ポニーガールとご主人様 最終章(10)長い旅路の果てに

1年生全員の前で、ポニーとして競い合う。
娯楽、賭けの対象として。
負けた者は正体を晒され、屈辱と羞恥とに身を焦がすことになる。
先輩としての立場は失われ、彼女たちのオモチャへと成り下がる。

あの日、深夜のサークル棟でこの話を聞かされた時。
恐れつつも、どこか現実味を感じなかった。
こんな、非現実的な、妄想のような状況。

しかし、日が近づくにつれて現実味を帯びていく。

食事会について。
サークル棟で、新田たちが他の1年生に提案した時。
やはり、反応は様々だった。
素直に応じる子もいれば、面倒くさがる子も。
溝口は、新田が提案すること自体に反発を覚えているようだった。

そんな時、私はさりげなさを装い、彼女たちのフォローをした。

「中谷先輩が、そう言うなら…」
渋々、といった表情の溝口。
新田たちがほくそ笑む。

近くにいた三井が、会話に加わる。
「何、なんの話?」

1年の内海が説明する。
彼女も、反対とまでは行かないまでも、どこか面倒臭さを感じていそうだった。

まるで、初めて知ったかのような反応をする三井。
「懐かしいわね。もちろん、あなたも参加するんでしょう?」
言われた内海が、少し驚いた表情をする。

そうして、1年生全員が参加することになった。
そのことにホッとしつつ。
自分で自分の首を絞めるような行為だったと気づく。
ここにいる1年生全員に、見られることになったのだ。
私たちの、ポニーとしての姿を。

この日から、より強く実感することになる。
脳裏に浮かぶのは、ポニーとして競い合う己の姿。
後輩たちからの無遠慮な視線とヤジに晒されながら。

夜、寝る前。
レースによる勝敗が決した後のことを想像する。
後輩たちの嘲笑に包まれながら、全頭マスクを外す、憐れで滑稽な先輩。
想像の中のそれは、私の時もあれば、三井、藤崎の時もあった。
三者三様の恥ずかしがり方をする、負け犬。

体の奥が、熱を帯びていく。
劣情に苛まれながら…
「んっ…」
私は、手をパジャマの下に潜り込ませる。

後輩たち一人ひとりの顔と声を、思い浮かべながら。
負け犬たちの屈辱と羞恥に塗れた表情を、思い浮かべながら。

深夜。
火照った体を持て余す。
テーブルの上には、真っ赤なエナメルの服。
ボンデージ。
レースの日に着用する、私のユニフォームだった。

三井は、黒の。
藤崎は、白いボンデージ。
後輩たちから渡された衣装。

ベッドから起き上がる。
ふーっと、息をついてから。
パジャマのボタンに手を掛ける。
衣服。
人として纏った皮。
一枚ずつ、剥ぎ取っていく。

そして…
テーブルの上に置いたそれを、手に取る。
鮮やかな赤。
馬としてレースに出る、私の勝負服。
こんなものを着て走る馬など、どこにもいない。

馬に身をやつしたヘンタイ女。

姿見に映る、己の裸体。
卑屈にこちらを伺う女。
目が合う。
大丈夫。
ここには、私しかいない…

高鳴る鼓動を感じつつ、ボンデージを纏っていく。
ヒンヤリとした、冷たい感触。
エナメルの、人工的なにおい。

目を閉じる。
後輩たちの声。
競争相手たちの、息遣い。

『これでどんなことをなさっても構いませんけど…汚さないでくださいね?』
これを渡してきた時の、新田の揶揄うような表情。

大丈夫…
キレイにすればいいのだ…

四つんばいになる。
関節や肌に、エナメルが食い込む。
馬として走り回るには、拘束感の強い衣装。
こんなのを着て、本当にレースで走れるのか。

締め付けられる苦しさが、被虐心を煽る。

ボンデージが冷たかったのは、最初だけ。
私の体が発する熱を、汗を、情欲までも閉じ込める。
姿見に映る、己の姿。
恍惚としたその表情に、羞恥が浮かぶ。

大丈夫。
今そこでこちらを見ているのは、私と同じ業を背負ったヘンタイなのだ。
恥ずかしがることはない。
むしろ、存分に晒せばいい。

下腹部からこみ上げる、熱いドロドロとした情念。
直接触れることのできないそこを、体を揺することで刺激しようとする。
ギュッ…
ギュッ…
エナメルの擦れる音。
圧迫感を、意識を、『そこ』に集中させる。

『ヘンタイ女』

鏡に映る己に、投げかける。
じっと、見つめ合う。

『ヘンタイ女』

体を揺すりながら。
鏡に映る女が、言葉を投げ返してくる。

今、この世にいるのは、私と、この女だけ。

変態同士、体を揺すりながら、コンタクトを図っている。

ギュッ…
ギュッ…

汗で、エナメルが肌に貼りつく。
発情した体は、快楽を貪欲に求める。
ボンデージによって遮断され、閉じ込められた欲求は、圧を増していく。
ヒトとしての意識が、追い出されていく。
あるのは、情欲。
女ではなく、雌としての。

