ポニーガールとご主人様 第一章(1)生まれてきた理由

大学へと進学。
サークル勧誘のラッシュ。
鬱陶しかったが、それでもどこかのサークルへ入ろうとは思っていた。
帰宅した私は、受け取ったチラシを整理した。
どれもこれも、私の興味を惹くものはなかった。
全部まとめて捨ててしまおうか。
そう思ったとき。
1枚のチラシが、目にとまった。

馬術部。
『初心者、大歓迎』の文字。

チラシに書いてあったとおり、初心者の私でも歓迎された。
というより、部員のほとんどが未経験者らしい。
先輩や乗馬クラブの職員に教わりながら、私は乗馬の技術を身につけていった。

部員を乗せ、馬場を駆けまわる馬。
私も、馬にまたがる。
手綱や脚、鞭でこちらの意思を馬に伝える。
言葉こそ使えないものの、私たちは確かに会話していた。
彼らは、驚くほどこちらの気持ちを察知した。
繊細で、温厚で、優しい彼らとの交流は、非常に充実したものだった。

私は乗馬にのめり込んでいく。
ただ、一点。
先輩や同期たちが鞭を振るうのを見るたび。
私は、胸がキュッと締め付けられた。
こちらの意思を伝えるための道具であり、行為。
分かっていても、体が勝手に反応してしまうのだ。

二年生になり、後輩部員が入ってくる。
今度は、指導担当として後輩を育てる番だった。
後輩を指導しながら。
ふと、想像してしまう。
この子は、どんな風に私を調教してくれるだろう。
どんなふうに、私を乗りこなすだろう。
そんな妄想。

この子が私を慕っているのは分かった。
潤んだ目でこちらを見る後輩。
この子なら私を受け入れてくれるだろうか。
でも…
何となく分かる。
この子は私と同じ。
調教するより、されることを望む側。
本人がそれを自覚しているかはともかく。

三年生になり、新たな新入部員がやってきた。

一瞬、中学生が紛れ込んできたのかと思った。
「新田といいます。よろしくお願いします」
人懐っこそうな笑顔。
ショートカットで童顔な彼女は、ハキハキと喋った。

本来なら二年生が一年生とペアになり指導にあたる。
ただ、二年生の人数に比べて一年生の人数が多かった。
足りない分は、三年生がついた。
「中谷先輩、よろしくお願いします」
私の担当は、例の小柄な女の子。
新田は物覚えがよかった。
私の言ったことを、スポンジのように吸収していく。

「先輩の教え方が分かりやすいからですよ」
明るく朗らかな彼女。
気遣いもでき嫌味のない彼女は、先輩や同期からも可愛がられているようだった。
ただ…
私は彼女が苦手だった。
嫌いとかナマイキとか、そういうことではない。
何となく。
自分が自分でいられなくなってしまうような。

不安。
恐怖と言ってもいいかもしれない。
そんな何かが、彼女にはあるような気がして…

この子は、私をどう責めるだろう。
そんなことを考える、昔からの癖。
でも、なぜか新田に限っては、そんなことを考えたことがなかった。
その理由を深く考えることもしないまま、時は流れ…

馬場にて。
「ほら、これ見て」
新田に、スマホの画面を見せる。
言葉だけで説明するより、画像や動画を見せたほうが早いこともあるのだ。
ブラウザを起動した瞬間。
「あっ…」
画面に映ったのは、昨夜観た動画。
女の子を背に乗せた女性が、部屋をはい回る映像。

即座に指を動かし、画面をスワイプする。
時間にして、ほんの一瞬。
気付かれただろうか。
そっと、隣を見る。
馬のほうを見ている、新田。
見られたのか。
それとも、気を使われているのか。

帰宅後も、気が気ではなかった。
新田に、見られただろうか。
私が普段、どんな動画を観ているか。
どんな願望を持ち、毎晩どんなことを妄想しながら、自身を慰めているか。
もし、気付かれたとしたら…
得体の知れない不安が湧き上がる。

翌日、普段と変わらない新田に安堵する。
きっと、スマホ画面は見られていなかったのだ。

しかし、その頃から、私たちのパワーバランスが少しずつ変わり始めていく。
新田が、私に冗談を言ったり、からかってくるようになったのだ。
最初は私の反応を確かめているような印象で。

他のメンバーがいる時には、相変わらず『いい子』を装う新田。
しかしふたりきりの時は、わざと怒らせるようなことを言うのだ。
私が怒らないでいると、更に調子に乗り始め。
堪り兼ねて怒ると、『ごめんなさい』と申し訳なさそうな顔をするものの、すぐに元の調子に戻ってしまう。

ある日、部室へ行くと何やら騒がしい。
騒ぎの中心には、ふたりの二年生。
見た瞬間、ゾクゾクっとした。
ひとりが四つんばいになり、もうひとりがその背にまたがっている。
お馬さんゴッコ。
私に気付いた別の二年生が、慌ててふたりを止めようとする。
「いいよ、止めなくて」

何でも、ふたりは罰ゲームを掛けて勝負をしていたのだという。
その結果が、この状況というわけだった。
あきれ顔をしつつテーブルに腰かけるが、例のふたりから目が離せない。
ふと。
新田と、目が合った。
なぜか、慌てて視線をそらしてしまう。
そんな自分に気付き、無性にいら立ってしまう。
そんな気持ちとは裏腹に、鼓動は早くなっていく。

