ポニーガールとご主人様 最終章(17)マゾの共鳴。出走を求め、媚び競うポニーたち

ロビーで待っていた畑川、内海、溝口が入ってくる。
「あーあ、見たかったなぁ」
ドアを押し開けながら、内海がぼやく。
その後ろには、苦笑している畑川。
最後に、仏頂面をした溝口。

先頭を歩く内海。
その視線が、4号を捉えた。

まるでマスクの奥を見透かそうとするかのように、じっと見つめる内海。
気まずそうに顔をそらす4号。

そんな二人を、意味ありげな笑みを浮かべて眺める大貫と優菜。
「くそう、やっぱり分かんないなぁ…」
口をへの字に曲げる。

「いいなぁ、二人とも。この人が誰なのか、知ってるんでしょ?」
「まぁね」
大貫が答える。

「やっぱり、先輩の誰かだったの?それだけでもいいからさ、教えてよ」
「ダメだよ。新田ちゃんに『言うな』って言われてるもん」
優菜が得意げに言う。

「あー、コイツ! 知ってるからって調子に乗ってるな?」
「ごめん、ごめん!」
内海と優菜がじゃれ合う。

その隣で、溝口がじっと4号を見つめている。
情けない先輩を軽蔑しているのかと思ったが…
どこか遠慮がちで、気まずそうな表情をしていた。

そんな溝口を、目ざとく見つける優菜。
「結花ちゃん、どうかしたの?」

「べ、別に、どうもしないって…」
狼狽えた溝口が、一瞬だけ目を伏せる。
そんな自分に驚いたのか、ハッと顔を上げる。
そして、優菜をキッと睨みつける。

「ふぅん、そうなんだ?」
普段なら、萎縮していたであろう優菜。
どこか余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。

「ねえ新田、これで終わりじゃないよね?第2レースもあるんでしょ?」
内海が懇願するような表情で言う。

「ふふっ、すっかりハマっちゃったみたいだね。どう、面白いでしょ?」
新田が笑いながら答える。

「うん。最初はビックリしたけどね。レースは面白いし、何よりポニーが馬術部の先輩っていうのがさ、なんか、変な気分になるっていうか…」
言って、気まずそうに顔を赤らめる内海。

「ま、まぁ、予想が外れたまま帰るのもなんか癪だしさ。どうせなら、一人くらい正体を知りたいじゃん?どんなツラしてんのか、見てみたいし。それにさ、普段エラそうにしてる部活のセンパイにマウント取れるなんて…普通はあり得ないんだよ、そんなこと。でも、それができるなんて…」

もともと、体育会系の内海。
上下関係の厳しい世界で過ごしてきた彼女だからこそ、余計にこの状況に感じ入るところがあるのだろう。

「よかったよ、楽しんでもらえて。第2レースだけど、もちろんあるよ」
「マジ!?!よっしゃ!今度こそ当てるぞー!」
ガッツポーズをする内海。

第2レース?

さっきのレースで終わりではなかったのか。
この後、またレースをやるというのか。

また、あの屈辱と羞恥に満ちた時間を、過ごさねばならないのか。

私と同じことを、3号と4号も思ったらしい。
非難がましい目で新田を見ていた。

「なぁに? 不満があるんですか?」
新田は両手を腰に当て、私たちを睨みつける。
「レースは1回だけなんて、言ってないでしょう?」

それはそうだが…

「まあでも、強制はできないか。しょうがない。イヤなら帰ってもいいですよ。こっちも無理強いはしたくありませんし」
意外な回答だった。

「てっきり、皆さんも楽しんでくれてるものだと思ってたんですけどね。でも、本当にいいんですか?ここで帰るのって、逃げるみたいでカッコ悪い気もしますけど。しかも、1年生の見てる前で」

