ポニーガールとご主人様 第二章(4)再戦

ついに、再戦の日がやってきた。

多目的練習室。
乗馬服を着た新田と畑川。
そして、馬のコスプレをした私。
更衣室をじっと見つめる。
もうひとりの参加者。
着替えに手間取っているのか。
それとも、姿を我々に晒すことをためらっているのか。

時計を見る。
渡された衣装を持って中に入ってから、10分が経とうとしていた。
ドアが開く音。
反射的に、そちらを振り向く。
中から三井が出てきた。

その姿を見た瞬間、私の心臓は高鳴った。
顔を真っ赤にしながら。
体を隠すように、左腕で胸元を、右腕で下腹部を押さえている三井。
前回のような乗馬服ではなく。
馬のコスプレをした三井。
いつもの胸を張った歩き方ではない。
自信なさげに、体を少し屈めてこちらへ歩いてくる。

私のコスプレ姿を見た時、蔑み、嘲笑していた彼女。
あの時はまさか、いずれ自分も同じ姿をすることになるとは、夢にも思わなかっただろう。

目の前まで来た、三井。
俯いていた彼女が、視線を上げる。
一瞬、目が合ったが、すぐにまた顔を伏せてしまった。

「乗馬服より、そっちのほうが似合ってますよ?」
「に、新田ぁ…」
上目づかいで、新田を睨みつける三井。

「勝負の前に、スマホで撮ったアレ、確認させてください」
「アレ?」
「この前の勝負のあと、撮ってあげたでしょ?私たちの前でお尻をフリフリしながら、可愛くオネダリしてた動画ですよ。お尻の穴、スマホでキレイに撮ってあげたのに。それとも忘れちゃったんですか?」
「わっ、忘れるわけ、ないでしょうが!」
「じゃあ、早く見せてください」

三井が、バッグからスマホを取り出す。
画面をタップし、新田に見せる。
「ほら、あるでしょ!?これで…」
「再生してください」
「…えっ?」
「だから、再生してって言ってるんです」

新田の、有無を言わさないような圧。
三井はたじろぎ、少しためらってから。
再び、画面をタップした。

画面の中の三井が、動き始める。
ベルトに手をかけ、スラックスごと下着をさげる。
丸くて白い、形のいいお尻。
それを突き出すように、三井が上体を倒していく。
目の前の三井を見る。
画面の中の彼女と同じように、耳をまっ赤にしていた。

ニヤニヤしながら画面を眺める新田。
それを、どこか非難がましく睨む三井。
ただ、敵意というよりは。
どこか落ちつきがなく、顔色をうかがっているようにも見える。
『お尻をひろげなさい。章乃』
命令され、体を震わせる、三井。
そして命じられるまま、己の手で尻たぶをひろげていく。

「あー、見えちゃったぁ」
画面に映った『それ』を見て、楽しそうにつぶやく新田。
「ね、ねえ、もういいでしょ?」
「ダメです。ちゃんと最後までチェックします」

負けた相手に対しての敗北宣言。
これ以上ないくらいの情けない姿を晒しながら。

屈辱きわまりない仕打ちをさせてきた相手と一緒に。
客観的な視点で見させられる。
繰り返されるダメ出しの中で、悔しそうにじだんだを踏む三井。
セリフの内容も、エスカレートしていく。
恥辱にまみれた言葉の数々。
言わされているのだとしても、内容を考えているのは、三井自身だった。

自分で考え、自分で口にしたセリフで、自分のプライドを傷つけていく。
憎い相手に許しを乞う己の姿。
それを、おかしそうに嘲笑う後輩。
冷たく突き放されるたび。
画面の中の三井が、滑稽なダンスを踊る。
手でお尻をひろげながら、バタバタと足を踏み鳴らす女。

画面の中の新田が、ブザマな女の名を呼ぶ。
三井に突き付けられる、現実。
聞いているだけで恥ずかしくなるようなセリフを口にし。
命令されるたび、身もだえをしつつも忠実にしたがうこの女は、自分なのだと。
恥も外聞もなく、醜態を晒しながら後輩に許しを乞うこの女は、自分なのだと。