鏡に映る、赤いケモノ。
その顔が、三井になり、畑川になり、藤崎になる。

みんな、ケモノになっている。
一人きりの時、誰にも知られないように。
己の恥部をさらけ出し、発情した体を慰めているのだ。
実際に見たわけでも、聞いたわけでもない。
ただ、確信のようなものがあった。

体を揺らし、圧を高めていく。
余分なものを追い出し、真の己となるために。
全身が、ぐっしょりと濡れていた。
汗なのか、愛液なのか分からない。
どうでもよかった。

エナメルのにおいと、私の体液とが混ざり合う。
重く、むせかえるような香りとなって私の脳を犯していく。

恥辱と快楽の炎で、焼き尽くす。
中谷紗枝という、皮を。
肌を焼き、脳細胞を焼く。
その下にある、本当の自分と一体になるために。
そして今、それは目前に迫っていた。

波。
近づいてくる。
焦らすように、少しずつ、少しずつ。

手繰り寄せるように、誘うように。
体を擦り合わせ、無機質な音を奏で続ける。

体を濡らす、揮発性のガソリンのような情念。
発火寸前まで熱く煮えたぎった、真っ赤な体。
早く…
燃え殻も残らないくらい、激しく…

波。
深い、深い、快楽の海。
私が二度と上がってこれないほど深く、力強く。

私の名を呼ぶ、ミストレスの声。
鞭の音。

空気を切り裂きながら、私は駆けまわる。
ご主人様を乗せて。
一頭の、馬として。

歓声。
見覚えのある、顔、顔、顔…
その前を、私は駆け抜けていく。

体からこみ上げる、突き抜けるような衝動。
私は駆け続けた。
全身を包む幸福感に、体を震わせながら。

レースに対する緊張と不安は、日に日に強くなっていく。
そこから目を逸らすかのように。
私は毎夜、劣情に身を浸し、自身を慰め続けた。

三井も藤崎も、きっと同じはずだった。
部活中、後輩たちを厳しく指導するふたり。
でも、その目には、隠しきれない期待と恐れとがチラついていた。

そしてついに。
この日が来てしまった。
1年生たちの前で、ポニーとしての姿を晒す日。
私、三井、藤崎のうち、誰かの人生が大きく変わる日。

敗者は、ペットに堕ちた自身の素顔を、性癖を、後輩たちに晒すことになるのだ。

いつものレース会場。
違うのは、フロアの一画にテーブルやイスが並んでいるということ。
1年生たちの食事会が行われるスペースだった。

食事会といっても、そこまで大仰なものではない。
各自、お菓子やケーキなど、食べたいものを持ち寄り、お喋りを楽しむのだ。

ただ、それはあくまで表向きのこと。
新田たちの目論む、本当の目的は…

「みんなが来るまで、まだ少し時間があるけど、それまでに着替えを済ませましょうね、センパイ?」
新田。

服を着ているときは、まだ中谷紗枝として扱われる。
三井も、藤崎も。
あくまで、形だけのこと。

いつもの控え室。
次にここを出る時、私は中谷紗枝ではない。
ポニーとして、1号として、1年生たちの前で姿を晒す。

テーブルの上に置かれた、3つの首輪と、3枚の学生証。
そして、全頭マスク。

これらを身につけた瞬間、私たちはセンパイとしての立場を、呼称を失う。

そして、もう1つ。
赤、白、黒のボンデージ。
私たちの勝負服。

真っ赤なエナメル。
これを身に纏い、ケモノになった夜を思い出す。

姿見に映った牝馬の、体を揺する仕草。
エナメルが肌に食い込む、感触。
擦れ合う音、むせかえるような匂い。

事後、後片付けをしているときの姿を含め。
決して人に見せられるようなものではなかった。

ここにいる誰かに見られた訳ではない。
それでも…

振り返る。
薄っすらと笑みを浮かべた新田。
目が合った。

羞恥とともに、体が熱くなる。
見透かされているような気がして…

「それじゃ、私たちは会場に戻ってますので」
「時間になったら呼びに来るので、それまでにお着替え、済ませておいてくださいね」
「お食事会、楽しんできま~す」

笑みを浮かべながら、去っていく3人。

控え室に残された、本日の出走者たち。
無言のまま、着ている服を脱いでいく。

部員同士、裸を晒すのは珍しいことではなかった。
着替えやシャワーなど、日常茶飯事なのだ。

違うのは、身に纏う衣装。
スポーツウェアでも、乗馬服でもない。

ポニーとして、床を這うための衣装。
競走馬として、後輩たちの前で競い合うための衣装。

これまで、中谷紗枝として培ってきたもの。
センパイとしての威厳。
ヒトとしての権利。

衣装を纏った瞬間、それらは失われ、一頭のポニーとなる。
