ポニーガールとご主人様 第二章(1)死闘、そして…

三井と畑川が部室を出ていく。
「私たちも、早く着替えて帰りましょうか」
衣装を脱ぎながら、私は新田にたずねた。
「さっきの三井とのことだけど…なんであんなこと言ったの?」

私のイメージでは、和気あいあいとまではいかないものの、もっと別の雰囲気を想像していた。
「いやぁ、やっちゃいました」
ポリポリと頭をかく新田。
「三井先輩に断られることを考えていなかった訳じゃないんですけどね。バカバカしいとか、ヘンタイはヘンタイ同士とか言われて、つい…」

三井を挑発する意図もあったのだろうが、言っているうちにヒートアップしたという面もあるのだろう。
なにより三井の『お子ちゃま』という言葉が新田に火をつけたようにも見えた。
「こうなってしまった以上は勝たないと…」
調教の時のふてぶてしさはなく。
歳相応の女の子がそこにいた。

約束の日まで、準備をする4人。
表面上は、これまで通り。
あくまで、表面上は。

リュックを背負った新田が、私に跨る。
いつもより、ズシっとした重みがある。
リュックには、新田と三井の体重差分のダンベルが入っているのだ。

そのまま、這い進んでみる。
思っていた以上に重く、ひざの痛みも大きい。
ルールでは、トラックを5周することになっている。
それに、相手も本気で掛かってくるはず。
実際、三井と畑川はふたりで準備を進めている気配だった。
なんで、こんなことに…

そして、勝負の日がやってきた。

会場をセッティングし、改めてルールの確認をする。
不正ができないよう、コース全体をスマホで録画すること。
スマホは、私と三井のものをそれぞれ使用すること。
先に中谷チーム、次に三井チームのタイムを計ること。

録画中の2台のスマホの前で、各自取り決めた勝負の条件を宣言する。

まずは中谷チームから。

【中谷】
勝利…現状維持
敗北…三井と畑川のペットになる

【新田】
勝利…三井をペットにする
敗北…三井のペットになる

負ければふたりとも三井のペットだった。

次に、三井チーム。

【三井】
勝利…中谷と新田をペットにする
敗北…新田のペットになる

【畑川】
勝利…中谷を新田から解放し、ペットにする
敗北…中谷と新田の『自主練』時、同席する

即席のペアだが、利害は一致していた。

4人とも衣装に着替える。
「泣いても許してあげないからね。私を怒らせたこと、後悔させてあげる」
「次回は馬の衣装を着せて、私が乗ってあげますね、三井センパイ」
睨みつける三井と、涼し気な顔を崩さない新田。
一方。
どこか落ちつかない様子の畑川。
神経質そうに、辺りを窺っている。

まずは私たちから。
室内を見渡す。
多目的練習室と呼ばれる、広めの会議室。
イスとテーブルを並べた即席のトラック。
歩くだけならさほどの長さではないが、四つん這いで、約50kgの重さを運ぶのだ。
床に貼った黒いビニールテープの前で、四つん這いになる。
背に、重みが加わる。

もし、この勝負に負けてしまったら。
三井をご主人様と呼ばねばならなくなる。
それだけではない。
これまでの関係性をダシに、私をからかい、蔑む三井。
彼女に跨られ、尻を叩かれながら部屋をはい回る。
弱みを握られた私は、残りの大学生としての時間を彼女の馬として過ごすことになる。

いや、もしかしたら、大学を卒業したあともその関係は続くかもしれないのだ。

スタートの合図である、スマホのアラーム。
鳴ると同時に、私は前へと進み始めた。
イスと机で作った即席のトラック。
その周りを這いまわる。
無我夢中だった。

必死の形相で這いまわる私は、さぞ滑稽だろう。
そんな姿を三井と畑川に見られている。
でも、気にする余裕はなかった。
床に貼ったビニールテープを通過する。
まず1周。
残り、4周。
息が上がり始めている。

体力は、もつだろうか。
もたせるしかない。
ペースは速いのか、遅いのか。

とりとめもない考えが、頭に浮かんでは消えていく。
次第に、それは一つの映像として形を作っていく。

イスに座る三井。
その足もとには、馬のコスプレ衣装を着た新田。
三井の左足を大事そうに両手で持ち、指先に舌を這わせる新田。
すっかりキバを抜かれてしまった彼女は、『ご主人様』の顔色を窺っている。
そのすぐ隣で、私も同じように三井の右足を持っていた。

練習後の汗で蒸れた三井の足。
汚れを清めるように、指の一本一本を口に含み舐めとっていく。
『ほらお前たち、もっと頑張りな?先にキレイにできたほうにはゴホウビをあげる。でも、負けたほうには、きつーいオシオキが待ってるからね』
私たちを手玉に取り、女王様然として振舞う三井。
名家の出身である彼女は、私たちを支配することで、更にその支配者としての資質を磨いていった。