目の前にいる、三井。
太ももをこすりあわせるように、モジモジとしている。
まさか…
新田も畑川も、画面を見ていて、そのことに気付いていない。

『本当に?反省してます?』
『してます!してますからぁ!お願い、もう許してよぉ…』

後輩に許しを乞う己の姿を見ながら。
両手で、股のあたりを押さえて。
恥ずかしそうに。
顔を上気させながら。

無意識なのだろうか。
でも、あれはまるで…

ようやく、動画は終わった。
「あー、面白かった」
心の底から楽しんだという様子の新田。
そのとなりで、細川が顔を真っ赤にしていた。

「ねえ、三井センパイ。一人でいるとき、この動画観た?」
「はぁ!?観るわけないでしょ!」
「まぁ、そうですよね。こんな情けない姿」
違和感。
三井がどこか、ムキになっているような。
いや、でも、まさか…
ひとつの可能性が思い浮かぶ。
心臓の鼓動が、さらに速くなる。

ひと一倍強い三井の自尊心。
そして、新田に刻まれた強烈すぎる恥辱。
もてあますほどのエネルギーは、三井の内で暴れまわり。
この1ヶ月で、彼女の何かを歪めてしまったのではないか。

スマホに記録された動画。
忌々しいと思いながらも、日に日にその存在感は彼女の中で大きくなっていき…
耐えられなくなった彼女は、独りでその動画を観た。

もしそうなのだとしたら。
彼女はもう入口に立っているのだ。
本人ですら気付いていないかもしれない。
あるいは気付いていて必死にそれを否定しているか。
まさか自分が。
そう思っているかもしれない。
でも、気付いたときには遅いのだ。

目の前にある。ドア。
どれだけ否定しようと、あがこうと。
いや、足掻けば足掻くほど。
鮮明に浮かんでくるのだ。
倒錯と恥辱と屈辱とに満ちた世界。
そのドアをあけ、中へ入っていく己の姿を。
マゾヒストと書かれたボードを首にさげ、生きていくその姿を。

「それじゃ、条件の確認をしましょうか」

まずは、中谷チーム。

【中谷】
勝利…現状維持
敗北…三井と畑川のペットになる

【新田】
勝利…三井をペットにする
敗北…三井のペットになる

勝利も敗北も、前回と条件は同じだった。

次に、三井チーム。

【三井】
勝利…中谷と新田をペットにする
   敗北宣言の動画を削除(new)
敗北…新田のペットになる

【畑川】
勝利…中谷を新田から解放し、ペットにする
敗北…中谷と新田の『自主練』に同席し、自慰行為をする(new)

前回と比べ、どちらも少し変更点があった。

畑川の敗北時の条件を聞いた三井。
ギョッとして畑川を見た。
「あんた、そんなこと…」
畑川は答えず、ただうつむいた。

「畑川センパイの心配をしてる場合ですか?それとも、私のペットになる準備、できてるの?」
「ふっ、ふざけるな!今日こそ、お前を地ベタにはいずりまわせてやる!」
新田をにらみつける三井。
「そんなこと言ってぇ。どうせまた、再戦させてくださいって、情けなくオネダリするんでしょう?」
三井が歯ぎしりをする。

「どうせそうなると思って、考えてきてますよ。とってもステキな条件」
すでに自分の勝利を信じて疑わない新田。
それが、三井のプライドをキズつける。

「こんなステキなレース、私たちだけで楽しむのはもったいないと思いません?」
三井が、ハッとする。
「ま、まさか、あんた…」
「レースをするのに、観客がいないのはおかしいですよね」
「ち、ちょっと待ってよ」
「ひとり、心当たりがあるんですよね。とっても楽しんでくれそうな人が」
三井が首を横に振る。
「2年生の藤崎先輩、知ってますよね?」
三井の顔が恐怖でひきつった。
知っているもなにも、彼女は三井の取り巻きのひとりだった。

お調子もので、どこかにくめないところがある。
乗馬の技術も、悪くないものを持っている。
ただ、強者にへつらうようなところがあるのが、玉に瑕だった。

「でも、安心してください。その時は、スッポリと顔を覆えるようなマスクを用意しますから。まさか畑川センパイを乗せてハイハイしてるお馬さんが三井センパイだなんて、分かりませんよ」
藤崎の前で、レースに参加している自身の姿を想像したのか。
顔が青ざめている。

