マナドリンカー ~尊厳を搾り取る者~ 第5話

前回のあらすじ
人類の希望として生まれ、仲間たちとともに魔王討伐の旅へと出た、勇者。
どんな苦境にも、決して諦めなかった彼女だが、変わり果てた仲間たちの姿を目の当たりにして、戦意を喪失する。
そして、ついに魔族によってその力を奪われてしまった。
数多くの魔族を屠ってきた勇者一行だったが、多くの者の予想に反し、処刑を免れた。
しかし、4人を待っていたのは、魔族たちのオモチャとして生かされ続ける、第二の人生だった。

主な登場人物
マルレート・フォン・シュルツ
 吸血族の当主。
 記憶の魔石を自在に扱えるようになり、その活用法を探し始める。
 勇者たちを捕らえた英雄として声望を集める彼女。
 上級魔族の中でも存在感を増していく彼女の人生は、順風満帆であるかのように思えたが…

ヴァレオン
 魔王の側近で、竜人族の上級魔族。
 『儀式』の統括としての役を果たした彼は、再び多忙な日々を送る。
 公務のとき以外は研究室に籠っているらしいが、何の研究をしているかは、誰も知らない。

かつての勇者一行
 恵まれた資質と、厳しい修行によって得た能力を、サキュバスによって奪い取られてしまった。
魔王を倒すどころか、下級魔族にすら敵わなくなってしまった彼女たちは、なおも精神的、肉体的な弱体化の処置を受け続けている。
 厳重な管理体制の中で幽閉された彼女たちは、憎き魔族たちに『娯楽』を提供しながら、生きながらえていた。


かつて、魔王を脅かす脅威として存在した勇者たち。
上級、下級を問わず、多くの魔族が彼女たちによって亡き者となった。
マルレートに捕らえられ、サキュバスによってその能力を搾り取られた彼女たち。
もはや歯向かうだけの力はなく、魔族たちのオモチャとして扱われる日々を過ごしていた。
そんな彼女たちに対して、マルレートは不思議な感情にとらわれていた。
どんなに強くても、マナを失うとあのようになってしまう。
彼女たちの身体から、マナが流れ出していく光景がよみがえる。
もともと生まれ持った資質と、努力によって培われたもの。
たとえば筋力。
たとえば高位の魔法。
たとえば耐久力。
そういったものをマナとして吐き出してしまった彼女たちの有様は、見ての通りだった。

では、魔族はどうか。
魔族も、例外ではない。
100年ほど前のことだが、マルレートも見たことがあるのだ。
かつて、強大な権力を持つ上級魔族どうしの諍いがあった。
きっかけは、ささいなものだったらしい。
しかし、プライドの高い彼女たちの喧嘩は、やがてそれぞれの眷属を巻き込んで大きな争いへと発展していく。
どちらが勝ってもおかしくはなかった大勝負は、とある裏切りによって形成が決まった。
憎き相手の前に突き出された、上級魔族。
一族根絶やしをチラつかせる相手に、はらわたが煮えくり返りそうになる彼女。
しかし、なんとか堪え、救いを懇願する。
慈悲深い相手は、彼女の求めに応じた。
その代わり、1つの条件を提示する。
マナを差し出すこと。
それがどういうことか、彼女は知っていた。
屈辱。
恥辱。
恐怖。
しかし、彼女に断る権利はなかった。
数百年続いた一族の栄光は、こうして終わりを迎えた。
彼女の憎むべき相手は、淫魔の血を引いていた。
己の唾液を彼女に飲ませ、淫の気を高めていく。
闘いの影響で抵抗力を失っていた彼女は、憎い女の唾液によって、強制的に発情させられていく。
己の眷属たちの前で、あられもない姿を晒す。
誰にも見せたことのない、女としての貌を、殺したいほど憎い相手に向けて。
立ち上がり、己の秘部をさらす、淫魔の長。
跪き、屈辱的な忠誠の言葉を言わされ…
オンナのニオイを放つ、黒い茂みへと舌を伸ばす。
顔中を愛液まみれにさせた彼女は、かつて一族を率いていた者とはとても見えなかった。
淫の気にあてられた彼女。
鼻息も荒く、自らを下した相手を睨みつける。
頃合いだった。
彼女のお腹を、グニグニ、グニグニともみほぐし始める淫魔。
何をされているのか分からず、とまどう女と、その部下たち。
しかし、その中で何かが高まっていくのを感じ、女は急にうろたえる。
なぜかはわからない。
分からないが、言いようのない不安、恐怖。
自分が、自分ではなくなってしまうような。
彼女の不安は当たっていた。
徐々にせりあがってくるのは、彼女のマナだった。
彼女の、貴重な、貴重なマナは、今まさに体外へと放出されようとしていた。
恥も外聞もなく泣きわめき、許しを乞う彼女。
一向にかまうことなく、むしろそんな彼女をあざ笑うかのように眺める女。
そして…
彼女に秘部から、それは吹き出した。
脳が焼き切れそうなほどの快楽とともに、身体が痙攣する。
かつて経験したことのない、暴力的なまでのエクスタシー。
力が、誇りが、知識が、何もかもが、流れ出ていく…
身体からあふれ出していくマナ。
それを、女は美味しそうに飲み込んでいく。
数百年続いた彼女の栄光。
その魔力を、スキルを、権力を、女は己の身体へと納めていく。
マナを奪われた彼女に、かつての能力は残っていなかった。
自分の部下はおろか、その使用人にすら太刀打ちできないほど。
一族最強の女は、一瞬にして、一族最下層へと転落したのだった。

