遠野シスターズ 第二章(3)融解

「今週末、お父さんの所へ行ってくるから」
夕食中、母からそんなことを聞かされる。
「お父さん、腰を痛めちゃったみたい。大変そうだから、ちょっと行ってお世話してくるね」
「そうなんだ」

単身赴任中の父は、県外で独りで暮らしていた。
もう、3年になる。

「ご飯は作って冷蔵庫に入れておくから、チンして食べてね。土日はお母さんいないけど、お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞きなさいよ」
「へいへい」
ということは。
週末、姉とふたりきり。
「まあ、心配はしてないけどね。最近、あなたたち、仲良さそうじゃない?何かあったの?」
「べ、別に…」
なんとなく気まずくなり、食べ終わった後は、そそくさと自室へ。


姉の部屋の前。
ドアをノックする。
「どうぞー」
‎ر姉の声。
部屋に入り、いつものようにテーブル、座る。

「お姉、聞いた?」
「ん、何を?」
「さっき、お母さんが言ってたんだけど、お父さん、腰痛めたらしい」
「ああ、その話か。ギックリ腰でしょ。昔にも一度なってたよね」
「そうなの?知らなかった」
「アンタがまだ小さい時だったから、覚えてないか」
「うん…」
「何?心配なの?」
「それもあるけど」
「けど?」
「お母さん、この土日は、お父さんのところに行くって」
「あぁ…それもお母さんから聞いた」

「土日は、リビングでできるね」‎
「あー、そういうこと?」
姉が、少し呆れたように笑う。
「お父さんが聞いたら、泣いちゃうよ?自分の心配より、そっちなんだって」
からかうような、姉の言い方。
「だってさぁ…」
「まぁ、ね。せっかくだし、ふたりきりじゃないとできないこと、したいよね」
「うん。だからさ、リビングでお散歩したりとか、してみたい。お姉はどんなことしたい?」
「私?」
考えるそぶりをする姉。
「私は…いっぱい甘えたり、芸をしたり、したいかな」
少し恥ずかしそうに言う。
「アタシに甘えたいんだ?」
「うん…」
「分かった。ひざまくらしたり、いっぱい頭なでてあげる。芸は…お手とかおすわりとか?でも、いつも同じのばかりじゃつまらないから、新しいの考えておくね」

「うん。アンタは、他にしたいことないの?」
「そうだなあ…お散歩だけじゃなくて、本当の犬みたいにお世話してみたいかな」
「どういうこと?」
「たとえばさ、食事とか。犬はテーブルに座って食べないでしょ?だから、床にお皿を置いて、手を使わずに、とか」
「…本気で言ってる?」
「あ、ごめん。嫌だよね。今のはナシ」
怒られると思って、とっさに取り下げる。
「ん?しなくていいの?」
「えっ、でも…いいの?」
「アンタがしたいなら、別にいいけど。したいんでしょ?」
「う、うん。したい」
「じゃあ、しようよ」
姉の顔をチラっと見る。
無表情のまま、部屋の一点を見つめている。
何を考えているのか分からないけど、イヤだったら断ってくるはず。
じゃあ、いいんだよね。

テーブルに座りながら食事をする自分。
その足元で、床に置かれた皿に顔を突っ込む姉。
手を使うことはできず、顔中を汚しながら、皿に盛られたご飯を食べる。
『どう?美味しい?』
『わん』
『あーあー、口の周りがベトベト。食べ終わったらキレイにしてあげるからね』

うーん。
いいかもしれない。
「ねえ、他には?」
「急には出てこないけど、あとは、トイレかなぁ…この前やったみたいに、ペットシートの上で、とか」
「あれかぁ。でも、また掃除するのイヤだなぁ。ニオイだって、しばらくとれなかったんだよ?」
「分かってる。ちゃんと対策は考えるよ」
「うん…あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「もう1つだけ、いい?」
「いいよ、何個でも」
「あのさ…笑わないでよ?」
照れたような笑みを浮かべながら、上目遣いでアタシを見る。