今の状況も、十分すぎるほどカッコ悪い気がするが、そういうことではないのだろう。

「それに…もったいないと思いません?せっかく後輩たちの前で、こんなにスリリングで背徳的なこと、できるチャンスなのに」
笑みを浮かべ、ふふんと鼻を鳴らす新田。

鳥越が続く。
「さっきの4号の顔、見てたでしょ?恥ずかしそうで、だけどとっても幸せそうな顔。二人の前でマスクを脱ぐ4号のこと見てて、ゾクゾクしたんじゃないですか?」
そんな、こと…
「ウソついても分かりますよ。だって、大貫と優菜に顔を踏まれながら、嬉しそうにしてる4号のこと、羨ましそうに見てましたもんね?」
ち、違う…
羨ましそうになんか…

「か、顔を踏んだ…?二人が?先輩の?ウソでしょ…」
信じられないといったふうに、呟く溝口。
そして、優菜を横目でチラっと盗み見る。
優菜と目が合いそうになり、慌てて視線を逸らす溝口。

「私、見てましたよ?」
大貫。
「待機のポーズをしながら、じっと4号のこと見つめてましたよね、お二人とも。恥ずかしそうにしながら、でも、目は釘付け。目を見開いて、怖いくらいでしたよ?ふふっ。よっぽど羨ましかったんですね、センパイ?」
言って、蔑むように笑う。

「私も、見てました。4号さんのこと踏みながら。1号さんも3号さんも、情けないカッコしてるのに必死な目をしてて。それがなんか可笑しくて、可愛かったですぅ」
あ、失礼なこと言ってごめんなさい、と慌てて謝る優菜。

その横で、悔しがる内海。
「私たちがロビーにいる間、中でそんな面白いことになってたなんて…くそぉ、羨ましい!私も先輩のこと踏んだり、揶揄ったりしてマウント取りたい!先輩のマゾ顔見てバカにしたい!畑川先輩、私、次は絶対当てるッス」
内海が興奮した口調で畑川に語り掛ける。

「あはは、マゾ顔って!はいはい。次は頑張って当てなー」
苦笑しつつ、内海をなだめる畑川。
一見すると、余裕のある先輩のような振舞い。
しかしその表情の奥には、焦りが見え隠れしていた。

本当は彼女も、内海にバカにされる側の存在なのだ。
後輩に踏まれたりバカにされながら、マゾ顔を晒す女。

畑川が倒錯的な願望を隠し持っていることに。
そのヒミツが暴かれる恐怖と屈辱とで心を震わせていることに。
内海はまだ、気付いていない。

内海の、体育会系由来の嗜虐性と。
畑川の秘めた被虐的な震えとが。
私の心を揺さぶり、胸を切なく締め付ける。

二人のやり取りを、笑みを浮かべて眺めていた浜本。
フッと、私と三井に向き直る。
「どうせ想像してたんでしょ? 4号を見ながら、自分が負けた時のことを。負けて、1年生の前で跪いてる自分を想像して、期待してたんだ?違う?何が違うの?違わないでしょう?ほら、二人とも目を逸らさないの。私の目を見なよ、いくじなしの先輩」
イジワルな声色が、無数の棘となって私の心に刺さる。
それがジンワリとした痛みとなって拡がり、私の被虐欲を掻き立てていく。

「ふふっ。なっさけな。先輩のくせに、1年生の言うなりになってて。後輩たちに見られてるっているのにね。いかにもマゾって顔して私を見てて、ウケるんですけど」
嘲るように。
「いつもはあんな偉そうにしてるクセにね。今は負け犬って言葉がぴったりですよ、セ~ンパイ?」

ご主人様となって、まだそれほど経っていないはずなのに。
マゾがどう扱われると悦ぶのか、知っている。

2年も下の後輩の手のひらで転がされている。
反論もできず、ただ卑屈な笑みを浮かべて顔色を窺っているのだ。
そんな先輩、バカにされて当然だった。

「今だって、二人とも、おんなじ顔してる。ほら、お互いの顔、見てみな?」

思わず、3号と顔を見合わせる。

恥ずかしそうな、それでいて何かを期待するような表情。
その瞳の奥に渦巻く、興奮。
その瞬間に、強く自覚する。
下腹部からこみ上げる、ドロドロとした熱いもの。
子宮が、キュンと疼く。