勇者たちがマナを搾り取られている様を思い出すたび、そして、今の有様を見るたび。
同じようにマナを搾り取られ、下級魔族へと堕ちていった彼女のことが思い出される。
そして当時、脳裏によぎった感情が、鮮やかによみがえるのだ。
自分もマナを奪われたら、ああなってしまうのだろうか。
日頃、何に対してもあまり恐怖を感じないマルレート。
しかし、万に一つもあり得ないが、もしそんな状況になったら…
言いようのない恐怖を覚える。
勇者たちですら、四人がかりでも敵わないほどの強さ。
その源であるマナを、まるで排泄するかのように垂れ流す、己の姿。
そんな自分を、見下すような笑みを浮かべながら眺めるサキュバス。
身体からマナを絞り出すように、サキュバスがマルレートのお腹を揉みしだく。
マルレートが、マルレートであるための、何よりも代えがたいマナ。
大切な、大切なマナが、体から流れ出ていく。
そしてそれを、ゴクゴクとのどを鳴らして飲み込んでいくサキュバス。
マルレートの魔力が、スキルが、知識が、サキュバスに取り込まれていく。
それらは、二度とマルレートは取り戻すことができないのだ。
サキュバスは、かつてのマルレートの能力をわが物顔で使い、上級魔族の仲間入りをする。
一方で、能力を奪われたマルレートに待っているのは、下級魔族としての余生。
生まれた時から上級魔族のマルレートにとって、それは筆舌に尽くしがたいほどの屈辱だった。
想像しただけで、全身に鳥肌が立つ。
そんなの、絶対に耐えられるわけがない。
絶対に…
それなのに、なぜ…
なぜ、自分はそんなことを考えてしまうのだろう。
どれだけ考えないよう努めても、気付くと、己の惨めな姿を思い浮かべていたりするのだ。
そんな自分に、イライラするマルレート。
事情を知らないマルレートの側近たちは、ただオロオロしながら主人の顔色をうかがうばかりだった。

もともと、サキュバスは男の精を奪うという種族だったという。
それが、男女を問わず相手からマナを奪い取るという能力へと変わったのは、現魔王によるものと、マルレートは聞いたことがある。
今回の勇者たちのように、強い能力を持つ女性は多い。
強敵が男であっても女であっても、その能力を吐き出させることができるように。
そうやって数多の強者からマナを奪い取り、当時の魔王からその能力と地位を奪い取ったのだと。
魔王は、サキュバスなのか。
あるいは、その血を引いているのか。
それを知る者は、いない。

記録の魔石については、ほぼ使いこなせるようになったと言っていいだろう。
少なくとも、魔石への記録も、記録した映像の取り出しも、自在に行えるようになった。
問題は使い道だった。
これを、どう活かすか。
軍事的な活用方法。
これまでは考えられなかったような戦略。
あるいは、日常場面での活用方法。
手紙に変わる、新たな連絡手段。
または、娯楽としての使い方。
ざっと考えただけでも、いくつかの有用な活用方法が思い浮かんだ。
なにしろ、保存できる情報量が段違いなのだ。
次元が違うと言っていいい。
ただ、致命的な弱点がある。
1つは、魔石の希少性だ。
軍事利用にしろ、日常面での使用にしろ、それなりの量の魔石が必要となる。
ただでさえ入手の難しい魔石を、どれだけ調達できるのか。

