ポニーガールとご主人様 第二章(7)剥ぎ取られたマスク

チームが入れかわる。
今度は、畑川たちの番だった。

黒いマスクをつけたコスプレ姿の女。
チラッとこちらを見てから、畑川の前で跪いた。
その背に跨る畑川。
「ホントに、誰なんだろ…」
藤崎がつぶやく。
「どのみち、レースが終われば、2人のうち1人は分かりますよ」
「そうだけどさ」
藤崎の視線が、私へと向けられる。

「1年生でいたかなあ。もしかして2年生…?いや、それはないか」
「なんでです?2年生かもしれませんよ?」
「だってアンタ、この子のお尻叩いてたでしょ。さすがに1年のアンタが上級生に向かってそんなこと、できるわけないもの」
新田が吹き出しそうになるのを堪える。

「そろそろ始まりますよ」
「おっと」
藤崎の視線が再びコース上の2人に注がれる。
畑川を乗せて、四つんばいになった三井。
屈辱的な状況。
しかも、藤崎に見られている。

普段は取り巻きのひとりに過ぎない藤崎。
いつもは、どこか阿るような態度や口調で、三井のことを窺っていた。
でも今は、このレースの観客として、三井を眺めている。
服を着て、イスに座る藤崎。
情けない恰好をして、後輩に跨られながら四つんばいになる、三井。

どちらが格上か。
問われたら、10人が10人とも同じ答えを口にするだろう。
格上の藤崎が、格下のヘンタイ女を見下ろしている。
それ以外の答えが、果たしてあるだろうか。
スタートを告げるアラーム。
鳴ったと同時に、畑川を乗せた三井が動き始める。
前回の時よりも、ペースが速いように感じる。

不安がよぎる。
「アハハ!負けたくないから、あの子も必死だね」
藤崎が呑気に笑う。
無様に這いまわるあの女が、憧れの三井先輩であるなどと。
微塵も思ってもいないのだろう。
「ほら、ペースあげな!じゃないと、負けちゃうぞ!私にマスクを剥ぎ取られたいの!?」
藤崎がヤジをとばす。

「楽しんでいただけてるみたいで、うれしいです」
「いいよ、新田。すごく面白い」
藤崎の視線が、再びこちらを向く。
「それにしてもさ…」
藤崎の好奇心がむき出しになる。
「キミもさ、恥ずかしくないわけ?そんなカッコして、同級生の女の子に跨られて、お馬さんごっこなんてさ」

新田が再び吹き出しそうになる。
「さっきも新田にお尻叩かれてたじゃん。なに、弱みでも握られてんの?」
「ちょっと藤崎先輩、酷いですよ」
新田がおちゃらけて言う。
「それに、この子は好きで私の馬になったんです。むしろお願いされて乗ってあげてるんですよ。そうだよね、お馬さん?」

新田がふり向く。
藤崎の視線。
私は、ゆっくりとうなずいた。
「ほらぁ。見たでしょ先輩?」
「ホントにぃ?言わせてるだけじゃないの?」
ふたりが笑う。
「だってさ、これじゃまるで…え、でも、まさかね…」
「なんですか?」
「いや、もしかして…」
藤崎が、口もとに笑みをうかべる。

「キミってもしかして…マゾってやつ?」
見下したような、バカにしたような笑みで。
私にたずねる。
新田ではなく、別の後輩から。
藤崎のクセに、私のことをバカにしている。
こみ上げる怒り、屈辱。
でも、言い返せない。

しゃべったら、正体が私だとバレてしまう。
それに、藤崎の言うとおりなのだ。
マゾなのだ。
今は、3年生の中谷紗枝ではなく。
ヘンタイマゾ女として、藤崎の前に立っている。
1年生である新田よりも格下の、ヘンタイマゾとして。

「ほら、藤崎先輩が聞いてるでしょ?ちゃんと答えなさい」
「からかうような口調で、新田に促される。
私は目を伏せながら、うなずいた。

「ん?やっぱりマゾなの?」
もう一度うなずく。
「マゾだから、新田に頼んで乗ってもらってるんだ?」
三度、うなずく。
「そうなんだぁ。ヘンタイじゃん。生まれて初めて見たよ、キミみたいなヘンタイ」

強者にへつらい、弱者にエラそうな態度をとる藤崎。
その性格が今、はっきりと表れていた。
コース上のふたり。
3周目の中盤に差しかかっていた。
「あの子もマゾなんだ?」
それが三井とも知らず、つぶやく。
新田は答えず、ただニヤリと笑う。

