息苦しさ。
口から、鼻から、酸素を吸い込む。
それでも、呼吸は荒いままだった。

少しずつ、ソレが近づいてくる。
ゆっくりと、顔を近づける。
フッと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
胸の高鳴り。
気付かれてはいけない。

反転し、二人のもとへ。
今度は、鳥越を目掛けて這う。

「ほらほら、ここだよー」
両手を広げて待ち構える鳥越。
それが、どうしようもなく恥ずかしく…
一方で、嬉しいと感じる自分がいた。

鳥越の目の前で、止まる。
前足を胸元で揃え、待機のポーズ。
何食わぬ顔を装うが、本当は、今にも崩れてしまいそうだった。

『ほら、ご主人様の靴下、返しな?』
鳥越の声。
しかし、目の前に鎮座するご主人様の口は動いていない。

「おりこうさんだねぇ」
そう言って、私から靴下を取る鳥越。
頭を撫でられる。
鳥越に、褒められた!
その瞬間、脳で何かがジワっと分泌されたのを感じた。
そんな私の気持ちを見透かしたかのように、鳥越が目を細めた。

『上手にオネダリできたら、嗅がせてあげよっかなぁ』

その後も、新田と鳥越の靴下を、何度も取って来させられた。
繰り返すたび、私の中からヒトとしての要素が、こぼれ落ちていく。
溶けて消えていく。
疲れなど感じなかった。
ずっと、こうしていたい…
でも…

「もうこんな時間!」
声を上げる鳥越。

「ホントだ」
「そろそろ終わりかぁ…」
寂しそうに呟く鳥越。

「最後にさ、もう1回だけ別のゲームしようよ」
新田が提案する。
「別のゲーム?」
「うん」
とびきり残酷で、イタズラっぽい笑みを浮かべる新田。
「ニオイあてゲームっていうんだけど」

椅子に座るふたりの前で、仰向けで横になる。
頭を、ふたりに向けて。

タオルで目隠しをされた。
「いい?どっちの靴下なのか当てられたら、ゴホウビあげるかんね?頑張りなよ?」
新田の声。
「ゴホウビ?罰ゲームじゃないの?」
鳥越の、笑いのまじった声。

「ゴホウビだよ。だって、コイツの大好物だもん」
「うわぁ、マジ?引くわぁ」
ゴホウビ。
もし当てられたら、顔を踏まれ、靴下のニオイを好きなだけ嗅がせてもらえるのだ。
鳥越が罰ゲームと言ったのも無理はない。
こんなの好き好んでやる人など、まともではない。

「どんだけヘンタイなの、キミって」
「ほら、準備はいい?いくぞー?」

数秒後。
私の顔に生温かいものが乗った。
蒸れた汗に微かな甘さが混じったニオイ。
むせかえりそうになるほど濃厚で、しかし嗅ぐのをやめることができなかった。

「ほらほら、もっとよく嗅ぎな?ゴホウビ欲しいんでしょ?」
「うわぁ、ホントにクンクン嗅いでるんだけどぉ!」
ふたりの声。

「どっちの靴下か、分かった?よぉく、考えなよ?」
顔を踏まれながら、ふたりにはやし立てられる。
「頑張って、ワンちゃん!ほら、クンクン、クンクン。一所懸命嗅いで、当てようね?」

部活後の汗で汚れた、靴下。
鼻を突くような熱気が、私に絡みつく。
頭が、クラクラする…

これ以上続けられたら、もう…

「はい。おしまーい!」

顔から、重みが消えた。
「ほら、いつまでも寝てないで、起きな」

‎慌てて起き上がり、待機のポーズをとる。
「それじゃ、答えてもらおうかな。さっきの靴下は、どちらのだったでしょう?」
「当てられるかな?当てられるといいね」

「ただ答えさせるのもつまんないから…正解だと思ったほうのつま先に、キスしてもらおうかな」
「なんでそんなヘンタイっぽいこと、思いつくのぉ?」
引いている素振りをしつつも、鳥越も楽しんでいるのは明らかだった。

「ほら、どっちなの?答えな?」
「ほらほら~、どっちなの~?」

足を突き出しながら、つま先を揺らすふたり。
私が出した答えは…

差し出された足のうち、1つを見据える。
そして、ゆっくりと、顔を近づけていく。
生温かく、湿ったそれへと…
軽く、くちづけをした。
顔を離す。
足の持ち主。
顔を見る。
スッと目を細め、口元に冷たい笑みを浮かべ…

「せいかーい!」
そう、私に告げた。
「私の靴下だって、分かったんだ?」
強烈な恥ずかしさを堪えて、頷く。

「それに、ワザと外すこともできたのに、ちゃんと正解したってことは…」
思わず、唾を飲み込む。
「そういうことだって思って、いいんだよねぇ?」
口元を歪めながら。
目は、笑っていなかった。

「ほら、どうなの?」
さっきまであった遠慮は、なくなっていた。
サディストとしての欲望を剥き出しにした鳥越が、そこにいた。

私は、もう1度頷いた。
「私に顔を踏まれながらぁ、汗で汚れた靴下のニオイ、嗅がせてもらいたかったんだ?」
あえて、言葉にする鳥越。
私は、改めて頷いた。

「キミの気持ち、よぉく、分かったよ」
ゾッとするほど、低い声。

「ふふっ。すっかり風香ちゃんも風格が出てきたね。オマエも、よかったね。風香ちゃんがゴホウビくれるってよ」
「でも、今日はもう遅いから、また今度ね」

時刻は、すっかり午後11時を回っていた。
「大丈夫。ちゃんと約束は守るからさ。そのかわり、キミも逃げちゃダメだよ?もう、これは決定事項なんだからさ」

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