その日の練習後。
部室で、私は新田と二人きりだった。
相談したいことがあると新田に言われたのだ。

他県から進学してきた新田。
地元は遠く、すぐには帰ることができない。
ホームシックというわけではないが、寂しさを抱えていたとのこと。
そんなとき、今日のお馬さんゴッコを見た。
幼いころ、姉にお馬さんゴッコをしてもらった記憶が蘇り、いてもたってもいられなくなってしまった、と。

「私のお馬さんになっていただけませんか?」

他の後輩なら、すぐに了承しただろう。
でも、新田は…
もし、ここで了承したら、もう今の私には戻れなくなってしまう。
本能的な恐怖。
「なっ、何言ってんの。できるわけ、ないでしょ」
「中谷先輩にしか頼めないんです。今日だけでいいんです。今日だけ…」
懇願するような、新田の目。

「し、しょうがないな…」
心臓が、バクバクしている。
「き、今日だけだぞ」
顔、赤くなっていないだろうか。
新田の前で、しゃがみ込む。
そして、四つん這いになり…

「ほら、乗りな」

努めてそっけなく。
仕方ないなぁ、という体で。
無言のまま、新田が私をまたがる。
背中に加わる、新田の重み。
新田は今、どんな顔をしているだろう。
大学生にしては、軽い。
でも…

「中谷先輩に、乗っちゃった」

新田の無邪気な声。
こみ上げる、屈辱と羞恥心。
呼吸が浅くなる。
顔が熱い。
新田の太ももが、軽く締め付けてくる。
発進の合図。
進みなさい、という、新田の命令。
被虐心に火がつく。
私は、ゆっくりと這い進む。

「中谷先輩を調教してるみたいで、楽しいですー」

「ちょ、ちょっと、調子にのるなよ?」
興奮を隠すように。
おちゃらけた言い方で抗議する。
「あ、ごめんなさーい」
反省のカケラもない言葉だけの謝罪。

「手綱があれば、もっとうまく乗りこなせると思うんですけどねー」
「た、手綱って」
轡をつけた私と、手綱を握る新田。
新田が、手綱と太ももだけで、私に指示を送ってくる。
私は、新田の指示通りに動く。
想像してしまい、カッと身体が熱くなる。
「ふふっ。冗談ですよ、センパイ。怒らないでくださいね」
「別に、怒ってはいないけど…」

ふと、姿見が目に入る。
楽しそうにはしゃぐ新田と、その下ではい回る私。
幼いころに見たアニメが、フラッシュバックする。
私の視線の先に気付いたのか。
鏡に映る新田と、目が合う。

「こうしてみると、ホントに馬の調教してるみたい…あっ、ごめんなさい」

「別に、いちいち謝んなくっていいから」
「えっ、そうですか?」
一頭の馬と、一人の調教師。

「ねえ、中谷先輩…」
そっと、耳元で囁かれる。

「ホントは中谷先輩も、こういうこと、したかったんでしょう?」

「そ、そんなわけ、ないでしょ」
「ホントに?」
「ほ、ホントだよ」

「じゃあ…なんでそんなエッチな顔してるの?」

心臓が、ギュっと掴まれたような気がした。

「私、中谷先輩がどんなことされたがってるか、分かりますよ?だって、ぜんぶ顔に書いてあるんだもん」
「いい加減なこと、言わないで…」

「いい加減じゃないです。試しに、今センパイが考えてること、当ててあげよっか」
「な、なによ…あっ…」

お尻を撫でられた。
「ここ、叩いて欲しいんでしょ、私に?」

「ち、違っ…」
「違わないでしょう?そんな嬉しそうな顔しながら否定しても、説得力ないですよ?」
「新田、ホントにいい加減に…くっ…」
お尻を掴まれる。
「センパイのドキドキが、伝わってくる。私に知られちゃって恥ずかしがってるドキドキと、叩かれたくて期待してるドキドキと…」
この瞬間、新田は完全に私を支配していた。

私自身、目を背けていたもの。
今の状況が仕組まれたものだとしても、このまま新田に全てを委てしまいたい。
新田を乗せて走る馬のように、私も彼女に調教されたい。

私の中の、ヒトとしてのプライド。
それが、気付くことを避けていた。
この子が、新田こそが、私のご主人様であることに。
気付いてしまったらもう戻れないから。

私が生まれた理由。
私が持つ、性癖の理由。
ご主人様に出会うために。
ご主人様の馬として、彼女にお仕えするために。

気付いてしまった。

これまで築いてきたヒトとしての価値観が、溶けて私の中から流れていく。
でも、それでよかった。
新しい価値観を、これから築いていくから。
この子と。
ご主人様と一緒に。
ヒトとしての価値観など、もうジャマなものでしかなかった。

「中谷先輩。今日は付き合ってくださってありがとうございました」
ご主人様が、頭を下げる。
「あ、あぁ。気にしないで。役に立てたのならよかった」

目上としての感情と、目下としての感情と。
どんな顔をしていいか分からず。
そっけなく、そう答えた。
「また来週、この時間、この場所で。先輩の本当のきもち、教えてください」
「…え?」
「ふふっ。じゃあ、また」

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