『新田、アンタ足舐めるの上手くなったね。最初はあんなに嫌がってたのに。今じゃ夢中でペロペロ舐めて…そんなに私の足、美味しいの?』
一瞬、新田の顔に悔しさが滲む。
『お、おいひい、でふ…』
『そうなんだぁ。よかった。それじゃ、アンタが大学卒業したら、私の舐め犬として飼ってあげよっか?毎日ペロペロさせてあげる。嬉しいでしょ?』
表情が、悔しさから恐怖へと変わる。
『う、うれひい、でふ…』
それでも、三井に逆らうことはできない。

『紗枝、あなたまだ中指なの?新田はもう薬指終わったよ?ほんとトロいんだから』
『ふ、ふみまへん…』
三井は、私が舐めにくいようワザと右足の指だけ動かすのだ。
『ほらほら、また新田に負けちゃうよ?これで何連敗なの?負けグセがついちゃったんじゃない?』
言いたい放題の三井。

『それとも、オシオキされたくてワザと負けてるのかな、マゾの紗枝ちゃんは?この前、畑川に叩かれてお尻真っ赤にされたばかりなのに、また叩いて欲しいんだ?ホントにしょうがないヘンタイね』

三井が、勝者の名を告げる。
名を呼ばれた新田は、しかし浮かない顔をしていた。

『さ、みごと足舐めダービーを制した新田号のウイニングランに行きましょうか』
轡を模したマスクを付け、手綱を引かれながら部室内を這いまわる新田。
一方、私は…
騎手の衣装を着た女性の前で、跪いていた。

右手で鞭の柄を、左手で鞭の先端を持ちながら。
三井の横で、一部始終を眺めていた彼女。
かつては私の後輩で、指導担当でもあった、畑川。
今は、私と新田の、もうひとりのご主人様だった。
『もう。また負けちゃったんですか、先輩』
畑川の声。
そこにはもはや、憧れや敬意はなかった。

『3年生なのに、1年生に何度も負けて恥ずかしくないんですか?まったく。私が先輩の根性を鍛えなおしてあげます。ほら、お尻出しなさい、紗枝』
屈辱的な姿勢で、かつて指導担当だった後輩から『指導』を待つ。
『キレイな髪で、脚もスラっとしてて…こんなに美人なのに、マゾな先輩。同期でライバルだった三井先輩から、負けの味、覚えさせられて…ちょっと前まで無敗だったのに。負けグセまで付けられて、もう三井先輩には敵わなくなっちゃいましたね。競技の腕だけじゃなくて人としても。あの日、私たちとの勝負で負けてなければ、まだヒトでいられたかもしれないのにね』

「ほら、ラスト1周!」
新田の声。
景色が、一瞬で変わった。
意識が現実に引き戻される。
這いまわりながら、夢を見ていたのか。
この勝負に負けたら、あのような現実が待っているのか。
息苦しさ。
関係なかった。

体勢を崩さないよう細心の注意を払いながら。
必死に両手、両足を動かす。
三度目にビニールテープを通過した時には、精根尽き果てていた。

録画のチェックと、タイムを確認する。
2分38秒。
早いのか、遅いのか。

「さて、それじゃあ次は私たちの番ね」
三井。
その表情は、自信に満ちていた。
勝てるという確信があるのか。
それとも虚勢か。

畑川が、スタート位置につく。
その背に、三井が跨った。
室内に訪れる静寂。
そして…
アラームが鳴った。
畑川が、勢いよく進み始める。

先ほどまでソワソワしていたのが、うそのように速い。
三井。
床に触れないよう、足をたたみながら。
トラックを回っていく。
折り返し地点を過ぎる。
必死の形相の畑川。

その上の、三井。
笑っていた。
目が合う。
どうだ、と言わんばかりの顔。
ビニールテープを通過する。

1週目のタイムは…29秒。
私たちのペースより、早い。

レースの前、三井が言っていたこと。
勝つために、研究と特訓をしたこと。
ダイエットして3kg軽量したこと。

トラックを2周し、3周し…
新田を見る。
真剣な表情で、じっとふたりを見つめている。

4周目がおわり、ラスト1周となった。
最初の時と比べ、ほとんどペースは落ちていないように見える。
もはや、これまでか。
負けを覚悟した、その時だった。

コーナーを曲がろうとした畑川の背が、ガクッと下がった。
上の三井がバランスを崩す。
体勢を立て直そうとするも、そのまま床に倒れ込むふたり。
起き上がる、三井。

その表情に、初めて焦りが見えた。
畑川を起こし、その背に跨る。
進み始める畑川。
しかし、先ほどまでの軽快さはなく。
フラフラと、トラックの周りをまわる。

そこで、初めて新田が口を開いた。
ビックリした表情の三井。
やがて、取り乱しながら、下の畑川を叱咤し始める。
ケラケラと、可笑しそうに笑う新田。
ヤジを飛ばされても、睨みかえす余裕もないのか。
泣きそうになりながら、必死に畑川を急かす三井。
トラックの折り返し地点。

ゴールのビニールテープまでは、まだ少し距離があった。
新田が、カウントダウンを始める。
「ちょ、ちょっと、待って、待ちなさい!」
構わず、カウントダウンを続ける新田。
ラスト10秒。
「うそでしょ?や、やだやだ、ちょっと、ちょっと待って…ねえ、待ちなさいったら…」

