ポニーガールとご主人様 第二章(2)敗者の唄

三井が新田に告げた条件。
お尻を突き出し、自らの手で広げさせたまま、敗北宣言をさせられるというものだった。
それだけではない。
スマホで撮影までされるのだ。
それも、2つ下の後輩に、だ。
三井の顔が、みるみる赤くなっていく。

プライドの高い彼女にとって、それがどれほど屈辱的なことか。
しかし…
新田のペットになるか、それが嫌なら、この条件を受け入れるしかないのだ。
せめてもの救いは、使用するスマホは三井のものだということ。
再戦が叶えば、消してしまえばいい。
証拠は残らない。

1年生に命令されて、不浄の穴をさらけだすという、屈辱極まりない事実。
もし、ここにいる誰かが口外したとしても、普段の三井を知る者なら誰も信じないだろう。

三井は、新田の告げた条件を受け入れた。
腹をくくったのか、うろたえることもなく新田を睨みつけている。

「それじゃ、さっそく撮影の準備をしましょうか。気持ちの整理をする時間は欲しいですか、三井センパイ?」
「いらない。それより、こんなくだらないことさっさと終わらせる」
「そうですか、さすが三井センパイです」

三井以外の3人は、スマホの電源を切ってから一つの袋に入れた。
それを、三井から見える場所に置く。
三井が、自分のスマホを操作する。
無表情だが、よく見ると手が震えていた。
怒りか、屈辱か、それとも恐怖か。
しかし、それを新田に見せないようにするのも、彼女のプライドなのだろう。

一度、ふーっと、大きく息をついてから。
スマホを新田に手渡した。
「この赤いとこをタップすれば、録画が始まるから」
「分かりました」
三井が、新田を睨みつける。
ぼそっと。

「覚えとけよ」

感情を押し殺したような声。
それが、かえって凄みを感じさせた。

新田への煮えくり返るような復讐心か。
それとも、精一杯の強がりか。
しかし新田は、ただニヤッと笑うだけだった。
三井が、後ろを向く。
やはり、気持ちの整理ができないのか。
胸元を手でおさえ、何度も呼吸する。
そして…

「撮りなさい」
三井の声。

ピロンッ
新田がスマホの録画ボタンをタップした。
三井が、ベルトを外す。
そして、スラックスに手をかけ…
下着ごと、ずり下げた。

露わになる、形のいいお尻。
再び、深呼吸する三井。
意を決したのか、ゆっくりと、足を肩幅にひろげる。
ゆっくりと、上体を前に倒していく。
ひざに両手をついた状態で止まった。

私たちにお尻を突き出している三井。
あわれにも、彼女の耳は真っ赤になっていた。

「お尻をひろげなさい、章乃」

目の前でお尻をつき出した先輩に、新田が言い放つ。
突然命令され、三井がビクッと反応する。

下の名前を呼び捨てにされたにもかかわらず、言い返すこともできず。
呼吸を荒くしながら、屈辱に耐えていた。
ひざから手が離れる。
ブルブルと震えるそれは、彼女の臀部へと添えられた。
柔らかそうなお尻に、指が沈み込む。
そして…
尻たぶが、ゆっくりと左右へとひろげられてく。

「そんなんじゃ、お尻の穴、見えないでしょう。もっとひろげなさい」

ぐいっと、ひろげられる。
見えた。
見えてしまった。
決して人には見られたくない場所。
それを自らの手で押しひろげて、晒している。
それも、後輩である年下の女の子に命令されて。
まして、彼女は年頃の女性なのだ。

普段の彼女を知っているだけに、余計に彼女の感情が伝わってくるようだった。
「三井センパイのお尻の穴、はっきりと見えちゃってますよ。センパイのスマホでキレイに撮ってあげますね。あ、お尻の穴なのにキレイっていうのも何か変ですね」

羞恥心を煽る新田。
いつもの三井なら言い返しているはずだが、ただじっと耐えている。
「ほら、次はどうするんでしたっけ、センパイ?」
「わ、分かってる。言うから…」
「一応言っときますけど、ただ言えばいいってわけじゃないですからね。なぜこんな格好をしているのか、知らない人が聞いても分かるように説明するんですよ?」
「くっ…」
「私が納得できなかったら、何回でもやり直させますからね。早く終わらせたかったら、セリフをよーく考えて、気持ちもしっかり込めてくださいね」
「はぁ!?そっ、そんなの、きいてない!」

必死に抗議をするが、そんなものを新田が受け付けるはずもなく。
「ほらほら、始めてくださいよ。こんなくだらないこと、さっさと終わらせたいんでしょ、センパイ?」
「クソッ、クソッ、クソッ!」
後ろを向いているので表情は見えないが、怒りに打ち震えているのは分かった。
しかし、観念したのか。
絞りだすような声で、惨めな告白を始めた。