「ねえ、キミ」
藤崎が私に囁く。
「もしキミが負けたらさ、私そのマスク、取られちゃうんだよ?どんな気持ち?」
本気で聞いているのではない。
私をからかっているのだろう。
「きっと、馬術部の子だよね。もしキミが負けたら、私がキミのことイジメてあげようか?」

何を言っているのだろう、この子は。
「なんかさ、キミのこと見てたらイジメてあげたくなってきちゃった。新田みたいにお馬さんごっこもいいけど…犬として飼ってあげる。首輪をつけて、芸も仕込んであげる。お散歩も、してあげるよ?」

「ちょっと、藤崎先輩。この子は私のなんだから、あげませんよ?」
私の、という新田の言葉にキュンとしてしまう。
私は新田の所有物なのだ。
ご主人様である新田の。
「じ、冗談だってば!そんな恐いカオしないでよ、新田」
アハハとごまかす藤崎。
「まあ、でも…」
新田が、三井を指さす。

「あっちの馬なら、貸してあげてもいいかな」
「えっ?」
「しばらくの間、ね。ただし、条件付きですけど」
「そっ…で、でも、あの子は、麻友ちゃんの…」
「畑川センパイのじゃないですよ。私が畑川センパイに貸してあげてるだけなので。だから、安心してください」

「か、貸してあげてるだけって…アンタ、一体…」
少しおびえた表情を浮かべる藤崎。
普段とは違う一面を見せる新田に、藤崎はとまどっていた。
もしかしたら。
いや、おそらくは。
新田の計算どおりなのかもしれない。

相手を自分のテリトリーに引き込み、コントロールする。
相手はいつの間にかペースを握られ、気付いた時には新田に逆らえなくなっている。
強者にへつらい、弱者には調子づく藤崎。
三井の取り巻きの中から藤崎を選んだのは、彼女が一番御しやすいと判断したからなのかもしれない。

「ほら、そこのお馬さん!負けたら、藤崎先輩がペットにしてくれるってよ?」
新田が三井に呼びかける。
声が届いたのか、三井が一瞬こちらを見た。
「ほら、藤崎先輩も」
新田が藤崎をうながす。
「え、ええ…キミもマゾなんでしょ?私が飼ってあげるから、おとなしく負けちゃいな?」

新田が笑う。
「首輪をつけて、芸を仕込んでくださるんだって。よかったね。負け犬のお前でも、頑張れば先輩に褒めてもらえるかもよ?」
「ほら、ポチ!…いや、ハナコ?サクラ?モモ?まぁ、名前はまだいいか。とにかく、負けちゃいな!」
集中力を乱すためか、ヤジをとばし続けるふたり。

気のせいか、三井のペースが速くなっている気がする。
「ほら、畑川センパイ!その子のお尻を叩いて急かさないと、負けちゃいますよ?」
「必死にハイハイしちゃって、カワイイ!そんなに負けたくないんだ?」
「急げ!急げ!ノロマなお馬さん!負けたらマスクはぎとるぞ!」

残り3分の2ほどの辺りで。
三井のベースが落ちはじめた。
体力が尽きかけているのか、息も苦しそうだった。
「ほら、ペース落ちてるぞ!それとも負けたくて、わざと遅くしてるの?」

「辛かったら、ギブアップしてもいいんだよ?そしたら私が、慰めてあげる。ヨチヨチ、頑張ったね。いい子いい子」
「負け続けて、ホントに負けグセがついちゃったみたいね。情けない。その根性、藤崎先輩に叩きなおしてもらいな」
容赦のないヤジ。

実際は、4周目までのタイムはわずかに向こうが上回っていた。
でももう、そのリードを保つだけの体力は残っていないようだった。
それでも、三井は進み続ける。
見ていて気の毒なほどだった。
ふたりが、カウントダウンを始める。
「30、29、28…」

タイム的には、ギリギリ間に合いそうではある。
でも、ゴールできるのかどうかすら微妙だった。
バタバタと、気力のみで動き続ける三井。
「20、19、18…」
無情なカウントダウン。
もはや、時間内のゴールは厳しかった。
それは、三井にも分かっているはず。
「10、9、8…」
フラフラになりながらも、前へと進み続ける。
最後まで諦めない。
諦めるわけにはいかない。
しかし…
「5、4、3、2、1…」
ついに、その瞬間は来てしまった。
「ゼロ!」
三井がその場で、くずおれる。
畑川が体勢を崩し、倒れ込んだ。
そのまま、動かないふたり。

三井の荒い呼吸に涙声が混じる。
対照的に、楽しそうにはしゃぐ、藤崎と新田。
三井が、ゆっくりと上体を起こす。
何度か大きく息をした後。
突然、ドアの方へと駆け始めた。
「畑川センパイ、止めて!」
新田が叫ぶ。
あわてて立ち上がり、三井を追いかける畑川。
三井がドアにすがりつく。

