ロビーで待っていた畑川、内海、溝口が入ってくる。
「あーあ、見たかったなぁ」
ドアを押し開けながら、内海がぼやく。
その後ろには、苦笑している畑川。
最後に、仏頂面をした溝口。
先頭を歩く内海。
その視線が、4号を捉えた。
まるでマスクの奥を見透かそうとするかのように、じっと見つめる内海。
気まずそうに顔をそらす4号。
そんな二人を、意味ありげな笑みを浮かべて眺める大貫と優菜。
「くそう、やっぱり分かんないなぁ…」
口をへの字に曲げる。
「いいなぁ、二人とも。この人が誰なのか、知ってるんでしょ?」
「まぁね」
大貫が答える。
「やっぱり、先輩の誰かだったの?それだけでもいいからさ、教えてよ」
「ダメだよ。新田ちゃんに『言うな』って言われてるもん」
優菜が得意げに言う。
「あー、コイツ! 知ってるからって調子に乗ってるな?」
「ごめん、ごめん!」
内海と優菜がじゃれ合う。
その隣で、溝口がじっと4号を見つめている。
情けない先輩を軽蔑しているのかと思ったが…
どこか遠慮がちで、気まずそうな表情をしていた。
そんな溝口を、目ざとく見つける優菜。
「結花ちゃん、どうかしたの?」
「べ、別に、どうもしないって…」
狼狽えた溝口が、一瞬だけ目を伏せる。
そんな自分に驚いたのか、ハッと顔を上げる。
そして、優菜をキッと睨みつける。
「ふぅん、そうなんだ?」
普段なら、萎縮していたであろう優菜。
どこか余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。
「ねえ新田、これで終わりじゃないよね?第2レースもあるんでしょ?」
内海が懇願するような表情で言う。
「ふふっ、すっかりハマっちゃったみたいだね。どう、面白いでしょ?」
新田が笑いながら答える。
「うん。最初はビックリしたけどね。レースは面白いし、何よりポニーが馬術部の先輩っていうのがさ、なんか、変な気分になるっていうか…」
言って、気まずそうに顔を赤らめる内海。
「ま、まぁ、予想が外れたまま帰るのもなんか癪だしさ。どうせなら、一人くらい正体を知りたいじゃん?どんなツラしてんのか、見てみたいし。それにさ、普段エラそうにしてる部活のセンパイにマウント取れるなんて…普通はあり得ないんだよ、そんなこと。でも、それができるなんて…」
もともと、体育会系の内海。
上下関係の厳しい世界で過ごしてきた彼女だからこそ、余計にこの状況に感じ入るところがあるのだろう。
「よかったよ、楽しんでもらえて。第2レースだけど、もちろんあるよ」
「マジ!?!よっしゃ!今度こそ当てるぞー!」
ガッツポーズをする内海。
第2レース?