「姉ちゃんさ、甘えるのも好きだけど、その…焦らされたり、恥ずかしいことさせられたりするのも、好きなんだ。だから、そういうのも、してほしい」
顔を赤くしながら言う。
姉がそういうことを好んでいるのは知っていた。
ただ、改めて言葉にするのは、やはり恥ずかしいのだろう。
そんな姉を見ていると、愛しいような、いじわるをしたくなるような、むずがゆい気持ちになる。
「分かった。いっぱい焦らして、いっぱい恥ずかしいこと、させてあげる。だから、楽しみにしててね?」
「…ん」
やはり、恥ずかしいのか。
表情を変えず、耳まで赤くした姉は、一言だけ、そう応えた。


勉強が終わり、例の時間がやってくる。
姉が、机の引き出しから首輪を取り出す。
姉の秘めた願望を満たす、革製のヒモ。
そして、今はアタシにとっても大切なもの。
姉が、正座をする。
口に首輪をくわえて、あごの付近で両手を軽く握る。
そして…
『付けて?』
そんな言葉が聞こえてきそうな目で、こちらを見上げる。
もし尻尾が付いていたら、ブンブン振っていたと思う。
頼りがいのある姉から、犬へと変わっていく。
この首輪が、スイッチになっているのか。

手を伸ばし、首輪を受け取る。
「今日もいっぱい、かわいがってあげるね」
首輪をつけながら、耳元でささやく。
「わん…」
艶っぽい、あおいの声。

「ご主人様に、甘えたい?それとも、焦らしてほしいのかな?」
さっき聞いた、姉の願望。
「そんなふうに考えてたんだね。普段はまじめな顔してるのに。ホントはアタシにナデナデされたり、ほめてもらいたかったんだ?」
頭をなでながら、優しく語りかける。
恥ずかしそうに、コクンとうなずくあおい。
「いいよ、いっぱいナデナデしてあげる。頑張ってるもんね、あおいは。ほら、おいで」
腕をひろげ、受け入れる体制になる。
あおいが、嬉しそうに私のひざに頭をのせる。
そのままグリグリと、頭を押しつけてくる。

あおいの長い髪。
少しクセッ毛のアタシと違い、姉の髪はサラサラで。
それが、アタシは昔からうらやましかった。
そっと、髪をなでる。
「んっ…」
あおいが、気持ちよさそうに反応する。

そのまましばらくなでていると、あおいの視線に気づいた。
何か言いたげに、アタシを見つめている。
「ん、どうしたの?」
モジモジしたまま、答えないあおい。
「あ、もしかして…」
イクイクをしたくなったのだろうか。
「言わないと、分かんないよ?」
あえて、そんなことを言う。
「ほら、ご主人様に教えて?あおいは、何がしたいのかな?」
「ん、と…」
「トイレに行きたくなっちゃったのかな?」
あおいが首を横にふる。
「違うの?それじゃあ、なんだろうなぁ」

わざと、分かっていないフリをする。
少し、ムッとしたあおいが、アタシの腕をつかむ。
そのまま、腕を太ももではさみ込む。
「ん?イクイクしたくなっちゃったの?」
コクンとうなずく、あおい。
こちらを非難しているのか、あるいは照れ隠しなのか。
顔を導くしながら、上目づかいで睨むのだった。
このまま、させてあげてもいいけど…

『焦らされたり、恥ずかしいことさせられたりするのも、好きなんだ』
姉の言葉を思い出す。
どうしようかな。

「イクイクしたかったら、ちゃんとご主人様にお願いしないとね」
えっ、という表情をするあおい。
「ニンゲンの言葉、しゃべっていいからさ。アタシにお願いするの。そしたら、イクイクさせたげる」
「お、お願いって…何て言えばいいのよ…」
「何でもいいよ。『イクイクさせてください』でも、『イクイクするところ、見ててください』でも」
「くっ…」