3号の目が、潤んでいる。
まるで、何かを乞うように。
求めているもの。
決して、人に知られてはいけないもの。
でも…

知っている。
鮮明に浮かぶ映像。

新田に命令され、負け犬として処刑台へと上る。
目の前には、蔑んだ視線を投げかけてくる後輩たち。
スクリーンに映る、己の映像。
そして…

映像の中の私が、正体を告げる。
一様に驚く後輩たち。
そして、再びこちらを見る。
下卑た視線が、マスクの奥を見ようと射抜いてくる。

新田の命令。
台を下り、後輩たちのもとへと歩み寄っていく。
目の前には、後輩。
でも、さっきまでの後輩ではない。

目の前に立つヘンタイ女が。
馬の恰好をして、後輩たちの前で必死に競い合う女が。
後輩である新田に調教され、悦ぶマゾ女が。
中谷紗枝であることを、知っている。

そんな彼女たちの前で、私はマスクをして、立ち尽くしている。

『マスクを外して、自己紹介してください、センパイ?』
新田の声。

藤崎が味わった、狂おしいほど甘美な絶望。
屈辱、羞恥、惨めさ、興奮を。
私たちも、味わってみたい…

言葉はない。
ただ、目と目で、私と三井は共鳴していた。
それは、まさに共鳴だった。
お互いの興奮と興奮とが重なり合い、増幅されていく。

「さあ、選んでください。帰るか、ここに残るか」
新田が、選択を迫る。

劣情。
こんな、体のスイッチが入った状態で、どうして帰れるだろうか。
理性はドロドロに溶け、被虐欲によって火照った体。
ただ貪欲に求める。
プライドを踏みつけられることを。
首輪。
手綱。
鞭。
言葉。
ありとあらゆるものを使って、立場の違いを分からされたい。
そして、私から取り上げて欲しい。

先輩としての誇り。
ヒトとしての尊厳。

代わりに与えられるのは、屈辱的で甘美な隷属。
愛玩動物として、かつての後輩に媚びへつらう。

脳裏に浮かぶ映像が、言葉が、脳内麻薬を分泌させる。
思考は鈍り、全身の神経は鋭敏になっていく。

ボンデージと全頭マスク姿の女。
後輩たちの前で、ただ見つめ合う。
まるで鏡のように、互いの興奮が映し出され、暴かれていく。
増幅されていく。

もっと恥ずかしくて…
もっと情けなくて…
もっと惨めに…

全身を流れる、血液。
マゾの血。

こみ上げる情欲は、媚薬となって全身を駆け巡る。
ひとしきり、私を責め立てたあと。
私の体から離れ、もう一人の私へと流れ込んでいく。
そして、その体の中で、また大暴れするのだ。

代わりに、もう一人の私から、別の情欲が流れ込んでくる。
切なくてどうしようもなくなるほどの、媚薬。
別の私から作られたそれは、あまりにも強烈過ぎた。
脳が、溶けていく。

お互いの体で作られたそれは、相手の体を燃え滾らせたあと、再び戻っていく。
帰ってきたそれは、更に強力な劇薬となって、己の脳細胞を犯していく。
被虐の循環。
全身の全ての細胞が歓喜の悲鳴を上げる。

「帰るなら、控え室の方へどうぞ」

帰れる訳がない。

劣情で、理性を失うほど体を熱くさせて、オアズケを食らう。
凶暴なまでの性欲を鎮めることもできず、煽るだけ煽られて…
そんな、拷問に等しい行為。
女性なら、それがどれほど残酷なことか分かるはず。

分かっていて、そんなことを言うのだ。
私たちを、こんな体にして…

イジワルな、ご主人様…

「残るなら、私たちの前で『恥ずかしいポーズ』をしてください」

恥ずかしいポーズ?

