
スクリーンに映し出されたタイムは、2分20秒。
相手チームが2分21秒だから…
「や、やった、勝った!」
畑川の声。
そうか、勝ったんだ…
喜びよりも、安堵が先だった。
大きく息をつく。
「あ、ごめんなさい!」
畑川が、あわてて私から降りる。
もし。
藤崎たちの迫力に飲まれたままだったら。
畑川が私を現実へと引き戻してくれなかったら。
あるいは、結果は違ったかもしれない。
「ち、ちょっと待ってよ!」
声のしたほうを振り返る。
藤崎。
両手を腰に当てながら、険しい顔をしていた。
負けたことに納得がいかないのか、映像の再チェックを要請してきた。
両チームのスタートからゴールまでの様子を、画面で確認する。
フライングもなければ、コースアウトもない。
タイムの計測にも問題はなかった。
レース中まではあった、藤崎の堂々とした態度は消え失せていた。
負けた悔しさか。
あるいはこの後に待ち受けている出来事への不安か。
右手で口もとをおさえ、神経質そうに足をゆすっている。
「藤崎センパイ ?」
新田が甘ったるい声を出す。
勝者の余裕か。
新たなオモチャを手に入れた嬉しさか。
どこか馴れ馴れしさを含んでいた。
対して、呼びかけられた藤崎。
「ん?」
体を硬直させたまま、新田に視線を向ける。
「センパイのことだから、大丈夫だと思いますけど…お約束、忘れてないですよね」
畑川を乗せて、コースを周回する。
それも、馬の衣装を身に纏って、だ。
「え?あ、あぁ、約束ね。覚えてるよ。忘れるわけないじゃん」
言いながら、強張った笑みを浮かべる藤崎。
「ですよね。ごめんなさい」
と、新田も笑う。
「それじゃ、控室に行きましょうか」
「え、控室?」
「ええ。今のカッコじゃ、大切な乗馬服がシワになっちゃうでしょう?ちゃんと藤崎センパイ用の『衣装』を持ってきてますので、お着替えしましょうね」
「くっ…」
新田の言う衣装が何なのかは明白だった。
そして、それを着させられる屈辱を思ったのか。
藤崎の顔が、悔しそうに歪む。
新田に連れられて控え室に向かう藤崎。
それを、残された3人で見送る。
どこか、不貞腐れたような表情で俯く三井。
無言のまま、床を見つめている。
最初は怒っているのかとも思ったが。
おそらく、気まずいのだ。
後輩である藤崎に屈服し、調教される様子を、私たちに見られており。
ご主人様である藤崎も、これから辱めを受ける。
自分が負けてしまったばかりに。
これまでのレースでも、彼女は負け続けだった。
そのうちのいくつかは彼女に非はないのだが、それは本人は知らない。
どこか痛々しい彼女に、声を掛けることができなかった。
私が何を言っても、彼女を傷つけることになるだろうから。
しばらくして、控室のドアが開いた。
出てきたのは、なぜか乗馬服に身を包んだ新田。
藤崎に乗るのは、彼女ではなく畑川だというのに。
ただ。
左手に乗馬鞭を持ち、堂々とこちらへ歩いてくる姿。
自信に満ちた表情と、ピンと伸びた背筋。
どこか風格さえあった。
そして、次に控室から出てきたのは本日の主役。
ご主人様という立場から転落した、憐れな女。
乗馬服などという、分不相応なものではなく。
今の彼女にふさわしい衣装を、身に纏っていた。
乗馬服を着た新田と、馬に身をやつした藤崎。
馬は、羞恥心からか、少し背を丸めながら視線をさまよわせている。
つい先ほどまで漂わせていた、ドミナントとしてのオーラは消え失せ。
まるで新田の従者であるかのように、後ろを歩いていた。
ふたりが、私たちの前で立ち止まった。
恥ずかしさを隠すためか、ぎこちない笑顔を見せる藤崎。
虚勢。
むしろ、どこか痛々しかった。
その横で、余裕の笑みを浮かべている新田。
「あ、そうだ」