解錠を試みるも、ドアはガチャガチャと音を立てるばかりだった。
必死の形相。
しかし、手が震えて、うまくいかないようだ。
三井がもたついている間に、畑川が取りつく。
羽交い絞めにされる三井。
「逃げるなんて卑怯過ぎませんか、センパイ」
追い付いた新田が、暴れる三井に言い放つ。

「えっ…センパイ…?」
驚く藤崎に構わず、新田が続ける。
「でも、まあ、勝敗は決まったわけですので。約束どおり、マスクは取らせてもらいますね」
三井が、両手で頭を押さえる。
「ほら、ボケっと見てないで、お前も手伝うんだよ」
新田に肘でつつかれる。

慌てて、三井の両手を掴む。
三井が必死に抵抗する。
しかし、あのレースの後だ。
力が弱々しいのが、なんとも物悲しかった。
‎三井の手が、ゆっくりと頭から離れていく…

「ほら、藤崎先輩、今ですよ」
「えっ?あ、ああ、マスクね」
藤崎が手をのばす。
手から逃れようと、頭を動かす三井。
藤崎が、マスクをつかんだ。
そのまま、上へと引っぱる。
三井の口が、鼻が、目が露わになっていく。
そして…

マスクが引き抜かれた。
ボサボサの髪。
必死に顔を背けようとする女。
藤崎が口もとに笑みを浮かべながら、その顔を眺める。
正体を知り、からかうつもりだったのだろう。
しかし…
藤崎の表情が固まっていく。
この女の正体に気付いたのだろう。
ただ、感情が追いついてこない。

「えっ?嘘でしょ?なんで…」
それきり、口をパクパクさせる藤崎。
顔に浮かぶ驚きが、恐怖へと変わっていく。
憧れの先輩に対して、自分がしてしまったこと。
知らなかったとはいえ、三井に対し、なんてことをしてしまったのか。
「もっ、申し訳ありませんでしたぁ!」
深々と頭を下げる。

日頃の関係性を考えれば、当然の反応なのかもしれない。
「みっ…三井先輩とは知らず、私はなんてことを…」
ハッとした藤崎が、新田をにらみつける。
「ちょっと、新田!三井先輩に対して、なんてことさせるの!?」
新田がため息をつく。

「最初に言いましたよね?これはレースで、負けたほうのマスクを取るって」
「そうじゃなくて!アンタ、先輩に対して…」
言いかけて、まじまじと三井の姿を眺める。
「先輩に、なんてカッコさせて…」
疑問。
そもそも、なぜ三井はこんな格好をしているのか。

レースと称し、後輩を背中に乗せて、お馬さんごっこをしているのか。
3年生でありながら、1年生である新田に、逆らえないでいるのか。
「なぜこの人がこんな姿なのか、不思議ですか?」
「それは…」
「コイツと同じですよ」
そう言って、私を指さす新田。

先ほどの会話。
『キミってもしかして…マゾってやつ?』
『マゾだから、新田に頼んで乗ってもらってるんだ?』
藤崎が、再び驚く。
あの高貴で誇り高い三井先輩が。
「でも、そんなことが…」

「でも、実際ご覧になったでしょう?この人がどんな格好をして、誰に跨られながら、どんなことをしていたのか」
「それは…」
「レースだって、今回だけじゃなくて、毎回、このメンバーでやってるんですよ。三井センパイも」
「そんな…」

「ふっ、藤崎!そいつの言うことは信じないで!私はそいつに脅されて…」
ふたりの会話から、何かを感じとったのだろう。
三井が慌てて口をはさむ。
「私が三井センパイを脅してるって?まさか。脅してないですよね?」
新田が私と畑川に同意を求める。
私は、畑川と顔を見合わせた。

最初、レースに参加したのは、三井の意思だったかもしれない。
でも2回目以降は、屈辱的な動画を撮られて、半ば無理やり、というところもある。
脅されていない、とも言いきれない。
でもそれを言えるような雰囲気ではなかった。
私も畑川も、ゆっくりと、うなずく。

「ち、ちょっと、アンタねぇ!違う!違うってば!」
「藤崎先輩にご自身の性癖が知られてしまって恥ずかしいのは分かりますが。言いがかりはやめてくださいね、センパイ?」
「ふっ、ふざけるな!」

「それじゃあ…あの動画、観てもらいます?私がセンパイのスマホで撮ってあげた、アレ?」
「やっ…それは…」
「センパイが私たちの前でしたことを、藤崎先輩にも観てもらいましょうよ。どんな姿をして、どんなことを言っていたのか」
「やめて…」