もう1つは、使い手の問題だ。
魔族の中で、竜人族以外に魔石を扱えるのはマルレートくらいだろう。
マルレートにしても、記憶の魔石に限っての話なのだ。
扱えるようになるには、ハードルが高い。
何より、魔族の中で蔓延っている、魔石への反発。
アレルギーと言ってもいい。
そんな中で、魔石の活用を普及させるのは、少なくとも今の状況では現実的ではなかった。
使い道はいくつもあるのに、それができないというもどかしさ。
いずれ、このことについてヴァレオンと話をしてみたいが…

その後、何度か魔王城へ出仕する機会があったが、ヴァレオンと会うことはできなかった。
もともと、多忙な人ではあったのだ。
風のウワサでは、最近は研究室に籠りきりらしい。
魔石の話ができればと思っていたが、わざわざ時間を割いてもらうほどではない。
それに、いずれまた会う機会もあるだろう。

勇者たちは、いまだに魔王城の地下へと幽閉されていた。
マナを搾り取られた彼女たちに、もはやさしたる力は残っていなかった。
考えられないようなことが起こりでもしない限り、再び魔族の脅威となることはないはずだった。
しかし、それでも、あの勇者たちなのだ。
これまでも、数々の奇跡を起こしてきた彼女たちのこと。
万に一つもないが、それでも…
そう魔族に思わせるだけの何かが、これまでの彼女たちにはあった。
だったら、奇跡が起きる前に処刑してしまえばいいものを。
マルレートはそう思うが、上が判断したことだ。

彼女たちは今、魔族たちの見せ物として、生かされている。
夕方の公務までには、まだ時間があった。
ヴァレオンとは会えなかったが、このまま帰っても時間を持て余すだけか。
マルレートは、勇者たちの無様な姿を見ていくことにした。
それが、己の人生を大きく変えることになるとも知らず。

地下室へと続く通路。
受付の獣人族に、要件を伝える。
下級魔族の場合、事前に申請をしていないと、受付を通ることはできないらしい。
それも、申請してから何日も待たなければならない。
対して、上級魔族については、優先的に受付ができる。
恭しく頭を下げる獣人族の横を通り、地下へと続く階段を下りていく。
まず感じたのは、淫猥な気配だった。
勇者たちのものか、あるいは彼女たち目当てで来た、魔族たちのものか。
地下室特有の、じめっとした空気。
そこに、ムッとした熱気が満ちている。
ここにいるだけで、あてられてしまいそうだった。
勇者たちは、それぞれ別の階層で幽閉されていた。
マルレートが向かったのは、元魔法使いのいるブース。
他の三人のブースは定員オーバーで、入ることができないと言われていた。
石壁でできた通路を歩く。
すれ違う下級魔族がマルレートに気づき、驚きの表情を浮かべる。
慌てて頭を下げる彼らに煩わしさを感じながら、なおもマルレートは歩き続ける。
ブースの入り口に立つ、やはり獣人族の受付。
「どうぞ、中へ…」
マルレートに気づいた彼は、表情も変えず、ただ一言。
ブースの中は、薄暗かった。
中にいるのは、50人ほどか。
室内を照らす、魔力を燃料とした照明。
ピンクや紫色の光が、ゆらゆらと揺れている。
部屋の中央を取り囲むようにして立つ、魔族たち。
そして中央はステージになっており、他よりも一段高くなっていた。
そこに、元魔法使いはいた。
ほんの少し前までは、ここにいる魔族が束になっても彼女に太刀打ちできなかっただろう。
マルレートですら、何度も命の危険を感じたほどだ。
それが、今や…
「お願いします…魔力を恵んでください…」
首輪と、能力を制御するためのマジックアイテムのみを身につけた、彼女。
ステージの上で床に額を付ける彼女に、周囲の魔族がヤジを飛ばす。
「もう、ほとんど残ってないんです…マナを搾り取られてしまって…だから…」
イジワルそうに、魔力の使途を問う女魔族。
「その、透視の魔法を使うために…ユ、ユリアンネの…も、もと、元勇者の、ユリアンネが、魔族様とエッチしているところを、透視の魔法で見させてください…」
寝取られマゾ…
仲間が魔族とセックスしているところを見たいなんて…
「寝取られマゾの私が、寝取られ覗き見オナニーするための魔力を、どうか…」
屈辱的なセリフ。
どれだけ高い資質を持って生まれても。
どれだけ素晴らしい能力を身につけても。
マナを奪い取られれば、こうなってしまうのだ。
マルレートの心臓が、強く跳ねる。
かつて、稀代の魔女とまで呼ばれた女の、あまりにもミジメな姿。
そんな彼女を、下級魔族どもがはやし立てる。
マルレートにとっても、彼女にとっても、取るに足りないような者たちに、まるでオモチャのように扱われ。
悔しくても、今の彼女ではどうすることもできないのだ。
しかし…
魔族たちの言葉によって、彼女は昂っていた。
仲間を、最愛の人を奪われたことで開花してしまった、彼女の性癖。
寝取られマゾ。
その歪んだ性欲を満たすために、魔族たちの前で懇願する。
その惨めさが、彼女の被虐心を一層高めるためのスパイスになっていた。
己のかつての栄光を、魔法使いとしての無類の強さを思い出しながら…
それが屈辱的であればあるほど。
寝取られオナニーという、彼女にとって極上のデザートは、強烈な刺激を彼女に与えてくれるのだ。

