1年生全員の前で、ポニーとして競い合う。
娯楽、賭けの対象として。
負けた者は正体を晒され、屈辱と羞恥とに身を焦がすことになる。
先輩としての立場は失われ、彼女たちのオモチャへと成り下がる。
あの日、深夜のサークル棟でこの話を聞かされた時。
恐れつつも、どこか現実味を感じなかった。
こんな、非現実的な、妄想のような状況。
しかし、日が近づくにつれて現実味を帯びていく。
食事会について。
サークル棟で、新田たちが他の1年生に提案した時。
やはり、反応は様々だった。
素直に応じる子もいれば、面倒くさがる子も。
溝口は、新田が提案すること自体に反発を覚えているようだった。
そんな時、私はさりげなさを装い、彼女たちのフォローをした。
「中谷先輩が、そう言うなら…」
渋々、といった表情の溝口。
新田たちがほくそ笑む。
近くにいた三井が、会話に加わる。
「何、なんの話?」
1年の内海が説明する。
彼女も、反対とまでは行かないまでも、どこか面倒臭さを感じていそうだった。
まるで、初めて知ったかのような反応をする三井。
「懐かしいわね。もちろん、あなたも参加するんでしょう?」
言われた内海が、少し驚いた表情をする。
そうして、1年生全員が参加することになった。
そのことにホッとしつつ。
自分で自分の首を絞めるような行為だったと気づく。
ここにいる1年生全員に、見られることになったのだ。
私たちの、ポニーとしての姿を。
この日から、より強く実感することになる。
脳裏に浮かぶのは、ポニーとして競い合う己の姿。
後輩たちからの無遠慮な視線とヤジに晒されながら。
夜、寝る前。
レースによる勝敗が決した後のことを想像する。
後輩たちの嘲笑に包まれながら、全頭マスクを外す、憐れで滑稽な先輩。
想像の中のそれは、私の時もあれば、三井、藤崎の時もあった。
三者三様の恥ずかしがり方をする、負け犬。
体の奥が、熱を帯びていく。
劣情に苛まれながら…
「んっ…」
私は、手をパジャマの下に潜り込ませる。
後輩たち一人ひとりの顔と声を、思い浮かべながら。
負け犬たちの屈辱と羞恥に塗れた表情を、思い浮かべながら。
深夜。
火照った体を持て余す。
テーブルの上には、真っ赤なエナメルの服。
ボンデージ。
レースの日に着用する、私のユニフォームだった。
三井は、黒の。
藤崎は、白いボンデージ。
後輩たちから渡された衣装。
ベッドから起き上がる。
ふーっと、息をついてから。
パジャマのボタンに手を掛ける。
衣服。
人として纏った皮。
一枚ずつ、剥ぎ取っていく。
そして…
テーブルの上に置いたそれを、手に取る。
鮮やかな赤。
馬としてレースに出る、私の勝負服。
こんなものを着て走る馬など、どこにもいない。
馬に身をやつしたヘンタイ女。
姿見に映る、己の裸体。
卑屈にこちらを伺う女。
目が合う。
大丈夫。
ここには、私しかいない…
高鳴る鼓動を感じつつ、ボンデージを纏っていく。
ヒンヤリとした、冷たい感触。
エナメルの、人工的なにおい。
目を閉じる。
後輩たちの声。
競争相手たちの、息遣い。
『これでどんなことをなさっても構いませんけど…汚さないでくださいね?』
これを渡してきた時の、新田の揶揄うような表情。
大丈夫…
キレイにすればいいのだ…
四つんばいになる。
関節や肌に、エナメルが食い込む。
馬として走り回るには、拘束感の強い衣装。
こんなのを着て、本当にレースで走れるのか。
締め付けられる苦しさが、被虐心を煽る。
ボンデージが冷たかったのは、最初だけ。
私の体が発する熱を、汗を、情欲までも閉じ込める。
姿見に映る、己の姿。
恍惚としたその表情に、羞恥が浮かぶ。
大丈夫。
今そこでこちらを見ているのは、私と同じ業を背負ったヘンタイなのだ。
恥ずかしがることはない。
むしろ、存分に晒せばいい。
下腹部からこみ上げる、熱いドロドロとした情念。
直接触れることのできないそこを、体を揺することで刺激しようとする。
ギュッ…
ギュッ…
エナメルの擦れる音。
圧迫感を、意識を、『そこ』に集中させる。
『ヘンタイ女』
鏡に映る己に、投げかける。
じっと、見つめ合う。
『ヘンタイ女』
体を揺すりながら。
鏡に映る女が、言葉を投げ返してくる。
今、この世にいるのは、私と、この女だけ。
変態同士、体を揺すりながら、コンタクトを図っている。
ギュッ…
ギュッ…
汗で、エナメルが肌に貼りつく。
発情した体は、快楽を貪欲に求める。
ボンデージによって遮断され、閉じ込められた欲求は、圧を増していく。