さっきのレースで終わりではなかったのか。
この後、またレースをやるというのか。
また、あの屈辱と羞恥に満ちた時間を、過ごさねばならないのか。
私と同じことを、3号と4号も思ったらしい。
非難がましい目で新田を見ていた。
「なぁに? 不満があるんですか?」
新田は両手を腰に当て、私たちを睨みつける。
「レースは1回だけなんて、言ってないでしょう?」
それはそうだが…
「まあでも、強制はできないか。しょうがない。イヤなら帰ってもいいですよ。こっちも無理強いはしたくありませんし」
意外な回答だった。
「てっきり、皆さんも楽しんでくれてるものだと思ってたんですけどね。でも、本当にいいんですか?ここで帰るのって、逃げるみたいでカッコ悪い気もしますけど。しかも、1年生の見てる前で」
今の状況も、十分すぎるほどカッコ悪い気がするが、そういうことではないのだろう。
「それに…もったいないと思いません?せっかく後輩たちの前で、こんなにスリリングで背徳的なこと、できるチャンスなのに」
笑みを浮かべ、ふふんと鼻を鳴らす新田。
鳥越が続く。
「さっきの4号の顔、見てたでしょ?恥ずかしそうで、だけどとっても幸せそうな顔。二人の前でマスクを脱ぐ4号のこと見てて、ゾクゾクしたんじゃないですか?」
そんな、こと…
「ウソついても分かりますよ。だって、大貫と優菜に顔を踏まれながら、嬉しそうにしてる4号のこと、羨ましそうに見てましたもんね?」
ち、違う…
羨ましそうになんか…
「か、顔を踏んだ…?二人が?先輩の?ウソでしょ…」
信じられないといったふうに、呟く溝口。
そして、優菜を横目でチラっと盗み見る。
優菜と目が合いそうになり、慌てて視線を逸らす溝口。
「私、見てましたよ?」
大貫。
「待機のポーズをしながら、じっと4号のこと見つめてましたよね、お二人とも。恥ずかしそうにしながら、でも、目は釘付け。目を見開いて、怖いくらいでしたよ?ふふっ。よっぽど羨ましかったんですね、センパイ?」
言って、蔑むように笑う。
「私も、見てました。4号さんのこと踏みながら。1号さんも3号さんも、情けないカッコしてるのに必死な目をしてて。それがなんか可笑しくて、可愛かったですぅ」
あ、失礼なこと言ってごめんなさい、と慌てて謝る優菜。
その横で、悔しがる内海。
「私たちがロビーにいる間、中でそんな面白いことになってたなんて…くそぉ、羨ましい!私も先輩のこと踏んだり、揶揄ったりしてマウント取りたい!先輩のマゾ顔見てバカにしたい!畑川先輩、私、次は絶対当てるッス」
内海が興奮した口調で畑川に語り掛ける。
「あはは、マゾ顔って!はいはい。次は頑張って当てなー」
苦笑しつつ、内海をなだめる畑川。
一見すると、余裕のある先輩のような振舞い。
しかしその表情の奥には、焦りが見え隠れしていた。
本当は彼女も、内海にバカにされる側の存在なのだ。
後輩に踏まれたりバカにされながら、マゾ顔を晒す女。
畑川が倒錯的な願望を隠し持っていることに。
そのヒミツが暴かれる恐怖と屈辱とで心を震わせていることに。
内海はまだ、気付いていない。
内海の、体育会系由来の嗜虐性と。
畑川の秘めた被虐的な震えとが。
私の心を揺さぶり、胸を切なく締め付ける。
二人のやり取りを、笑みを浮かべて眺めていた浜本。
フッと、私と三井に向き直る。
「どうせ想像してたんでしょ? 4号を見ながら、自分が負けた時のことを。負けて、1年生の前で跪いてる自分を想像して、期待してたんだ?違う?何が違うの?違わないでしょう?ほら、二人とも目を逸らさないの。私の目を見なよ、いくじなしの先輩」
イジワルな声色が、無数の棘となって私の心に刺さる。
それがジンワリとした痛みとなって拡がり、私の被虐欲を掻き立てていく。
「ふふっ。なっさけな。先輩のくせに、1年生の言うなりになってて。後輩たちに見られてるっているのにね。いかにもマゾって顔して私を見てて、ウケるんですけど」
嘲るように。
「いつもはあんな偉そうにしてるクセにね。今は負け犬って言葉がぴったりですよ、セ~ンパイ?」