言葉をしゃべるのは、姉としての理性が出てしまうのか。
いつもより、恥ずかしそうにするあおい。
じっと、アタシを睨みつける。
妹に、オネダリをさせられるのだ。
恥ずかしくないわけがない。
でも。
それだけではないはず。
現に、あおいはモジモジし始めていた。

ほんのわずかに、腰をゆすり始める。
息も、少しずつ浅くなっていた。
「ほーら、腰、動かさないの。まだアタシ、イクイクしていいって言ってないよね。したかったら、ちゃんとご主人様にオネダリするの」
さらに顔を赤くするあおい。
口をモゴモゴさせるが、なかなか話が出てこない。
ちょっとしたイジワルのつもりだったが、思っていた以上に恥ずかしいらしかった。

「ほら、ご主人様に言えるかな?」
「イクイク、させて、ください…」
しぼり出すような、かぼろい声。
「聞こえないよ。ちゃんと、ハッキリと言って」
「イクイク、させてください」
うつむいたまま、吐き出すように言う。
「いいよ、イクイクさせたげる」

こちらの顔も見ず、腰を動かし始めるあおい。
すでに昂っていたのか、いつもより動きがはげしい気がする。
本人も言っていたように、焦らされたり、恥ずかしいのが好きらしい。
アタシも、そんなあおいを見ていたら、変な気持ちになってきた。
もっと、イジワルなことしたくなっちゃった…

一心不乱に腰を動かすあおい。
「んっ…んっ…」
悩ましい吐息が、耳をくすぐる。
声や動きの変化が、あおいの状態をアタシに教えてくれる。
声が、切羽詰まったものへと移行していく。
眉根を寄せ、目をギュっと閉じるあおい。
リズミカルに腰を動かしながら、やがて来るはずの、快楽の波を待っている。
『それ』が訪れる、少し手前で…

「あおい、待て」
右手で、あおいの腕を軽くつかむ。
「えっ」
あおいが振り向く。
なんで?という、驚いたような、避難するような目。
「はい、いいよ」
納得がいかない様子だが、再び腰を動かし始める。
あおいの声が、再び切なさを帯びていく。
腰のグラインドが、さっきよりも激しい。
オアズケされてしまった分、それを取り戻そうとしているかのようだった。
「あおい、もうイクイクしちゃう?しちゃうのね?」
声が届いているのか、いないのか。
顔をまっ赤にしながら、快楽を貪ろうとするあおい。
もう少しで、ようやくご馳走にありつける。
もう少しで…

アタシは再び『待て』をした。
あおいがアタシを睨みつける。
「まだ、まだだよ…はい、いいよっ」
そんなやり取りを、何度か繰り返す。
待てをするたび、あおいに余裕がなくなっていく。
ものほしそうに、うらめしそうにアタシを睨むあおい。
息はあらく、全身に汗がうかんでいる。
よほど辛いのか、それでもアタシの言いつけを、律儀に守る。

「いっぱいガマンして、いっぱい気持ちよくなろうね。あ、ほら、また腰が動いてる。まだ待て、だよ。ご主人様の言うことが聞けないの?…はい、いいよ」
姉の声が、次第に太く大きくなっていく。
犬というより、ケモノのそれに近いのかもしれない。
聞いたこともないような、下品な声。
見たこともないような、下品な顔。
‎涙とヨダレと汗で、ぐちゃぐちゃの顔。
イかせてあげたい。
イかせたくない。
優しさと、いじわるな感情が、ものすごいスピードで入れ替わり続ける。

そして、また。
「あおい、ま…」
言いかけた時。
「やだやだ!やだよぉ…」
あおいが、子どものように駄々をこね始めた。
髪を振り乱しながら、頭を左右にふる。
「いじわる、しないでよお…ホントに辛いのぉ…イクイク、させてよぉ…」
幼子のように、泣きながら懇願してくる。