無情にも、カウントは進んでいく。
「お願いだから、やめてよ、やめてったら、ねえ!新田!やめなさい!やめろ!」
顔を真っ赤にしながら、三井が叫ぶ。
「5、4、3、2、1…」
思いつめたような顔をした三井が、身を乗り出す。
それで畑川は体勢を崩し、騎手もろとも転倒した。

「ぜろー!試合しゅうりょー!」

部屋中に響く、新田の声。
勝利宣言。
そして、敗者である三井への死の宣告。
ゴールであるビニールテープまで、あと3m弱。
「惜しかったですね、三井センパイ?」
「やだぁ…こんなのうそよぉ…」

起き上がる気力もないのか。
倒れながらすすり泣く三井。
女の子座りをした畑川が、申し訳なさそうに三井を見下ろしている。
「あんなに偉そうなこと言ってたのに、負けちゃいましたね、センパイ?」
新田をキッと睨みつける三井。

「いいんですか、そんな態度とって。ご自分の立場、分かってます?」
「こんなの無効よ」
勝負前の宣言。

『負けたら新田のペットになる』

そして勝負の最中。
高笑いから一転、憐れなまでに狼狽える三井。
そして現在。
負けを認めず、勝負自体なかったことにしようとしている、情けない姿。
その全てがスマホに録画されているのだ。
よほど悔しいのか、うつむきながらじっと下唇を噛みしめている。

「それじゃあ、約束通り私のペットになってね、三井センパイ?」
「ま、待って!」
「ん?なんですか、センパイ?」
「もう1回!もう1回だけ、勝負して!」
「何言ってるんですか?往生際が悪いですよ、センパイ」
「お、お願いだから…お願い、します…」
そう言って、新田の前で土下座をする三井。

あの、プライドの塊のような三井が。
ナマイキな1年生に。
それほど、新田のペットになるという屈辱に耐えられなかったのだろう。
「しょうがないなぁ。じゃあ、あと1回だけですよ?」
三井が顔を上げる。
「ホントに、いいの?」
「ええ」
三井の口元が、ニヤッと歪む。

「ただし、条件があります」
「…条件?」
「ええ。まさかとは思うけど、タダで再戦できると思ったの?」
「い、いや、そんなことは、ないけど…」
バツの悪そうな顔をする三井。
「で、その条件って?」
「ふたつあります。ひとつは、今度は三井センパイが馬になること」
「なっ…!」
「嫌なの?」
「そ、それは…」
「次回も畑川先輩に馬をさせるつもりだったんですか?」
「で、でも、あんなカッコ…」
チラっと、私のほうを見る。
「嫌ならしょうがないですね。再戦の話はなかったことに…」
「ま、待って!やる、やるから!やればいいんでしょう!?」
「これで、正真正銘、ライバル対決ができますね、三井センパイ?」
「くっ…」
「同期どうし、仲良くお馬さんゴッコで勝敗を決めましょうね?」

「そっ、それで、ふたつ目の条件は?」
「えーと、それはですねぇ…」
新田の頭には、3つの案があった。

① お尻を自らの手で広げさせて敗北宣言+動画撮影

以前、中谷の調教時に冗談で言ったこと。
『紗枝ちゃんがお尻の穴まる出しにしてるとこ、写真で撮ってあげようか?』
三井にそれをさせる。
自らお尻の穴を丸出しにさせ、敗北宣言させる。
その様を、写真ではなく動画として記録するのだ。

② 中谷と一緒に調教+動画撮影

部室内での中谷への調教。
そこに、三井も参加させる。
テーブルに手をついてお尻を突き出す中谷。
その横で、同じように三井にもお尻を突き出させる。
お尻が真っ赤になっていく様子や、屈辱に染まる三井の表情を、正座をした畑川に撮影させるのだ。

③ 新田を乗せてコースを一周+動画撮影

自分を負かした新田を乗せて、コースを一周する。
あと少しで勝てたはずの相手。逆だったはずの立場。
懲らしめるべき相手を勝利者として称えねばならず、自らは敗者として情けない姿を晒す。
お尻を叩かれ詰られる姿を撮影されながら這い進むのだ。

いずれの場合も、撮影は三井のスマホで行う。
拡散される心配もないので、そのほうが三井も応じやすいだろうと思ったからだ。
でも、その動画は削除させない。
もし消してしまったら、再戦の権利もなくなってしまう。
だから、新田に勝つまでスマホには動画は残ったままだ。

自身の屈辱的な動画が、手元に存在し続ける。
それは、彼女のプライドをチリチリと焦がし続けるだろう。
消すには再戦して勝つしかない。
名家出身の彼女にとって、あるまじき汚点。
存在してはならない映像。
でも、その汚点をそそぐために必要な、たった一つのチケットでもあるのだ。

下唇を噛み、新田を睨みつける三井。
そんな彼女を見下ろしながら、新田が告げた条件とは…

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