場の雰囲気にあてられてしまったのか。
あるいは、今の彼女に、マルレートの何かが共鳴してしまったのか。
鼓動が、早くなっていく。
儀式のときにも感じた、謎の焦燥感。
油断した。
来るのではなかった。
そう思っても、ステージ上の憐れな女から、目をそらすことができない。
周囲の下級魔族たちから放たれる、下卑たヤジ。
もちろん、元魔法使いに向けられたものだ。
しかし…
なぜか、自分に向けられたもののように感じてしまう。
マルレートの身体が、勝手に反応してしまうのだ。
ブース内の魔族は、まだマルレートの存在に気づいていない。
それでも…
下級魔族から放たれる、屈辱的な言葉の数々。
胸が、キュッと締め付けられる。
下腹部が、熱く反応する。
やめろ…
容赦のないヤジが飛ぶ。
悔しそうな、元魔法使い。
その感情が、マルレートに伝わってくる。
下腹部だけでなく、全身が火照っていた。
顔が、耳が、熱い…
ステージ上で魔族のヤジを受ける女。
それが一瞬、自分の姿と重なった。
「あっ…」
全身に、電流が走った。
マルレートがまず感じたのは、強い羞恥心だった。
遅れて、屈辱。
そして、強い怒りが湧き上がってくる。
ここにいる魔族全員を皆殺しにしても収まらないほど。
それほど、マルレートは激情に駆られていた。
ダメだ、これ以上ここにいたら…
魔族の一人が、元魔法使いに魔力を提供する。
卑屈な笑みを浮かべて、お礼を述べる元魔法使い。
さっそく、透視の魔法を使う。
悲しそうな、切なそうな声。
いや、悦んでいるのか。
想い人の、自分ではない別の者との愛の営み。
それを覗き見ながら、嫉妬に胸を焦がす。
惨めな懇願の末に手にした、屈辱的なオナニー。
負け犬として、敗北の味を噛みしめながら。
嫉妬、羨望、屈辱、後悔。
悔しければ悔しいほど、情けなければ情けないほど、寝取られマゾの体に、歓喜の電流が走る。
魔族たちの嘲笑。

自分が自分ではなくなるような、恐怖。
マルレートは踵を返し、ブースの外に出た。
足早で歩く彼女の後ろから、受付の獣人族が駆け寄ってくる。
「な、何か、お気に触ることでもありましたでしょうか?」
珍しく、うろたえた様子でたずねてくる。
「いや、何でもない。急用を思い出しただけだ。気にするな」
「し、しかし…」
「気にするなと言っているだろう!同じことを言わせるな!」
「も、申し訳ありません!」
顔面蒼白となる獣人族に、少し胸を痛めるマルレート。
「悪い…言い過ぎた。許してくれ」
それだけ言い残し、地下室を後にした。