「どんなポーズでもいいですけど、待てのポーズ以外でね。ご自分で考えてください。レースに出させてくださいっていうのを、態度で示してくださいね、センパイ?」

私は躊躇うことなく、新田の前へと進み出た。
まさか、こんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。
少し、新田が驚いた表情を見せた。

新田を見つめながら、私は腰を低く落としていく。

膝を落とした、いわゆる蹲踞の姿勢。
そのまま両腕を上げてから、手を後頭部へと持ってくる。

そうやって、無抵抗であることを示す。

それだけではない。

口から、ベロンと舌を出した。

そうすることで、より滑稽で自分を貶めるように見えると思ったから。

身も心も、この子に…新田に、捧げたのだ。

完全服従のポーズ。

ご主人様への忠誠心。

新田が満足げに頷く。
それだけで私の体は幸福感に包まれる。
頭がじんわりと痺れるようになり、微弱な電流が体中を駆け巡る。

正直なところ、ライバルへの対抗心もあったのだ。
先手を打つことで、優位に立ち、調教の深さを競うような、そんな幼稚で熱い意地。

そして、『私はここまでできるんだぞ』というアピール。

1年生たちの視線を、息遣いを感じる。
どんな目で見られているかなど、関係なかった。
むしろ、見せつけてやりたいくらいだった。

私のご主人様は、年上の先輩に対して、こんなこともさせられるんだぞ。
どうだ、すごいだろう。

次に動いたのは4号だった。
鳥越の前へと進み、蹲踞の姿勢をとる。
そして、両手を背中で組み、グッと後ろへ伸ばす。
強調される、胸元。
私と同じように、舌を出しながら、ご主人様に媚びる。

そこには照れも恥じらいもなかった。
ただ、すべてをさらけ出し、ご主人様に服従する喜びだけ。
調教を受けるために…。
すぐそばには、4号の正体を知っている大貫と優菜がいた。
でも、そんなことはお構いなしだった。
いや、むしろ見せつけているかのようだった。
そんな4号を、満足げに見下ろす鳥越。

4号がウインクする。
卑屈な、それでいて挑発的な笑みを浮かべながら。
不意を突かれたのか、鳥越が少し狼狽える。

それを、うらやましそうに大貫と優菜が見つめていた。

3号はまだ少し葛藤しているようだった。

躊躇いがちに、浜本の前へと進み…
ゆっくりと腰を落とす。

よく見ると、膝が震えていた。
完全に膝を曲げ、蹲踞の姿勢になる。
浜本を見上げる3号。
目が合うと、あわてて顔を伏せる。

不安、期待、ためらい、興奮――その全てが、彼女の態度と表情に表れていた。
そしてそれは、私を含め、この場にいる全員に見られているのだ。

周囲を覗うようにさまよっていた3号の視線が、私を捉えた。
さっきの共鳴の熱は、まだ冷めることなく彼女を苛んでいるようだった。

馬術部で競い合ったライバル。
今もこうして、後輩たちの前で競い合っている。
馬上でのそれとは、あまりにも違い過ぎていたが。

しかし、対抗心だけではなかった。
限りない共感。
ともに後輩のペットとして堕ちた今だからこそ、当時にはなかった絆が生まれていた。
ふっと、3号が笑ったように見えた。

蹲踞の姿勢を保ったまま、ゆっくりと体の向きを変え始める。
180度反転し、浜本に背を向ける3号。

両手を床につけて、そのまま両肘も床につける。
両肘の間に、顔を入れる。

脚。
両ひざを、グッと伸ばす。
そして、両足を大きく広げる。

お尻を、高く突き出すようなポーズ。
3号の引き締まった太もも、ふくらはぎ。
逆Vの字にスラっと伸びた脚に、1年生たちの視線が吸い寄せられる。

まるでアーチのように、体を反らせた四つんばいのポーズ。
無防備にお尻をさらけ出し、ご主人様に全てを委ねるような、卑猥で従順な形。
プライドの高い彼女が、後輩たちの見ている前で。
まるで、開き直っているかのような態度。