「嫌なんですか?もう、しょうがないな。じゃあ、ハンデをあげます。そうだなぁ…10秒。それでいいでしょ!」
「ち、ちょっと、新田、ハンデって…」
新田を止めようとする。
いくらなんでも10秒というのは、ハンデとしても大きすぎる。

「こっちは2回目で慣れてるんだし、それくらい大丈夫でしょ。それとも、自信がないんですか?大丈夫ですって。たかが三井センパイですよ?何を怖がってるんです」
「たかが…?」
三井が反応した。

「だって、中谷センパイに勝てたことないんでしょう?ハンデをあげるって言ってるのに、ウジウジして…どうせまた負けるのが怖いんでしょ?」
「そんなことない」
言い返すものの、いつもの勢いはない。
10秒というアドバンテージがありながら、もし負けてしまったら。

いや、負けの記録を更新するだけではない。
自分を慕っている後輩の前で、ブザマな姿を晒すことになるのだ。
いくら正体を隠すといっても、恥ずかしいことに変わりはない。
それに、もし、正体がバレてしまったら。

「じゃあどうするんです?やるの?やらないの?」
「や、やる…」
言ってから、しまったという顔をする三井。
「決まりですね」
一度出た言葉を取り消すことはできない。
こうして2度目の勝負が始まった。

先攻は今回も私たちのチームから。
黒いビニールテープの前で、よつんばいになる。
背中に新田が跨った。
約50kgの重みがのしかかる。
負けることは許されない。
でも、それは相手チームも同じだ。

尊厳をかけて闘うレース。

スマホのアラーム。
鳴ると同時に、勢いよく飛び出した。

前回とは違い、ペース配分はイメージできる。
それでも苦しいことに変わりはない。
1周し、2周し。

流れていく景色を眺めながら、ふと想像する。
自分を慕う後輩の前で、馬としてふるまう三井。

三井だとは知らず、目の前の滑稽な女を嗤い、詰る藤崎。
でも、言い返さない。
声でバレてしまうから。
じっと耐えるしかない。
非難がましい目で見つめてくる変態女を藤崎がからかう。
自分が尊敬している先輩とは知らずに。
3周し、4周し。
脳裏に浮かぶ藤崎の姿。
その横に、高倉。

私を慕う、子犬のような2年生。
いつもの屈託のない笑顔ではなく。
どこかイジワルそうな笑みを浮かべ、ヤジを飛ばしている。
後輩を乗せて這いまわる、情けない女。
三井なのか、私なのか。

新田の声。
『負けたほうは、マスクを剥ぎ取るからね!それが嫌なら死ぬ気で走りなよ!』
新田の横で、同じく1年生の溝口がケタケタと笑っている。
心臓が掴まれたような恐怖。
藤崎も高倉も溝口も、夢にも思っていないだろう。
新田に命令され、媚びを売りながら馬としてふるまうふたりの正体。

『あーあ、負けちゃったね。マスクを剥ぎ取ってあげるから、頭をこっちに向けな?』
新田の顔。
負けたほうの馬が必死にイヤイヤをする。
『往生際がわるいぞ!』
藤崎がヤジを飛ばす。
『さっさとその情けない顔を見せなさい?』
高倉の、からかうような声。
『ほら、ジタバタするな、ヘンタイ』
溝口が馬を羽交い絞めにする。

なおも暴れる馬。
新田がマスクに手をかける。
勢いよく上に引きあげようとした瞬間。

「ゴール!」
新田の声。
一気に現実に引き戻された。
気付けば、黒いビニールテープを過ぎていた。
心臓の音。
激しい運動をしたからか。
あるいは、先ほどまで頭に浮かんでいたイメージによるものか。

新田がマスクに手をかけた時。
言いようのない恐怖とともにこみ上げてきた、屈辱、恥辱。
そして…
見られたくない。
見てほしい。
矛盾した2つの思い。
ジタバタと暴れていた、正体がバレる直前の馬。
あれは、三井だったのか。
それとも、私だったのか。

タイムは2分33秒
前回より5秒ほど縮めることができた。
とはいえ、10秒のハンデがある。
三井は、死にもの狂いで挑んでくるはずだ。

三井と新田。
睨む三井と、余裕げに微笑む新田。
どちらかがひれ伏し、どちらかがその頭を踏みつける。
数分後には、結果が出る。

三井が四つん這いになる。
その背に畑川が跨った。
三井がどんな思いで今日の勝負に臨んでいるか。
その真剣な表情を見ているだけで伝わってくる。
スタートを告げるアラーム。
三井がとび出す。
トレーニングを積んだのだろう。
研究もしたのだろう。
初めてとは思えないほどのムダのなさ。