再び、ヒトに戻ってくることができるのか。

いや、そもそも、私はヒトに戻りたいのだろうか。

幼いころ。
アニメでお馬さんゴッコのシーンを見て感じた、胸の高鳴り。
あの日から、ずっと心に抱き続けてきた。
思えば、長い旅路だった。

中学、高校までは、ただ夢想するしかなかった。
馬となり、調教される己を。

四つんばいになって、後輩にお尻を突き出す。
嘲笑とともに振り下ろされる、乗馬鞭。

後輩たちに囲まれながら、ライバルであるバレー部の部長とともに、ポニーとして競い合う。
そんな妄想をしながら、己を慰めていた。

エッチな雑誌、ネット上の記事、動画。
人目を忍びつつ、食い入るように見ては探す。
ヒトが、馬として扱われる画を、状況を。
貪欲に。
いや、渇望していた。

探すのは大変だったが、見つけた時の悦びは、全身に電気が流れたかのようだった。

そうやって。
芽吹いた憧れは、私の中で巣食い、大きく成長していった。

大学に入った後も、それは変わらなかった。
人目を気にする必要がなくなった分、私の欲望は更に膨らんでいった。
よりリアルで刺激的な情報が、容易に手に入るようになった。
それはむしろ、私の渇きをさらに強めていく。

スマホで見つけた動画。
乗馬鞭で叩かれる女性。
叩かれるたび、赤くなっていくお尻。
悩まし気に体をクネらせ、切ない吐息を漏らす。

馬のようなコスチュームを着て、部屋中を這いまわる。
ご主人様と思しき人物を乗せて。

ヒトとして生まれながら、馬として扱われる女。
そんな彼女を見下しつつ、一方で、心の底から羨ましいと思った。
どんなに自己投影をしても。
その女性は、私ではない。
私は、その女性にはなれなかった。

鞭を振るってくださる、ご主人様。
背に跨り、時にぞんざいに、時に優しく命令してくださるご主人様。

そんな存在。

彼女にはいて、私にはいない。

私にとって、ご主人様という存在は、おとぎ話であり、遠い、遠い存在だったのだ。

なぜこんな性癖を持ってしまったのか。
まるで、呪いではないか。

男性と付き合い、結婚し、子を育てる。
いわゆる、女としての幸せ。

一方、私の望む相手。
女性で、年下で、しかもサディストなのだ。
それも、こんな変態趣味を持つ私を、受け入れてくれるような。

そんな人、いったいどこにいるというのだ。
どこで、どうやって探せばいい?

こんなこと、恥ずかしすぎて誰にも相談できない。
でも、切実だった。
狂おしいほどの感情を抱え、押し込めながら、スマホの画面を睨みつける。

私の名を呼ぶご主人様。
背に掛かる、ご主人様の体重と温もり。
想像しながら、己の尻を叩く。
床を這いまわる。

いつか、どこかで出会える、私のご主人様。
顔も名前も知らないけど、今もきっとどこかで生きている。
そう考えると、切なさと同時に胸が温かくなるのだ。

そんな私の前に現れたのが彼女だった。
『新田といいます。よろしくお願いします』
新入生。
まだ幼い、中学生くらいの容貌。

この時は、まさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。

『私のお馬さんになっていただけませんか?』
そんな、彼女からの提案。

『こうしてみると、ホントに馬の調教してるみたい…あっ、ごめんなさい』
従順で控えめだった新入生は、少しずつその本性を垣間見せていく。

『ホントは中谷先輩も、こういうこと、したかったんでしょう?』
『私、中谷先輩がどんなことされたがってるか、分かりますよ?だって、ぜんぶ顔に書いてあるんだもん』

ようやく出会えた、私のご主人様。
相手は年下の新入部員。
先輩としてのプライド。
誰にも言ったことのない、恥ずかしい性癖。
知られたくない。
知って欲しい。

彼女は、全てを見透かしているかのようだった。

先輩に対する遠慮は消え、完全に調教馬として扱われるようになった頃。
『競争馬として調教してあげる。紗枝ちゃんも、競争馬になってみたくない?』
ご主人様の思いつき。

私とご主人様の二人きりだった世界が、拡がっていく。
私の同期である三井。
私が指導担当を務めた、二年の畑川。
三井の取り巻きだった、藤崎。
彼女たちはみんな屈し、新田のポニーとなった。
新たなご主人様として現れた、一年の浜本と鳥越。

様々な人を巻き込み、その人生を大きく変えていく。
そして今、更なるステージへと進もうとしていた。

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