「私、三井章乃は、新田との勝負に負けてしまい、こうして…くっ…こうして、その、お尻の、穴を…スマホで、撮られています…」

耳だけでなく、全身が赤くなっている。
ゆでだこのような三井。

「もう、やだぁ…」
心の底から出たつぶやきだった。
「ねえ、これでいいでしょ?さっさと履きたいんだけど」
問われた新田。
はぁ、と。
大げさに、ため息をついた。

「ぜんっぜん、ダメです。やり直し」

「はぁ!?なんで!?言ったじゃん、ちゃんと!」
「私、言いましたよね。ただ言えばいいわけじゃないって。知らない人が見ても分かるように説明してくださいって」
「わっ、分かるでしょうが!」
「なぜ、勝負をすることになったのか。どんな勝負をしたのか。その勝負と今の格好に、どんな関係があるのか。さっきの言葉で、分かりますか?」
「そ、それは…」
「しっかり考えて、気持ちを込めて、やってくださいね。はい、もう一度」

怒りに震えながらも、再び敗北宣言をする三井。
先ほどよりも丁寧で、経緯まで事細かに説明していた。
しかし…

「さっきよりはマシになったけど…ダメ。やり直し」
「なっ!」

「三井センパイが負けた時の条件、もう忘れたの?本当は、私のペットになるはずだったでしょ?それなのに、それが嫌だから『再戦させてください、お願いします』って私に懇願したのはセンパイなんですよ?」
「そ、そうだけど、でもそんな言い方、私は…」

「『お尻の穴を晒しながら、情けなく敗北宣言するところ、スマホで撮影してください。お願いします。だから、再戦させてください』って。それなのに、さっきのセリフにはペットになるって情報、入ってないし。それどころか、そんな反抗的な態度、とっちゃうんですね」

「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに再戦させてほしいとは言ったけど、私、そんなこと言ってな…」
「残念ですけど、再戦の話はなかったことに…」
「待って!待ってよ!もっかい、言うから!」
「ちゃんと、できます?」
「できるから!」
「先輩に対してこんなこと言いたくないですけど、何度も同じこと言わせないでくださいね」

三井が声にならない声をあげる。
そして、再び、敗北宣言を始める。
先ほどの新田の言葉を否定しなかったことで、それが事実として話が進んでいく。

『お尻の穴を晒し、敗北宣言をします』
『それをスマホで撮影していいので、どうか再戦してください』
そう、三井が新田に懇願した。
寛容な新田は、その申し出を受け入れた、と。
スマホの映像には、そう記録されていく。

そして、それを裏付けるように、敗北宣言にその『事実』が含まれていく。
しかし、無情にも。
『寛容』なはずの新田は、三井にやり直しを命じた。
回を増すごとに、屈辱と恥辱とで彩られていく敗北宣言。

自分に歯向かうとこういう目にあうのだということを。
そして、自身が敗者であることを本人に刻み付けるかのように。
リテイクは繰り返される。
プライドをへし折り、キバを抜き、反抗できないようにしているのか。
あるいは、ただ嗜虐心のおもむくまま、目の前のオモチャで遊んでいるのか。

最初は気丈にふるまっていた三井だったが、すっかり新田にふりまわされていた。
やり直しを告げられるたび、三井がイヤイヤをする。
しかしあきらめ、考え直した敗北宣言を口にする。
改訂に改訂を重ねた敗北宣言。
現実と異なる情報も多分に含まれてはいるが、もはや些末なことだった。

三井にとって大事なのは、新田からのお許しを得ること。
この屈辱極まりない時間から、一刻も早く開放されることなのだ。

勝利者を称え、敗北者を貶し続ける三井。
一生懸命考え、感情を込めてうたわれたそれは、しかし、あっけなく却下されてしまう。

焦りか、怒りか、悔しさか、恥ずかしさか。
身もだえしながら、じだんだを踏む三井。
その姿が、普段の彼女とかけ離れていればいるほど。
被虐の炎が私の体をチリチリと焦がす。
自分がされているわけではないのに。
そう思っても、劣情は消えることはなく。
むしろ、さらに私を苛んでいく。

ふと、畑川を見る。
じっと、三井に視線を注ぎながら。
左手であごをさすり、右手は下腹部をおさえている。
トイレでもガマンしているかのように、内またを擦り合わせる畑川。

私は理解した。
畑川も 『こちら側』なのだ。
新田から屈辱的な扱いを受ける三井の姿を見て、興奮しているのだ。

新田ではなく。
憐れな三井のほうに、共鳴している。
同族だからかだろうか。
それが、手にとるように分かった。
ここには、少なくともふたりのマゾがいる。
私と、畑川。
では、三井はどうだろうか。

どちらかといえば、彼女はサディストなのだろう。
部室で、初めて私のコスプレ衣装を見た時の目。
蔑みの中に、嗜虐心がチラチラと顔をのぞかせていた。
状況が違えば、彼女は私のご主人様となっていたかもしれないのだ。