速いが、決して全力でもない。
ペース配分も頭に入っているのだろう。
ただプライドが高いだけの女ではない。
それ以上に、努力を怠らないのだ。
彼女が後輩たちに慕われているのも、そんな三井の姿勢にあるのだろう。
一定のペースを保ったまま、2周目へ突入する。

ラップタイムは、30秒。
仮に少しペースが落ちたとしても、2分30秒台でゴールできる。
加えて、ハンデの10秒。
前回は、馬である畑川の転倒があった。
しかし今回は、畑川は馬上にいた。
転倒するということは期待できないだろう。

このまま三井が勝てば、彼女は本来の自分を取り戻すことができる。
それだけではない。
自分をこんな目にあわせた私や新田を好きにできるのだ。
どんな目にあわされるか。
ご主人様として、私たちを支配する三井。
想像し、胸が高鳴る。
そんな自分に気付き、呆れる。
三井を巻き込んでおいて、今度は三井から支配される屈辱を求めている。

どれほど自分勝手で浅ましい女なのだ、私は。

全裸でひざまずき、忠誠を誓う私。
ソファに座る三井が足を突き出す。
練習後の三井の足。
乗馬ブーツの中で蒸れたそれは、饐えたニオイを放っていた。
私は、彼女の靴下に顔を近づける。
そして、いいと言われるまで、そこに鼻先を押し付ける。

同性であり同期であり、そしてかつてはライバルだった女。
今は、私を支配する、ご主人様。
そんな彼女の足のニオイを、胸いっぱいに吸い込み続ける。

三井からの許可がおりた。
私は手を使わず、口だけで靴下を脱がせていく。
靴下に染み込んだ三井の汗、よごれが、口腔内にひろがる。

鼻腔に抜ける、ご主人様のニオイ。
足の裏に舌を這わせようとして…

『待て』

舌を出した状態のまま、オアズケされる。
口腔内に溜まったヨダレが、溢れる。
首筋を伝うそれを、拭うこともできず。
三井の、蔑んだ目。
見上げながら、じっと待つ。

『舐めな』

顔を近づける。
舌が、触れる。

踵からつま先まで、ゆっくりと這わせていく。
離した舌を、もういちど踵につける。
三井の目を見つめながら。
つま先まで、這わせていく。
目をそらすことはできない。

3回。

4回。

繰り返す。
三井の目。
ただじっと、私の目を捕らえて離さない。

『ゆび』

ご主人様の声。
目はそらさず。
それだけ、言い放つ。

練習後の、三井の足。
よごれた足。

視線は動かさず、親指を口に含む。
清めるように、丹念に。
舌を使い、舐めとっていく。

爪の間。

指の股の部分。

指の裏側。

親指が終わったら、人差し指。

人差し指が終わったら、中指。

中指から、薬指。

そして、小指。

そこまで終えると、三井が反対側の足を出してくる。

靴下に鼻先を押し付け。
舌を突き出し。
ヨダレを垂れ流しながら、許可を待つ。
足の裏に、舌を這わせる。
指先を、口で清めていく。

やることは先ほどと同じ。
違うのは三井の視線だった。

私ではなくスマホを眺めている。
友人とのやりとりか。
ネットを見ているのか。
あるいはゲームか。
私の存在など気にもとめず、スマホを操作している。

惨めさと情けなさを感じつつも、舌を動かし奉仕を続ける。
三井を見つめながら。

『ん、終わった?』
『は、はい…』
口のまわりをヨダレまみれにしながら返事をする。

『お礼』
『あ、ありがとうございました』
『言われなきゃ分かんないなんて、やっぱりグズだね。まだアイツのほうができてるよ、その辺』
新田。

『足舐めるのもアイツのほうが上手いしさ』
『も、記ありません…』
「そうだ、今度アイツ連れて散歩に行くんだけど、アンタも連れてってあげよっか」
『散歩、ですか?』
『久しぶりに、ふたり一緒に遊んであげる。アイツと会うの、久しぶりでしょ?きっと驚くよ?前とはだいぶ変わってるから』