ご主人様となって、まだそれほど経っていないはずなのに。
マゾがどう扱われると悦ぶのか、知っている。
2年も下の後輩の手のひらで転がされている。
反論もできず、ただ卑屈な笑みを浮かべて顔色を窺っているのだ。
そんな先輩、バカにされて当然だった。
「今だって、二人とも、おんなじ顔してる。ほら、お互いの顔、見てみな?」
思わず、3号と顔を見合わせる。
恥ずかしそうな、それでいて何かを期待するような表情。
その瞳の奥に渦巻く、興奮。
その瞬間に、強く自覚する。
下腹部からこみ上げる、ドロドロとした熱いもの。
子宮が、キュンと疼く。
3号の目が、潤んでいる。
まるで、何かを乞うように。
求めているもの。
決して、人に知られてはいけないもの。
でも…
知っている。
鮮明に浮かぶ映像。
新田に命令され、負け犬として処刑台へと上る。
目の前には、蔑んだ視線を投げかけてくる後輩たち。
スクリーンに映る、己の映像。
そして…
映像の中の私が、正体を告げる。
一様に驚く後輩たち。
そして、再びこちらを見る。
下卑た視線が、マスクの奥を見ようと射抜いてくる。
新田の命令。
台を下り、後輩たちのもとへと歩み寄っていく。
目の前には、後輩。
でも、さっきまでの後輩ではない。
目の前に立つヘンタイ女が。
馬の恰好をして、後輩たちの前で必死に競い合う女が。
後輩である新田に調教され、悦ぶマゾ女が。
中谷紗枝であることを、知っている。
そんな彼女たちの前で、私はマスクをして、立ち尽くしている。
『マスクを外して、自己紹介してください、センパイ?』
新田の声。
藤崎が味わった、狂おしいほど甘美な絶望。
屈辱、羞恥、惨めさ、興奮を。
私たちも、味わってみたい…
言葉はない。
ただ、目と目で、私と三井は共鳴していた。
それは、まさに共鳴だった。
お互いの興奮と興奮とが重なり合い、増幅されていく。
「さあ、選んでください。帰るか、ここに残るか」
新田が、選択を迫る。
劣情。
こんな、体のスイッチが入った状態で、どうして帰れるだろうか。
理性はドロドロに溶け、被虐欲によって火照った体。
ただ貪欲に求める。
プライドを踏みつけられることを。
首輪。
手綱。
鞭。
言葉。
ありとあらゆるものを使って、立場の違いを分からされたい。
そして、私から取り上げて欲しい。
先輩としての誇り。
ヒトとしての尊厳。
代わりに与えられるのは、屈辱的で甘美な隷属。
愛玩動物として、かつての後輩に媚びへつらう。
脳裏に浮かぶ映像が、言葉が、脳内麻薬を分泌させる。
思考は鈍り、全身の神経は鋭敏になっていく。
ボンデージと全頭マスク姿の女。
後輩たちの前で、ただ見つめ合う。
まるで鏡のように、互いの興奮が映し出され、暴かれていく。
増幅されていく。
もっと恥ずかしくて…
もっと情けなくて…
もっと惨めに…
全身を流れる、血液。
マゾの血。
こみ上げる情欲は、媚薬となって全身を駆け巡る。
ひとしきり、私を責め立てたあと。
私の体から離れ、もう一人の私へと流れ込んでいく。
そして、その体の中で、また大暴れするのだ。
代わりに、もう一人の私から、別の情欲が流れ込んでくる。
切なくてどうしようもなくなるほどの、媚薬。
別の私から作られたそれは、あまりにも強烈過ぎた。
脳が、溶けていく。
お互いの体で作られたそれは、相手の体を燃え滾らせたあと、再び戻っていく。
帰ってきたそれは、更に強力な劇薬となって、己の脳細胞を犯していく。
被虐の循環。
全身の全ての細胞が歓喜の悲鳴を上げる。
「帰るなら、控え室の方へどうぞ」
帰れる訳がない。
劣情で、理性を失うほど体を熱くさせて、オアズケを食らう。
凶暴なまでの性欲を鎮めることもできず、煽るだけ煽られて…
そんな、拷問に等しい行為。
女性なら、それがどれほど残酷なことか分かるはず。
分かっていて、そんなことを言うのだ。
私たちを、こんな体にして…
イジワルな、ご主人様…
「残るなら、私たちの前で『恥ずかしいポーズ』をしてください」
恥ずかしいポーズ?