新田。
「三井センパイ。ほら、こっち来て」
私の横にいる三井に、呼びかけた。
藤崎が、怪訝な表情をする。
呼びかけられた三井も、少し戸惑いつつ。
言われたとおり、新田に近寄っていく。
「ここ。藤崎センパイの横。ほら、ここに立ってください」
藤崎の隣に、並ぶように立つ三井。
馬の耳を模したカチューシャ。
エナメルでできた、水着のような服。
腰の付け根あたりから生えた、しっぽ。
先輩と後輩であり。
そして、主従関係でもあったふたり。
それが今、ふたりとも同じ姿をしていた。
ついさっきまで、自身が調教していた三井。
その彼女と、同じ格好をしている。
いや、させられているのだ。
自分の後輩である新田に。
「ふふっ。お揃いの衣装ですね」
「お、おいおい、新田、アンタねぇ…」
強張った笑みを浮かべながら、抗議する藤崎。
「それじゃ、早速ですけど、コースへ行きましょうか、藤崎センパイ?」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
藤崎が大きな声をあげた。
「そのことだけどさ。新田に、お願いがあるんだけど…」
悔しさと恥ずかしさが入り混じった顔。
「ん、何ですか?」
「え、と…」
ちらっと、三井を見る藤崎。
「罰ゲームの間、みつ…アッキーにはさ、控室に居てもらいたいんだけど」
新田の口もとが緩んだ。
「へえ…でも、なんでです?」
イジワルな笑みを浮かべる新田。
「な、なんでって、そんなの…言わなくても分かるでしょう?」
「えー、なんだろうなぁ。教えてくださいよぉ」
新田は、藤崎が何を思っているか、分かっている。
分かったうえで、あえて藤崎に言わせようとしているのだ。
そのことに、藤崎も気付いているのだろう。
しかし、言うしかない。
苛立ちを隠しきれない様子で、もどかしそうに声をしぼり出す。
「アッキーに見られたくないからに決まってるでしょ」
「ふぅん。そうなんですねぇ」
焦らすように、どこか間延びした話し方をする新田。
「でも、まぁ…確かにそうかもしれませんね。さっきまで三井センパイをお馬さんとして扱ってたのに、今度はご自身がお馬さんになっちゃうなんて…そんな姿見られたら、ご主人様としてのイゲンがなくなっちゃいますもんね」
後輩にあるまじき失礼な物言い。
でも藤崎は…
「ち、ちょっと新田…でも、まぁ、そんなとこよ」
新田の機嫌を損ねるわけにはいかない。
なので、強く咎めることもできず。
三井のほうを気にしつつ、顔を赤らめる。
「分かりました。他ならぬ藤崎センパイの頼みなら、聞かないわけにはいかないですね」
「えっ」
意外そうな表情をする藤崎。
素直に要求が聞き入れられるとは思っていなかったのだろう。
明らかに安堵していた。
「という訳ですので…少しの間、控室で待機していただけますか、三井センパイ?」
問われた三井。
新田と藤崎を交互に見比べたあと、不安そうに頷いた。
もとより、立場の低い彼女に拒否権などないのだ。
「こ、この子に、あんまり酷いこと、しないでよ」
ご主人様であり、可愛い後輩でもある藤崎。
彼女の身を案じているのか、新田にそう告げる。
三井は、新田の恐ろしさを身にしみて知っているのだ。
新田が、笑顔で答える。
一方、藤崎は。
三井に『この子』呼ばわりされたのが気に入らなかったのか、少し不機嫌そうな顔をしていた。
いや、悲しんでいるのか。
控室へと歩いていく三井を見送ってから…
「あ、ありがと、新田」
「いえいえ、いいんです。でも…」
新田が真顔になる。
「三井センパイのレンタルは今日でおしまいですよ?いまさら見栄を張っても仕方ない気もしますけど?」
「そっ、そんなこと、分かってるよ」
イラつく藤崎。