新田とはまた違ったやり方で、私を屈服させ、嗜虐心を満たしていたかもしれない、ご主人様候補の三井。
しかし今は、私たちの前であわれな姿をさらしていた。
頭を掻きむしろうとして、後輩に叱り飛ばされる三井。
今度こそと思い、感情込めてうたい上げたセリフは、あっけなく却下される。
その度に、悔しそうにじだんだを踏む三井。

今、この部屋は、ひとりのサディストが支配していた。
背が低く、幼さの残る顔つきの1年生。
数か月前にやってきたばかりの女の子に、2年生も3年生も、逆うことができなくなっているのだ。

おそらく、新田は畑川がマゾであることを知っている。
だからこそ彼女をこのゲームに巻き込んだのだ。
畑川の負けの条件は、私と新田の『自主練』時、同席するというもの。
『自主練』などというぼかした言い方をしたが、ようは私が新田に調教を受けているところを、目の前で見させるというものだ。

畑川は、私を新田から『救う』ためにゲームに参加したと言っていた。
救うことができなかったために、私は再び新田に調教される。
それを目の前で見させられるというのは、一見すると罰ゲームのようではある。
しかし本当は、彼女の性癖を刺激する内容だったのではないか。
今の畑川を見ていると、そう思えてならない。
現に、三井を食い入るように見つめる彼女は、明らかに発情していた。

途中まで優勢に進んでいた三井チーム。
ラスト1周での、転倒。
それが畑川の意思だったのかは分からない。
ただ、あれが勝敗を分けたのは確かだ。

かわいらしい悪魔によって翻弄される、3人の先輩。
繰り返されるリテイク。
もはや何度目なのか、誰にも分からないだろう。

きっと、セリフに正解なんてないのだ。
三井を辱めるため。
三井のプライドを粉々にするため。
新田が楽しむため。
ひたすらに、繰り返される。

手でお尻をひろげながら。
床を踏み鳴らす、あわれな敗北者。

真っ赤になった耳も、荒い息も、悔しそうな唸り声も。
彼女の全てが、勝利者を楽しませるためのものにすぎない。
「私に逆らったらどんな目にあうか、分かりましたか?」
「分かった、分かったからぁ…」
「本当に?反省してます?」
「してます!してますからぁ!お願い、もう許してよぉ…」

涙声で訴える三井。
強烈な羞恥心とともにくり返し唱えてきた、敗北宣言。
彼女の脳に、体に、消えない痕として残るだろう。
そしてそれは、彼女の何かを確実にゆがめていく。
克服し、再び尊厳を取り戻せる日が来るのか。
あるいは、新たな自分の一部として受け入れて生きていくのか。

ようやく、新田がOKを出した。
三井はスラックスを引きあげ、ベルトに手を伸ばす。
カチャカチャと音はするが、手間取っているようだ。
ようやく金具を留め、右手で顔をぬぐうような仕草をしてから、こちらをふり向く。
新田から、自分のスマホをひったくるようにして奪い返した。

「撮ったやつ、次回まで消しちゃダメですよ」
新田の言葉に返事をせず、ただ睨みつける。
目は赤く、息も荒くしながら。
そして、自分のバッグをつかむと、そのまま部屋を出ていってしまった。

あまりの光景に、現実味がない。
夢でも見ているのか。

網膜に焼き付いた、三井の悔しそうな仕草。
敗北宣言を唱える彼女の声が、頭の中でリフレインする。

畑川。
息を荒くしながら顔を上気させている。
完全にスイッチが入っていた。
下腹部からこみ上げる、熱く、煮えたぎった情欲。
全身の神経を敏感にしながら、理性を溶かしていく。

理屈ではなかった。
屈服させられたい。
支配されたい。
嘲笑され、プライドを踏みにじられながら、屈辱的な目にあわされたい。
そういったことへの嫌悪感が強ければ強いほど。
本能が囁く。

お前はマゾなのだ。
どれだけ否定しようが、発情しているその身体が、何よりの証拠ではないか。
お前は新田とは違う。
新田のようなサディストに支配され、服従することを望むマゾヒストなのだ。

畑川と目が合った。
ビックリしたような表情をして、慌てて顔を伏せる畑川。
彼女の考えていること。
感じていることが。
手に取るように分かる。
私も同じだから。
きっと今、私も畑川と同じような顔をしているのだろう。

本来、力も知識も立場も、私たちのほうが上のはずだった。
私たちに逆らえないはずの新田。
でも、実際は…
逆らうどころか、私たちを手玉にとりながら嘲笑っていた。

彼女は知っているのだ。
私たちが、新田に逆らえないことを。
先輩であるにも関わらず、どれだけぞんざいに扱われても決して怒らないことを。
それどころか、むしろ悦び、いっそう新田に媚びを売ってくるという、憐れで滑稽で都合のいい存在。

馬のコスプレをした女子大生ふたり。
発情した己の体を持て余しながら、目の前の女の子の顔色を窺っていた。

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