畑川の体が小さく震える。
「ち、ちがっ、わた、わたし、は…」
「寝取られマゾだもんね、麻友ちゃん?」
俯いた畑川。
ブルッ、ブルッと。
体が、震える。
「いいんだよ、素直になっても? 恥ずかしいことなんてないんだからさ。ここにいるみんな、そんな麻友ちゃんがかわいくて仕方ないんだから」
畑川が顔を上げる。
つぶらな瞳。
まるで『そうなの?』と言っているかのような。
新田が、胸元から何かを取り出す。
ネックレス。
掲げるように、少し持ち上げながら言う。
「2号の貞操帯、管理したい人?」
内海が手を上げる。
続いて優菜。
間を置かず、大貫も手を上げた。
「ほら、ね? 麻友ちゃんのご主人様になりたい人が、こんなにいるんだよ。よかったね」
手を上げながら、内海が語りかける。
「そういえば、映像の中で新田ちゃんが言ってたけど…この中で誰に管理してもらいたい、2号?」
笑みを浮かべる優菜。
畑川は困ったような表情を浮かべながら、3人を見比べ始める。
「そ、それは……」
「私はキビシイよ? 高校時代、さんざん後輩をしごいてきたからね。『いっぱいしごいてください』って、かわいくオネダリできたら、いっぱいしごいてあげる。待機のポーズをしながら、腰をヘコヘコさせてね。私の顔色をうかがいながら、ヘコヘコ、ヘコヘコ…上手にできたら、外してあげる。私の格下だってことを噛みしめながらするオナニー、見ててあげるね」
「私だったら、そんなことはさせないな」
大貫が続く。
「だって、外す必要なんてないよね?あなたみたいなヘンタイは、ずっとそうしてるのがお似合いなんだから。これ以上、あなたみたいなヘンタイが生まれないよう、一生それを付けたままでいなさい。そのかわり、私のそばで見させてあげる。私が社会的な地位を得ていくところも、愛しいダンナ様と愛を交わしているところも。子どもができたら、お世話係にしてあげる。でもね、年頃になったら、不思議に思うかも。『なんでママの先輩だったのに、ママにペコペコしてるの?』って。なんて答える?マゾで寝取られ好きな畑川センパイ?『麻友はヘンタイだから、貞操帯で管理していただいてるんです』って。『じゃあ、今度からはママじゃなくて私が、おばさんのこと、飼ってあげるね』って言われたら、どうするの?」
「こっ、子どもに、管理…」
眉根を寄せながら、鼻息を荒くする畑川。
「なに本気にしてるの? やめてね、子どもの教育に悪いから。うわっ、ホントに、私の子どものペットになるところを想像してるの?キモッ」
続いて、優菜。
「私は2人みたいに厳しくないよ。私の言うこと聞いてくれたら、ちゃんと外してあげるからね。2号の大好きなオナニーも、たくさんさせてあげる。大好きな1号の前で、ね。新田ちゃんや私、もしくは新入部員たちが1号をかわいがってる前で、2号はオナニーするの。新入部員から『センパイ、何してるんですか?』って聞かれたら、上級生として、きちんと答えるんですよ?」
一拍、置いてから。
『見て分かんないの? 寝取られオナニーさせていただいてるの』って」
ふふっと笑う優菜。
「『アンタたちもいずれは私のご主人様になるんだから、ちゃんとマゾの扱い方を覚えなさいよ』って、威厳たっぷりに言うんですよ?」
「そ、そんな、こと…」
「いい?最初が肝心なんだから。舐められないように、先輩としてビシッと言わなきゃダメだよ?馬術を教えて、マゾの扱い方も教えて…やることがたくさんあるね。でも、やりがいもあるでしょ?頑張って、2号好みのステキなご主人様を育ててね?」
「結花ちゃんはどうする?」
優菜が、笑みを浮かべながら尋ねる。
彼女がどうこたえるか、分かっているだろうに。
聞いて、揶揄おうというのだろう。
先ほどから表情をこわばらせている溝口。
時おり畑川の体を眺めては、怒ったような顔をしてうつむく。
いや、悲しんでいるのか。
「どうしたの?つらいの?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
うつむいたまま、小さな声で答える。
「もしかして、怖いの?」
「怖い?何が?」
イラッとしたような顔で新田を睨む溝口。
「アンタ、さっきから調子に乗ってんじゃないの?」
「そんなつもりじゃ…」
思わぬ反撃に、焦る優菜。
「ちょっと、溝口。そんな言い方…」
内海がたしなめる。
舌打ちをする溝口。
「見苦しいわよ、溝口」
「は?見苦しい?何が?」
「あなた、貞操帯に興味があるんでしょう?さっきから2号のこれ、チラチラ見てたものね」
溝口がたじろぐ。
しかし、言葉を重ねられるごとに、ますますかたくなになっていくようにも見えた。
何となく、気持ちは分かる。
惹かれつつも、それを認めたくないという気持ち。
認めてしまったら、自分が自分じゃなくなってしまう。