屋敷へと戻ったマルレートは、いまだ感情を持て余していた。
魔王城の地下で聞いた、下級魔族たちの声。
それが、頭の中で、何度も何度も繰り返し再生される。
その度に、胸が締め付けられるような、忌々しい感情が湧き上がってくる。
なんなのだ。
くそっ!
しかし、マルレートは分かっていた。
その感情が、何に起因しているのかを。
分かっていて、それでも気づかないフリをしているのだ。
それを認めてしまったら、取り返しのつかないことになる。
本能的な恐怖とともに、マルレートはそう感じていた。
体の昂り。
マルレート自身、性欲は強い方だと自覚している。
ただ、それは強い自制心のよってコントロールしてきた。
どうしても我慢できないときは、一人で処理をするか、従者に伽を命じていた。
今、マルレートが感じているのは、かつて経験したことがないほどの情欲だった。
どうしようもないほど、昂っている。
公務の時間には、まだ間がある。
しかし、伽を命じるには、まだ早すぎる時刻。
ふーっ、と。
深く息を吐く。
そして…
ベルトを緩める。
思いっきり、スラックスをずり下げる。
下着はすでに、愛液で大きな染みを作っていた。
目を閉じる。
魔王城の地下室で行われた、一連の儀式。。
その一幕が、まぶたの裏に拡がる。
『お前、マゾだったんだね!こんなことされて、こんなこと言われて、それなのに感じちゃう、ヘンタイマゾだったんだ!』
サキュバスの声が、よみがえる。
『あーあ、せっかく才能を持って生まれてきたのに。一生懸命、能力を高めてきたのに。それが、こんなぶざまにマナを搾り取られちゃうなんて…とっても悔しいね?情けないね?』
己の性癖を晒し、徹底的に付け込まれていく、かつての強敵たち。
サキュバスにお腹を揉みしだかれ、その強さの源を、マナを、サキュバスに絞り取られていく。
恍惚とした表情を浮かべる、4人の女たち。
そして突き付けられる、残酷な現実。
彼女たちの末路。
はるかに格下であったはずの魔族にすら歯向かうことができず、オモチャのように扱われる日々。
どのような気持ちなのだろう。
先ほどの、元魔法使いへヤジを飛ばしていたやつら。
マルレートにしてみれば、とるにならない者たち。
もし、そんなやつらにすら歯向かえなくなるほど、弱くなってしまったら。
屈辱的な言葉の数々。
あれが、元魔法使いではなく、本当に自分に向けられたものだったら。
どれほど無礼であっても、どれほど屈辱的であっても。
ただ、下唇を噛みながら、悔しさをこらえ、睨みつけるしかできないのだ。
あんな、雑魚どもに…
我を忘れそうになるほどの、怒り。
叫び出しそうになる。
それと同時に、強い羞恥心に苛まれる。
マルレートを揶揄する命知らずどもを、睨みつける。
そんなことにお構いなく、なおもマルレートに向かってヤジが放たれる。
下級魔族が、嘲りながらマルレートを見下ろしている。
殺してやる、殺してやるぞ…
つぶやく。
しかし、マルレートの体は求めていた。
彼らの、屈辱的な言葉を。
高慢な女魔族のプライドを、足蹴にされたがっていた。
床に額をこすりつけ、慈悲を求めるマルレート。
その頭を、遠慮なく踏みつけられたいと。
彼女の心は、求めていた。
サキュバス。
マナを搾り取るという、恐ろしい能力を持つ悪魔。
その姿が、浮かび上がる。
マルレートの方を向いた。
ゾッとすつような、笑みを浮かべて。
『マルレート様、いらしたのですね』
ゆっくりと近づいてくる。
口調こそ丁寧だが、普段とは何かが違う。
目。
まるで、エモノを見るかのような目。
にこやかな表情。
しかし、マルレートには分かった。
笑顔の裏で、自分に向かって舌なめずりをしているのを。
『マルレート様も、望んでいらっしゃるのではないですか?』
な、なにをだ…
『あの4人のように、ご自身も、そうされたいと願っているのでしょう?』
ち、ちがう!
『ふふっ。どれほど誤魔化そうとされても、私には…サキュバスには、分かってしまうのですよ…?』
そ、そんなこと…
『ほら、ガマンなさらなくても、よろしいのですよ?ここには、マルレート様と私しかいないのです。マルレート様と私の、二人だけのヒミツ。だから、ね。マルレート様、私にだけ、教えていただけませんか?そうしたら、マルレート様のこと、とっても気持ちよくして差し上げますよ?』
わ、私は…
私は…
『正直に、おっしゃってください。私に絞り出してもらいたいのでしょう?マナを絞り出されて、上級魔族から、下級魔族の底辺にまで堕とされたいのでしょう?ほら、さっさと素直になってくださいな、マゾ女のマルレート様?』
ただ、手を一閃するだけでよかった。
サキュバスの首。
血を吹き出しながら、胴から離れた。
サキュバスごときが…
この私を、誰だと思っている…
認めない。
断じて、認めない。
マルレートの悲痛なまでの決意。