「それに、先輩に対してこんなことを言うべきではないのかもしませんが…」
申し訳なさそうな素振りをしつつ、続ける。
「三井センパイに対しての呼び方も。先ほどまでならともかく、もうアッキーなどと呼んでは、失礼かと」
「そ、それは…」
言い返したいのに言葉が出てこないのか、口をパクパクさせる藤崎。
新田の言う通りなのだ。
負けてしまった以上、三井への調教はこれで終わり。
以前のような、先輩後輩の関係に戻らなければならない。
いや、あんなことをしておいて、そもそも戻れるのか…
「でもまぁ、それはそれとして…」
残忍な笑みを浮かべる、刑の執行者。
「三井センパイも見ていないことですし、これで心置きなくお馬さんになれますね」
「こっ、心置きなくって何よ」
「だって、三井センパイが見てたら恥ずかしいんでしょう?」
「それは、そうだけどさ…」
ゴニョゴニョと口ごもる藤崎。
「それに…藤崎センパイの頼みを聞いてあげた代わり、って訳じゃないけど…私も、ちょっと楽しんじゃおうかな」
冷酷な女王様。
その本性を、少しずつ剥き出しにしていく。
「た、楽しむ…?」
藤崎の顔が引きつる。
「で、でも、私が乗せるのはアンタじゃなくて…」
「分かってますよ。乗るのは畑川センパイです。私はただ、お馬さんの傍を一緒に歩くだけ」
「お、お馬さん、って…」
お馬さん呼ばわりされた藤崎が、非難するような目で新田を睨む。
しかし、新田は全く意に介していない。
「実は、考えてたんですよね。三井センパイも見ている手前、ちょっと手加減してあげないとかわいそうかなって」
「え、て、手加減…?なにを言って…」
「でも、三井センパイは今、控室にいらっしゃるわけですからぁ…」
左手に持った鞭。
その先端で、自身の右手のひらを軽く叩く。
それを、数回繰り返す。
「あっ、アンタ…変な事考えてたら、承知しないからね!」
精一杯の強がり。
でも、声が震えている。
それが一層、彼女の今の心境を表しているように感じられた。
「そんなに恐がらなくても大丈夫ですよ。いつもこの子たちがされてるよりは、全然楽だと思いますからぁ」
この子『たち』。
新田のその言葉に、畑川がかすかに反応する。
不安そうに、藤崎の顔色をうかがう畑川。
藤崎は、本当に余裕がないのだろう。
微妙なニュアンスの含まれた新田の言葉に、何の反応も示さなかった。
「それともぉ…やっぱり恐いんです?逃げてもいいんスよ、センパイ?」
新田の、明らかな挑発。
しかし…
「だ、だれが!」
今の藤崎には、受け流す余裕もないのだろう。
「ふふっ、ごめんなさい。少し調子にのっちゃいました」
悪びれもせず、言い放つ。
むしろ、舌なめずりをしているようにも見えた。
「さてと。おしゃべりはこの辺にして、そろそろ始めましょうか。お馬さんになる心の準備はできましたか?」
膝パッドを付け終わった藤崎。
「ね、ねえ、ホントにコレ付けなきゃダメ?」
手に持っているのは、轡を模したマスクと、手綱。
「先輩に対して心苦しいですけど…でも、ルールですから」
新田の言葉に、渋々従う藤崎。
装着に手間取る藤崎を、私と畑川が手伝う。
ようやく付け終わった藤崎を眺めながら、新田がささやく。
「お似合いですよ、藤崎センパイ」
「むぅっ!」
自分を舐め切った後輩の言葉。
抗議しようとした藤崎を、慣れない轡がジャマする。
スタート地点であり、ゴール地点でもある、黒いビニールテープ。
その前に、藤崎が立つ。
「それじゃ、まずは両手と両ひざを床につけて…お馬さんのカッコ、してくださいね?」
屈辱的な姿をとらされる。
それも、後輩に命令されて、である。
『私の前でひれ伏しなさい、負け犬』
まるで、そう言っているかのような新田の目。