こんな妄想をしているのは、私がそれを欲しているからか。

コース上の三井。
すでに4周目。
少し苦しそうだが、ペースはほとんど変わらない。

一方、畑川の様子がおかしかった。
ソワソワと落ちつかない。
このままいけば勝てるにもかかわらず、だ。
理由は明白だった。

負けたがっている。
このままでは勝ってしまうから、焦っているのだ。
口では嫌がっていても、新田からの仕打ちを望んでいるのだ。

あの日。
新田から調教を受ける私を見る、畑川。
被虐に魅入られた女の目。
顔。
形は違えども、同じ穴のムジナだった。
だから分かる。

もう逃げることはできないのだ。
というより、更に求めてしまう。
支配されることを。
強く命令され、自分の欲求を管理されることを。

オアズケされ、懇願させられ。
目の前で散々チラつかされたあげく、与えられない。
そして、今まで以上に求めてしまう。
媚びてしまう。

与えられることを望んでおきながら、いつしか与えられないことを望むようになっている。
自分の求めるものが、すぐ目の前にあるのに。
手をのばせば届くほどの距離。
でもそれは、数億光年ほどの距離でもあるのだ。
求めれば求めるほど光輝くそれは、近く、そして遠くなっていく。

自分が狂おしいほど求めても手に入らないそれを、当たり前のように貪り、食い捨てる。
まるで見せつけるかのように。
当然の権利であるかのようにそれを行い、しかしこちらにはそれをさせない。
チラつかせながら、蔑み、嘲笑う。
さんざん求めさせた後、手の届かない所へ仕舞ってしまう。

一縷の望みを残しながら。
自分をそんな目にあわせる存在を憎み、畏れ、感謝する。
与えられない、という悦びを与えてくれる。
畑川にとって、新田はそんな存在なのだ。

そして、このレースで負ければ、そんな悦びがもらえる。
でも。
阻まれようとしている。
三井によって。

そんな畑川がとる行動は、ひとつしかなかった。
くの字に曲がった畑川の足。

つま先が、ゆっくりと下がっていく。

地面スレスレのところで、止まり…

そして、床にふれた。
地面との摩擦。
三井に掛かる負荷が増す。
おや、という表情をする三井。
でも、気付かない。
畑川の愚行に。

まさか思うまい。
背中を預けている人物が、実は一番の敵だとは。

新田が笑い始めた。
畑川の行動。
それは、明確な意思表示でもあった。
再び、調教の場に立ち会いたい。
そして、自分も調教してほしい。
私が新田に支配されている様を、媚びている様を見せつけられたい。
目の前で。
そして、指示されたい。

『オナニーしな、ヘンタイ』

新田の、その一言で。
下着ごとスポンをおろす。
食い入るように私を見ながら、自慰を始める。
本来、決して人に見られたくない、見せるべきではない。秘め事。

緩みきった顔。
目だけは血走らせて。
一心不乱に手を動かす。
指で、クリトリスを擦り続ける。
新田にバカにされながら。
私に冷たい目を向けられながら。

相反する2つの感情。
苦しみと、悦び。
身を焦がす。
理性が溶けていく。
そして、堕ちていく。

最初は、新田からの命令。
でも、次第に自分からねだるようになる。

媚びへつらい、焦らされ。
悔しさと情けなさと興奮とで、感情はドロドロになっていく。
そして、ひとつのことしか考えられなくなる。

やっと与えられる、オナニーの許可。
大量に分泌されたドーパミンが、畑川の脳細胞を犯していく。
目の前にいる私はおろか、自慰すら、新田に管理される。

『はい、おしまーい』
ご主人様からの無慈悲な言葉。

『ほら、手、止めな』
『は、はい…』

体の中で、暴れまわる性欲。
しかし、それを鎮めるにはご主人様の許可が必要だった。
でも、許可は下りない。
焦らすだけ焦らしておきながら、この残酷な少女は決して許可をしない。
うら若き女性の、狂おしいほどの欲求。
体を持て余しながら帰宅する畑川。