しかし、その膝はいまだ震えていた。
不安、期待、ためらい、興奮。
それを押し隠すように、グッとお尻を突き出し続ける。

一度、彼女と共鳴した私には、まるで感覚を共有しているかのような錯覚に陥った。
彼女の息遣いの一つひとつが、私の耳朶を打つ。

内海が、喉を鳴らした。
「こんな…なんかさ、エッチじゃない?」
照れを誤魔化すかのように、笑みを浮かべて呟く。
内海が同意と共感を求めて大貫の顔を振り向くが、大貫はむしろ堂々としていた。
3号が卑猥なポーズで浜本に服従する様を、むしろ楽しんでいるかのようだった。
そんな大貫に、内海がたじろぐ。

いや、大貫だけではない。
恥ずかしそうに俯いているかと思っていた優菜ですら、笑みを浮かべて3号を眺めていたのだ。

ただ、そんな内海にも仲間がいた。
溝口。
仏頂面をしながら、恥知らずなポーズを取る先輩たちを眺める彼女。
その顔は、耳まで赤く染まっていた。
嫌悪感を前面に出しているようで、その目はポニーたちから離せないでいた。
視線が、私を、3号を、4号を、行ったり来たり。

そんな溝口を、優菜が見つめていた。
興味ないフリをしておきながら、鼻息を荒くしている同期。
気難しい、一匹狼気質の女の子。
そんな溝口を見ながら、まるで優菜が舌なめずりをしているようにすら見えた。

3号。
浜本の前で突き出したお尻を、小刻みに左右へ揺する。
服従。
屈服宣言。
まるで、目には見えない白旗を、お尻で振っているかのようだった。
そんな3号を、満足げに見下ろす浜本。

「よくできましたね、センパイ?こんな可愛らしいカッコができるなんて、私、とっても誇らしいです」
そう言って、3号のお尻に右手を置く。
一瞬、3号のお尻がビクっと震えた。

浜本の手のひらが、お尻を優しく撫でる。
上から下へ。
再び、上から下へ。
そして、ポンッ、ポンッ、と軽く叩いた。

手のひらの感触。
3号の感じたであろうそれを、私のお尻はキレイにトレースし、脳へと伝達する。
まるで、私の体が3号の体と見えない神経で繋がっているかのように。

新田が、ふーっと息を吐く。
そして、3頭のポニーをゆっくりと眺める。
笑みを浮かべ、手を叩きながら頷く。
「皆さん、立派です。『レースに出させて欲しい』っていう気持ちが伝わってきました。偉いですよ」

これも、彼女の思い通りの展開なのだろう。
手のひらで転がされている。
そのことに、むしろ昂りすら感じてしまう。

と。
「あ、もうこんな時間!新田、私はそろそろ…」
時計を見上げた畑川が、新田に告げた。

時計は、夜の7時を示していた。

「分かりました。ねえみんな、畑川先輩はこのあと用事があって、これで帰宅されるの」
「もうちょっと参加していたかったけど、どうしても外せない用があってね。みんな、ごめんね」
「いえ、そんな…先輩、今日はありがとうございました」

内海が、頭を下げる。
内海に続き、他の1年生たちも礼儀正しくお礼を述べる。
「じゃあみんな、楽しんでいってね。それじゃ、また週明けに部活で」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。

違和感。
てっきり、この後は2号としてレースに参加させられるものだと思っていたのに…
それが、すぐに帰ってしまった。
それを止めるでもなく、あっさりと認めた新田。

私の感じた疑問は、他のポニーたちも同じだったようだ。
3号は疑わしげな視線を新田に向けている。
4号は、畑川の出て行ったドアを訝しむように見つめていた。

そんな私たちの反応に、気付いていない訳はないはずなのだが…
新田は、他の1年生たちに向けてこう言ったのだ。

「それじゃ、第二レースを始めましょうか」
1年生たちの視線が新田に集まる。
「ただね、畑川先輩も帰られてしまったし、それにポニーたちも休憩したいでしょう?私たちも準備しなきゃいけないこともあるし」
ワザとらしく、困ったような表情を浮かべる。