「どんなポーズでもいいですけど、待てのポーズ以外でね。ご自分で考えてください。レースに出させてくださいっていうのを、態度で示してくださいね、センパイ?」
私は躊躇うことなく、新田の前へと進み出た。
まさか、こんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。
少し、新田が驚いた表情を見せた。
新田を見つめながら、私は腰を低く落としていく。
膝を落とした、いわゆる蹲踞の姿勢。
そのまま両腕を上げてから、手を後頭部へと持ってくる。
そうやって、無抵抗であることを示す。
それだけではない。
口から、ベロンと舌を出した。
そうすることで、より滑稽で自分を貶めるように見えると思ったから。
身も心も、この子に…新田に、捧げたのだ。
完全服従のポーズ。
ご主人様への忠誠心。
新田が満足げに頷く。
それだけで私の体は幸福感に包まれる。
頭がじんわりと痺れるようになり、微弱な電流が体中を駆け巡る。
正直なところ、ライバルへの対抗心もあったのだ。
先手を打つことで、優位に立ち、調教の深さを競うような、そんな幼稚で熱い意地。
そして、『私はここまでできるんだぞ』というアピール。
1年生たちの視線を、息遣いを感じる。
どんな目で見られているかなど、関係なかった。
むしろ、見せつけてやりたいくらいだった。
私のご主人様は、年上の先輩に対して、こんなこともさせられるんだぞ。
どうだ、すごいだろう。
次に動いたのは4号だった。
鳥越の前へと進み、蹲踞の姿勢をとる。
そして、両手を背中で組み、グッと後ろへ伸ばす。
強調される、胸元。
私と同じように、舌を出しながら、ご主人様に媚びる。
そこには照れも恥じらいもなかった。
ただ、すべてをさらけ出し、ご主人様に服従する喜びだけ。
調教を受けるために…。
すぐそばには、4号の正体を知っている大貫と優菜がいた。
でも、そんなことはお構いなしだった。
いや、むしろ見せつけているかのようだった。
そんな4号を、満足げに見下ろす鳥越。
4号がウインクする。
卑屈な、それでいて挑発的な笑みを浮かべながら。
不意を突かれたのか、鳥越が少し狼狽える。
それを、うらやましそうに大貫と優菜が見つめていた。
3号はまだ少し葛藤しているようだった。
躊躇いがちに、浜本の前へと進み…
ゆっくりと腰を落とす。
よく見ると、膝が震えていた。
完全に膝を曲げ、蹲踞の姿勢になる。
浜本を見上げる3号。
目が合うと、あわてて顔を伏せる。
不安、期待、ためらい、興奮――その全てが、彼女の態度と表情に表れていた。
そしてそれは、私を含め、この場にいる全員に見られているのだ。
周囲を覗うようにさまよっていた3号の視線が、私を捉えた。
さっきの共鳴の熱は、まだ冷めることなく彼女を苛んでいるようだった。
馬術部で競い合ったライバル。
今もこうして、後輩たちの前で競い合っている。
馬上でのそれとは、あまりにも違い過ぎていたが。
しかし、対抗心だけではなかった。
限りない共感。
ともに後輩のペットとして堕ちた今だからこそ、当時にはなかった絆が生まれていた。
ふっと、3号が笑ったように見えた。
蹲踞の姿勢を保ったまま、ゆっくりと体の向きを変え始める。
180度反転し、浜本に背を向ける3号。
両手を床につけて、そのまま両肘も床につける。
両肘の間に、顔を入れる。
脚。
両ひざを、グッと伸ばす。
そして、両足を大きく広げる。
お尻を、高く突き出すようなポーズ。
3号の引き締まった太もも、ふくらはぎ。
逆Vの字にスラっと伸びた脚に、1年生たちの視線が吸い寄せられる。
まるでアーチのように、体を反らせた四つんばいのポーズ。
無防備にお尻をさらけ出し、ご主人様に全てを委ねるような、卑猥で従順な形。
プライドの高い彼女が、後輩たちの見ている前で。