ヒトとしての意識が、追い出されていく。
あるのは、情欲。
女ではなく、雌としての。
鏡に映る、赤いケモノ。
その顔が、三井になり、畑川になり、藤崎になる。
みんな、ケモノになっている。
一人きりの時、誰にも知られないように。
己の恥部をさらけ出し、発情した体を慰めているのだ。
実際に見たわけでも、聞いたわけでもない。
ただ、確信のようなものがあった。
体を揺らし、圧を高めていく。
余分なものを追い出し、真の己となるために。
全身が、ぐっしょりと濡れていた。
汗なのか、愛液なのか分からない。
どうでもよかった。
エナメルのにおいと、私の体液とが混ざり合う。
重く、むせかえるような香りとなって私の脳を犯していく。
恥辱と快楽の炎で、焼き尽くす。
中谷紗枝という、皮を。
肌を焼き、脳細胞を焼く。
その下にある、本当の自分と一体になるために。
そして今、それは目前に迫っていた。
波。
近づいてくる。
焦らすように、少しずつ、少しずつ。
手繰り寄せるように、誘うように。
体を擦り合わせ、無機質な音を奏で続ける。
体を濡らす、揮発性のガソリンのような情念。
発火寸前まで熱く煮えたぎった、真っ赤な体。
早く…
燃え殻も残らないくらい、激しく…
波。
深い、深い、快楽の海。
私が二度と上がってこれないほど深く、力強く。
私の名を呼ぶ、ミストレスの声。
鞭の音。
空気を切り裂きながら、私は駆けまわる。
ご主人様を乗せて。
一頭の、馬として。
歓声。
見覚えのある、顔、顔、顔…
その前を、私は駆け抜けていく。
体からこみ上げる、突き抜けるような衝動。
私は駆け続けた。
全身を包む幸福感に、体を震わせながら。
レースに対する緊張と不安は、日に日に強くなっていく。
そこから目を逸らすかのように。
私は毎夜、劣情に身を浸し、自身を慰め続けた。
三井も藤崎も、きっと同じはずだった。
部活中、後輩たちを厳しく指導するふたり。
でも、その目には、隠しきれない期待と恐れとがチラついていた。
そしてついに。
この日が来てしまった。
1年生たちの前で、ポニーとしての姿を晒す日。
私、三井、藤崎のうち、誰かの人生が大きく変わる日。
敗者は、ペットに堕ちた自身の素顔を、性癖を、後輩たちに晒すことになるのだ。
いつものレース会場。
違うのは、フロアの一画にテーブルやイスが並んでいるということ。
1年生たちの食事会が行われるスペースだった。
食事会といっても、そこまで大仰なものではない。
各自、お菓子やケーキなど、食べたいものを持ち寄り、お喋りを楽しむのだ。
ただ、それはあくまで表向きのこと。
新田たちの目論む、本当の目的は…
「みんなが来るまで、まだ少し時間があるけど、それまでに着替えを済ませましょうね、センパイ?」
新田。
服を着ているときは、まだ中谷紗枝として扱われる。
三井も、藤崎も。
あくまで、形だけのこと。
いつもの控え室。
次にここを出る時、私は中谷紗枝ではない。
ポニーとして、1号として、1年生たちの前で姿を晒す。
テーブルの上に置かれた、3つの首輪と、3枚の学生証。
そして、全頭マスク。
これらを身につけた瞬間、私たちはセンパイとしての立場を、呼称を失う。
そして、もう1つ。
赤、白、黒のボンデージ。
私たちの勝負服。
真っ赤なエナメル。
これを身に纏い、ケモノになった夜を思い出す。
姿見に映った牝馬の、体を揺する仕草。
エナメルが肌に食い込む、感触。
擦れ合う音、むせかえるような匂い。
事後、後片付けをしているときの姿を含め。
決して人に見せられるようなものではなかった。
ここにいる誰かに見られた訳ではない。
それでも…
振り返る。
薄っすらと笑みを浮かべた新田。
目が合った。
羞恥とともに、体が熱くなる。
見透かされているような気がして…
「それじゃ、私たちは会場に戻ってますので」
「時間になったら呼びに来るので、それまでにお着替え、済ませておいてくださいね」
「お食事会、楽しんできま~す」
笑みを浮かべながら、去っていく3人。
控え室に残された、本日の出走者たち。
無言のまま、着ている服を脱いでいく。
部員同士、裸を晒すのは珍しいことではなかった。
着替えやシャワーなど、日常茶飯事なのだ。
違うのは、身に纏う衣装。
スポーツウェアでも、乗馬服でもない。
ポニーとして、床を這うための衣装。
競走馬として、後輩たちの前で競い合うための衣装。
これまで、中谷紗枝として培ってきたもの。
センパイとしての威厳。
ヒトとしての権利。
衣装を纏った瞬間、それらは失われ、一頭のポニーとなる。