「そこで、幕間として楽しい映像を用意しました。なので、私たちが準備している間、みなさんはそれを観ながら楽しんでいてください」

「幕間?」
「まだ何かあるの?」
内海と大貫が、つぶやく。
「わぁ、なんだろ。楽しみ」
無邪気に喜ぶ優菜。
そして溝口。
悪態をつくかと思ったが、無言のまま、新田を睨みつけていた。

「はーいみんな!こっちに座ってね」

浜本。
いつの間にか、スクリーンの真向いに椅子が並べられていた。

ズカズカと歩く溝口。
真ん中の椅子に、ドカッと腰掛ける。
足を組みながら、気だるそうにため息をつく。
その横に、優菜が座った。

尊大な態度の溝口と、控えめな優菜。
しかし、溝口はどこか余裕がなさげで、優菜は逆に楽しんでいるようにすら見えた。

内海と大貫は、更にその横に並んで座る。

「ほら、先輩たちもこっちに来て座ってください」
浜本が、私たちに向けて手を招く。
私は、3号たちと顔を見合わせた。

確かに、椅子は私たちの分も用意されていた。
戸惑いながら、椅子の方へと歩いていく。
「第二レースもあるんですから、しっかり休んでくださいね」
腰かけた私たちに向けて、浜本が語りかけてくる。

第二レース。
その言葉に、私の心はざわめく。
第一レースの時のような思いを、またしなければならないのか。
そして、もし負けた場合は…
晒し台の上で、屈辱に身を焦がす己の姿を想像し、体が熱くなる。

4号が、はぁーっと、大きく息を吐いた。
それがどこか悩まし気で、私の心を刺激する。
先ほどの晒し台の上で受けた恥辱と、後輩たちの足で踏まれた悦びとを、思い出したのだろう。
そんな彼女に、同情とともに羨ましいと感じてしまう。

3号も、そんな彼女に感化されたのか、熱いため息をつく。
昂りを鎮めるかのように、何度も。
俯き加減で、太ももをギュっと閉じ、モジモジさせる。
そんな彼女の熱が、私と4号に伝播していく。

お互い共鳴し合う、マゾ女3人。
ふと、視線を感じた。
私たちを、浜本が楽しそうに眺めている。

後輩に逆らうこともできず、与えられた脱出の機会を自ら放棄した先輩。
そして今、新たな恥辱を前に震えている。

浜本にとっては無害どころか、格好のオモチャなのだ。
こうして縮こまっている姿も、彼女の嗜虐心をそそる恰好の材料なのだろう。

「ねぇ結花ちゃん、さっきのポニーちゃんたちのポーズ、どう思った?」
優菜が、隣に座る溝口に話しかける。
「別に、どうも思わなねぇよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる溝口。

「ふぅん、そうなんだ?結花ちゃんて、いつも堂々としててすごいね。私なんて、さっきからずっとドキドキしっぱなしだよ。だって、同じ女の子の前で、しかも自分たちよりも後輩の女の子の前で、あんなポーズするなんて…いったい、どんな気持ちなんだろうって考えると、胸がキュッとなって、切なくなっちゃうの」
「あっそ」

「結花ちゃんはすごいね。先輩たちのあんな姿を見ても、全然動じないもんね。カッコいいなぁ」
「ふん、まぁね」
そう言って、皮肉っぽい笑みを浮かべる溝口。
その横顔を、じっと眺める優菜。
言葉とは裏腹に、獲物を狩るケモノのようでもあった。
小動物の皮を被った、獰猛なケモノ。
チロっと、舌なめずりをする。

尊大な態度の溝口。
優菜に狙われているとも知らずに。
いや、内心では気付き始めているのだろうか。
それを、あの態度で誤魔化そうとしているのかもしれない。

何か、見てはいけないものを見てしまった気がする。

優菜。
優しくて、少し気弱な女の子。
いつも他の同期たちの後ろで控えめに立っている、そんなイメージがあった。
今の彼女は、見た目こそ同じだが、中身は別人のようだった。