まるで、開き直っているかのような態度。
しかし、その膝はいまだ震えていた。
不安、期待、ためらい、興奮。
それを押し隠すように、グッとお尻を突き出し続ける。
一度、彼女と共鳴した私には、まるで感覚を共有しているかのような錯覚に陥った。
彼女の息遣いの一つひとつが、私の耳朶を打つ。
内海が、喉を鳴らした。
「こんな…なんかさ、エッチじゃない?」
照れを誤魔化すかのように、笑みを浮かべて呟く。
内海が同意と共感を求めて大貫の顔を振り向くが、大貫はむしろ堂々としていた。
3号が卑猥なポーズで浜本に服従する様を、むしろ楽しんでいるかのようだった。
そんな大貫に、内海がたじろぐ。
いや、大貫だけではない。
恥ずかしそうに俯いているかと思っていた優菜ですら、笑みを浮かべて3号を眺めていたのだ。
ただ、そんな内海にも仲間がいた。
溝口。
仏頂面をしながら、恥知らずなポーズを取る先輩たちを眺める彼女。
その顔は、耳まで赤く染まっていた。
嫌悪感を前面に出しているようで、その目はポニーたちから離せないでいた。
視線が、私を、3号を、4号を、行ったり来たり。
そんな溝口を、優菜が見つめていた。
興味ないフリをしておきながら、鼻息を荒くしている同期。
気難しい、一匹狼気質の女の子。
そんな溝口を見ながら、まるで優菜が舌なめずりをしているようにすら見えた。
3号。
浜本の前で突き出したお尻を、小刻みに左右へ揺する。
服従。
屈服宣言。
まるで、目には見えない白旗を、お尻で振っているかのようだった。
そんな3号を、満足げに見下ろす浜本。
「よくできましたね、センパイ?こんな可愛らしいカッコができるなんて、私、とっても誇らしいです」
そう言って、3号のお尻に右手を置く。
一瞬、3号のお尻がビクっと震えた。
浜本の手のひらが、お尻を優しく撫でる。
上から下へ。
再び、上から下へ。
そして、ポンッ、ポンッ、と軽く叩いた。
手のひらの感触。
3号の感じたであろうそれを、私のお尻はキレイにトレースし、脳へと伝達する。
まるで、私の体が3号の体と見えない神経で繋がっているかのように。
新田が、ふーっと息を吐く。
そして、3頭のポニーをゆっくりと眺める。
笑みを浮かべ、手を叩きながら頷く。
「皆さん、立派です。『レースに出させて欲しい』っていう気持ちが伝わってきました。偉いですよ」
これも、彼女の思い通りの展開なのだろう。
手のひらで転がされている。
そのことに、むしろ昂りすら感じてしまう。
と。
「あ、もうこんな時間!新田、私はそろそろ…」
時計を見上げた畑川が、新田に告げた。
時計は、夜の7時を示していた。
「分かりました。ねえみんな、畑川先輩はこのあと用事があって、これで帰宅されるの」
「もうちょっと参加していたかったけど、どうしても外せない用があってね。みんな、ごめんね」
「いえ、そんな…先輩、今日はありがとうございました」
内海が、頭を下げる。
内海に続き、他の1年生たちも礼儀正しくお礼を述べる。
「じゃあみんな、楽しんでいってね。それじゃ、また週明けに部活で」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。
違和感。
てっきり、この後は2号としてレースに参加させられるものだと思っていたのに…
それが、すぐに帰ってしまった。
それを止めるでもなく、あっさりと認めた新田。
私の感じた疑問は、他のポニーたちも同じだったようだ。
3号は疑わしげな視線を新田に向けている。
4号は、畑川の出て行ったドアを訝しむように見つめていた。
そんな私たちの反応に、気付いていない訳はないはずなのだが…
新田は、他の1年生たちに向けてこう言ったのだ。
「それじゃ、第二レースを始めましょうか」
1年生たちの視線が新田に集まる。