19年生きてきた、溝口結花という人間。
それを、否定することになる。
プライドが高く、ストイックで、時には先輩に意見もする。
こうありたい、こう思われたいという、自分。
その土台が、根底から崩れてしまう。
貞操帯をつけられて、カギを取り上げられて。
外してくださいと懇願する。
しかし外してもらえず、焦らされ続け、蔑まれ、揶揄われながら、そんな相手に土下座をする。
ようやく外してもらえたとしても、本当に欲しいものを目の前で見せつけられ、それを見ながら自分を慰めるしかない。
寝取られ。
自分と対等、あるいは下に見ていた相手に。
プライドも、人間としての権利も差し出す。
立場逆転。
自分が卑屈になっていくのに比例して、相手がどんどん増長していく。
在りし日の自分と、相手を思う。
複雑な感情を抱えながら、相手の名前を反芻する。
■■のクセに…と。
そう思っても、心が、体が疼き、媚びてしまう。
そして、いつしか服従しているのだ。
孤高な一匹狼、溝口結花。
貞操帯で管理された寝取られマゾの5号。
同じ人間にも関わらず、その違いはあまりにも大きかった。
苦しいと思う。
でも…
苦しさだけではない。
私や畑川が、新田をご主人様として慕っている理由。
逆らえないから、ではない。
嫌なら拒否すればいい。
でも、そうはしない。
支配されることの喜びを知ったから。
服従することの充足を知ったから。
支配関係だけではない。
そこには絆が、信頼関係があった。
あまりに歪で、傍から見たらそう見えないかもしれないが。
時にぶつかり、時に間違えながらも、よい関係を築いてきた。
私はそう思っている。
でも…
それを溝口に伝えられないのがもどかしかった。
重い空気が流れている。
不貞腐れたようにそっぽを向く溝口。
どこか気まずそうな1年生たち。
畑川。
溝口に対して何か言いたそうにしていた。
すぐに、新田がそれに気づく。
「2号、どうしたの? 何か言いたいことがあるなら、言いなさい」
新田を振り向き、再び溝口を見る畑川。
そして、一度うなずく。
「ねえ、溝口、聞いて?」
目の前にいる後輩に語りかける。
声の主に、視線が集まる。
そっぽを向いたまま、目だけを動かす溝口。
なんですか?
言葉はない。
目で、畑川に先を促す。
「今の私、すごくかっこ悪いよね。普段は先輩として偉そうにしてるのに、こんな格好して、新田たちに命令されて…」
「かっこ悪いなんてもんじゃないです。信じられない。よくそんなことできますね。しかも、後輩の前で」
心底、軽蔑したような声。
「いくらマゾだからって、そんな…あぁ、新田に弱みを握られて、脅されてるのか」
「違うの。そうじゃないんだよ、溝口」
落ち着いた声。
でも、そこには切実さがあった。
「無理やり、こんなことさせられてるわけじゃないの。こんな格好して、さっきの映像の後だし、説得力ないかもしれないけど…」
胡散臭そうな溝口。
でも、畑川の言葉に耳を傾けているのは分かった。
「私は、自ら望んで、こうしてるの。もちろん、その…マゾだから、というのも、ないわけではないんだけど…」
言って、気まずそうに咳払いをする。
「私が新田とこういう関係になるまでには、色々あったんだよ。最初はすごく葛藤した。かっこ悪いし、情けないし、自分が嫌で仕方なかった」
苦笑する畑川。
その傍で、新田が注視している。
「なんで私、こんなことしてるんだろうって。大好きな先輩が、まるで家畜みたいに新田に鞭打たれて…辛いのに、苦しいのに、目が離せなくて…その新田に、やめさせるどころか、私も飼われることになってさ…部活も、何度かやめようとしたこともあったんだよ」
新田が目を見開く。
溝口も、畑川を正面から見つめている。
「でも、やめられなかった。馬術部で、馬術部のみんなが好きだったから。気付いたんだ。本当の自分から目を逸らすことなんてできないって。私はマゾだよ。しかも、後輩に飼われてる寝取られマゾ。でも、どんなに否定したって、それを変えられるわけじゃない。一度気付いてしまったら、もう、どうしようもないの」
畑川の告白。
この場にいる全員が聞き入っていた。
「確かに、今の私はみっともないし、情けないように見えると思う。実際、そうだしね。でも、分かってほしいのは、今、とても満たされているってこと」
「満たされてる?」
「うん。溝口も、今日まで私たちがこんなことしてるなんて気付かなかったでしょう?私も部活中は馬術に全力で励んでるし、プライベートも楽しんでる。本当の自分を受け入れたからといって、溝口の価値が下がるわけでも、人間として劣るわけでもない」
彼女自身、経験したからこそ語れる言葉。
この数ヶ月、ずっと悩んでいたのだ。
そのことに思い至りもせずに、私は…