火照り、昂った肉体。

触れたい。

触れたい。

畑川の、最も敏感な部分。

下着ごとズボンを下ろす。
手を伸ばす。
でも…
しかし、そこに触れることはできない。

許可がないから。

自分の体なのに、そこに触るには、別の人間の許可が必要なのだ。
それも、自分より年下の女の。

体のうずきに耐えながら、一晩中考える。

憎い女。

憎いはずの女。

屈辱は、意思とは裏腹に、彼女の体を更に追い立てていく。
そして、いっそう刻まれていく、新田という存在。
自分を支配し、管理してくださる存在。

畑川の頭を占めるのは、彼女に焦らされ、必死に媚びながら、しかし与えられないという屈辱。
そんなに辛いなら、新田に隠れてオナニーをしてしまえばいいと思うかもしれない。
でも、それではダメなのだ。
新田から許可されてのオナニー。

それでないと、意味がない。
満たされない。
というより、そもそも思い浮かばないのだ。
許可なくオナニーするということなど。
そんな余裕もないほど、頭の中は新田のことで占められているのだ。

三井に気付かれないようブレーキをかけ続ける畑川。
その結果、自分がどんな目にあうのか分かっていて。
いや、分かっているから。
行動で示す。
目の前にいる後輩に。

『私マゾです』

『私を支配してください』

『私にオナニーを命じてください』

『私からオナニーの自由を奪ってください』

敗北宣言。
三井チームの負けという手みやげを持って、下ろうとしている。
新田というドミナントのもとへ。

「ほらほら、三井センパイ!ペース落ちてますよ!もっと頑張んないと!藤崎先輩、呼ばれたくないんでしょ?」
新田が可笑しそうにヤジを飛ばす。

三井。
表情には焦りが浮かんでいた。
ペースを落とすまいと歯を食いしばる。

彼女が冷静だったなら。
あるいは、馬としての参加が初めてではなかったなら。
気付いたかもしれない。
ペースが落ちた原因。
疲れではなく、別の要因があることに。

焦りは、更に彼女から体力と思考力を奪っていく。
「10秒もハンデをもらっておいて、まさか負けちゃうわけないですよね」
新田のヤジも、彼女の耳に届いているのかどうか。
5周目。
明らかに疲弊している体を必死の形相で動かし続ける三井。

その三井の上で、同じく顔を真っ赤にした畑川。
心の中にあるのは、罪悪感か、それとも羞恥心か。
ややうつむきながら、一点を見つめている。

タイム的には、まだ三井チームが有利だった。
しかし、三井の体力は限界が近かった。
彼女の頭には、今何が浮かんでいるのか。

こんなはずではない、という焦りか。
新田への怒りか。
それとも、負けてしまうことへの恐怖か。

藤崎。

自身を慕う後輩の前で、馬として這いまわるのは、どんな感情か。
顔は隠すといっても、ちょっとしたことで正体がバレてしまうかもしれない。

バレなかったとしても、三井のプライドはズタズタだろう。
それに。
藤崎の性格。
きっと彼女のことだ。
馬のコスプレをした私たちにどんな反応をするか。
驚き、そして蔑むだろう。
カーストの最低辺にいる存在として認識される。
その時の藤崎の表情やセリフは、すぐに想像がついた。

普段彼女の身近にいる三井なら、なおさらだろう。
藤崎のからかいに対し、うらめしそうな目を向けるコスプレ女。
『なに、その目は?マスク剥ぎ取ってあげようか?』
顔を伏せる女に対し、嘲笑する藤崎。
目の前で、女が畑川を乗せて這いまわる。
新田とともに、ヤジをとばす藤崎。

レース後。
私と畑川に両腕をつかまれた三井。
声は出さず、ジタバタと暴れる。

『藤崎先輩、そのヘンタイ女のマスク、剥ぎ取っちゃってください』
嗜虐的な笑みを浮かべた藤崎が、三井に歩み寄っていく。

『必死に暴れちゃって、カワイイね。でも、そんなに正体を知られたくないんだ?ってことは、やっぱり私の知ってる人だよね。ほら、マスクを取ってあげるから、その情けないカオ、私に見せなさい?』
マスクをつかみ、引き上げる。
表れたのは、藤崎がよく知る人物。