ただ、もともと好奇心旺盛なところはあったようにも思う。
彼女の中に眠っていた資質。
それは周囲にも、おそらく彼女ですら気付いていなかったかもしれない。

この一連の出来事を通して、目覚め始めていた。
サディストとしての資質。

意外だった。
どちらかといえば、彼女は私たちと同じ側だと思っていたのに。

意外といえば、溝口もそうだ。
プライドが高く、たとえ先輩相手でも物怖じしない態度。
そして、馬術に対するストイックさ。

俺様気質な彼女は、きっと嗜虐的な性格なのだろうと思っていた。
なのに…

私は気付いていた。
溝口の、私たちを見る視線。
軽蔑を装いながら、その奥に隠された感情。
彼女自身、戸惑っているのかもしれない。
あるいは、認めたくないのか。
それでも、分かる。
彼女が、必死に押し隠しているもの。

1年生たちの前で屈辱的な姿を晒す、恥知らずな先輩たち。
そんな私たちを蔑みつつ、一方で別の感情に襲われる。
否定すればするほど、それは己に絡み合っていく。

羨望。
共感。
自己投影。

意思とは裏腹に、心が、体がそれを求めてしまう。

怒り、苛立ちとともに込み上がってくる、恐れ。
認めたくない。
認められるわけがない。

『私が、マゾヒストだなんて…』

ボンデージと全頭マスク。
首輪をつけて、後輩たちにリードを引かれながら這い進むヘンタイ。
揶揄われ、蔑まれながら、興奮に身を包むマゾ女たち。
あんな、情けない奴らと同類だなんて…

絶対に認めるわけにはいかない。

その一方で、想像してしまう。
近い将来、こうなるかもしれないという自身の姿を。

自分のことではないのに、まるで自分ごとのように、胸がざわめく。
いや、他人事だからこそ、なおさら鮮明に浮かんでしまうのかもしれない。
被虐に目覚め始めた溝口。
いつしか私は、彼女に自己投影していた。

首輪を嵌めて、ボンデージで全身を包む。
蔑んでいたはずの先輩たちと同じ恰好。
四つんばいになって、這い進む。
まるで、犬にでもなったかのような。
屈辱で体を震わせつつ、それでも従順に従う。

首輪に付けられた学生証。
這い進むたび、ユラユラと揺れる。
溝口結花。
私の名前が書かれた、学生証。
気の強そうな顔写真とは対照的に、私は不安げに周囲を窺いながら進む。

首輪に括りつけられたリード。
その、のびた先には…
『結花ちゃん、その恰好とっても似合ってるよ?』
優菜。
私と同期の女の子。
無邪気な笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしている。

そんな彼女を見上げながら、屈辱感と敗北感を噛みしめる。
胸が、切なく締め付けられる。
悔しいはずなのに…
なぜか、体は熱く火照ってしまう。

『顔、赤くなってるよ、結花ちゃん。緊張してるのかな?カワイイね』

ば、バカにするな…
優菜のクセに…
心の中で必死に反抗するも、表情は緩み、卑屈な笑みを浮かべてしまう。

そんな自分を自覚し、また、それを優菜に見られていることを自覚する。
恥ずかしさで、顔が更に熱くなっていく。

クソッ!
そんな目で見るな!
優菜のクセに…

裏腹に、まるで忠犬のように、ご主人様の前で尻尾を振っている。
喜んでいるのが丸わかりだった。

愛玩動物へと成り下がった狂犬。
そんな私を調教し、服従させた女の子。

そのコントラストが、一層私の惨めさを際立たせた。

しばらく歩いた先には、まだあどけなさの残る女の子たちが待っていた。
4月から馬術部に入ってきたばかりの、新入部員たち。

『ほら、結花ちゃん。みんなの前で、自己紹介しなさい?』

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