「だから、怖がらないで、受け入れてあげてほしい。溝口が本当に望んでいることを、溝口自身が気付いてあげてほしい」
溝口を見つめながら語りかける畑川。
慈しむような目。
溝口の返事はない。
ただ、じっとうつむいたまま。
さっきまであった頑なさは、もうない。
「すぐに分かってほしいとは言わないよ。無理強いもしない。ただ、溝口が思ってるほど悪いものじゃないよ、ってことが言いたかったの」
「…はい」
「私だけじゃなくて、あそこにいる3人もきっとそう。今の自分を受け入れて、自分の意思で、ここにいる。いつか、溝口にも知ってもらえたらいいな」
畑川の言葉。
若干、美化しすぎな気もするが…
私はともかく、三井も藤崎も、きっかけは半ば強引だったのだ。
ただ…
あながち間違いではない。
そう思うことにした。
もし溝口が、自分の被虐性を認め、5号になるのであれば…
いや、5号にならずとも、マゾとしての己を受け入れるのであれば…
私は、彼女を全力で守りたいと、強く思った。
さっきまでノリノリで畑川を責めていた3人。
神妙な面持ちで2人を眺めている優菜。
バツが悪そうに頭をかく内海。
興がそがれたと言いたげに、不機嫌そうな大貫。
ただ、3人とも畑川の言葉に、何か感じるところがあったのだろう。
今日のここでの出来事を、自分の言動や行動を、振り返っているのかもしれない。
溝口だけではない。
彼女たちも、ビギナーなのだ。
いや、私たちも、か。
私と新田の二人だけで始めた、お馬さんごっこを仮託した調教。
人数が増えるたび、規模は広がり、内容も思惑も複雑になっていく。
まだ、いくら成人しているとはいえ、中身はほとんど子どものようなものだ。
思わぬ方向へ進み、取り返しのつかないことになる可能性は、ゼロではない。
ご主人様とポニー。
サディストとマゾヒスト。
であると同時に、先輩と後輩でもあるのだ。
その境界線は、どんどん曖昧になっていく。
むしろ、主導権は後輩側にあると言ってもいい。
このままでいいのか。
先輩としての責務から、逃げているだけではないか。
それにひきかえ、畑川は溝口の気持ちに寄り添った。
ポニーとしてではなく、人間対人間として。
先輩として、溝口の心を救い、導こうとしたのだ。
私は何をしているのだ。
ステージの上で、情けない姿で、ただ快楽に身を委ねて…
強烈な羞恥心。
劣等感。
被虐心ではない。
人として、情けなかったのだ。
「さてと。なんか、しんみりしちゃったね」
場の空気を変えようとしてか、少しおどけて新田が言った。
「あっ、ごめんなさい…」
謝る畑川に、新田は首を横に振る。
「ううん、違うの。むしろありがとね、センパイ」
キョトンとする畑川。
「結花ちゃんのこと、気にかけてくれて。実はね、私もさっきから結花ちゃんに謝りたかったんだ」
「あん?何が?」
溝口が怪訝そうに新田を見る。
「さっきさ、色々言い過ぎたなって。ほら、1号の罰ゲームの時…」
「あぁ、さっきの…」
「ごめんね、結ちゃん」
「別に、そんなこと…」
気まずそうに頰を掻く溝口。
他の1年生も、二人を見守る。
ただ一人、事情を知らない大貫。
何があったの?と内海に尋ねている。
「まあ、私もさ、正直、全く興味がないって訳でもないっていうか…」
ぼそぼそと呟く溝口。
「えっ!」
優菜が嬉しそうに声を上げる。
続けて何か言いそうになるのを、内海と大貫が制した。
「か、勘違いするなよ? 別にそれ…つけたいとかじゃないから」
畑川の下腹部に視線を送りながら。
「ただ、畑川センパイがつけてるの見ると、変な気分になるっていうか…それだけ!」
精一杯の強がりなのか。
貞操帯をつけてみたいと言っているようなものではないかと思ったが…
誰も、それを追及することはなかった。
「それじゃあさ、今度の調教、見に来る? 畑川センパイをいじめてあげてるところ、見せてあげる」
溝口の顔が赤くなった。
「ま、まあ、気が向いたらね」
新田が笑う。
「あ、でも別に、アンタに調教されたいとかじゃないからな!」
「分かってるって」
「結花ちゃん、いいなぁ。私も参加したい!」
優菜が手を上げる。
「ね、いいでしょ? お願い!」
両手を合わせて新田を拝む。
「優菜、アンタねぇ…」
「まあ、でも、私たちも、ねえ……」
内海と大貫が顔を見合わせてから、新田を見つめる。
「いいんじゃない、新田」
「そうそう。人数多いほうが楽しいし」
鳥越と浜本も続く。
嬉しそうな、しかし少し困ったような表情を浮かべる新田。
と。
ステージの方を振り返った。
目が合う。
新田の言葉はない。
ただ、その目が私に問いかけていた。
ま、いいんじゃない?
そんな気持ちを込めて、私は頷くのだった。


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