悔しさがこみ上げてきたのか、あるいは羞恥心か。
藤崎がうつむく。
何かに耐えているかのように、じっと動かない。
そんな彼女をじっと見つめる新田。
あえて急かさないのは、彼女のそんな様子をさえ楽しんでいるからなのかもしれない。
自尊心が藤崎を責めたてているのか。
あるいは、まだ現実を受け入れ切れていないのか。
それでも。
ふーっと大きく息を吐きながら。
ゆっくりと腰をかがめていく。
両膝が床に着き。
両腕を体の前に出す。
震える手。
それが、床に触れた。
藤崎の、四つんばいの姿勢。
いや、敗北のポーズか。
そんな藤崎を、新田が見下ろす。
あざ笑うかのような新田の表情。
鞭を手で弄びながら。
しかし、床を見つめている藤崎は、そのことに気づけない。
「それじゃ、畑川センパイ、藤崎センパイに乗ってください」
馬の背に跨る畑川。
藤崎が、うめき声をあげる。
人を乗せて這い進む。
一見すると、なんでもないようなことだが、実際はかなりしんどいのだ。
騎手の体重に慣れようとしているのか。
それとも、己の境遇に必死に慣れようとしているのか。
藤崎が、ふーっ、ふーっ、と、何度も大きく息をしている。
と。
新田が、私のほうを見ていた。
手招き。
近寄った私に、新田が渡したのは…
「撮りな」
私にしか聞こえないような、小さな声で。
スマホを手渡す新田。
画面に映った、赤い丸ボタン。
ここをタップすれば、すぐにでも録画が始まるようになっている。
これで、罰ゲームの様子を撮影しろというのか。
新田を見る。
しかし彼女は、既に私のほうを見ていなかった。
「騎手にいきなり手綱を引かれるのは怖いでしょうから、私が引かせていただきますね」
新田が手綱を握る。
馬は相変わらず床を見つめたまま、荒い呼吸をしている。
もはや、新田の声がどこまで届いているのか分からなかった。
新田が、無言で畑川に何かを手渡した。
驚きの表情を浮かべたあと、意図を理解したのか、頷く畑川。
受け取ったそれを、左手に持ち替える。
それを見届けた新田。
馬の耳に顔を寄せた。
「とってもお似合いですよ。センパイも、本当はこちらのほうが向いているのでは?」
馬が、目を見開いた。
「お、おい!どうい…うっ…」
言い終えることができない馬。
畑川が、太ももで馬を締め付けたのだ。
「くっ…」
苦しいのか、あるいは屈辱なのか。
畑川が、脚で合図を送る。
『進め』
藤崎の顔が真っ赤になる。
命令されているのだ。
馬として。
「ほら、何してるんです?」
新田。
グズグズするな、と言わんばかりに。
それが、藤崎の感情を煽る。
再び、騎手が合図を送ってくる。
『進め』
観念したのか、ようやく馬が進み始める。
「藤崎センパイの、お馬さんとしてのデビューですね。思い出に残る、楽しいお散歩にしましょうね」


コメント
良い感じの調教がはじまりますね!
これからどんな感じになるか楽しみです!
次、楽しみにしてます!
>てつさん
返信、遅くなりました💦
コメント、ありがとうございます!
藤崎が、今後どのような道を辿っていくのか。
見届けていただけたら嬉しいです。
素晴らしいです。やはり新田が一枚上手の雰囲気が出ていて良い感じに調教スタートして、次回に期待です!
その一方で、逆に藤崎が勝利して、立場逆転するIFルートも読んでみたいです! M転する新田も見てみたい!
>匿名さん
返信、遅くなりました💦
コメント、ありがとうございます!
IFルートですが、今のところ中谷と三井の大まかなシチュは考えており、早く書いてみたいと思っています。
あとは、新田と藤崎の力関係がどう変わっていくか…
エッチな展開をお届けできたらと思いますので、気長にお待ちいただけたらと思います😌