再び、ヒトに戻ってくることができるのか。
いや、そもそも、私はヒトに戻りたいのだろうか。
幼いころ。
アニメでお馬さんゴッコのシーンを見て感じた、胸の高鳴り。
あの日から、ずっと心に抱き続けてきた。
思えば、長い旅路だった。
中学、高校までは、ただ夢想するしかなかった。
馬となり、調教される己を。
四つんばいになって、後輩にお尻を突き出す。
嘲笑とともに振り下ろされる、乗馬鞭。
後輩たちに囲まれながら、ライバルであるバレー部の部長とともに、ポニーとして競い合う。
そんな妄想をしながら、己を慰めていた。
エッチな雑誌、ネット上の記事、動画。
人目を忍びつつ、食い入るように見ては探す。
ヒトが、馬として扱われる画を、状況を。
貪欲に。
いや、渇望していた。
探すのは大変だったが、見つけた時の悦びは、全身に電気が流れたかのようだった。
そうやって。
芽吹いた憧れは、私の中で巣食い、大きく成長していった。
大学に入った後も、それは変わらなかった。
人目を気にする必要がなくなった分、私の欲望は更に膨らんでいった。
よりリアルで刺激的な情報が、容易に手に入るようになった。
それはむしろ、私の渇きをさらに強めていく。
スマホで見つけた動画。
乗馬鞭で叩かれる女性。
叩かれるたび、赤くなっていくお尻。
悩まし気に体をクネらせ、切ない吐息を漏らす。
馬のようなコスチュームを着て、部屋中を這いまわる。
ご主人様と思しき人物を乗せて。
ヒトとして生まれながら、馬として扱われる女。
そんな彼女を見下しつつ、一方で、心の底から羨ましいと思った。
どんなに自己投影をしても。
その女性は、私ではない。
私は、その女性にはなれなかった。
鞭を振るってくださる、ご主人様。
背に跨り、時にぞんざいに、時に優しく命令してくださるご主人様。
そんな存在。
彼女にはいて、私にはいない。
私にとって、ご主人様という存在は、おとぎ話であり、遠い、遠い存在だったのだ。
なぜこんな性癖を持ってしまったのか。
まるで、呪いではないか。
男性と付き合い、結婚し、子を育てる。
いわゆる、女としての幸せ。
一方、私の望む相手。
女性で、年下で、しかもサディストなのだ。
それも、こんな変態趣味を持つ私を、受け入れてくれるような。
そんな人、いったいどこにいるというのだ。
どこで、どうやって探せばいい?
こんなこと、恥ずかしすぎて誰にも相談できない。
でも、切実だった。
狂おしいほどの感情を抱え、押し込めながら、スマホの画面を睨みつける。
私の名を呼ぶご主人様。
背に掛かる、ご主人様の体重と温もり。
想像しながら、己の尻を叩く。
床を這いまわる。
いつか、どこかで出会える、私のご主人様。
顔も名前も知らないけど、今もきっとどこかで生きている。
そう考えると、切なさと同時に胸が温かくなるのだ。
そんな私の前に現れたのが彼女だった。
『新田といいます。よろしくお願いします』
新入生。
まだ幼い、中学生くらいの容貌。
この時は、まさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。
『私のお馬さんになっていただけませんか?』
そんな、彼女からの提案。
『こうしてみると、ホントに馬の調教してるみたい…あっ、ごめんなさい』
従順で控えめだった新入生は、少しずつその本性を垣間見せていく。
『ホントは中谷先輩も、こういうこと、したかったんでしょう?』
『私、中谷先輩がどんなことされたがってるか、分かりますよ?だって、ぜんぶ顔に書いてあるんだもん』
ようやく出会えた、私のご主人様。
相手は年下の新入部員。
先輩としてのプライド。
誰にも言ったことのない、恥ずかしい性癖。
知られたくない。
知って欲しい。
彼女は、全てを見透かしているかのようだった。
先輩に対する遠慮は消え、完全に調教馬として扱われるようになった頃。
『競争馬として調教してあげる。紗枝ちゃんも、競争馬になってみたくない?』
ご主人様の思いつき。
私とご主人様の二人きりだった世界が、拡がっていく。
私の同期である三井。
私が指導担当を務めた、二年の畑川。
三井の取り巻きだった、藤崎。
彼女たちはみんな屈し、新田のポニーとなった。
新たなご主人様として現れた、一年の浜本と鳥越。
様々な人を巻き込み、その人生を大きく変えていく。
そして今、更なるステージへと進もうとしていた。


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