「ただね、畑川先輩も帰られてしまったし、それにポニーたちも休憩したいでしょう?私たちも準備しなきゃいけないこともあるし」
ワザとらしく、困ったような表情を浮かべる。
「そこで、幕間として楽しい映像を用意しました。なので、私たちが準備している間、みなさんはそれを観ながら楽しんでいてください」
「幕間?」
「まだ何かあるの?」
内海と大貫が、つぶやく。
「わぁ、なんだろ。楽しみ」
無邪気に喜ぶ優菜。
そして溝口。
悪態をつくかと思ったが、無言のまま、新田を睨みつけていた。
「はーいみんな!こっちに座ってね」
浜本。
いつの間にか、スクリーンの真向いに椅子が並べられていた。
ズカズカと歩く溝口。
真ん中の椅子に、ドカッと腰掛ける。
足を組みながら、気だるそうにため息をつく。
その横に、優菜が座った。
尊大な態度の溝口と、控えめな優菜。
しかし、溝口はどこか余裕がなさげで、優菜は逆に楽しんでいるようにすら見えた。
内海と大貫は、更にその横に並んで座る。
「ほら、先輩たちもこっちに来て座ってください」
浜本が、私たちに向けて手を招く。
私は、3号たちと顔を見合わせた。
確かに、椅子は私たちの分も用意されていた。
戸惑いながら、椅子の方へと歩いていく。
「第二レースもあるんですから、しっかり休んでくださいね」
腰かけた私たちに向けて、浜本が語りかけてくる。
第二レース。
その言葉に、私の心はざわめく。
第一レースの時のような思いを、またしなければならないのか。
そして、もし負けた場合は…
晒し台の上で、屈辱に身を焦がす己の姿を想像し、体が熱くなる。
4号が、はぁーっと、大きく息を吐いた。
それがどこか悩まし気で、私の心を刺激する。
先ほどの晒し台の上で受けた恥辱と、後輩たちの足で踏まれた悦びとを、思い出したのだろう。
そんな彼女に、同情とともに羨ましいと感じてしまう。
3号も、そんな彼女に感化されたのか、熱いため息をつく。
昂りを鎮めるかのように、何度も。
俯き加減で、太ももをギュっと閉じ、モジモジさせる。
そんな彼女の熱が、私と4号に伝播していく。
お互い共鳴し合う、マゾ女3人。
ふと、視線を感じた。
私たちを、浜本が楽しそうに眺めている。
後輩に逆らうこともできず、与えられた脱出の機会を自ら放棄した先輩。
そして今、新たな恥辱を前に震えている。
浜本にとっては無害どころか、格好のオモチャなのだ。
こうして縮こまっている姿も、彼女の嗜虐心をそそる恰好の材料なのだろう。
「ねぇ結花ちゃん、さっきのポニーちゃんたちのポーズ、どう思った?」
優菜が、隣に座る溝口に話しかける。
「別に、どうも思わなねぇよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる溝口。
「ふぅん、そうなんだ?結花ちゃんて、いつも堂々としててすごいね。私なんて、さっきからずっとドキドキしっぱなしだよ。だって、同じ女の子の前で、しかも自分たちよりも後輩の女の子の前で、あんなポーズするなんて…いったい、どんな気持ちなんだろうって考えると、胸がキュッとなって、切なくなっちゃうの」
「あっそ」
「結花ちゃんはすごいね。先輩たちのあんな姿を見ても、全然動じないもんね。カッコいいなぁ」
「ふん、まぁね」
そう言って、皮肉っぽい笑みを浮かべる溝口。
その横顔を、じっと眺める優菜。
言葉とは裏腹に、獲物を狩るケモノのようでもあった。
小動物の皮を被った、獰猛なケモノ。
チロっと、舌なめずりをする。
尊大な態度の溝口。
優菜に狙われているとも知らずに。
いや、内心では気付き始めているのだろうか。
それを、あの態度で誤魔化そうとしているのかもしれない。
何か、見てはいけないものを見てしまった気がする。
優菜。
優しくて、少し気弱な女の子。
いつも他の同期たちの後ろで控えめに立っている、そんなイメージがあった。