「お尻の穴を晒しながら、情けなく敗北宣言するところスマホで撮影してくださいって、私にオネダリしたんですよ?覚えてます?」
「やめてよ!」
「そんな…三井先輩が、そんなこと…」
疑いつつも、新田の言うことを信じ始めている藤崎。
「ね、ねえ、新田」
「なんですか?」

「アンタ、言ってたよね?この人は麻友ちゃんじゃなくて、新田のだって。麻友ちゃんに貸してあげてるだけだって」
「言いましたね」
「に、新田!何いい加減なこと…」
「もし、こっちの馬が負けたら、しばらくの間、好きにしていいって」

「ふっ、藤崎…?アンタ、何考えて…」
三井がおびえた表情をする。
「言いましたけど。どうするんです?」
「私に貸してよ、三井センパイのこと」
「ふふっ。しょうがないですね。いいですよ。いくつか条件を付けさせてもらいますけど、それが守れるなら」

「ありがと。ホントいい後輩だわ、アンタ」
藤崎がニヤリと笑う。
「三井センパイ。これからしばらくの間、私がセンパイのこと飼ってあげます。だから、ご主人様の言うこと、しっかり聞いてくださいね?」
「ちょ、ちょっと、藤崎!いい加減にしないと、怒るよ!」

「もう、まだそんなこと言ってる。もう、意地を張らなくていいんですよ?センパイがどんな人で、どんなことを求めてるのか、知ってしまったんですもん」
フフッと笑う。
それにしても、三井センパイがねぇ…」
じろじろと、無遠慮に三井を眺める藤崎。

「どっちかって言うと、Sっぽいのに。『ソッチ』だったなんてねぇ」
先輩に対する敬意は消え失せ、オモチャを前にほくそ笑む後輩。
「さっきまでは恐かったのに、なんか、カワイく見えてきました。よく見ると、その衣装も似合ってますよ。センパイ」
「あ、アンタねぇ!」

「そんなカッコで凄まれても、ちっとも迫力ないですよ?」
もはや、完全に立場が逆転してしまった。
「あーあ、莉乃ちゃんや穂乃花ちゃんたちが知ったらどんな顔するかなぁ?」
三井の他の取り巻きたちの名を口にする藤崎。
「や、やめて!あの子たちには…」

「言わないで欲しいんですかぁ、センパイ?」
三井の反応を楽しんでいるかのような藤崎。
「言いませんよ。私とセンパイのヒミツです。だから、安心してください」
三井がホっとする。
「でも…もし私の言うことが聞けなかったら…」
三井の顔が引きつる。

「三井センパイ…いや、これからは章乃ちゃんって呼ぶね。いいでしょ?」
「い、言いわけ、ない…」
「あ、まだ反抗的なんだ?でも、これからご主人様が、ペットとしての立場をみっちりと教えてあげるから。よろしくね、章乃ちゃん?」
こうして、3度目のレースは幕を閉じた。

コメント

  1. 匿名 より:

    カーストトップにいたはずの三井先輩が、遂に後輩のペットになるんですね!
    反抗していても体は徐々にドMに変えられていく。
    無意識の内に負け癖がついてしまってるのが面白いです!
    藤崎にどんな惨めな調教されるのか楽しみです!

    • slowdy より:

      >匿名さん
      ありがとうございます!
      今、藤崎が三井を調教しているシーンを書いているのですが、思っていた以上に藤崎が面白い動きをしてくれて、驚いています。
      今週から仕事が本格的に忙しくなりそうなので、公開は少し先になってしまうかもしれませんが…
      新田とはまた違ったやり方で調教する藤崎と、堕ちていく三井の姿を楽しんでいただけたら嬉しいです。

  2. られんば より:

    1日で一話から一気読みしました!
    これめっっちゃ自分が求めていた百合SMです!!ありがとうございます!!強気な先輩達が凄い策略を立てる後輩に完全なマゾに改造させられる姿を楽しみにしてます!!次が待ちきれねぇ!過去作読んできます!

    • slowdy より:

      >られんばさん
      ありがとうございます!
      そこまで楽しんでいただけると、書いてきた甲斐があります。
      仕事の都合で次回の更新は少し先(2月上旬?)になってしまいますが、ぜひ、他の作品も読んで楽しんでもらえたら嬉しいです。
      (初期作品はかなり昔に書いたものなので、今とはテイストが結構違うかも…?)

      ニッチなジャンルですが、これからも少しずつ書いていけたらと思いますので、よかったらこれからもよろしくお願いします。

  3. 匿名 より:

    神作品!!更新が待ち遠しい・・・笑

    • slowdy より:

      >匿名さん
      ありがとうございます。
      ようやく更新できました。
      お待たせしました!