しかし。
次の日も。
そのまた次の日も。
マルレートは、耐えがたい情欲に襲われ続けた。
日中、何食わぬ顔で公務をこなしながら、頭の中では別のことで占められていた。
夜。
従者の一人に伽を命じる。
以前は、多くても週に一度だったそれが、今ではほぼ毎日のように。
それでも、満たされない。
それもそのはず。
マルレートの心が、体が求めているのは、全く別の刺激だった。
もっと屈辱的で、もっと情けなくて、もっとみじめで。
上級魔族としての、吸血族当主としてのプライドを、土足で踏みにじられるような。
そんな、おぞましい刺激。
こんなこと、誰にも言えない。
言えるわけがない。
しかし、どれだけ否定しても、決して消えることのない劣情。
それは日に日に強くなって、マルレートを苛むのだ。
ついに、マルレートのガマンは限界に達した。
夜。
伽を命じられた従者が、マルレートの寝室を訪れた。
伽の相手は、男の従者も女の従者もいる。
この日は、女の従者だった。
そうするのがいいと、マルレートが思ったからだ。

顔を赤らめ、緊張した面持ちで彼女を迎える、主人。
いつもと違う主人の様子に、戸惑う従者。
そこで彼女は、思いもよらないことを主人から打ち明けられた。
いつも、尊敬と畏怖の入り混じった感情を抱いていた、敬愛すべきマルレート様。
それが、まさか、そのような…
何かの罠なのだろうか。
試されているのか。
恐れ多いと萎縮する従者に、マルレートが怒りを見せる。
従者は、身にしみて知っていた。
この主人を怒らせると、どれほど恐ろしい目にあうかを。
観念した従者は、主人の命に従うことを選んだ。

何もかもが、いつもと逆だった。
従者に跪き、自身の口で奉仕するマルレート。
あの気高いご主人が、こんなことを。
主人の舌が、従者の敏感な部分を愛撫する。
快感と、それ以上に背徳感によって、自分を失いそうになる。
その日、初めて彼女は、自分の主人を呼び捨てにした。
最初は心臓が止まるかと思うほどの緊張。
しかし…
呼び捨てにされるたび。
彼女の主人は、悔しそうに下唇を噛む。
じっと、恨めしそうに、彼女を睨むのだ。
恐怖で震える従者。
しかし、何度か繰り返すたび、彼女は気付いた。
この人は、悦んでいるのだ。
従者に呼び捨てにされて、悔しさとともに、性的な興奮に包まれているのだ。
従者の中で、何かの線が切れた。
知っている。
私は、知っている。
虐げられることで、昂ってしまう者がいることを。
自分の主人は、まさにその一人なのだ。
呼び捨てに飽き足らず。
屈辱的な言葉を投げかけ、主人の羞恥心を煽る。
その度に、俯いたり、従者を睨んだりする。
越えてはいけない一線を、慎重に探りながら。
しかし、従者の嗜虐心は、エスカレートしていく。
主人を跪かせ、口で奉仕をさせながら、その頭を撫でる。
本来なら、決して許されない行為。
従者の指示で、マルレートが衣服を脱いでいく。
同性の自分ですら、目を奪われるようなプロポーション。
壁に両手をつかせ、尻を突き出させる。
主人の太ももを、愛液が濡らしていた。
それを指摘すると、主人は恥ずかしそうに首を振る。
形のいい、お尻。
それを、優しく撫でまわす。
手に吸い付くような、質感。
主人が、小さく声をあげる。
その反応を楽しみながら、主人を見下ろす。
そして、耳元でささやく。
主人が振り向き、キッとした目で従者を睨む。
そのまま、睨み続け…
恥ずかしそうに、うなずいた。
屈服させた。
あの、女当主を。
上級魔族の女を、下級魔族の私が、屈服させたのだ。
ニヤッと、口元だけで笑う従者。
手のひらをお尻にあててから、振り上げる。
そして…
ピシッ!
勢いよく振り下ろす。
室内に、乾いた音が響き渡る。
声を押し殺したまま、主人がうめく。
再び、室内に響く、肉を叩く音。
白い、きれいな形をした尻が、赤く染まっていく。
尻だけではない。
体全体が、うっすらと朱を帯びている。
顔も、耳も真っ赤にして、ただただ、従者から折檻を受ける主人。
屈辱か。
怒りか。
はたまた、興奮か。
今、真っ赤になった尻を突き出している、彼女の主人。
この女に、これまで何度叱責されたことか。
顔色をうかがいながら、どうすれば喜ばれるのか、どうすれば機嫌を損ねないか、そればかり考え続ける日々だった。
主人がその気になれば、彼女の首など、あっという間に胴から離れてしまう。
そんな、恐ろしいお方。
それが…
このような、変態的な性癖を秘めていたとは。
いいことを、知ってしまった。
他の従者は、知っているのだろうか。
次の伽では、どんなことをさせようか。
例えば、従者の服を着せて、代わりに自分が主人の服を着る。
そして、これまで自分が彼女にしてきたようなことを、彼女にさせるのだ。
それだけでは足りない。
もっと、もっと屈辱的なことをさせたい。
従者の中で、妄想が膨らんでいく。
しかし、その翌日。
従者は何も覚えていなかった。
あの、倒錯的な一夜の記憶は、主人の魔法によって、彼女の記憶からきれいさっぱり消し去られてしまったのだ。