今の彼女は、見た目こそ同じだが、中身は別人のようだった。
ただ、もともと好奇心旺盛なところはあったようにも思う。
彼女の中に眠っていた資質。
それは周囲にも、おそらく彼女ですら気付いていなかったかもしれない。
この一連の出来事を通して、目覚め始めていた。
サディストとしての資質。
意外だった。
どちらかといえば、彼女は私たちと同じ側だと思っていたのに。
意外といえば、溝口もそうだ。
プライドが高く、たとえ先輩相手でも物怖じしない態度。
そして、馬術に対するストイックさ。
俺様気質な彼女は、きっと嗜虐的な性格なのだろうと思っていた。
なのに…
私は気付いていた。
溝口の、私たちを見る視線。
軽蔑を装いながら、その奥に隠された感情。
彼女自身、戸惑っているのかもしれない。
あるいは、認めたくないのか。
それでも、分かる。
彼女が、必死に押し隠しているもの。
1年生たちの前で屈辱的な姿を晒す、恥知らずな先輩たち。
そんな私たちを蔑みつつ、一方で別の感情に襲われる。
否定すればするほど、それは己に絡み合っていく。
羨望。
共感。
自己投影。
意思とは裏腹に、心が、体がそれを求めてしまう。
怒り、苛立ちとともに込み上がってくる、恐れ。
認めたくない。
認められるわけがない。
『私が、マゾヒストだなんて…』
ボンデージと全頭マスク。
首輪をつけて、後輩たちにリードを引かれながら這い進むヘンタイ。
揶揄われ、蔑まれながら、興奮に身を包むマゾ女たち。
あんな、情けない奴らと同類だなんて…
絶対に認めるわけにはいかない。
その一方で、想像してしまう。
近い将来、こうなるかもしれないという自身の姿を。
自分のことではないのに、まるで自分ごとのように、胸がざわめく。
いや、他人事だからこそ、なおさら鮮明に浮かんでしまうのかもしれない。
被虐に目覚め始めた溝口。
いつしか私は、彼女に自己投影していた。
首輪を嵌めて、ボンデージで全身を包む。
蔑んでいたはずの先輩たちと同じ恰好。
四つんばいになって、這い進む。
まるで、犬にでもなったかのような。
屈辱で体を震わせつつ、それでも従順に従う。
首輪に付けられた学生証。
這い進むたび、ユラユラと揺れる。
溝口結花。
私の名前が書かれた、学生証。
気の強そうな顔写真とは対照的に、私は不安げに周囲を窺いながら進む。
首輪に括りつけられたリード。
その、のびた先には…
『結花ちゃん、その恰好とっても似合ってるよ?』
優菜。
私と同期の女の子。
無邪気な笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしている。
そんな彼女を見上げながら、屈辱感と敗北感を噛みしめる。
胸が、切なく締め付けられる。
悔しいはずなのに…
なぜか、体は熱く火照ってしまう。
『顔、赤くなってるよ、結花ちゃん。緊張してるのかな?カワイイね』
ば、バカにするな…
優菜のクセに…
心の中で必死に反抗するも、表情は緩み、卑屈な笑みを浮かべてしまう。
そんな自分を自覚し、また、それを優菜に見られていることを自覚する。
恥ずかしさで、顔が更に熱くなっていく。
クソッ!
そんな目で見るな!
優菜のクセに…
裏腹に、まるで忠犬のように、ご主人様の前で尻尾を振っている。
喜んでいるのが丸わかりだった。
愛玩動物へと成り下がった狂犬。
そんな私を調教し、服従させた女の子。
そのコントラストが、一層私の惨めさを際立たせた。
しばらく歩いた先には、まだあどけなさの残る女の子たちが待っていた。
4月から馬術部に入ってきたばかりの、新入部員たち。
『ほら、結花ちゃん。みんなの前で、自己紹介しなさい?』


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