ふと、我に返った。
「ごめんね。もう待て、しないよ。いっぱいイクイクしていいからね?」
優しく、諭すように、語りかける。
「ホントに?」
「ホントだよ。ほら、見ててあげるから」
あおいが、腰を動かし始める。
太ももにはさまれた手は、しびれて感覚がなくなり始めている。

「たくさんガマンできて、えらかったね。いっぱいイクイクして、気持ちよくなろうね」
うう~、うう~、と、ケモノのような声をあげながら、あおいは腰をゆする。
普段見せたことのないあおいの姿に、少し怖くなる。
さすがにやりすぎたか。
愛液が、腕から床にしたたり落ちる。
見ると、床に水たまりのようなものができている。
おぉっ、おぉっ、という、ケモノの声。
部屋にたちこめた、あおいのニオイ。

女として、少なくとも自分よりは成熟しているあおい。
人の、女の、底なしの業を、かいま見てしまった。
プレイというには、今の状況はあまりにも自分にとって生々しすぎた。
ドッドッドッ…
さっきから、自分の鼓動の音がうるさい。

全身が、特に顔が熱い。
汗まみれで、それに…
パンツも、たぶん濡れている。
確かめなくても、分かる。
自分が書き換えられていくような感覚。
さっきまでの自分には、もう戻れない。
床の、大きくなっていく水たまりを見つめながら、なんとなく、そう思った。
「いっ、イクッ…イグ、イグイグッ…」

あおいの声で、我にかえる。
「もうイッちゃうの、あおい?」
雄たけびをあげる、あおい。
あんなに頭のいい姉でも、こんな一面を持っているのだ。
姉だけでなく、みんな、そうなのだろうか。
もしかすると、自分も…

「イクイク。気もちいね?ほら、見ててあげる。あおいが気持ちよくなるとこ、見ててあげるから。ほら、イクイク、イクイク…」
声が届いているのかどうか、分からない。
それでも、耳もとでささやき続ける。

「あおいはいい子だね、一生懸命がんばって、ちゃんとご主人様の言いつけも守れて。えらいね。あおいは、アタシの自慢の姉だよ。大好き。大好きなお姉ちゃん。ほら、妹に、気持ちよくなるとこ見せて?エッチな顔…そんなに気持ちいんだ?ヨダレまみれのベトベトな顔、キレイだよ」

自分でも、何を言っているのか分からなかった。
ただ、熱にうかされているかのように、口から言葉が出てくる。

「ヘコヘコ、ヘコヘコ、腰を動かして、かわいいよ、お姉。頭のいいお姉でも、気持ちいいとそんな顔になっちゃうんだね。いいよ、バカになろ?いっぱいイクイクして、いっぱいバカになろ?大丈夫だよ、アタシがお姉のこと、面倒みてあげるから。だから安心して、イクイクしよ?イクイクして…いっぱいバカになろ?」

快楽で知性が溶けてしまったかのような、あおいの雄たけび。
ヨダレを垂らしながら。
ガクガク、ガクガク、と、あおいが体を痙攣させる。
アタシの腕を抱え込むようにして、股間を強く押し付けてくる。
溢れ、ぼたぼたと滴り落ちる愛液。
圧迫され続け、とっくに感覚のなくなった腕。
ぐったりとしながら、なおもアタシの腕を離さないあおいのも耳元で、ささやく。

「あーあ、バカになっちゃったね。かわいかったよ。大好き」
汗ではりついた髪をかきわけ、ほっぺにキスをする。

姉として、妹として、これでいいのか。
そんな考えが頭をよぎる。
今は、そんなことどうでもいい。
そんなこと、後で考えればいい。
答えなんて、どうせ考えるまでもない。
分かりきったことだ。
でも、今はただ…
ぐちゃぐちゃのまま、大好きな姉と一つに溶けあっていたかった。

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