驚きのあまり、言葉を失う藤崎。
これ以上見られないよう、顔を必死に背ける三井。
その頭をつかみ、正面を向ける新田。

『ほら、三井センパイ。新しいご主人様に挨拶するのよ?』
『ご、ご主人様?私が、三井先輩の…?』

『そうですよ?ご覧になったでしょう、三井センパイの本当の姿を。これからは、藤崎先輩がこのお馬さんを調教してあげてくださいね?ほら、章乃、そんな顔しないの。いまさら先輩ぶったって仕方ないでしょう?藤崎先輩にはもう知られちゃったんだから、諦めな?』

『へぇ…三井先輩って、『そう』だったんですね。分かりました。これからは先輩後輩じゃなくて、ご主人様と調教馬として、センパイのこと可愛がってあげます。ううん。キビシく躾けてあげるから。覚悟しなよ、章乃ちゃん?』

そう言って、三井の顔を覗き込む藤崎。
さっきまで、先輩として敬っていた後輩の姿はなく。
まるでオモチャを見るような目で、三井を見ていた。

「ラスト10秒!」
新田の声。
カウントダウンが始まった。

もはやフォームも何もない。
顔を真っ赤にしながら、ドタドタと、残った力を振り絞って進む三井。
カウントがゼロになるまでに、黒いビニールテープを過ぎなければいけない。
さもなくば、ギャラリーが増えてしまう。
気持ちとは裏はらに、一向にスピードは上がらず。

勝ちを確信したのか、新田のカウントダウンに笑いが混じる。
残り5秒。
しかし、ゴールはまだ7~8m先。
それでも、三井はあきらめない。
あきらめられない。
「さん、にー、いち…」
三井の、必死の頑張りも空しく…
「ぜろー!」
力が尽きたのか、三井が床に倒れ込んだ。

いや、とっくに力は尽きていたのだろう。
それでも、負けたくないという気持ちだけが、彼女を突き動かしていたのだ。
「あーあ、また負けちゃいましたね、センパイ?」
起き上がる力も残っていないのだろう。
返事もせず、倒れたままの三井。

「途中まではよかったのに、バテちゃったんだ。いくら負けたくないからって、ペース配分間違えちゃダメじゃないですかぁ」
違う。
あのままだったら、勝っていたのは彼女のほうだった。
畑川の裏切りがなければ。

「次は、藤崎先輩の前でお馬さんになってもらいますからね。バレないよう、気をつけてくださいね」
どこまで残酷になれるのだろう。この子は。
「それと…畑川センパイ」
畑川がビクッと体をふるわせた。
おそるおそるといった風に、新田を見上げる畑川。

新田。
何も言わず。
冷酷な笑みを浮かべながら、畑川を見つめている。
恥ずかしいのか、畑川が目を伏せた。
言葉のやりとりはない。
でも、それだけで十分だった。
畑川が何を望んでいるのか。
新田に屈し、命じられる。
悔しさと情けなさに包まれながら、ただオナニーをさせられる。

私に跨り、鞭をふるい、屈辱的な言葉をあびせる女の子に。
待て。
さんざん焦らした後、ご主人様は口にする。
『オナニーしな、ヘンタイ』
身を焦がすほどの屈辱と、羞恥心と。
ようやく与えていただいた命令によって、彼女は己の秘部に触れることができた。

目を血走らせながら、一心不乱に指を動かす畑川。
大量に分秘されたドーパミンが彼女の脳細胞を焼いていく。
でも…
足りない。
後輩からあびせられる言葉。
憧れの先輩から投げかけられる、蔑み。
もっと、もっと…
それが自分をダメにしてしまうモノと分かっていても、彼女は求めてしまう。

でも仕方ないのだ。
それが、彼女が背負う業なのだから。

「それじゃ、また一か月後ね。次は藤崎先輩も居るから、心の準備しといてくださいね、三井センパイ?」
伏せたまま、首を横に振る三井。
「それと、畑川センパイ。一週間後、部室で…ね?」

こうして、2度目の勝負は幕を閉じた。

コメント

  1. 匿名 より:

    三井先輩が勝った場合の回想が入るのが素晴らしかったです。
    本来のドSな姿と現実の無様な対比が際立って見えました。
    二つの目線で楽しめる!

    • slowdy より:

      >匿名さん
      ありがとうございます!
      もともとは三井もS側として登場させるはずだったのですが、いつの間にかM側に…💦
      なので、中谷の妄想の中で、Sとして君臨させています。