この夜の出来事によって、マルレートは自覚した。
認めざるを得なかった。
己の中にある、ゆがんだ願望を。
サキュバスの持つ、恐るべき能力。
それを目の当たりにして、マルレートの中で、何かが変わってしまったのか。
あるいは、それはきっかけに過ぎず、もともとマルレートにその素質があったのか。
いずれにせよ、もう後戻りはできなかった。
夜伽のたび、マルレートは従者たちに命じた。
屈辱的で、狂おしいほどの快楽を。
その度に従者たちは戸惑い、しかし、マルレートの渇きを癒した。
従者によって様々なバリエーションがあり、それはマルレートを楽しませた。
マルレート自身も、工夫を凝らした。
三つ指をついて、従者を出迎える。
従者に主人用の服を着せて、己は従者の服を着て。
主人用のイスに従者を座らせ、自身は跪き。
従者の足を、舌で丁寧に舐め清め。
床に額をつけた状態で、頭を踏みつけさせる。
あまりの屈辱で、全身の血液が沸騰する。
はらわたが、煮えくり返る。
地下室のブースで見た、元魔法使いと、下級魔族たち。
あの時聞いた言葉を、従者に言わせる。
羞恥心にまみれながら、自身の性癖を告白する。
それを聞いた従者は、主人の被虐心を様々な言葉で、態度で煽っていく。

ある時は、一度に複数の従者を呼んで、事に及んだ。
吸血族の当主でありながら、そこでの彼女の立場は非常に惨めなものだった。
屈辱的なセリフ。
屈辱的なポーズ。
嘲る従者たちの前で、何度も、何度もオネダリをさせられ。
涙を流しながら、それでも焦らされ、魔族の英雄的存在は、従者からオアズケをくらう。
ある日は、主人のベッドで従者同士がむつみ合うところを、正座をしながら延々と見せつけられた。
ある日は、腫れあがるほど尻を叩かれながら、許しを懇願し。
従者を背に乗せて、寝室をはい回り。
しつけと称し、芸を教え込まれることもあった。
お手、おかわり、ちんちん。
従者が投げたボールを、口にくわえて取ってこさせられる。
フサフサの毛束が付いたアナルプラグを尻に入れられ。
従者の足元に跪きながら、突き出したお尻を必死に上下、左右に動かす。
彼女の尻から生えたしっぽが揺れるさまを、従者に見てもらえるように、楽しんでもらえるように。
上級魔族としての、吸血族当主としてのプライドを踏みにじられながら、自身の従者に、いや、ご主人様に、必死に媚びるのだ。

自身の従者たちとの、倒錯的で爛れた夜を何度も過ごす。
しかし…
マルレートは感じた。
足りない。
これでは、満足できない。
どんなに強い刺激でも、何度も繰り返されれば慣れてしまう。
夜伽の度に記憶を消される従者たちの責めは、どうしても単調になってしまう。

そんな時だった。
マルレートが、あのサキュバスと出くわしたのは。

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